マナトはシェリーの酒場でカエデと話した事を思い出す。
あの時カエデから聞いたハルヒロ像と、シェリーの酒場で実際に観察してみたハルヒロを組み合わせると
依存心は強そうだったが、それはたった1人きりのパーティメンバーでもあり、守らなければならないカエデと言う存在に歪んだ形で全て注がれている様に見えたため、問題にはならないだろうと判断した。
俺達のパーティも、彼等の足手まといにはならない程度に使えるようになった。
合同、もしくはチームハルヒロに俺達5人の加入を考えて欲しいと伝えるには最適な頃合だろうと思っていた。
「ねぇ、カエデちゃん、俺達……」
が、予想外の所から釘を刺されてしまった。
「……あなたはハルヒロを利用しようとしている」
いきなり過ぎて少し笑顔に罅が入ったかも知れない。へぇ、俺の
「……どうしてかな?」
「あなたは、自分以外を信用していない……、人を人とも思っていないような顔をしてる」カエデのまん丸で艶やかな瞳が
へぇ……。
さすが、あの時
彼女とは義勇兵団事務所で挨拶程度の会話と、シェリーの酒場での世間話程度しかしていないのに、もう見破られてしまったか。
それに、ハルヒロに対する忠誠心も高い。
「そっか、なら仕方ないね」
思考にノイズが走る。リョウイ? ミツカ? 誰だろう。わからない……。
でも、これでよかった気がする。俺は、
俺はその辺を歩く先輩義勇兵を捕まえて、一緒に飲もうと誘った。
「ハルヒロ、カエデちゃん、またね」
思い通りに行かなかった事に不思議とイラつきを感じる事はなかった。
カエデには警戒心を持たれてしまったが、またハルヒロと話す機会はあるだろうか? 今度は腹案なしで話し合いたいな。きっと、ハルヒロとなら、いつかすっかり腹を割って話せる時が来る筈なんだ。そんな気がしてるんだ。
★
「ごめん皆、コンビハルヒロの勧誘に失敗しちゃったよ」
次の日の朝、俺は義勇兵団宿舎の中庭で食事を摂りながら昨日のことを少しぼかしながら話した。
「へっ! だから俺が言っただろマナトォ? あいつはロリコン大王だから絶対にチビちゃんと2人っきりの現状を壊すはずがないってなぁ!」
ランタは、フォークをこちらに指し向けて得意気に言った。
あの一見戦力になりそうにないカエデと組んで2人きりでやっていっていると言う部分からハルヒロの事をそう評価したようだ。
「なぁランタ、ろりごんってなんなん?」
ユメはちょっと耳が悪いのか、それとも耳から得た情報を上手く処理できないでいるのか、よく聞き間違えや言い間違えをする。
「なんだよそれ! なんか間抜けなモンスターみたいになっちまったじゃねーか! ロリコンだよ! つまり小児性愛者!」
「へぇー? で、ぺどふぃりあってなんなん?」
「あれだな。小さい子供にしか欲情できねー罪深き生き物の事だな! まぁ、ランタ様には年齢なんて関係ないからな! ペドフィリアとか、ジェロントフィリアとか超越したところで生きてんのよ」それからランタはユメの胸を一睨みする。「まぁー、あれだな、お前は。ちっぱいだからな。なんだ? 気をつけたほうが良いぞ? ロリコンとか、その筋のマニアには人気ありそーだしな」
ランタなりにユメを心配しての事だろうが、ユメは自分の胸の事を気にしている。これだと……。
「ちっぱいってゆわんといてよ!」
始まった。いつものじゃれあいだ。
正直に言うと、俺はこの和気藹々とした空気にどうもなじめない。別に不快な訳じゃないんだけど、どうにも俺だけが仲間外れみたいで、少し疎外感を感じる。
でも、別に俺はそれに拗ねるでもなく、冷静に傍観するでもなく、少し話しに加わりたいと思っていたりする。
どうにも不思議だ。
何故俺はそんな事に悩んでいるのだろうか?
