ランタ、何処に居るんだ……。
俺は石畳の上に広がる夥しい量の血と首の無くなった1匹のゴブリンの死体に目を向ける。
あれからランタはゴブリンを仕留める事に成功したのか……。
俺が最後に確認した限りだと、確かランタは凡そ10匹以上のゴブリンをここで食い止めていた。
それだけの数を押しとどめ、あまつさえ、1匹とは言え仕留めてしまうとは。
勿論、連携の関係上、単純な足し算にはなる事はなかっただろう。
恐らく、1度に5匹以上でランタを攻撃するとなると逆にデメリットの方が強くなる筈だ。
勿論、そうだとしてもランタは1度に5匹程の戦力をぶつけられて、死んでいない。少なくともここでは。
なら、探さなければ……。ランタがここを離れてどれくらい経ったのかをまず考えよう。
俺たちを追いかけてきたゴブリンはランタが初期に取り逃してしまったと思われる2匹と、笛の音を聞きつけて現れただろう3匹。
俺たちは駆け足より少し早い程度の速度で走るのが精々だったし、襲い来るゴブリンの追撃を躱すために路地に入ってみたりもしたが、そもそもダムローの住人であるゴブリンに土地勘で敵う筈もなく、前方にゴブリンが先回りしている事もあった。
ゴブリンに先回りされていた時は胆が冷えたが、モグゾーが剣で薙ぎ払い、シホルが影魔法で的確に妨害する事でどうにか凌いだ。
そうやって、シホルやモグゾーの頑張りもあり、ようやく橋が見えてきたと言う所で後ろから追加で4匹のゴブリンが現れた。
そのゴブリンたちは体に切り傷などを負っており、中に混じっている1匹のホブゴブリンは最初に奇襲をかけたあの3匹の内の1匹で間違いなかった。
だから、もしも最後の4匹がランタが離脱した後に俺たちを追ってきたのなら、距離を考えて、少なくとも40秒近くの時間をランタが稼いでくれた事になるだろうか。
つまり、この時点でランタが離脱して2分経ってない。
俺たちがゴブリンとホブゴブリン計9匹にどれ位の時間を使ったかわからないが……。
俺は石畳に広がる血飛沫の中から小さすぎず、大きすぎない、丁度良さそうな物を選んで指で拭き取る。
精々10分経ったか経ってないかって所だな。
指に付いた掠れた赤を見ながらそう思った。
★
くはっ、くはは、くっはっはっはっは……! なんだよ、俺、本当に無敵かよ。
自分で自分が恐ろしくなりそーだぜ。流石ランタ様だな。流石暗黒騎士だな。俺はマスターチョイスだったんだ。自分では気づかない内に選択王……、
「ゴホッ! ゲホッ、ゲホ……ッ」なぁんてな、嘘だぜ、嘘。別に咽てなんかねーし。あれだ、ちょっとそう言う気分だっただけだ……。「ヂグ……コヒュー……、しょう……がぁ」
言い切ると込みあがってくる咳を我慢出来なかった。喋んじゃなかったぜ、チクショウ。
俺は
俺は上手くやった。正直本当に無敵なんじゃないかと疑う程に、上手くやった。
あれからマナトたちがチンタラ走るなか、離脱のその瞬間までゴブリンどもを1匹も逃さず引きつけた。
離脱する時も当然橋とは逆方向に走って、ゴブリンどもを二分させた。
正直時間稼ぎで精いっぱいで離脱なんか出来ないんじゃねーかと思ってたが、俺の放った鮮やかすぎる
そのおかげで俺は時間稼ぎも、離脱の時だってそれほど苦労しなかった。
物事を考えるだけの知恵があるってのも、考え物だよなぁ。モンスターとしての勇猛さが足りてなくていけねぇ。
まぁ、奴らが賢いせいで窮地に陥って、奴らが賢かったおかげで命拾いしたってのはなんとなく皮肉効いてて良い感じだよな。全然笑えねーけど。
でもなぁ、その、無敵モードっつぅの? どうにも反動がデカかったみたいでよ。
まぁな、幾ら短時間とは言え全力で奴ら縫いとめてた訳だし? 集中力とかすんげー使った訳だし? 滅茶苦茶に走り回ったり、焼けるように熱い肺が空気を欲してる中、壁の薄い頼りねー廃屋で必死に息を殺してゴブリンどもをやり過ごしたりもしたし。
いつの間にかゴブリンの追っ手もパッタリ来なくなって、日が落ちて言う所の黄昏時だったし? 誰そ彼時とも言うし? まぁ、判断力みたいなのが低下しても仕方ないってーかよ?
その人影を見た時、うっかりマナトの野郎が俺を迎えに来たんじゃねーかと思っちまったんだよな。
神官服がボロボロになってっしよ、もしかしたら俺を探す時にゴブリンに苦労したんじゃねーの? とか思ったりしたらなんかこう、胸が詰まっちまって。
今思えばマナトの野郎はユメを運んでる筈だし、普通1人でこんなゴブリンどもの巣窟に来る筈ねーからな。
来るとしてもユメをルミアリス神殿で治療して、夜の明けた次の日の朝一番に4人で来る筈だ。
でも、そん時の俺はそんな簡単な事も思いつかねーで、無防備に近づいて行っちまったんだよな。
★
「よぉマナトぉ! どうやら探させちまったみてぇ……だ、な?」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカ
あ?
