飛鳥はツンデレキャラのはずなのにお嬢様キャラになってる気がする……
「お疲れ様です」
そう言って私は事務所を後にした。
時刻は既に10時半、ここに来た時とは違い空は星々が散らばり綺麗なキャンバスとして完成していた。
この時間だともう快は寝ているかしら、起きているのなら、なんて願望を込め、私はバックからケータイを取り出して連絡先の中からたった一人の大事な人の名前を探し出した。
いつ見てもこの名前だけはどの名前よりも特別なものを感じてしょうがない、自分が彼を好きなのだと再確認される瞬間の1つだ。
付き合い始めて長いのに、少し緊張するから深呼吸をして心を落ち着かせる。
思いを込めて、彼の名前をタップし耳元に当てると数秒して彼の声が聞こえてくるのだ。
『仕事終わったの?』
「ええ、今終わったわ」
まだ起きていてくれたことに感謝しつつ私は駅に向かって歩き続ける。
この時間だと帰ったらもう日付が変わってしまいそうではあるけれど、果たしてどうしたものか。
「快はまだ寝ないの?」
『寝ない、君の相手になってるから』
本当はもう少しで寝ようと思ってたんだけどね、と付け加える少年の声は私を俯かせるに十分だった。
顔が少し赤くなってるかも、誰かに見られたらどうしようなど思いながらも内心はとても嬉しくて。
「あ、ありがとう」
『どういたしまして』
全く、彼は反則だ。
私が勇気を出して言った言葉でも、平気で返してくるんだから。
毎日平気そうにしているものの、本当はいつもドキドキしてしょうがないのに、彼は何もないように私に笑顔を向け、喋ってくる。
なんで私だけ、こんなにドキドキしないといけないんだろうか? なんて不安も今はない。
彼に恋した自分がいるから、答えはそれだけだ。
『えーっと、君がいる場所からだと結構時間かかるな。どうしようか」
「どうしようって?」
『秘密』
ケータイの奥から何かをゴソゴソとする音が聞こえるが、何かあるのだろうか。
思うがままに、思考を広げ何をしているのかを探るがわからない。
彼のことだから自分の部屋にいただろう、あそこにあるものといえば服が入っているタンス、勉強の机にベッドぐらいだ。
何かを探るような物音はこれらのどこかから発生したものだとするならば、彼は今何をいじっているのだろう?
お風呂には入っただろうから服の入ったタンスは多分無い、ならば机か?机の引き出しに彼は何か入れていたのだろうか?
『飛鳥、今どこあたり?』
「ーー市だけど」
『わかった、少しミュートにするから』
彼がそう言うとほんの数秒だけれど、あちら側の音が完全にシャットダウンされた。
無音のケータイはどこか寂しさを覚えさえ、虚を突きつけてくる。
もう、早く出なさいよ、心の中で文句を言いつつ待ち続けると彼の声は再び戻ってくる。
『ごめん、やっと過ぎたから』
「過ぎた? 何を?」
『それも秘密』
さっきの数秒間で彼は何をしたのだろう。
本当にたった数秒、そのうちに何ができたというのだろうか。
まさか誰か他の女の子を家に呼んでいたとか? それはないと信じたいがそれ以外だと何があるだろうか。
『今日は冷えるね、大丈夫? 家出るとき少し薄着だったけど』
「大丈夫よ、事務所に置いてた服上着てるから」
『ならいいけど』
いつの間にか駅についていた私は定期を取り出して改札を抜けて5番乗り場へ向かった。
ここからだと1回乗り継ぎをしないといけないのがまたなんともまどろっこしい。
ああ、早く帰りたいな。出来るならば、もう一度彼に会いたい。
「早く電車こないかしら」
『何分のやつに乗るの?」
「45分のに乗る予定だけれど」
『45分、となるとこっちにくるのは日が変わる前ぐらい?」
「そうなるのかしら」
丁度電車が来たのでそれに乗り込んで一番端の席に座った。
帽子を少し深くかぶって、窓ぶちに肘をついて外を見る。
電車のドアが閉まり電車が動き始め頃には彼の声は電話から聞き取れなくなった。
声どころかあちらの音までもが聞こえなくなった、まさかまたミュートだろうか?
「……快?」
『あ、ごめん。ミュートしてた』
「さっきからなんでミュートにしているの?」
『……秘密』
「秘密って」
気になるじゃない、気になって仕方ないじゃない。
もやもやする気持ちを必死に抑えていると私が乗り継ぎする駅に着いた。
今日は快の家にまで行って問い詰めてやるんだから、できた1つの目標を心に開かれた扉の先に行こうとすると。
「おかえり、でいいのかな。飛鳥」
彼が、目の前にいた。
「か、快」
「ミュートしないとばれそうだったから、どうだった?」
彼の言葉によって全て察した。
最初のゴソゴソ音は外に出るために服を探すため、その次のミュートは家を出る際のドアの音を聴かせないため。
その先にあったものも、私に来ていると気付かせないため。
「……びっくりするじゃない」
「なら成功だ、やり返しにもなった?」
彼は私の手を引っ張って、横に停車する電車の中に入っていく。
誰もいない車両の中でたった2人、彼が先に席に座って自分の横を叩くから私はその横に座った。
「この後はどうするの? 君の家まで送る気ではいるけど」
どうやら私の家まで見送る気だったらしい。
させない、そんなことさせてたまるものか、私だってやられっぱなしは嫌だ。
「快、私今日は貴方の家に泊まるわ」
「……わっつ?」
下手な英語で言われた言葉についつい笑ってしまう。
「明日が学校だから、なんて言い訳は無意味よ」
「……完敗です」
肩を落として、ガクッとする少年も、心なしか嬉しそうだ。
私の彼は、とても優しい少年です。