キーンコーンカーンと学校全体に響く鐘の音が完全下校時刻を告げる。
中心に置かれた自分の机から立ち上がり、バックを持って教室を出て、少し早めに歩きながら彼女と昼休みの際集合場所としたあのベンチに向かう。
完全下校時刻を過ぎたこともありよぎる教室の中にはほぼほぼ人がおらず、窓から見えるグラウンドには今やっと帰宅準備を終えていざ帰ろうとする少数の生徒たちが見えるぐらいだ。これぐらい並ばれることもなく彼女と帰宅することがかなうことだろう。すごく遅めな幸先のいいスタートなのではと思う。
「お、織村じゃねえか」
げっ、と内心で口漏れそうになったセリフをついてしまう。
我らがクラス担任こと、安田先生は二カッと笑って見せてこちらに寄って来て、そのまま口を動かせた。
「珍しいな、お前がこんな時間まで残ってるなんて」
自分の彼女との関係がばれないためにほとんどの生徒が帰るのを待ってたんです、なんて口が裂けても言えない。
しかもその相手が飛鳥とこれば尚更な話である。
というかここで足止めされるのはよくない。幸先いいと言っておきながら自分のせいでそれを悪くしてしまうのはよくない。何より飛鳥の機嫌が悪くなるのはよくない。
「いやあ、少し本を読んでたらいつの間にかですね」
ので話を簡潔に終わらせるためにバックの中から読んでもない小説をちらっと先生が視認するぐらい出す。
こういうことを予想してのカモフラージュであるこの本は最近話題の学園物で、ちょうど学園祭をやろうとい場面のものを白兎が参考までにと貸してくれたものである。
正直読む気にはなれないというか、参考にするならネットなどで十分だし、多分これに関してはこれを機に自分のおすすめのラノベを教えられたらという彼の願望が七割入ったものだろうから特にこれと言って問題ではないだろうと思う。まあ借りたからには後々読むがそれでも今読書に時間を割くほどの余裕はない。
「へえ、お前が読書ねえ」
「なんか信用してないような返事ですが」
「いや、生徒の新しい一面を見れたと思ってな。今年で最後だがそういうのはしれてうれしいもんだ。おっと、そういやもう下校時刻過ぎてるんだっけか。早く帰れよ?」
「はい、さようなら」
「おう、お疲れさん」
「ああ、また書類の整理か、だりい」と心の声だだ漏れで職員室へと歩いていく先生を少し見送ってから俺もまた再び歩き出す。
ちょっと時間食いすぎたかな、帰ってるってことはないだろうけど、少し不機嫌になってるかもしれない。いや大目に見てくれるか? 事情を話せばきっと何とかなる。うん、そう信じたい。
正門とは逆に存在する裏門を抜けて、先ほどよりもペースを上げ歩くこと約五分、ベンチとそこに座る彼女の姿があった。
変装用にと所持している伊達眼鏡をかけ、いつもはツインテールなのに対し今はサイドテールな状態の彼女はいつもとは違いおとなしげな雰囲気を醸し出している。
バックを膝に置いて夕日を眺める彼女の姿は幻想的に映る。今この瞬間を写真に収めて五〇〇円ぐらいで売ると言ったらファンが殺到するレベルだろう。絶対にしないけど。
「遅くなってごめんね?」
「いいわ、私もさっき来たようなものだし」
声をかければ柔らかな笑みを浮かべ膝に置いたバックに手をかけて立ち上がって俺の横に来た彼女の手を握るとそれに返すようにやさしく手を握ってくれる。
「今日は何が食べたい? 何でも作ってあげるわ」
「うーん、飛鳥の特性スペシャルで」
「あら、お任せにしたら今日の食卓はとても豪勢で二人で食べきれる量じゃなくなってしまうと思うけど、いいのね?」
「できる限り食べきれる量に調整してね!?」
「善処するわ。ええ、きっと」
「する気配がどことなく感じない!?」
冗談なんだろうけどもし仮にそんなことされたら困るのはほぼ確実だ。食材はもったいないし、やはり料理というのは例外を除いて作ったすぐが一番おいしいものだ。
