チビちゃんと行く灰と幻想のグリムガル   作:amaあま雨音

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2人で休日

「まぁ、どうにか形にはなったかねぇ」ハルヒロの腹に尻を思い切り押し付けながらバルバラ先生は言った。「蝿叩(スワット)はまだ及第点をあげれるような出来じゃないのだけを覚えておけばいいわ」

 

 7日間で4つのスキルをバルバラ先生に認められるレベルで習得しようと言うのにまず無理があった。

 そもそもハルヒロは隠形(ステルス)を習いに来たのであって決してその他のスキルを習いに来たのではない。第一蝿叩(スワット)とか、2人パーティで使う機会あるのか? むしろ6人パーティでも使う事ってある? あったとしてそれほど重要なの? まず蝿叩(スワット)を計算に入れて戦うとかないでしょ? 盗賊が真正面から打ち合うの前提とか相当切羽詰ってるってそれ。

 

 それよりも7日間で忍び歩き(スニーキング)背面打突(バックスタブ)蜘蛛殺し(スパイダー)をバルバラ先生が及第点を出してくれるレベルで習得した事にこそ注目するべきであって、蝿叩(スワット)がちょっと上手く行かない事なんて些事、だったらいいなぁ。

 いや、そうだよ。7日間でこんだけ出来れば十分だよ。恐らく。

 

 それよりも、カエデには隠形(ステルス)の事をなんて説明したらいいのか。

 あの優しいカエデの事だ。きっとハルヒロを責めたりはしないだろうが、仕方なかったにしても嘘をついてしまったようで居心地が悪い。何か埋め合わせをしよう。今回の事がなくてもカエデには世話になっているのだし。

 

 でも、そのためにはカエデがどう言う事に興味があったりするのかを知らなさ過ぎる。記憶喪失なので自分がどう言うことを好きだったのかすらも曖昧なので仕方ないと言えばそうなのだが、ちょっと困った。

 

 埋め合わせ、するとしてどんなのがいいんだろう?

 

 ハルヒロはこの7日間ずっとそればかりを考えていた。

 

 

 ちなみに、あの後バルバラ先生にはちょっとカッコいい胸当てとポンチョみたいだけど動きやすくて頑丈な、品の良い編みこみの盗賊マント。それから手に吸い付くような指貫グローブを市場に行って選んで貰った。

 ここまでで多分1ゴールドにちょっと足が出てる感じなのだが、バルバラ先生が自腹を切ってくれたみたいだ。

 

 こんなにしてくれるなんて、と恐縮してしまうのだが、バルバラ先生曰く、「隠形(ステルス)を教えて上げられるような練度に達するまでに死なれちゃ寝覚めが悪いからね」だそうだ。

 本当に頭が下がる思いだ。

 

 余談だが、そんなバルバラ先生を悪者には出来なくて、ハルヒロはカエデに隠形(ステルス)を習う事が出来なかった事を伝える時、言葉を選びかねて少し噛んでしまった。

 

 なんだろうね。俺、ほんっとかっこわりぃ。

 

 でも、流石に次を噛むわけには行かない。恥ずかし過ぎるから。

 

「えーと、さ。その、埋め合わせって言ったら少し、あれかな? とは思うけど。あれ、その。カエデにはいつも助けられてるから、その、感謝の気持ち? みたいな……」

 

 うわぁ。

 

 なんだよ。そのとか、あれとか、もやっとした言い方……。途中で疑問系を挟んだのが絶対に敗因だ。

 なんかもっと言い方あったよな。噛むよりも絶対かっこ悪いって、これ……。

 

「……なんでもいいの?」

 

 ハルヒロが自己嫌悪の底なし沼に嵌まりかけている時だった。

 

「も、勿論! 俺が出来る範囲でなら……」

 

 みっともない注釈がついたが、ハルヒロが出来ない事は確かに無理だ。格好悪いけど、ホントの事なのだ。

 

「……だったら」カエデの大きな瞳がハルヒロを捉える。「甘いものが食べたい……」

 

 え? そんな事で良いんだ?

 

「カエデ? その、別に、遠慮しなくても……」

 

「ううん、それでいいの」

 

 はっきりと言い切るカエデ。

 

 ()()()()()()()()()() ……いいや、違う。そうじゃないんだ。

 

 ()()()()()()、気づいてあげられなかったんだ。

 

 ハルヒロ達が狩りを終えてここ、オルタナに帰ってきて戦利品をお金に換え終わった頃には丁度鐘7つ。つまり午後6時を過ぎたくらいになる。

 その位になると屋台村はもちろん、酒場以外に食事が出来る店なんかは殆どが店仕舞いしてしまっていて、結果的に甘いものなんかは殆ど食べられなくなる。

 

 そう言えば、塔で目覚めてからは休みらしい休みを取っていない。と言うか、休んだ日が1日もない。皆無だ。

 義勇兵団事務所に連れて来られたその日の内にギルドの手習いを始めて、7日間。そこから続けて10日ダムローの旧市街に通い詰め、そしてスキルを習いに7日間。今日まで1日たりとも休んでいない。

 もう随分昔の事の様に思えるけど、ダムローでゴブリンを狩り始めて3日目で団章を買ったよな。あの時ブリちゃんはなんて言ったっけ? 焦り過ぎるなと言ってなかったか?

