須賀京太郎が逆行するお話   作:通天閣スパイス

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日刊1位ありがとうございます。こんなん考慮しとらんよ……!







ニ話

「――――リーチ」

 

 

 

 ツモってきた{二}を、手牌の右端に置いて。その代わりに一番左端の{一}を、横の状態で自分の河へと置く。

 それと同時に手元の点棒置き場から、1000点を表す棒を一本、卓上に突き刺すようにして置いた。

 

 所謂、『リーチ』と呼ばれる行動である。

 麻雀で見られる一般的な、おそらく最も目にする回数が多いであろう行為。千点棒を委託し、自分のテンパイを宣言して、上がり牌以外のツモ切りを強制させられる代わりに、一翻の役を得るというものだ。

 

 この宣言をしたということは、『こいつはあとたったの一枚で上がる』というプレッシャーを相手に与えるということでもあって。

 現に、俺がリーチを宣言した今も、俺と卓を囲んでいる三人――対面の原村和、下家の片岡優希、上家の染谷まこは、皆少なくない反応を見せていた。

 

 

 

「……三巡目リーチ、ですか。随分と早いですね」

 

「うぬぬ、京太郎のくせに……。ええいっ、今が南場でさえなければー!」

 

「おうおう、落ち着かんかい優希。ええからはよツモれ、次はおんしじゃ」

 

 

 

 三者三様、様々な反応を見せる三人。

 

 生粋のデジタル打ちで、素の実力は全国でもトップレベルの少女、原村和。

 東場の爆発力は凄いが南場は失速してしまう、タコス命の元気少女、片岡優希。

 実家が雀荘を経営している、染め手大好きな広島弁の先輩、染谷まこ。

 

 俺が再び入部した清澄高校麻雀部の面々は、わいわいがやがやと雑談を交わし合いながらも、俺のリーチに対する警戒を少しも揺らがせることはしなかった。

 

 

 

「……ま。これなら通るだろ、普通に」

 

 

 

 そう言ってオタ風を切る、優希。

 

 逆行前では俺が初心者だったということもあって、こいつが俺に対して上から目線で絡んでくることがかなり多かった。

 なのに、俺がこいつに対して隔意を抱くこともなく、むしろ世話を焼くようにして色々と相手をしてやったのは、こいつに不思議な魅力があるせいだろうか。

 可愛らしい容姿と、フレンドリーな雰囲気と態度も相まって、友達を作るのが非常に上手かったことを覚えている。

 

 まあ、逆行した今でも俺に対する態度があまり変わらない辺り、上から目線の態度の原因は雀力と関係はないんだろうが。

 その辺りのことは未だ、残念ながら分かっているわけではない。

 

 

 

「……」

 

 

 

 無言で、字牌を落とす和。

 

 俺の初恋の相手であり、俺が初めて憧れた麻雀の打ち手でもある彼女は、後に咲の無二の親友になる少女だ。

 あまりにも咲と彼女が仲良くなりすぎて、咲がだんだん俺から離れていった遠因ともなる彼女ではあるのだが、そんな未来のことはひとまずおいといて。

 真剣に牌を見つめ、部活であっても麻雀に対して真摯に向き合っている彼女の態度は、今の俺から見ても憧れと好意を禁じ得ないものだった。

 

 

 

「おい京太郎、なーに和に熱い視線を送っとんじゃあ。粉かけるんなら、部活が終わってからにせんかい」

 

 

 

 そんなことを考えていると、ついつい和の顔を見つめてしまっていたらしい。

 まこ先輩の言葉でふと現実に立ち返れば、彼女の手がちょうど{①}を捨てたところだった。

 

 まこ先輩。そういえば、逆行前では彼女に随分とお世話になった。

 清澄が全国で優秀な成績を修めて、麻雀部全体が熱に浮かれてしまって。その結果、初心者である俺の肩身が狭くなってしまった時、色々と世話を焼いてくれたのはまこ先輩だ。

 自分も忙しいだろうに、よく俺に麻雀について教えてくれて。部室では打ちづらいだろうと、彼女の実家の雀荘で特別に打たせてもらったりしていた身としては、正直彼女に頭が上がらない気持ちでいっぱいである。