「無難にハンバーグとかがいい? それともオムライスとかにする?」
「ん~、オムライスがいいかな」
「了解ね、じゃあ行きましょうか。人生初の二人で買い物」
こうして、彼女との初めての夕飯の買い出しは始まったのだ。
いざたどり着いたのはこの町で一番大きいスーパーである。
ある程度のものはそろっているし、それでいて安いからと理由で食材は飛鳥も含めよくここで買っている。
そこの自動ドアを抜けかごを腕にかけると彼女はどこかうれしそうに笑った。
「ほんと、こうしてるとまるで嘘みたいね。あなたと並んでこうやってスーパーに来てかごを持つ日が来るなんて」
「嫌だった?」
「いえ、むしろうれしいわ。私のちょっとした夢でもあったもの。好きな人の意見を聞きながらかごの中に食材を入れていくの。たまに貴方のわがままも聞いてお菓子も入れたりしてね?」
「わがまま言っても?」
「今日は特別ね。なにかあるの?」
「あるってわけじゃないけど、なんかあったらよろしく」
「了解しました」
こうして、まずはスーパー右側に配置されている野菜ゾーンから歩き始める。
「オムライスだから、とりあえずは玉ねぎと⋯⋯にんじんは家にあった気がするわ。あなたグリンピース食べれないから無し、いや、慣れてもらうためにも入れようかしら」
「今日ぐらいは抜いてくれない!?」
「しょうがないわね、あとはまあサラダ用のレタスとか買っておけば大丈夫ね。ほかに家にないものってあった?」
「ないんじゃない? 今日の朝見る限りだとなかったと思うけど」
「なら安心ね。そういえば朝食用のパンが切れていたかしら、ついでに後で入れましょうか。それ以外はないわね」
自分の頬に指をあてて我が家の冷蔵庫の中を思い出していく彼女の中には足りないものというのは特にないらしい。
まあ最後に買い物に行ったのが一週間以内にあるし基本一人暮らしな家で早々食材が減ってくれるわけでもないし無くなったら食材を大目に買い込むスタイルなためスーパーに行く機会というのはそう多くない。
のに前買ってから一週間いないにまたきてしまえばこうなるのは必然で会うというべきか。彼女の要望でこうしてきているがかごの中はいっぱいといえるには程遠い。
「今回買うのは鶏肉だけでいいでしょう。後は飲み物と⋯⋯快のわがまま要望があればそれで終わり⋯⋯?」
「それぐらいでいいんじゃない、か?」
言葉を言い切ろうとするも彼女の唖然とした顔をみて最後の一文字を発するのに少しの時間を有した。
そんな彼女はというと数秒固まった後意識が戻ったかのように瞬間的に売り物の陰に袖を引っ張って俺ごと隠れるような行動をとった。
「どうしたの飛鳥、何かあった?」
「私、自分が変装していればたいていは隠れきれると思ってたわ」
「? それはそうだと思うけど? 第一俺が変装する意味もないし」
特に学校内で噂やら人気者というわけではない俺の顔なんて覚えている人間のほうが少ないのは確実だ。そんな人間が変装したところで特に意味はない。
「貴方、恋人がいるのは秘密にしてるのよね?」
「そりゃ可能性があるならって思って言ってないけど」
「それを聞いて何かしてくる可能性があるのは?」
「白兎、に知られたら一日に学校全体にして知られるだろうね。ついでにいうなら今の変装だと多分ばれ⋯⋯え? え!?」
彼女の不可解な行動の先にあるものがわかった気が手嫌な汗が流れた俺は彼女が先ほどまで眺めていた先を急いでみた。
そう、そこには嫌な予感が的中して、白い髪を揺らしながらどんどんとかごにものを突っ込んでいくあいつの姿があった。
確かにあいつは俺と同じ場所出身であの学校にも電車で来ているのではなく俺同様に部屋を借りて一人暮らししているとは聞いていたが、よりにもよって今買い物か!?
