いま、来禅高校の屋上では三人の精霊たちが睨み合っていた。
一人目の精霊はこの事件の首謀者であり、黒と赤のドレスを纏って巨大な時計の形をした〈
二人目の精霊は天女を思わせるような美しい霊装を纏いながらも、巨大な炎の戦斧である〈
そして最後の精霊は紫色のフード付きのドレスを纏い、タロットカードの形をしている〈
いま精霊同士の対決という、前代未聞の戦いが始まろうとしていた――
「王花さァん……それに、そちらはどォなたですのォ?」
などと二人の精霊に質問する狂三は、先ほどまでのように余裕を含んだ顔から不機嫌そうに眉を歪めながら、この場に現れた精霊たちに警戒をしていた。
「邪魔をしないでいただけませんこと?せっかくいいところでしたのに。」
「貴方も私の邪魔を散々したでしょ?それに、何回も邪魔したんだから一発ぐらいは覚悟しておきなさい。」
「まぁ、そっちの方はよくわからないけどそういうわけにはいかないわね。貴女は少しやりすぎたわ。――跪きなさい。愛のお仕置きタイム開始よ。」
「く、くひひひ、ひひひひひひひッ……面白い方ですわねぇ。できると思いますの?貴方が?」
「えぇ、お尻ぺんぺんされなくなかったら、天使と分身体を収めて大人しくしなさい。」
「まぁ、私の方はお仕置き程度では済まさないつもりだけどね……覚悟はしておくことね。」
「ひひひ、ひひッ、貴方達にできると思いますのォ?残念ながら貴方達では――」
などと狂三が私たちに何か言おうとする前に私たち二人はそろってこう言い切った。
「「御託はいいから早く来なさい 狂三(黒豚)」」
……く、黒豚といったのは私じゃないわよッ!などと内心自分に言い訳するが、隣にいる少女が結構キツイ言葉を放ったのには少し驚いた。可愛い顔をしておいて何気に黒いわねこの子。
それに、どうやら狂三もその言葉にはカチンと来たようだ。あと、十香と白い髪の子を分身体に気絶させらしい。
どうやら拘束に回していた分身体含め、全ての分身体をこちらにぶつけるようだ。
「上等ですわ。一瞬で食らいつくして――差し上げましてよォッ!」
予想道理に無数の分身体がこちらに迫ってきた。このままでは十香たちと同じく数の暴力で徐々に押されていくことだろう……もっとも私たちが普通の人間だったならの話だが。
「【
私がただ一言呟くと、無数の分身体がその場に停止してしまった。さすがに本体を止めるにはもっと霊力を込めなければならないが――
「まぁ、数だけ多くいたって止まってればただの木偶よね……」
「感謝するわ。止まっている的なら目隠ししたって当たるわ――〈
そう言いながら赤い髪の少女が炎の戦斧を凄まじい勢いで振りぬくと、その場で止まっていた多くの分身体が一斉に両断されていた。あるものは腕が、足が、あるいは上半身が宙に舞い、地面に落ちる前に炎に包まれて燃え尽きてしまった。
「――っ!?私の【
これにはさすがに狂三だけではなく私も驚いたが、赤い髪の少女は特に動じずに少年の方へと降りて行った。
おそらく、あの少年が【
果たしてどのような人物なのかすごく気になってその顔を覗き込、ん……で……………
「――――えっ」
――突然だった、その少年を見た瞬間、私は何も言えなくなった。何もできなくなった――
――私の頭の中が空っぽになったみたいだった。私の人生で初めての事だった――
――だって彼を……五河士道を見た瞬間、私は――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
〈side 士道〉
自分を抑えていた狂三達も先ほどの琴里の一撃により消滅したおかげで、何とか身体を自由に動かせるようになったので慌てて体を起こす。しかし、琴里の攻撃によりできた火の粉が自分に降りかかるので叩き落としていると、琴里が〈
「こ、琴里……これは一体、それにあの精霊は――」
「説明は後、今はおとなしくしていなさい、士道。そして可能なら狂三の隙をついて逃げて。幸い、〈ディバイナー〉もこちらに加勢してるようだし。それに今のあなたは――簡単に死んじゃうんだから。」
その返答に士道は困惑していた。なぜなら、士道の持つ力により致命傷などの怪我を負っても炎と共に再生する能力があるのだから。
なのに、簡単に死ぬということは――
「ひひ、ひひひひひひひ……ッ!やるじゃありませんの。でも、これならどうでしょうかァ!」
そう言い切ると同時に狂三が持っている短銃の中に〈
【
しかし、琴里も俊敏に〈
そして、もう一方の精霊は……
「――いま、私は非常に……いえ、とにかく
おそらくは能力の底上げか何かかしら?まぁ、それならやりようはあるわね。」
そして、その精霊は自身の周りを飛び回っているカードを一枚手に取った。
おそらく、あのカードがあの精霊にとっての『天使』なのだろう。しかし、一体何をするつもりなのだろうか?
