チビちゃんと行く灰と幻想のグリムガル   作:amaあま雨音

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正念場の7日間

 あの後、屋台村と言われている飲食街の活気の良さに気おされながらも、気の良い串肉焼き屋の店主と軽く談笑したり、串肉焼きをリスのように咀嚼するカエデに癒されたりしながらハルヒロの感じた職業やパーティ構成についての雑感を述べた。

 

「俺達ってさ、」ハルヒロは早々に食べ終わってしまった串肉焼きの串を手の中で持て余しながら言った。「当面は、その、2人っきりでやって行く事になる、よね」

 

 カエデはモクモクと小さな口を目一杯に使って串肉焼きを咀嚼しながらではあるが、その黒目がちな瞳はしっかりとハルヒロを捉えている。

 

「で、普通のパーティなら神官と、戦士は必須だって言ってたよね。あの義勇兵の人は。だからその定石に沿うなら俺達は神官と、戦士にならないといけないんだけど……」

 

 ハルヒロはそこで一旦言葉を切った。

 

 勿論、普通のパーティなら戦闘の安定性を高める上で神官と戦士は必須級なのだろう。

 だが、ハルヒロとカエデはたった2人きりのパーティなのだ。基本であるところの戦士、神官型のパーティだと少し難しいかも知れない。

 

 だってハルヒロは特別背が高かったりする訳じゃないし、体だってひょろっちぃ。どう見たって戦士向きではない。

 ハルヒロでそうなのだ、カエデなんて推して知るべしと言ったところだろうか。

 

 勿論ハルヒロだって、パーティメンバーが他にも居て、メインの盾を補助する形でのサブの盾役をこなす位だったら出来なくもないだろうが、ハルヒロ達2人のパーティでそれは望むべくもないだろう。

 

「俺とカエデはお世辞にも戦士に向いてるとは言えないし、たった2人で真正面から正攻法で仕掛けるったって無理があると思う」だから、とハルヒロは続ける「俺は盗賊になろうかと思ってる」

 

 敵の察知にすぐれ、逆に敵には気づかれづらい盗賊は索敵に向いている。と言うか索敵ができない盗賊って盗賊って言えるだろうか。

 まあ、索敵を成功させるという事はほぼ確実に先手が取れるという事である。それは相手や自分たちの状況を鑑みて奇襲、撤退、分析、などの選択肢から次に取る行動を選べるという事に他ならない。

 

 これは無理のできない2人きりのパーティでは非常に重要な事だと思う。

 

 と言う事を言葉選びに四苦八苦しながらもハルヒロが盗賊についての優位性をカエデに伝えると「……ハルヒロは盗賊になった方がいいと思う」といってくれた。

 

「それでカエデは何になりたいとかって希望はある?」

 

 どうせ2人っきりのパーティである。定石通りになんて行く事の方が少ないだろうし、戦士とか暗黒騎士だとか言わない限りは賛成するつもりだ。

 

「ハルヒロは……」カエデの黒の艶やかな瞳がハルヒロをじっと見つめる。「……弱っちいから、怪我しても治してあげれるように、神官になりたい」

 

 カエデの優しさに、ハルヒロは涙が出そうだった。

 

 いや、もしも本当に涙が流れたのならその涙は恐らく己の情けなさからくるものだろうけど。

 

 確かにカエデにとってハルヒロの第一印象はまさに“弱っちい”のだろう。坊主刈りを受け止め損ねて頭打って気絶してたし。

 まぁ、どう考えても強くは見えない。

 思い出して見たら情けない、情けなすぎる。そんな奴と2人っきりだもんな、そりゃ心配もするだろ。

 ぁあ、やばい。恥ずかしすぎて顔から火が出そう。

 

 でも、弱っちいって。そんなストレートに言わなくたって……。

 

 なんて考えていると不意に頭に何かが触れた。

 

「……今度はちゃんと、治してあげるから」

 

 俯いて下に固定されていた視線を目と顔を少し動かして、前に戻してみる。

 するとカエデが背伸びしてハルヒロのおでこを優しく撫でてくれていた。

 多分、カエデは今朝ハルヒロが気絶した時の事を言っているのだ。

 

 考えてみるまでもなく、さっきのだってちょっと言い方がぶっきらぼうなだけで優しい心の持ち主じゃないと出てこない考え方だ。

 