 そうだ。宿を月極で借りて、食事代もその時まとめて払ったから食事も3食用意して貰える。正式な義勇兵になって所謂、軍人割引みたいなものが食べ物や雑貨の大半に効くようになった。隠形(ステルス)を覚え損ねてしまったせいで、手元に1ゴールドも残っている。

 何も、焦る必要はないんだ。

 そうだよ。何も俺達は戦いたくて、モンスターと戦ってる訳じゃないんだ。死にたくないから、生きていかなくちゃいけないから。あわよくばもっと良い暮らしがしたいから。義勇兵として戦っているんだ。

 なら、偶には休息も必要だろう。

 そうだ、今度からは意識して休みを摂っていこう。週に1日とかがいいだろうか? まあ、カエデと要相談だな。

 うん、取り合えず、

 

「よし! カエデ、今日は狩りを休みにして甘いものを出してくれる料理店とか屋台を巡ろう」ハルヒロはバルバラ先生に投げ返されてしまった1ゴールドを抓んで言った。「この通り、隠形(ステルス)の代わりに1ゴールドが残った訳だし、パーッと行こうよ。偶には、ね?」

 

 今までは俺がカエデを守らなきゃってばっかりで、肝心のカエデの事を見失って居たような気がする。気づける機会があってよかった。今度からはもっと気をつけなきゃな。

 

「さぁ、カエデ」

 

 ハルヒロはなんとなく嬉しくなって、また、雰囲気とかもあったのかも知れないけれど、カエデに手を差し出してしまった。

 あれ? なんでカエデはちょっと赤くなってるんだろう?

 ……。…………。あれ、これ。

 

 俺が手を繋ぎたいみたいな感じに見えない?

 

 空気が凍った音が体の内側から聞こえた気がした。

 あー、うん、どうしよう、これ。

 そもそも何で俺は手を差し出したんだろうか? 気分? そうだよな。それしかないよ。でも、今の状況は気分のせいで致命的だ。

 何事も無かったように手を引き戻したら、無かった事に出来たりしないかな? いや、それしかない。それで行こう。

 

 そして今まさに音も無く手を引いて行こうとしていたハルヒロの手を、カエデの紅葉みたいな手のひらが引き止める。

 

「ぃこっ……」

 

 う、おぉぉぉぉ……? 何だこれ? いや、何なんだ? 今更手を振り払うとかありえないし、でもありえないほど恥ずかしい。そもそも手を差し出したのが俺で、カエデはそれに応えてくれただけだし? 恥ずかしがるとか、あれだよね?

 

 でも何で指貫グローブの裸の部分の指をピンポイントで掴んでらっしゃるのでしょうか。あれか、カエデの手が小さいからだ。それだ、それしかない。

 

「うん。ぃ、いこう」

 

 なんで噛んでんだよ…………、いや、気を取り直して行こう。

 

「取り合えず、屋台村から行ってみる? あー、花園通りも、なんか、そう言うのとかありそう、かな?」

 

「花園通り」カエデの手のひらが柔らかくハルヒロの指を締め付ける。「気になってるお店がある」

 

 

 と言う事でやってまいりました花園通り。

 

 でも、えー。なんなんでしょうかね。この女性比率。女性8に対して男性2の割合くらいじゃないでしょうかね? それに、その2割の男性も、女性の付き添いと言うか、ぶっちゃけカップル? 付き合ってんの? 見たいな。

 

 と言うか、ここにやってきてからと言うもの、ハルヒロに向けられる好奇の視線と来たらちょっと酷い。むしろ陰口が酷い。普段、偵察なんかで物音や気配に敏感にならざるを得ない職業柄、ハルヒロはひそひそと潜められた会話を無意識に聴き取ってしまうのだ。

 

 しかしなんだよ、誘拐犯って……。

 百歩譲って、いや、譲らないけど。譲ったとしてロリコンとか、小児性愛者(ペドフィリア)とか、認めないけど、見える事はあるかも知れない。手、繋いでるし。

 

 でも、よく考えれば兄妹とかさ、思い至らないだろうか? いや、兄妹じゃないけど? 全然似てないし、義勇兵ってそもそも記憶喪失だし、まず無い設定だけど? いや、でも、それでも誘拐犯だけは無いって……。絶対に。

 

 まぁ、いいや。周りはどうでも。

 

「えーっと、確か、リリアーヌってお店だっけ?」

 

 ハルヒロは耳に不快な陰口を遮ろうと、カエデに店の名前を再度確認する。

 

「うん。看板が、出てる筈。そう担当の修師(マスター)が言ってた」

 

 修師(マスター)? あー、盗賊で言うと所の助言者ね。なるほど、確かに、休みが無いのに何故カエデがそんな事を知っているのか不思議だったが、カエデの助言者が話て聞かせたのか。納得だ。

 

 カエデの手を引きながら、先に進む。

 カエデの歩幅はちっちゃいので、ハルヒロの1歩でカエデの2歩、3歩になってしまうから、あんまり早くなり過ぎないように気をつける。

 いや、でも、カエデって足速いし、別にいいのか? いや、それとはまた違うか。

 

 左隣に居るカエデを横目でチラ見しながら、右手で首の裏を控えめに掻く。

 

 なんか、こうしてると、ちょっとありえないけど。本当に、デート……みたいな?