「【
あの精霊がそう言い終わった瞬間、狂三達の速度が急に遅く……いや、
おそらく、狂三の速度を言葉通りにリセットしたのだろう。
まさか、こんな方法で対応されると思ってなかった狂三は驚きの表情を隠せなかった。
「ひひひ、ひひ、相変わらず出鱈目な能力ですわね。
でしたらこれはどうでしょうかっ!【
すると、今度は〈
そして、その銃口から放たれた弾丸は琴里ともう一人の精霊に迫っていった。
どちらもその弾丸を防ごうとしたが、この弾丸は触れた瞬間に対象を停止させるという恐ろしいものだ。
「ふふ、あはははははははッ!」
やがて、狂三の笑いとともに二人はピクリとも動かなくなってしまった。
手足も、長く美しい髪も美しい霊装の何もかもがその場で停止していた。
「ふふふッ、如何な力を持っていても止まっていれば単なる木偶ですわよ?」
木偶呼ばわりされたことを気にしてたのか、停止している二人に狂三はそう言い返した。
そして、周囲に残っていた無数の狂三達も一斉にこちらへと銃を構えて、引き金を引こうとしていた。
そんな狂三に"やめろ"と士道が制止しようとするが、その言葉を言い切る前に狂三は――
「それでは、ごきげんよう――」
「――には、まだ早いんじゃないかしら?」
しかし、あの精霊は狂三の能力により停止させられていたはずだ。
現にいまも琴里と一緒に止まっている……あ、あれ?消えてる!?
「あの時と同じッ……油断しましたわ。」
「私も二度同じ手は通じないかと思ってたけど……案外使えるものね。それと勝ち誇るのが早すぎたわね。」
そして、その攻防の間にに琴里の停止も解けていたようだ。
すぐに自分の身に何が起こっていたのかを把握したところを見ると、さすが〈ラタトスク〉の司令官といったところだ。
「あら、何もしなかったの?それとも……できなかったのかしら?」
などと狂三に嫌味を言っている間に、無数の狂三達が琴里へと接近し撃ち込んできた。
しかし、琴里はまるでよける必要などないといったようにその弾丸を受けながらも狂三達を両断していた。
そして受けた傷からは焔が噴き出し、傷を修復していった。
そしてそれは
「一体――なんなんですの……あなた達はァッ!」
狂三もそろそろ分身体が尽きてきたらしく、最初の頃と比べると一目でわかるくらい減っていた。
さすがに狂三も2体同時の相手となると厳しいようだ。しかも、どうやら二人とも狂三との相性はいいらしく、この戦いでも常に狂三を圧倒していた。
「ひひッ、ひひひひひひひッ、、まさかこれを使う羽目になるとは思いませんでしたが……いいでしょう、思う存分にお見舞いしてさしあげますわッ!〈
その瞬間、狂三の左眼が今までよりも早く回転し始めた。
どうやら狂三も奥の手を出してきたようで、
それに気が付いた二人は狂三が何かする前に阻止しようとするが――
「――ぁ」
「こ、琴里!?」
琴里が小さな声を発したと思ったら、その場に膝をついて何かを抑える様に頭に手を当てていた。
その反応に狂三は好機を見出したのか、クスリと笑い。もう一方の精霊は突然のアクシデントに驚きながらも、狂三の行動を止めようとする。
そして、それは琴里の窮地であることがすぐに理解できたので、すぐさま琴里を狂三から守るために琴里に駆け寄った……最悪自分が盾に……などと考えていると、琴里は何事もなかったかのように立ち上がり――
「〈
と琴里が声を発した瞬間、琴里の手に持っていた戦斧が大砲へと変形し、右腕に着装されてた。
戦斧が大砲へと変形したことも驚きだったが、何よりも驚いたのは琴里の雰囲気の変化だった。
琴里とは長い年月を過ごした自分だったが、琴里のこんな表情は初めて見た。そして、なによりその表情に恐怖や旋律を感じたことが何よりも驚きだったのだ。
そんな自分をよそに、琴里は狂三に〈