 ヤバい、かわいい。

 

 カエデが可愛すぎてヤバい。

 

 ハルヒロは思わずカエデの頭を撫でそうになる右手を理性で縛り付けながら言った。

 

「うん。えーっと、ありがとう……カエデ。俺もカエデが神官になるのは賛成だ」それから1つ大きく息を吸って宣言する。「俺もカエデを守れる位にはなれるように頑張るよ」

 

 必ず守ると言い切れない小心者の自分が恨めしいが、それがハルヒロなのだから仕方ない。

 ハルヒロはそんな自分に少しげんなりとしつつカエデをルミアリス神殿の前まで送った。

 

「じゃぁ、ギルドの手習いが終わったら、またここで会おう」

 

 そういってハルヒロはカエデに一旦の別れを告げる。

 ハルヒロもカエデも、手習いが終わるのは7日後だ。

 

 この7日間でハルヒロは盗賊としてしっかり役割を果たせるようにならないと、先に話した少人数パーティでの盗賊の優位性は青写真のままで終わってしまう。

 

 勝負はもう始まっている。これからの7日間こそが正念場だ。

 1人気合いを入れなおしたハルヒロは、西町……いわゆるスラム街にあたる場所にある盗賊ギルドを目指して歩き出した。

 

 

 盗賊ギルドでの7日間はまさに地獄だった。

 

 もしも地獄があったらこんな感じなのかも知れないなんて馬鹿な事を本気で思ってしまう位には過酷だった。

 

 唯一気を休める事が出来ると思っていた就寝の時間も、3日を過ぎた頃からバルバラ先生が襲撃を仕掛けてくるようになってしまったせいでむしろ一番気が休まらない時間に早変わりしてしまったし。

 

 そう、バルバラ先生、あの人こそが地獄の根源なのだ。

 彼女はハルヒロの7日間の手習いの助言者(メンター)である。

 

 第一印象は控えめに言ってもドS。だけど美人だし。まぁ、わざわざ他の人にチェンジしてもらう程ではないだろうと思っていたのだ。その時はまだ。

 

 だが、ハルヒロの第一印象はまさに正鵠を射ていた。今でも、あの時もしもチェンジを申し出ていれば地獄を体験しなくても良かったのだろうか? と考えてしまう位にバルバラ先生の手習いはヤバかった。

 

 手習いは開始わずか半日でハルヒロの精神を半ばからへし折り、ハルヒロがバルバラ先生に感じた印象はただの印象から確信へと昇華される事になった。

 しかし、7日も一緒に居ればそれも間違いだったと気づくことになる。

 ハルヒロは7日目になってようやく気づいた。ドSだってもっと人情味があるはずだ……と。

 

 と言うか、他の盗賊も皆がみんなあんな地獄のような手習いを経て盗賊になってるとは信じたくはない。

 もしそうだとしたらハルヒロは本当にどうしようもない程弱っちい事になってしまうからだ。

 

 ハルヒロはバルバラ先生に絶えず与えられる恐怖に対抗するためにカエデに宣言したあの言葉を嘘にしちゃいけない、と己を奮起してどうにか手習いを乗り切ったのだ。

 特にヤバい話を選ぶと、奇襲戦法の大切さを教えて貰っていた時だ。

 バルバラ先生が加減をミスってハルヒロの横腹にナイフをぶっ刺してきたのだ、マジで。しっかりしてくれよ助言者……。

 元盗賊の出だと言う謎の出自の神官が来るまでの間、飛びそうになるハルヒロの意識を現世に繋ぎ止めてくれたのはカエデとの約束ともつかないようなやり取りだったと思う。

 そう思うとあの約束がなければ手習いの最中にぽっくり逝ってしまっていたかもしれない。いや、ホントマジで。

 

 それほどにこの7日間は過酷……いや、凄惨だった……。こんなのを乗り越えてようやく新米盗賊を名乗れるのかよ、盗賊ってみんな凄いんだな。自信なくすよ。

 

 手習いも終わり、ハルヒロとしてはようやく地獄の一丁目である盗賊ギルドから解放されることで、幾らか心安らいでいるが、こういう時にこそバルバラ先生はやってくる事を知っているため、むしろ警戒は解かずに強められている。

 服を着て、廊下に出て、さて水汲み場に行こうと言う時だ。

 

