俺の彼女が人気アイドルなんて言えない   作:美宇宙

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俺と私の開校祭
俺の彼女はアイドルです


 秘密、それは他人には言えないことを内に潜めることを言う。

 例えば自分の大切なものの隠し場所、はたまた私事など、その幅はどこまでも広い。

 かくいう俺、織村快にも秘密の一つや二つは存在する。

 

「はあ」

 

 溜め息を一つ、ここで吐いてみる。

 学校の窓から眺める空はいつも通り青く、どこまでも透き通っている。

 そんな空同様にどこまでも普通な俺には、皆には言えない秘密がある。

 

「快!」

 

「何? 白兎」

 

 この男、蓮原白兎は俺の知人の1人である。

 俗に言うオタクという部類に入るこの男が来た理由はだいたいわかってしまう。

 

「Mステの『フェリアス』の新曲聴いたか!?」

 

「……一応」

 

 フェリアス、それは今大活躍のアイドルグループの名前だ。

 今や日本全体に名を馳せるまでに成長した彼女らの新曲が、昨日のMステにて披露された。

 いつも通りの人気ぶりを見せ幕を閉じたのは記憶に新しい。

 この話に釣られ近くにいた1人の男子も話に混じり始めた。

 

「お前も見たのかよ!? 飛鳥ちゃん本当に可愛いよな!」

 

「おう! 流石は我が校が誇る天才アイドルだ!」

 

 彼等の会話の中に出てきたな名前、フルネームは渦宮飛鳥という少女。

 この学校に在籍するフェリアスのセンターを務める彼女は常に人の渦の中心にいると言っても過言ではないほど常に人に囲まれる人気を見せている。

 そんな彼女の名前が出た時、俺の体はピクッと動く。

 やっぱり慣れないなあ、心の中で苦笑しつつ俺は彼らの話に耳を傾けた。

 

「そういえばさ、ある噂を手に入れたんだよ」

 

「噂?」

 

「そう、噂」

 

 噂ねえ、俺は特に耳に入れた覚えはないけれど。

 

「なんか、飛鳥ちゃんが男と帰っているっていう噂がだな」

 

 ……やっぱり慣れないなあ、これからも慣れそうにない。

 

 

 夕陽の広がる赤い空の下、俺は帰宅路を歩いていた。

 校門にいなかったって事はもう家にいるのかなあ、本当にばれたらどうするんだか、まあバラしたくないと言い始めたのは俺だけれど。

 今日のご飯は何かな、今日は結構疲れたから少し多めでがっつりいけそうな物がいいな、とか考えていると家はもう目の前。

 普通にあるマンションに入りエレベーターで三階まで上がり、その奥の『307』と書かれた部屋の前に立つ。

 ドアノブに手をかけ、ゆっくりと捻りドアを引いた。

 

「ただいま」

 

「おかえり。早く着替えて、あと手洗い」

 

「はいはい」

 

 聞き慣れた声に言われた通り部屋着に着替え手を水で洗い流した後声の発生源であるリビングに向かった。

 そうすれば、リビングに隣接されたキッチンで何かを煮込んでいる少女の後ろ姿が目に入るわけで。

 何時もは頭の両サイドで縛っている金色の髪を邪魔にならないように一まとめにして縛り、すらっとした立ち姿はつい彼女の本職を連想させてしまう。

 

「ただいま、飛鳥」

 

 もう一度、帰宅する際に使われる言葉を言えば彼女はこちらに振り向いて笑って口を開くのだ。

 

「おかえりなさい、今日は遅かったじゃない」

 

「友達と喋っていた、というか付き合わされた」

 

 紹介しよう。

 今現在通い妻状態の俺の彼女、渦宮飛鳥。

 フェリアスのセンターを務める少女であり、今日本に彼女の名前を知らない人はそうそういないだろうというほどの知名度の持ち主。

 俺の秘密の正体、正に彼女がそれに当たるのだ。

 

「それでも彼女を家に一人にするのはダメだと思うわ」

 

「勝手に上がりこんでいるあたりそのセリフはおかしいと思うんだけど」

 

 家の主である俺よりも先に入れている理由は合鍵があるというものである。

 俺たちが付き合ってることはすでに俺の両親に伝わっており、俺が高校に入り一人暮らしする際に彼女に両親が送ったのだ。

 それからというもの俺が帰るのが早かろうと遅かろうとほぼの確率で彼女は家にいる。

 

「いいじゃない、家事全部してあげてるんだから」

 

「いやあ、頭上がんな……それくらいなら俺でもできるよ」

 

「手間は省けるでしょ?」

 

「そりゃそうだけども」

 

 我が家の家事全般は言われた通り彼女がやっている。

 掃除洗濯料理食器洗いetc……とにかく全部彼女がやっているのだ。

 本当に凄いと思う、完全に支配されてる気がするよ、俺。

 

「快、ご飯できたからお皿準備して貰っていい?」

 

「わかった、今日のご飯は?」

 

「肉じゃがよ」

 

「おお、それは嬉しい」

 

「ご期待に添えて何よりね」

 

 彼女に言われた通りに食器を幾らか取り出して彼女に差し出せば鍋の中の肉じゃがを皿の中に適量よそって、俺に差し出してくる。

 それを持ち机の上に並べれば食事は目の前だ。

 

「さあ食べましょうか」

 

 俺の向かい側の席に座り、目を閉じて手をあわせる。

 俺もそれに合わせ、彼女と同じ行動をとり、共に唇を動かした。

 

「「いただきます」」

 

