やはり俺の九校戦はまちがっている。   作:T・A・P

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九校戦編 柒

 比企谷は式の途中で会場から外に出た。

 その顔には一切の表情と言う表情がなく、どこかに捨ててきたと言われれば信じてしまうほどだ。それでも自身の役割を忘れていないようで、音もなく端末を取り出して操作すると懐にしまいホテルの外に出る。

 夏の真っ只中とはいえ外はもう暗く、夜の帳が落ちていた。ホテルから漏れる明かりで暗いと言う印象はないが、それでも世界は夜である。

夜、暗闇、闇。

悪意あるものが、害意あるものが動き出す時間だ。

今この瞬間もホテルの敷地外から三つの影が侵入しようと、周りにめぐらされているフェンスを上っていた。

「ああ、ちょうどいいな。

こいつはただの八つ当たりみたいなもんだが、恨むんなら自身のタイミングの悪さと、てめぇらの組織を恨め」

 木の陰から両手にCADをつけた比企谷が姿を現した。唐突に現れた比企谷に侵入者は驚く様子を見せず、フェンスから内側に飛び降りると一人は銃を構え残りの二人は拳銃型CADを向けその指は完全にトリガーを引く瞬間だった。

「反応はいいが、既に魔法を発動している相手に対しては致命的な遅さだ。つか、ここは逃げの一手だろ」

 そう、拳を握ったあとに呟いた。

 フェンスの下には手足が根元から消し飛ばされ、咽が抉れた侵入者が転がった。まだ息はあるものの、かろうじて死んではいないと言うレベルだ。芋虫のようになった侵入者たちの目はマスクで隠されておりうかがい知れなかったが、おそらくそのマスクの下にある双眸は徐々に失われていく命を感じながら絶望にまみれているだろう。

 そのまま放置しておいても死亡と言う結果は変わらないだろう、だが、比企谷は手のひらを開き鬱憤を込めるかのように手の中にある空気を念入りに握り潰した。

「……コポッ」

 侵入者の抉られた喉から大量の血液が噴き出した。

 小さな噴水のように喉から噴き出した血液は、喉を伝って地面に落ちるものと飛散し細かい雫となって周囲に降りそそいでいく。体の中に残った血液をさらに排出した事により侵入者の命は風前の灯だろう。まぁ、それ以前に、下腹部から下半身にかけて消失して生きている人間がいればの話だが。

 比企谷はコンマ数秒、そんな侵入者の遺体を冷めた目で見降ろしたあと、深いため息をつくと両手のCADを使い処理を始めた。

 一分もかからず迅速に処理を終えた跡には血の一滴も残っておらず、一見したところで争いがあったとはとても思えないくらいになっていた。ただ、それは視る者によってはすぐに看破できるものである。完全な隠ぺいなど不可能に近い故に。だから比企谷は、なにがあったか、よりも、誰がやったのか、を重点に消滅させていた。

侵入者の邂逅から処理まで五分と経たず終わらせると、ようやくホテルに在住しているとおぼしき軍関係者が数人駆けつけてきた。すぐにその事に気がついた比企谷は姿を消すと、軍関係者の横を悠々と歩いてホテルの入口へと移動する。

移動中、再び端末を取り出すと『無頭竜の先遣隊を発見し消滅。後に実行部隊の可能性あり』と送ると周りに人の気配がないことを確認して姿を現し、何事もなかったかのようにホテルの中に入って自分の部屋へ足を向けた。

 

 

 

 一度部屋に戻って装備を整えた比企谷は再びホテルの外に出てくると人気のない場所へ姿を隠し、暗闇と同化しながら巡回を始めた。

 さっきの騒動未遂のせいなのだろうか、それとも通常業務なのか、たまに巡回している関係者を目にしたがそこまで危機感を抱いているように見えず、おそらく現場に向かったのは新人で異常なしと判断し機械の誤報として処理したのだろう。

 それからいくらか時間が経ち、今日が明日に明日が今日に変わるまでもう少しと言った時だった。先遣隊の連絡がない事に不審を抱いたのか、それともそう言う手はずだったのか、拳銃と爆弾を持った三つの人影がすでに敷地内へ侵入していた。

 存在を消した比企谷は早急に現場へ急ごうとしたが、同じように向かっている二つの人間に気がついた。

 一人は巡回中にも見かけた吉田であり、もう一人は身のこなしから判断するとどうやら司波達也のようだった。

比企谷は吉田一人であれば少しばかり手を出そうと考えていた。別に吉田を助けるためと言うわけではなく、雪ノ下と由比ヶ浜が頑張ってきた九校戦を不確定要素で中止にしないよう動こうと考えていただけである。

しかし、上手い具合に司波達也が動いたおかげで、比企谷は一歩引いたところで二人の動きを監査する事に変更した。

先に侵入者と接触を果たしたのは吉田だった。かなり高度な隠密術を使い、侵入者に近い木陰に隠れて呪符を使った古式魔法を発動しかけていた。このまま魔法を発動すれば平和的に侵入者を制圧できるだろう、だが吉田が発動しようとした魔法の発動プロセスには少しばかり無駄な回路が存在していた。

それ故、発動前に吉田の気配に気がついた侵入者たちは拳銃の銃口を向け、今まさに引鉄を引こうとした瞬間、拳銃はバラバラに解体され飛び散った部品が地面に落ちていく。その直後、空中に生じた小さな雷が三人の賊に降りそそぐと、侵入者は意識を飛ばして倒れた。

比企谷はそれを確認すると、スッと気配と姿をくらました。この場に向かって近づいてくる手練れのないような気配に気がついたからだ。息を殺し、存在を殺しその姿の端を目にすると今できる最速で離脱した。

「あ~ぜってぇバレてたな。こんなんで出てくるんだったら使っとくんだった。つか、やっぱあいつは一〇一の所属か」

 チラリと暗くて何も見えない後ろを振り向くと、

「それに加えて分解か。ここまで似てると、笑うしかねぇかもな」

 そう、自然に口から言葉が洩れていた。

 

 

 

 

 


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