「いや、俺はだな、純粋にお前の事を心配してだな……」
「ちっぱいゆわんとってって、前もいったやんかぁ!」
「あー、もう! うるせぇなぁ! このちっぱいがぁ! ちっぱいはちっぱいらしくちったぁ静かにしてろってんだよぉ!」
「……最低」
「シホルゥ! 隠れ巨乳だからって言って良いことと悪い事があんだろーがよぉ! 調子に乗ってんじゃねーぞ? あぁ?」
「シホルの事、わるくいわんとって!」
「あの、皆落ち着いて……」
「あぁっ!? ったくよぉ! お前らはよぉ!! メンドクセーんだよ!」
……そうか、ランタってそうなのかもな。
それは突然降って沸いた閃きのようにも思えたが、やはり、熟成された情報が形を成したようにも思えた。
未だ言い合いを続けるランタとユメ、シホル。そしてその様を見ながらも止め方がわからないのかハラハラとしているモグゾーを見ながら1人納得した。
俺は最初、ランタはあまり物事を深く考えない奴だと思っていた。
例えばこんな事があった。
見習いの義勇兵はまずギルドに入会して、7日間の手習いを受けるのが定石なんだけど、俺が適正を見て、パーティの肝である戦士と神官を誰にするかをまず考えた。
繊細過ぎるシホルとぼんやりしているユメには戦士も神官も任せられない。ランタの神官もありえない。
だから、俺が神官。ランタが戦士。そしてシホルが魔法使いでユメが狩人。これがベストの形だった。
そして俺の決定に従って、皆この通りのギルドに入会する手筈になっていた。
ところが、手習い修了の7日後に再会した時、ランタは戦士ではなく、暗黒騎士になっていた。
勿論、勝手に……だ。
パーティの肝は戦士と神官で、それ以外は正直どうにでもなるが、戦士を欠いてはどうにもならない。
この程度、少し聞きかじっただけで誰でもわかりそうだが、
実際、先に戦士ギルドに入っていたモグゾーがパーティに加わらなかったら、どうなっていたかはわからない。
だけれど、今までランタを見てきて思う事があった。
ランタは普段は取るに足らないような事ばかり喚いているのだが、どうにも、ただの底が浅い人間とは思えないような鋭い言葉が飛び出すときがある。
それが正しいか正しくないかは置いておくとしても、その言葉は明らかに考えなしでは届かない所にある言葉だ。
最初は認知機能が劣っているために、そもそも考えると言う所まで行き着ける事が少ないのかも知れないと思っていたが、どうにもそれも違っていた。
ランタは戦闘においても、決め所や危ない所というのを理解するのは割かし早かった。つまり、分類や当てはめなんかの人間としての機能はおよそ問題ない。むしろ優れている方だろう。
時々その浅慮さには呆れさせられる事もあったが、概ね問題ないレベルでの戦闘をこなす事が出来ていた。
だからこそ違和感があった。
彼の見ている世界は一体どんな色に染まっているのだろう。どんな人生を送ってきた?
その違和感の正体に俺は若干の興味を持って、今日まで注意深くランタを観察してきた。
そして今、その甲斐あって、答えにやっと手が届いた。
恐らく、ランタの根底にあるのは狂おしい程の劣等感と、歪んだ承認欲求……。つまり、
取りあえず、どちらにしてもランタはこう思っている筈だ。
浅慮である事を、自分勝手であることを、ありのままの下劣な自分を。許して、迎え入れて欲しい。
そのままで素晴らしいんだと誰かに言って欲しい。
そうなる未来をずっと夢見ているのだと思う。
もしこれが当たっていたら、中々に魅力的だ。
時間は掛かるだろうが、ランタを上手く導いてやれば、俺だけじゃカバーしきれない部分を補うこのパーティの第2の軸として機能させる事も可能だろう。
それだけじゃない。この事に考え至る事によって、これからの戦闘の計算もグッとしやすくなった。後は周囲に受け入れられるようにランタや女性陣を上手く誘導しながら、変に歪んでしまないように細やかなフォローを入れていけば……。
「おいマナト、お前何1人で笑ってんだよ? 気持ちワリーぞ? そんなに俺が罵倒されてるのが面白かったのかよ?」
ランタがそんな風に話かけてきた。向けられた目線には少しの不快感と、欺瞞と、呆れと、強がり。そして孤独の色が滲んでいた。
そこでハッとなった。
「ごめん、ランタ。そんなつもりじゃなかったんだけどね」
今、俺は一体何を考えていた?