 

 翌年になって、麻雀部に大量の女子部員が――やはり男子は活躍しなかったからだろうか、男子部員はほぼいなかった――入り、本格的に部内に居場所がなくなってきた時、逃げ場所を作ってくれたのもまた、まこ先輩で。

 彼女が教えてくれた雀荘を巡ったり、たまに彼女の知り合いのプロと打たせてもらっていたあの頃は、俺の麻雀歴の中でも特に楽しかった頃の一つだった。

 

 まあ、逆行前とは色々と条件が違う以上、今回も彼女が同じように世話を焼いてくれる保証はないけれど。

 それでも彼女に対する敬意は、大人になっても、逆行した今であっても、決して薄れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、それロンっす。リーチ一発三色イーペードラドラ……お、裏も乗ってドラ4っすわ」

 

「――うげっ」

 

 

 

 だからといって、手は抜かないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……しっかし。新入部員、もう一人ぐらい来んかのぅ」

 

 

 

 対局が一段落して、休憩を挟んでいた時のこと。

 コーヒーを啜りながら一息吐いていたまこ先輩が、ふとそんなことを漏らした。

 

 

 

「新入部員、ですか?」

 

「おう。部活を続けるだけなら、今のままでも問題ないんじゃが……せっかくだし、どうせなら大会で団体とかやってみたいじゃろ?

 

 京太郎は男子じゃけん、団体はこの状況じゃあ厳しいがの。うちら女子はあと一人で出れるんじゃよ」

 

 

 

 ひぃ、ふぅ、みぃ、よと指を折って数えながら、和の問いに答えるまこ先輩。

 

 清澄高校麻雀部の人員は、現時点で五人。俺と優希、和、まこ先輩、そして部長の竹井久。

 団体戦に必要な五人には、女子部員の数がもう一人足りなかった。

 

 それを聞いた和は、「確かにそうですが」と彼女に答えて。腕に抱いたペンギンのぬいぐるみを優しく撫でつつ、現実的な彼女らしい、自身の非楽観的な推測を口にする。

 

 

 

「しかし、それは難しいかと。もう春も終わりましたし、殆どの方は既に何らかの部活に入っていらっしゃるでしょうし。新しく募集するにしても、麻雀は初心者には取っつきにくいものですし……。

 なにより、そんなことをしてまで新入部員を加えたとしても、初心者がいる状態で勝ち抜けるほど、大会は甘くありません」

 

「……そこは、ほら。実は隠れた実力者がまだこの学校に隠れてたりー、とか」

 

「そんなオカルト、ありえません」

 

 

 

 キッパリ、と。半ば冗談だった希望的観測を斬って捨てた和に、まこ先輩は苦笑を浮かべていた。

 

 まこ先輩とて、本気でそんな夢物語を言っている訳ではない。

 ただ彼女は、麻雀部の仲間の実力を知っていて。麻雀に対する姿勢を知っていて。そんな彼女達が大会の華とも言える団体戦に出られない現状を、少し残念に思っただけなのだ。

 

 だからだろうか、彼女は一瞬だけ寂しげな笑みを浮かべると、次の瞬間には不敵な笑みへと表情を変えた。

 

 

 

「ま、そーいうもんかの。……ほれっ! もう一局打つぞ、おんしら!」

 

 

 

 休憩の終了を告げた彼女の言葉に従って、俺達は各々の憩いの場から離れると、部室の真ん中にある自動卓へと集まって。

 わいわいと雑談しながら先程と同じ席に座り、早速対局を始めようと、起家決めのサイコロを振ろうとして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あのー、すいませーん。須賀京太郎は、いますかー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そっと開けられた扉の隙間から聞こえた声に、その手を止めた。

 

 思わず全員が扉の方に視線を向けると、そこには一人の、扉から上体だけを出してこちらを窺う少女がいて。

 その少女に見覚えがあった俺は、つい反射的に、少女の名を口にしていた。

 

 

 

「……咲?」

 

「あ、京ちゃん! ……よかった、やっぱりここにいたんだ」

 