 目を開き、先ずは本命の肉じゃが、その中に含まれているじゃがいもを口に含み、噛んだ。

 味の染み込んだじゃがいもからは当然ながらも風味、そして味が滲み出て、俺の舌を刺激する。

 続き、次はご飯を箸の上に乗せ食べる。

 

「いつも通りの美味しさだ」

 

「いつも通りって、肉じゃがをあなたに出すのはこれが初めてだと思うんだけど?」

 

「全部共通で、って意味で」

 

 本当に美味しいと思う。

 アイドルとしての活動として時々ではあるが料理番組に出演しているときだって一言一句見逃さず、次の日の料理は大抵それを料理の過程に含んだものを出すのだが、これも初めてかと思うほどに美味しい。

 が、最初だと絶対納得いかず、改良点を考えながら食べる彼女もまた綺麗に見えたり。

 そんなこんなで数回すれば完全に我がものにする彼女の料理は文句の言いようがないほどに美味しい。

 

「快の好み的にもう少し甘めの方が良かったかしら?」

 

「いやこのままでも十分美味しいと思うけど」

 

「いいから答えて」

 

「まあ確かにもう少し甘めの方が好きかな」

 

「そう、ならもう少し砂糖を足そうかしら」

 

 食事中なのに自分の好みに合わせようと箸で空に何かを書くようにくいくいと動かしている彼女が愛らしい。

 何もない普通の出会いを経て、今こうして恋人同士で机を挟んで一緒に食事している事さえもが愛おしく感じて仕方ない。

 随分と甘ったれた人間になったと思うがそれが嫌だとは思っていない。

 

「そういえば、前一緒に帰ってたの、知り合いにばれてた」

 

「あら、わざわざ生徒が少ない道を遠回りして帰ったのに?」

 

「噂って言ってたから見てたのは違う人なんだろうけど、やばいかなあ」

 

 はむ、と肉じゃが主将の肉を口に放り投げて俺はこの先の事を考える。

 あの道は確かに少ないとはいえ生徒達も通るがそれでも時間帯的にもいないと言っても過言ではないぐらいの場所だ、実際帰る時は誰もいなかったし。

 

「私はばれてもいいわよ?」

 

「ダメです、絶対」

 

「そこだけはほんと譲らないわよね貴方」

 

 彼女とは正直いうといられる時間が少ない。

 なぜかと言うと俺は学校では彼女と接触しないからだ。

 仕事がないときは極力学校に来ている彼女だが来たら来たらでいつもいつも人の中にいる。

 そんな状況で俺が接触するわけにはいかない。

 

 だってこれは、秘密の恋だから。

 

 アイドルが誰かと付き合ってるなんて知れてみろ、次の日のニュースはそれで染まることだろう、しかもそれは彼女にとってはいらぬ方向に進むこと間違いなしだ。

 ならばばれないように、ただ眺めるほかない。

 その結果が今の状態を作り上げているのだ。

 

「私は貴方と居たいわ、何処であろうと貴方が一緒なら問題ないもの。でもその逆は嫌よ。貴方がいない世界なんて無意味に等しいわ」

 

 真剣な眼差しで俺を見ながら彼女は告げる。

 我ながらなんとも難しい立ち位置にいる事でこのような事を考えない日がないなんていう訳ではないのだ。

 俺だって彼女の側にいたい。

 飛鳥が他の誰でもない俺の彼女である事を証明したい、でもそれをしてしまえば何かが壊れかねないのだ。

 

「まあ、私の事を考えてくれる貴方のことも好きだから、今は秘密にしておくわ。でも覚えておきなさい?」

 

 ーー私はいつだってバラせれるんだから。

 

「ふう、食べたあ」

 

「ご馳走様ね。ほら、お皿片付けるの手伝って」

 

「はいはい」

 

 2人分の皿を持ってキッチンに移動し、彼女の手伝いを開始する。

 と言っても彼女が洗った皿を拭いて食器置きに置いているだけなのだが。

 

「この後は?」

 

「仕事。なんだったかしら、あの事件の秘密に迫る! 秘密スクープって番組だった気がするわ」

 

「ああ、あれ」

 

「あら、快ってテレビ見る方だった?」

 

「正確には母さんだけど」

 

「お母様が見られるの?」

 

「あの人ああいう番組好きだから」

 

「なら頑張らないと」

 

 皿をどんどんと片付けつつもここで気合をいれている彼女に苦笑を漏らしながらもどんどん渡される皿もとうとう終わりの1枚、受け取ったそれを拭いていると彼女が自分の腕に付いている時計に視線を落とした。

 時間は午後6時、確かあの番組は9時、ここから彼女の事務所に行くのに2時間だったか、それぐらいかかるはずだからもう行かないといけないのか。

 

「これで終わりね、時間も時間だし見送ってもらってもいいかしら?」

 

「勿論」

 

 最後の皿を置いて、俺は準備をし終えた彼女と共に玄関まで赴いた。

 2つ置かれた靴の片方を彼女が履き、家の扉を半分開く。

 そこで、自分の頬に人差し指を当て、何かを思いついたかのように手のひらに拳を乗せた。

 

「ねえ快、こっち向いて?」

 

「ん? 何を……!?」

 

 言われた通り彼女と向き合った瞬間、彼女の顔がすぐ目の前に、唇に柔らかい何かが当たった。

 たった一瞬、けれどそれは甘い余韻を残していった。

 

「覚悟しなさい?」

 

 彼女の決め台詞が放たれ、いたずらに成功したと言わんばかりに無邪気に笑う。

 俺が唖然と自分の唇に手を当てていれば、彼女は「行ってきます」と言い残して、我が家を後にした。

 


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