ありえない音がした。勿論、目の前の骸骨がカタカタ言ってんのは知ってる。
それじゃない、俺の体からだ。
「
知っている。これはマナトの野郎もよく使う、神官のスキルの1つで、遠心力で威力を出す杖術。
俺はそれを無防備に食らっちまったって訳だ。これ、肋骨とか折れただろ、絶対。
「ゲホッ、ゲホ、ゴホッ……!」
まぁな、肋骨だし仕方ねぇか。肋骨は折れてナンボだよな。
「グッゾ、そうが……夜……。
そう言やぁそうだった。何でも、大昔、っても大体100年くらい前らしいが。それくらい前に不死の王って奴が居て、そいつ率いる諸王国連合がここダムローを滅ぼして、不死族の領地にしたって話だったな。
まぁ、その不死族の王。
間抜けな種族って印象が強すぎて、今の今まで忘れちまってた。
ここ、辺境オルタナでは
……ん? ゲームって何だったか? っかしーな。まぁ、そんな事、
「ギニジてル場合じゃねーんだけどなぁ゛!」
遠心力で威力出してるって事はよぉ、極端に近づいちまえば然程のダメージはねーって事だよなぁ。
ランタは思い切りスケルトンの右肩を貫く。
さっすが骨なだけあってスッカスカでやんの、ぽっきり折れてやらぁ。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカ
「ガタガタう゛っぜぇなあぁあ゛あ」
ランタは冷や汗と血で額に張り付いた赤茶の癖っ毛を左手でかき上げ、右腕ごとスタッフを落としてしまったスケルトンの頭を
「ゲハ……っ、ごほ、げほ」
頭蓋骨がカラカラと転がる音を耳の端で捉えながら、喉から自然に湧き出てくる血を、思う存分吐き出した。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカ
「へっ、第2ラウンドってかぁ? 付き合ってらんねー……」
戦闘の匂いを嗅ぎつけたのか、そこかしこからやって来る骸骨どもをランタは一瞥して一も二もなく逃げ出した。
★
にしても、俺はこの年で最早耄碌しちまったのかねぇ? 愛されキャラじゃねーって、わかってた筈じゃねーか。
それなのに、迎えが来ただぁ? ありえねー失態犯しちまったぜ。
おかげで、ほら、無事に生きて帰ってあいつ等が俺を褒め称える顔を、あと少しで見れたってのによお。
「ごれ……じゃぁ、それも無理がもなぁ゛」
ランタの背中には弓矢が2本生えており、腕は
正直、血だってもうスッカラカンだ。いつショック死してもおかしくないかも知れない。
それくらいスケルトンどもは実に多種多様な職業と攻撃方法でもってランタを追い詰めたのだ。
狩人の骨がランタの背中に弓を射かけ、魔法使いの骨がランタの右足を魔法で凍らし、盗賊の骨がダガーでランタの利き手を切り裂き、暗黒騎士の骨がランタを執拗に追いかけた。
走って、逃げて、走るほどに骨は沸いてきた。
流石、元不死族の領地だけあるな。なんてしょうもない事を思ってしまうくらいだった。
しかし幸いな事に戦士の骨とは出会わなかった。もしも戦士なんかに一撃貰っていたら、今頃は仏様だっただろう。
まぁ、どっちにしろ重症であり、死にかけである事に変わりはない。
ランタはどうにかこうにか骸骨どもを振り切って、廃屋に身を隠したが、座った途端に一歩だって動けなくなってしまった。
もしかしなくても腕も上がらないだろう。
体は既に痛みを感じなくなって久しく、熱い程の寒さと、体にささった弓矢の異物感だけが以上にうっとおしく感じられた。
もしかしたらこの違和感だけでバケツいっぱいの血を吐き出せるかも知れない。
「ランタ! やっと、見つけた……!」
ほぉら、感覚に異常がきたしてきたなぁ、と実感した途端だ。
お次は幻聴に、幻覚か? 笑えるな、笑えるよ。
こんな時にマナトの野郎の幻見ちまうとは、俺もつくづく救えねーなぁ。
そんなに世界が俺に優しい筈ねーんだからよぉ。もっと、現実味あるのにしてくれよな……。
まぁな、でも、おかげで、よく、ねむれそうだよ。
「光……、ルミ…………スの…………………………
ランタは暖かな光に身を包まれながら、意識を失った。
★
「きゃっ!」
角を曲がろうとしたらいきなり板金の鎧を纏った、恐らく義勇兵の戦士だろうか、が飛び出してきた。
あまりに急だったので驚いて尻もちをついてしまった。
「ご、ごめんなさい……その、僕たち急いでて……」
「……今度から気を付けて」
どうも、向こうも反省しているようだったので、お尻が少し痛かったけど、許してもいいかな。
「も、モグゾー君……わたし、も、もう走れない。先に、ユメを、ルミアリス神殿に……」
恐らく魔法使いだろう。黒のとんがり帽子を被ったショートカットの女の子が息も絶え絶えと言った感じに地面にへたり込む。
そこで私はその大柄で、少し熊っぽい義勇兵が誰かを背負っている事に気づく。
髪の毛をお下げにしている少女だ。息が荒い。どこか悪いのだろうか。
私は知らず彼女に手を伸ばしていた。
冷たくて、粘り気のある汗。この症状には見覚えがある。
「あ、あの、本当に僕が悪かったんで……、どうかもう行かせてくれませんか?」
「降ろして」
「え? ……え? あの、仲間が毒で苦しんでるんです……どうか、」
「神官よ」
「……へっ?」
大柄な彼、よく見たら少し愛らしい顔をしている。
「袖振り合うも多生の縁って言うでしょ?」メリイは何故か威圧感たっぷりに言った。「治してあげる」