 

 

 俺を姿を見つけて、ホッと安心したように一息吐いた、咲。

 彼女はとてとてと俺に歩み寄ると、この部屋にいた俺以外の先客の視線に気づいたのか、「あっ」と短く声を漏らす。

 そしてあうあうとテンパりだしたのを見て、俺は小さく溜め息を吐くと、何か言いたげに俺の方に視線を向ける三人に対し、彼女に代わって紹介をした。

 

 

 

「あー……。えっと、こいつは宮永咲って言いまして。俺とは中学からのクラスメイトなんですよ、はい」

 

 

 

 そう言いながら椅子から立ち上がり、咲の背に回って頭を軽く押すと、ようやく正気に戻った彼女が「初めまして」という言葉と共に頭を下げる。

 

 それに対して一番に反応したのは、やはりというか優希で。

 彼女はその人懐っこい笑みを咲へと向け、興味津々といった風に話しかけていた。

 

 

 

「ほほう、咲ちゃんか。京太郎のクラスメイトを何年もとか、苦労してそうだじぇー」

 

「え? いや、そんなことは、全然」

 

「ホントかー? 別に我慢する必要なんかないじょ、私がタコスパワーでこいつを懲らしめてやるからなっ!」

 

「た、タコス……?」

 

「おい、優希。あんまこいつに変なこと吹き込むなよ、こいつがお前に毒されたらどうしてくれる」

 

「あっはっは! ちなみに、私は一年三組の片岡優希だ。よろしく頼むじぇー、咲ちゃん」

 

 

 

 そう言ってウインクとピースをして、自らの自己紹介を終える優希。

 

 続いて咲へと話しかけたのは、何かを考えるようにして彼女を見つめていた、和。

 優希との会話で多少落ち着いたのか、当初のビクビクとした雰囲気を薄くした彼女に対し、その口を開いた。

 

 

 

「宮永さん、でしたか。私は原村和、優希と同じ一年三組です。

 

 ……ところで宮永さん、先日川辺で本を読んだりしてました?」

 

「え、あ、はい。そうですけど……うひ、あれ見られてたんですか」

 

「ええ、まあ。……ああ、ただ気になっただけですので。別にそれがどうという訳ではありません」

 

 

 

 和の言葉に、少々恥ずかしそうに頬を染める咲。

 一方の和は、本当にそれがただ気になっただけなのだろう。彼女の返答を聞くと、すぐに興味をなくしたように彼女から視線を移していた。

 

 次に、というより最後に声を発したのは、何やら先程からにやにやと面白そうに笑みを歪めている――先日の山田と同じような笑みを浮かべた、まこ先輩で。

 彼女は「ほほぅ」と言葉を漏らすと、俺と咲の間で視線を往復させること、数回。

 

 

 

「おう、ワシは染谷まこ。学年はおんしらの一個上じゃ。

 

 ……しかし、成程。京太郎の彼女さんは、随分とめんこい娘じゃのぅ」

 

 

 

 からかうような声の調子で、そんな言葉を口にしていた。

 

 

 

「――――んにゃぁっ!?」

 

「なぬっ!?」

 

「……へぇ」

 

 

 

 それに対して反応したのは、顔全体を真っ赤に染めて全身をビクリと震わせた、咲。そして盛大に驚いた優希と、何故か納得したような声を漏らした和だった。

 

 まるで先日の焼き直しのように、あうあうとひどく慌てだした咲の姿を見ると、俺は再び溜め息を吐いて。

 てい、と彼女に軽くチョップを当てて正気に戻しつつ、咲達の反応を見て盛大に爆笑しているまこ先輩へと鋭い視線を向ける。

 

 すると彼女はくっくと笑いをこらえつつ、悪い悪いと手でこちらに謝って。

 未だ恥ずかしいのか、顔の熱をとるかのように手でパタパタと扇いでいる咲に向けて、軽い謝罪を告げた。

 

 

 

「かっかっか、冗談じゃ、冗談。すまんかったのぉ、宮永」

 

「……も、もう。私、京ちゃんの彼女じゃ、ありませんからね?」

 

