朝5時半。
重たい瞼がゆっくりと開かれ、私の意識は覚醒する。
開けて最初に視界に入ってくるのはあどけない姿で眠る彼の姿。
私の朝は、これから始まる。
彼の寝顔は変わらずあどけない。
起きて私の隣にいるときとはまた違う彼、どこか無邪気な彼の一面。
自然と頬が緩んでいくのがわかる、自分の頬を両手で包み込んで俯いて、もう一度彼を見る。
「ん……」
私がいるせいで狭くなったベッドの上で、寝返りを打ち、彼は私の逆方向を向いてしまう。
彼の背中がこちらに向けられ、私はつい言葉を出してしまった。
「……なんでよ」
文句を言って、そっと背中に抱きついて顔を埋める。
暖かい体温が直に伝わってきて、また頬が緩んでいく。
ああ、好きだなあ。
「おはよう私」
自分にそう言って私は愛しい彼から一旦離れ、朝の支度をし始めるのだ。
今日は洋食の気分だったから、私は冷蔵庫から必要なものをいくらか取り出した。
油を引いたフライパンの上に、卵を割って落とす。
その横でベーコンを二枚ほど添えて、じっくりと焼いていく。
彼はちょっと焼きすぎか程度が好きだから、一時放置しサラダを作る為に冷蔵庫からキャベツやら何やらを取り出し、刻み込んで木で出来たお皿の上に盛り付けてごまドレッシングをかけサラダの完成。
ちょうど焼きあがっている時間だと時計を見ながら確認し、フライパンの上で今も焼かれている目玉焼きとベーコンをお皿に乗せる。
同時に横のトースターが音を上げ、焼いていたパンが完成し、それを置けば今日の朝食の完成だ。
うん、ちょうどいい焼き加減、伊達に作ってないわね、なんて自画自賛しながらリビングのテーブルにそれらを見栄え良く置いていく。
朝ごはんはこれでできたとして、そろそろ起こしたほうがいいかしら、でも彼昨日疲れてたしもう少し寝かせてあげたいという気持ちもある。
再び時計を確認すると今で七時前、家からは8時に出れば余裕で間に合うが、寝かせてしまうと朝ごはんが冷めてしまう。
今回ばかりは少し自分が悪いなと自覚し苦笑して、私はさっきまで寝ていた彼の部屋へと赴いた。
相変わらずの寝顔を見せている彼の傍に腰を下ろし、そっと揺らし声を掛けた。
「ほら、起きなさい。朝よ」
「……」
声を掛けるも彼は寝続けている。
流石にやりすぎたか、相当疲労しているらしい。けれどここで寝かせたら最悪ギリギリで登校してしまうかもしれない。
ここは強引に先程よりも更に揺らして見る。
「んん……」
起きたかと思えばまた私に背を向けてくるのでムッとする。
そろそろ起こそう、無理やりに。
覚悟を胸に、私は立ち上がり、腰に手を当て、口を大きく開けて。
「起きなさい!!!」
「はいぃぃぃぃぃ!?」
思いっきり起き上がった彼は驚きの表情を見せる。
やっと起きた、少しの呆れとともにくる何かを抑えて、私は彼の朝一番の話し相手になるのだ。
「おはよう、朝ごはんができてるわよ?」
「朝ごはんって……ああ、ありがとう?」
「どういたしまして」
あくびをしてから、彼はベッドから這い出た。
まだ眠いのか目を擦って部屋から出ていく彼の背を追うように私も部屋から出る。
洗面台に行っているのだろう、彼のいない殺風景に思える部屋のテーブルのサイドに置かれた椅子の片方に座って頬杖をしながら彼が来るだろう廊下の先を見ながらを待ち続ける。
数分して、目が覚めたいつもの彼が現れる。肩を下ろしてまだ疲れを残している体を椅子に置いて目を瞑り手を合わせる。
私も彼と同じく目を閉じて手を合わせた。
「「いただきます」」
両者、共に言葉を口にして目の前のご飯を食べ始める。
まあ私はマーガリンを、彼は苺ジャムをパンに塗りつけているのだが。それを口にしてからベーコンを半分ほど食べ、サラダをフォークで刺してから口に運んだ。