 

 いや、何考えてるんだ。よそう、ロリコン扱いされても否定できなくなってしまう。

 

 そうこうしていると、比較的落ち着いた配色の、それでいて決して地味ではない小奇麗な感じの店に出くわした。

 サインボードにはリリアーヌと言う店名とパンケーキや季節の果物が前面に押し出されたメニューが載っている。

 

 確かに、これはカエデが気になるのもわかる。男のハルヒロでもちょっと興味が沸くくらいだ。

 でも、やっぱり店内も女の人ばっかりなんだろうなぁ。うん、通りに男は殆ど居ないし、まずこの店の中だけ男女の比率が違ってたらおかしいよな。そうだよ。

 

 ハルヒロはカエデを伴って店内に入って行った。

 

 

 いやぁ、見事に、男が1人も居ません。ハルヒロだけだ。

 

 周囲から、視線が突き刺さっている。様な気がする。

 これって自意識過剰なのかな?

 

 ハルヒロは周囲にピントを合わせない様に、カエデを真っ直ぐ見ながら注文したイチゴと生クリームのパンケーキと、ブルーベリーと蜂蜜のパンケーキ、それから付け合せのポテトとミルク2つの到着をじっと待つ。

 ずっとそうしていると、心なしかカエデの顔が赤くなってしまったような気がする。

 確かに、構図的には見詰め合ってるし、そうだな、普通は恥ずかしいよな。

 ハルヒロは視線を右に逸らして見て、なんとなくカエデが気になってやっぱり左に逸らしてみて、それでもやっぱり気になってしまったので結局下で落ち着いた。

 

 なんだ、今、変な歓声聞こえてきたぞ……。

 

 もうやだ。いや、でも、これも、そう。カエデのためなんだよ。仕方ないんだよ……。

 

 ハルヒロが木目を見つめていたのは1分か、はたまた1時間か、気分的には1時間の方を推したいが、多分1~2分くらいだろう。

 付け合せのポテトがまず届いて、それから程なくしてパンケーキが2つとミルクが届いた。

 

 ハルヒロはよろずで崩してきた1ゴールドの内のおよそ50シルバー相当を持ってきている。

 ちょっと持って来すぎた感を拭えないが、日頃の感謝も兼ねているのだし、流石に甘味だけと言う訳には行かないだろう。それに、ハルヒロの装備だけパワーアップしてカエデはそのままと言うのもなんだか違うし、ちょっと良い装備を買ってあげようと思ったのだ。

 

 ハルヒロは店員にお金を渡し、カエデとどれから食べるか相談して、イチゴと生クリームのパンケーキにナイフを入れた。ハルヒロとカエデは大皿から切り取ったパンケーキに生クリームを適度に乗せ、小皿に移す。

 

「何これ……、うまっ」

 

 1口、パンケーキを食べたハルヒロはちょっとその甘さに驚いた。

 濃厚でいて、後味もすっきりとしていておいしい。このイチゴは、焼いたのか、煮たのか。酸っぱさと甘さが程よく生クリームととても合う。また、パンケーキもふわふわとしてるが、ちょっと弾力もあって、食べていて飽きない食感だ。

 

「おいしい……」

 

 カエデの表情は案外ころころと変わるのだが、品が良いのかどこか控えめな所があったのだ、しかし、今日は特別驚いたのか、普段でも大きな目を、凄く大きくしている。

 

 あー、なんだろう。今日、ここに来れてよかった。そうだよ、こう言うのなんだよ、多分。大切なのって。

 

 ハルヒロはカエデとブルーベリーも試したりしながら、結局もう2枚ほど違う味のパンケーキを追加で頼んだ。

 

 

 赤く染まったオルタナの街を眺める。東の方の空はもう紫色で、そろそろ夜の足音が聞こえてきそうだ。

 

「今日は、本当に楽しかったね」

 

「うん……。楽しかった」

 

 あの後リリアーヌを出てから、市場を探索して、品の良い仕立て屋を見つけた。そこで肌触りが良くて頑丈な生地を選んでカエデの神官服を仕立てて貰う事にした。出来上がるのは5日後との事だった。

 

 それから、神官でもつける事の出来る飾りなんかを見繕った。おかげで持ってきていた50シルバーは殆ど無くなってしまったが、ハルヒロと比べてカエデが見劣りする装備と言う事はなくなっただろう。

 

 明日、ダムロー旧市街でスキルを慣らしたら、そろそろ次の狩場、サイリン鉱山に狩場を移そうと思う。

 立体的な狩りは難しくなるかも知れないけれど、角待ちだって出来るし、入り組んでる階層もあるらしいから逃げるのも容易な筈だ。

 ハルヒロは完全に夜の帳が落ちきった空を一頻り眺めてから、カエデと一緒に宿に戻った。


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