「おう、おう、分かっとる分かっとる。……そんで、おんしはここに何しに来たんじゃ?」

 

 

 

 けらけらと笑いながら、咲に問いかけるまこ先輩。

 それを聞いて、ようやく咲が部外者だということを思い出したのか、有希と和も興味を持ったように彼女へと視線を向けた。

 

 今は放課後、部活動の時間である。

 何の用もない人間が、態々自身の所属していない部活、しかも活動中の部活の部屋を訪ねる筈もないというのは、少し考えれば分かることだ。

 

 ならば、いったい何の用で彼女は来たのだろうかと、彼女達は探るような視線を向ける。

 つい先程の会話を全員が覚えていたこともあって、その眼の奥底には、「もしや」という希望の炎が灯っていて――――

 

 

 

「えっと、大したことじゃないんですけど。京ちゃんと一緒に帰りたいなぁって思って、それで、その、部活がいつ終わるかを聞きに……」

 

 

 

呆気なく鎮火したその炎に、思わずがくりと頭をうなだらせていた。

 

 

 

「……ええっ!? な、なに、私なんか失礼なこと言っちゃいました!?」

 

「あー、気にすんな。ちょっと色々あってな、お前が入部希望者かもしれないって期待してただけだから」

 

 

 

 軽くショックを受けている三人に代わり、俺が今の事態の原因を咲へと説明してやる。

 それに合わせて麻雀部の現状、女子部員が一人足りなくて団体戦に出場出来ないという話も彼女に伝えると、彼女はどうにも複雑な表情を見せていた。

 

 何かを悩むように、迷うように。そんな表情を浮かべた彼女の頭を、俺はポン、と優しく叩いて。

 

 

 

「ま、お前が気にすることじゃないさ。それより、部活が終わる時間だったっけ? たぶんあと半荘一回くらいだろうし、それなりにかかるぞ?」

 

「え? ……あ、そ、そっか。じゃあ私は――」

 

「そだ、どうせなら打ってくか? お前ん家で麻雀の本見たことあるしさ、少しくらいなら出来るだろ?」

 

 

 

 何気なく、“何も知らない”ように――――彼女に誘いをかけた。

 

 

 

「……えっ!?」

 

「――何ッ!? 宮永、おんしまさかの経験者か!?」

 

「ひゃわっ!? ちょ、急に復活しないでくださいよ、染谷先輩!」

 

「よーしよーしそうかそうか、でかしたぞ京太郎! 確保じゃ優希、宮永を最大限のおもてなしで迎えてやれ!」

 

「あらほらさっさーっ!」

 

「うわ、ちょっ、服掴まないで片岡さん! わ、動かさないで、無理矢理席に座らせないで!?」

 

「……宮永さん」

 

「あ、原村さん! ちょっと助け――」

 

「とりあえず、実力を見ます。東風三回でいいですか?」

 

「予想外に乗り気ーーーーーーっ!?」

 

 

 

 ぎゃあぎゃあと騒がしい麻雀部の面々に、ついつい流されるまま。あっという間に俺に代わって卓を囲むことになった咲を見て、その様子の面白おかしさに、思わず笑いを堪える。

 俺の知っている流れとは随分違うけれど、それでもこうして、そもそもの切欠を俺が作らずとも麻雀部と関わりを作った彼女は、本当に麻雀に愛されているらしい。

 

 きっと、これから再び、彼女の物語は始まって。彼女と、そして清澄高校麻雀部の英雄譚は、今この時から紡がれてゆくのだろう。

 そう考えると、なんだか、凄く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――淋しい、気持ちがした。

 

 

 

 

 




Q.照チャースルーっすか?

A.次回は照チャーのターン。たぶん。きっと。メイビー。

Q.やっぱりハーレムじゃないか(憤怒)

A.え? アラチャーもヒロインにしたい?(難聴)

Q.これは修羅場やろなぁ……

A.修羅場のレベルくらいなら選べるんじゃないっすかね(震え声)

Q.結局嫁は(ry

A.エイスリンなら京太郎を幸せにしてくれると思った(小並感)

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