「今日は仕事どうなの?」
「結構ハードね、学校にもいけないもの」
「それはまたハードなことで」
「夕飯にも間に合いそうにないわ。大丈夫かしら?」
「……あのね、元から今の高校に行くなら一人暮らし確定なの知ってる上で練習してるからね? 俺だって料理できるから」
「そこは問題ないわよ、私は自分の作ったものを貴方に食べて欲しいだけだもの。今日もここで寝ていいかしら?」
「自分の家という選択肢がないのか……」
「貴方と寝たほうが心地いいもの。何なら今度は私の家に泊まる?」
「考えとくよ、うん」
目玉焼きを食べ終えて綺麗になったお皿を重ねている頃には彼も食べ終えていた。
再び両手を重ね2人して「ご馳走様」と言ってから一緒に食器を持ちながらにキッチンにまで足を運ぶ。
蛇口から出る水と洗剤を染み込ませたスポンジでそれらを洗い、横で布巾を片手に待つ彼に渡すとそれを拭いて食器おきに綺麗に置いていってくれる。
本当に愛おしいと感じてしまう、彼のいる生活はどれもこれも色付いた幸せな物だと確認する。
何気なくいつもやっているようなこんな出来事でさえ仕事への活力としては十分で、今日も1日全部張り切っていけそうだと思えるくらいにだ。
「じゃあ戸締りは今日は飛鳥がするの?」
「ええ、そうなるわね」
「そっか」
無事洗い終えた食器たちを後にして彼は自分の部屋に、私は一応ある私の部屋に移動する。
部屋の片隅にタンス、その横に化粧台、もう少し奥に行けばピンク色の可愛らしい布団の敷かれたベッドが見え、その他にもいろいろとあるこの部屋は年頃の女の子の部屋っぽい。
これら全て快の両親が買ってくれたものだ。当然お金は払おうとしたが彼の両親は「将来の娘のため」なんていうものだから断るにも断れずこうしてあるのだが、実際使っているのはタンスと化粧台くらいである。ベッドに関しては数回しか使ったことがない、理由は御察しの通り。
タンスから仕事に行く用の服を取り出して、私は服を脱ぎ始める。
自分で言うのもなんだが、本当にできた体だと思う。
白い肌、細い体、曰くいいぐらいの大きさの胸や、鏡に映る碧色の瞳、流れるように綺麗な金色の髪。
アイドルにスカウトされた理由の大半はやっぱり体なんだろうし、私のファン達も「可愛い」という理由なのだろうから、相当なものなのだろう。
「ふう」
無事着替え終え、部屋から出れば今度は逆に私を待っていたようで準備を終えた彼が頬づえをしながら待っていた。
「少し遅かったけど、何かあったの?」
私を見る彼に何もないと答えた。
不思議そうに見つめるものだから少し視線をずらして時計を見る。短針が既に8を超えている、そろそろ彼は家を出ないといけないのだろう。
バックを片手にドアまで歩く彼に並んで私もドアの方まで行く。
玄関あたりで足を止め、靴を履く彼を見て思う。
彼は、私の事を体目当てで、なんて思ってないだろうか?
万が一にもないと言える自信はあるが、それでも不安がこみ上げてくるのも事実だ。
これがばかな考えだと理解してはいるけれど、どうしても考え込んでしまう中、彼の声で私の意識は呼び戻される。
「飛鳥」
「何? ……!?」
呼ばれて顔を上げた途端、私の唇に柔らかい何かが当たった。
すぐ前に愛しい彼の顔が映り、続いて背中に手が回された。
本当に珍しいことすぎて意識が持っていかれそうになっていると彼が唇を離した。
「飛鳥、好きだよ」
それだけ言ってドアを開けて家から出て行った彼。
唇に手を当てる、まだ残る彼の感触は不思議と何かを伝えてくるようで。
どうやら私の一瞬の不安はばれていたようだ、なんとも恐ろしい私の彼。
でも、そんなところが愛おしいと思える私はきっとどうにかしているのだろう。