 ほら、案の定来た。

 

 ハルヒロはバルバラ先生に気付いた事を悟られないように注意しながら彼女の息遣い、衣擦れ音の1つも聞き漏らさないように注力しながらも、いつ、何処を狙って、どんな風に距離を詰めて来るのかを必死に読み解こうと努力する。

 1歩、また1歩と距離を詰めてくるバルバラ先生の気配に耳を澄ませながら何食わぬ顔をして水汲み場へと歩を進める。

 

 多分だけど、後もう1歩分も距離を近づけばバルバラ先生は瞬きの間にハルヒロを捉える事が出来る距離だ。何も、ただ7日間やられ続けた訳じゃない。バルバラ先生の大体の間合いは掴んでる。

 

 さぁ、バルバラ先生がその1歩分の距離を詰めてきた時が正念場だ。

 

 と、意気込んでみたものの、何かがおかしい。あれ?

 突然静かになった? と訝しんだ時にはバルバラ先生が既に隣に居て、ハルヒロの首筋にナイフを這わせていた。

 あの、わずかな時間で音もたてず、ここまで詰めてきた……? どうやって?

 

 正直冷や汗が止まらない。

 殺されないってわかってるのに。

 

 いや、相手はバルバラ先生だ、もしかしたらもしかするのかもしれない。

 ゴクリ、と喉仏が鳴った。

 

 するとバルバラ先生はいかにもクスッと聞こえてきそうな感じに口の端を釣り上げて、ナイフを引いて行った。

 

「あんたもまだまだね」上唇をペロリとなめて一言。「途中から息遣いが妙にわざとらしくなったし、体が変に強張ってるし、私に気付いてますって言ってるようなものだったわよ」

 

 そうバルバラ先生は言うが、たった7日の手習いを終えたばかりの新米盗賊に一体何を期待してるのか。と言うか、たった7日の手習いで助言者に太刀打ちできる新米盗賊ってもう新米じゃないよね?

 

「でも」そんな事を考えているとバルバラ先生は如何にも愉快そうにハルヒロに言う。「あんた、素質はあるわよ。それが才能として花開くかはこれから次第だけどね」

 

 えー? ないない。それはない、と思う。

 仮に素質とか、才能なんて言われるものがハルヒロにあったとして、じゃぁこの7日間の間に晒してきた醜態とは何なのだろうか。

 

 まぁ、バルバラ先生にしてはずいぶん小粋なリップサービスだし。これから盗賊としてやって行くハルヒロに発破をかけるために言ってくれた言葉だと思えば素直に感謝できた。

 素質も無いよりは有るのかも知れないと思ってた方が精神衛生上良いし、やっぱりそう言う事にしておく。

 

 他にも、バルバラ先生はハルヒロは案外賞金稼ぎ(バウンティングハンター)なんかの方が性に合ってるかも知れないなんて事も言っていたが、せいぜい返り討ちにされるのが落ちだし、カエデを人殺しなんかに加担させられない。だからその案は早々に却下させてもらった。

 

 その後、手習い修了のお祝いとして、古着の盗賊マント、使い古しのダガーと、同じく使い古しの盗賊道具、それから中古の盗賊靴を贈られた。

 これを着ると、7日間でどうにかこうにか身になった喧嘩殺法の基本中の基本である手打(スラップ)や奇襲戦法、それからバルバラ先生を参考にした気配の消し方、探し方なんかと相まって案外盗賊っぽく見えるかも知れない。

 

 いや、きっと盗賊に見える。多分。

 

「後は、通り名さえまともだったらな……」

 

 手習いを終える前の新米盗賊はただの新顔(ニューフェース)と呼ばれるのだが、無事7日間の手習いを修了した者は、担当の助言者が授けてくれる通り名で呼ばれる事になるのだ。

 

 まぁ、あくまでも盗賊界だけでの話ではあるが。

 

「それでも年寄り猫(オールドキャット)は無いよな……」

 

 ハルヒロの眠たそうな目が、如何にも年老いた猫の目にそっくりだから年寄り猫。いくらなんでもこれはあんまりだ。

 

 なんだか、カエデの声を無性に聴きたくなってきた。早いとこルミアリスの神殿に向かおう。

 ハルヒロは気配の消し方や、意識の空隙をつくような動き方を試行錯誤しながら雑踏を踏み分けて行った。


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