そして琴里が静かに口を開くと
「――灰燼と化せ、〈
その声は長い年月を共に過ごした自分でも聞いたことのないような、冷たく平坦のものだった。
そしてその瞬間、〈
まるで、アニメや漫画などで出てくるビーム兵器を想像させるような、炎熱の光線が狂三へと放たれていった。しかも、光線が周囲の空気を焼き尽していために空気をまともに出来ず、目も開けるのも困難な状況だった。
「く――ぁ……」
狂三の方も、盾になった分身体も全て灰になり、天使も『Ⅰ』から『Ⅲ』の部分が焼き尽されて、何より狂三自身が左腕を損失していた。もはや、狂三も戦う力も気力も残ってないほどボロボロなのは誰が見ても明らかだった。
しかし、琴里はそんな狂三に〈
「まだ闘争は終わっていないわ。まだ戦争は終わっていないわ。
さぁ、もっと殺しあいましょう狂三。あなたの望んだ戦いよ。あなたの望んだ争いよ。
――もう、銃口を向けられないというのなら、死になさい。」
「ま、待ちなさい!すでに十分に決着はついたはずよ!これ以上は単なる虐殺になるわ。それに、もう狂三には戦う力は残っていないわ、これ以上やると本当に死んでしまうわよ!」
「そうだぞ琴里!それ以上やったら本当に死んじまうぞ!精霊を殺さずに解決するのが〈ラタトスク〉なんだろ!?」
しかし、琴里はそんな周囲の声を聞かずに再び〈
そんな琴里の前に回り顔を見たが、明らかにいつもの琴里ではないとすぐにわかるくらいに今の琴里は変わっていた。それに気づいた瞬間、狂三の方へと駆け寄り、庇うように狂三の前へと立ちはだかった。
それと同時に〈
兄の行動により琴里も我に返り、軌道を変えるために構えた〈
完全には変えられず――
「おにーちゃん……ッ!避けてっ!」
目の前が赤く染まる中、一つの影が士道へと迫っていった。
それは、士道を庇おうとする一人の精霊の姿だった――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
〈side 王花〉
先ほどまで共闘していた少女の様子が変わったかと思えば、いきなり好戦的になり、
もはや虫の息当然の狂三に向けて攻撃を放とうとしていた。
狂三ももはや避ける気力もないのか、その場に力なく膝をついていた。
そして、彼……五河士道は狂三を庇うために彼女の元へと駆け出して行った。
そして、
"彼が危ない"そう思った私は、何も考えられずにただひたすらに彼に対して手を伸ばし続けた。
――突然だった、その少年を見た瞬間、私は何も言えなくなった。何もできなくなった――
――私の頭の中が空っぽになったみたいだった。私の人生で初めての事だった――
――だって彼を……五河士道を見た瞬間、私は――
――
そして私の手が彼に届いた瞬間、辺り一面が紅蓮の業火に包まれていった――
ここまで読んでくださった方々、大変ありがとうございます。
正直読みづらかったのではと内心ヒヤヒヤしております。
そんなわけで、王花さんのプロローグも残り少しのところになりました。
いやぁ~、最初はイチャラブを書きたかったんですが随分と遠回りになりました。
王花さんは、何回か士道を目撃していますが顔をみたのは今回が初めてなんですよね。
あと、王花さんは狂三に対して非常に有利に立てます。
なんせ、バフやデバフが悉く無効化される上に、霊力が多い本体はともかく分身達は停止させられてしまいますから……
しかし、そんな王花さんですが、実は琴里に対してはかなり不利です。
琴里自身かなり霊力が強い方なので停止があまり効かず、ダメージを与えたとしてもすぐに回復されてしまう。あまり、王花は火力がある方ではないので現段階では決めきれないかなと思います……まぁ、その問題も物語が進んでいくにつれて解決するのですが。