俺は、ランタの言動から、ランタの過去を、今までの人生とその論理的一貫性を考えて、計算しようとしてた。
ランタの行動原理を、ランタの思考を。
そんなもの、ランタ以外にわかる筈ないのに、俺にはそれが出来ると思って、ランタを俺の理解できるレベルで表現しようとした。計算できるような存在に落とし込め、操ろうとしていた……。
ホント、何様なんだろうな? 一体、何様のつもりだったんだろう?
ノイズが走る。リョウイ、ミツカ……、詰られている? 何を? 俺の冷酷さを? そして俺は、今、それに後悔している?
そうだ。きっと俺は記憶を失う前、ろくでもない人間だったのだろう。
でも俺は、人間関係をやり直す機会を得た。
せっかくやり直せる機会を得たのに、またそれをふいにする所だった。そうだ。俺は、やり直すんだ……。
「どうやって話に加わったものかと思ってね? ランタはもうユメにもシホルにも詰られてて、これ以上詰るのは可愛そうだと思ったしね」
「お、おう。なんだよ、話に加わりたかったのかよ。そうならそうと言えよな? 俺様は度量が広いからな、ちょっとやそっとの罵声を浴びせられても屁でもねーんだよ!」
そうだ、ランタ。お前はきっともっと素直になれる。操るとか、第2の軸とか、関係なく、俺はお前と付き合っていく事にしたよ。
「そ、そうだったんだ。これからは、その、気をつけるね」
「うん、そうして貰えると嬉しいかな」
シホル。彼女はきっと俺に気があるのだろう。十中八九間違いない。
あの態度だし。露骨と言ってもいいほどだ。
正直、ちょっと扱いに困っていた。こんな俺だから、こんな俺を好きになったら傷つけてしまうかも知れないから。
だけど、いつかは俺も変われるかも知れない。今だって別にシホルの事は可愛いと思っているが、きっと今の俺と、シホルが求めている俺からの感情ではかなりの隔たりがあるだろう。けれど、いつか、俺が変われたら、その時はきっと隔たった距離が埋まる時が来たりするのかもしれない。
「そっかぁ。そやったんやなぁ。ユメはなぁ。別にいつ話しに入ってきても大丈夫やと思うんやんかぁ。そんな気ぃつかわんでも大丈夫だよーって思うんよなぁ」
ユメ、彼女は1人、まるで俺達と違う時間の流れの中を生きているようだ。
最初は正直天然で扱いづらいと思った事もあったけど、今ではそれも楽しい。
彼女のその柔らかな空気に当てられていると、何だか俺ももっと呑気に生きても良いような気がしてくる。
「う、うん……。マナト君は、ちょっと皆に気を使い過ぎな所があるよね。僕達は、マナト君には凄い助けられているし、だからって訳じゃないけど、話に加わるのに、理由なんていらないよ」
モグゾー。モグゾーは繊細で、ちょっとした言葉ですぐに傷ついてしまう気が弱い奴だけど、決して臆病じゃないし、仲間のためになら、実力以上の力を発揮できる本当に凄い奴なんだ。
「ありがとう、ユメ、モグゾー」
皆、良い奴なんだよ。俺には勿体ないくらいの。
そう改めて思ったとき、初めてこのパーティのメンバーで森に狩りに行ったときの事を思い出した。
正直長所より短所が目に付いたし、さすが余り物のパーティだとも思った。レンジにも屑の大将なんて言われたっけ。荷物を捨てて俺と来い、とも。
けれど、良かった。捨てなくて。
俺達はきっと、いつかチームレンジだって目じゃないくらいに、良いパーティになれるんだ。
純粋に、そう思える事が嬉しかった。