「お、この菓子なかなかレアなやつじゃん。ついでだし入れとこっと」
そんな俺たちのことなんて知らず、どうやらレアな菓子を見つけたのかかごに数箱入れていく白兎。
やばい、仮にやつにばれれば俺に恋人がいたのとそれが飛鳥という現実を押し付けるダブルパンチ効果で明日どころか今日中にほぼ全員に知られるのは確実だ。
「どうしましょう、彼って確か貴方の友達よね? よく私関連のもの買ったって報告しに来るから私顔も覚えちゃってるわ」
「そんなことしてたのか白兎⋯⋯じゃなくてどうしようか、俺があいつのとこ行ってレジから遠いとこまで誘導するからそのうちに会計済ませて帰る?」
「嫌よ、今回は二人で買いものなんだから会計も一緒帰るのも一緒よ。それ以外は私が認めないわ」
「なぜこの状況でそんなところで意地を張る必要性があるの!?」
「今日が初めてよ? 初めてっていうのは一番記憶に残るものよ。それが貴方関係ならなおのことよ。それを一人で帰ったなんてもので終わらせるのは嫌に決まってるじゃない。」
未だに袖を握る彼女の手は再起ほど丁も強く俺の袖を握っていた。
そんなにか⋯⋯まあ彼女の要望だしこれはもうしょうがないとしてどうやってここを切り抜ける? あの感じだとまだそれなりの時間ここにいるのはほぼ確定、しかもあれ確実に自分の好きなものからとる規則性のないルートだろうからどうやって動くかなんてわからないぞ。このスーパー内であいつがいかなさそうな場所なんてほとんどないぞ、いずれかここにも来ることは考えればわかることだ。
「もういっそのこと会計を早いこと済ませ⋯⋯ああ」
「なんかアイディアが?」
「買いたいものが、あったわ」
「この状況下で!?」
「今日は
「あれって何!? 俺にはさっぱりだけど!?」
「あれを買うまでは絶対帰れないわ。今日の最終ミッションよ。あれをかごに入れて帰宅⋯⋯!」
「なんかわかんないけど了解しました!?」
あれって何白兎以上に気になるんだけど!? それの内容を教えてくれない飛鳥さん!
「たぶんお菓子売り場とは別の、シュークリームとかおいてる場所あたりにおいてるはずよ。方角はあっち。しかも運がいいことに白兎君はそれとは真逆方面、かつその場所はレジにかなり近い。これだけの条件がそろえば普通にクリアできる内容のはずだけど、それでも人間の行動は不規則、現に今の彼がどういうルートを通っているかなんてわからないし、もしかすれば今日の目的はお菓子だけ、最後あれに行き着く可能性も無きにしも非ずよ。この状況でいかに手早く行動を移せるかが勝敗のカギね」
「なんかすごくかっこよく言われてる気がするんだけど」
「時間がもったいないわ。しゃべるよりも行動に移しましょう。無駄な行動は一切カットよ」
いうが早いか、彼女の行動は迅速に行われた。
姿勢はいつもの彼女では絶対にありえない少し腰を落としなるべく物陰に隠れるように、それでいて確実にそのエリアに向かうスピードは速く。
それについていくこと数秒で無事にそのエリアつくと彼女は目的のものをささっとかごの中に入れて安堵の息を吐こうとしたとき。
「あれ、快?」
「「!?」」
物陰に反射的に隠れてしまったが、ばれたか!?
「気のせいか⋯⋯? まあいいや、目的のもん買ったし帰ろ。今日は帰ったらこいつらお供にゲーム三昧だぜ」
げへへ、とげすい笑みを誰に見せるわけでもなく顔に出し、レジで会計を済ませる姿を二人で眺めて胸をなでおろして、今度こそ安堵の息を吐いた。
「ばれたかと思った⋯⋯」
「私も。心臓に悪いわ」
てか学園祭の手前にゲーム三昧かよ、今更ながら心内で突っ込んでみる。
無事店内から白兎が出ていくの確認してから二人同時に立ち上がって、少し見つめあってから一緒に笑う。
「私たち、バカみたいね」
「間違ってなさそうだけどね」
「それもそうかも。さて、会計に行きましょうか」
無事買いものが終わり袋に詰めれば大きく膨らんだレジ袋が一つと、小さなものがもう一つ。
「買いたいものって、ケーキだったんだ」
「だから言ったじゃない。祝いに必要なものといえばこれしかないじゃない」
「そこまでは言われてなかった気がするんだけど、まあ確かに祝いといえばケーキってイメージはあるかな」
「本当なら私が作りたいんだけど、作ってたら日が変わっちゃいそうだから、仕方なくね」
小さいほうを持つ彼女は悔しそう。
「そもそも唐突すぎるのよ、どっきりっていうのはよくないわ」
「と言われても昨日の夜に思い付いた、いや、決心? したんだからどっきりってわけでもないと思うけど」
「予告されたらそれはそれでなにか違うと思うけど、それでもこっちが準備できないのはいろいろと不利よ」
だから、と彼女は付け足す。
「もうこういうことにはしないように、ね?」
この後のことは言うまでもなく、甘い一日として二人の中に刻まれていく。