妄想族なアリスも異世界から来るそうですよ?   作:alienn

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 あれよあれよと一カ月。遅れまして申し訳ありません。aliennでございます。

 次からはなるべく早く投稿したいですが、予定は未定なので、気長にお待ちいただけたら幸いでございます。

 お気に入り登録、感想もいただけまして、本当にうれしいです。ありがとうございます。

 それではどうぞ。皆様の暇つぶしになれば幸いです。


第1話 心のこもった謝罪だそうですよ?

「ジン坊っちゃーン! 新しい方を連れてきましたよー!」

 

 ぺリベット通りの噴水広場前。石造りの階段に腰かけ、物思いにふけっていた少年--黒ウサギたちのコミュニティのリーダー、ジン・ラッセルははっ、と顔を上げた。箱庭二一〇五三八〇外門前の街道から、黒ウサギと女性二人が歩いてくる。

 

「お帰り、黒ウサギ。そちらの女性たちが?」

 

「はいな、こちらの御四人様が----」

 

 クルリ、と振り返ったその勢いで黒ウサギはカチン、と固まった。

 

「………え、あれ? もう二人いませんでしたっけ? ちょっと目つきが悪くて、かなり口が悪くて、全身から“俺問題児!”ってオーラを放っている殿方と、どこか茫洋な雰囲気で、何考えているのかよくわからない銀髪のお嬢様が」

 

「ああ。あの二人のこと?」

 

 口元に手をやり、面白そうににやっ、と笑みを浮かべる飛鳥。なぜかはわからないがすごく楽しそうである。

 

「十六夜君なら"ちょっと世界の果てを見てくるぜ!"とか言ってあっちに駆け出して行ったわよ?」

 

 そういいつつ、飛鳥は『あっち』を指さした。彼女の指に示された方向にあるものは三人がここに召喚された時の上空4000メートルから見えた断崖絶壁。世界に名だたるロッククライマーでも上るのに骨が折れそうなほぼ垂直の岩壁である。

 

 黒ウサギは先ほどいじられていた時のようなぽかんとした表情をしたが、すぐさまウサ耳を逆立て、飛鳥と耀の二人に詰め寄った。

 

「な、なんで止めてくれなかったんですか!」

 

「"止めてくれるなよ"と言われたもの」

 

「ならどうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか!?」

 

「"黒ウサギには言うなよ"と言われたから」

 

「嘘です、絶対嘘です! 実は面倒くさかっただけでしょう御二人さん!」

 

「「うん」」

 

 力強く頷く二人に、黒ウサギはがっくりと膝を落として前のめりに倒れた。どうやら見事に貧乏くじを引き当ててしまったらしい。彼女がコミュニティの救世主に、と期待した面々は、四人共完全無欠な問題児であるようだった。

 

 その事実を知ってしまいがっくりと肩を落とす黒ウサギだったが、ふとあることに気づいて顔を上げた。先ほど飛鳥は十六夜のことは教えてくれたが、もう一人のいなくなった人物--アリス、という名前らしい--のことは語っていなかった。果たして彼女はどこへ行ったのか?

 

「……アリスさんはどちらへ向かわれたのです? まさか十六夜さんと一緒に行ってしまったとかではないですよね!?」

 

「ああ、そうじゃないから安心していいわよ……いや、安心してっていうのも違うかもしれないけど。ね?」

 

「ん……これ」

 

 何とも言えない表情で飛鳥は耀に目を向ける。耀はその視線に答え、いつの間にか手に持っていた『それ』を黒ウサギに示した。

 

 『それ』は黒ウサギも日々のおめかしで当たり前のように使っている物であった。

 

 

 

 

 

「鏡……ですか?」

 

 黒ウサギはいぶかしげに耀が持っているそれ--手鏡を見つめた。大きさはそれこそ女の子が髪の手入れや化粧の手助けに使う程度。手のひらに収まるほどのコンパクトサイズ。鏡に出来がちな指紋も一つもなく、きれいに黒ウサギの顔を映していた。

 

「……え? え? ちょっと意味が分からないんですけど……アリスさんはどこへ行ったんですか?」

 

 困惑した顔で鏡とそれを持っている耀に交互に目を向ける黒ウサギ。それも無理はない。実際に『それ』を見ていた耀と飛鳥も、まだ少し困惑しているのだから。

 

「だから、アリスはこの鏡に入っていったんだよ。まるで何十年か前の仮面ライダーみたいに」

 

「『気になることがある。確かめたらすぐ戻るよ』って言い残して、ね……春日部さん、仮面ライダーって何?」

 

「知らないの? 大昔、日曜朝にやってたテレビ番組だよ」

 

「ふーん……まあそういうわけで、あの子も今はいないわよ、黒ウサギ」

 

 二人の説明を聞いて、少しパニックに陥っていた黒ウサギも平静を取り戻した。戻ってこないわけではないらしいし、もしかしなくてもこれがアリスの『ギフト』なのであろうと判断がついたからである。……恐ろしく突拍子もないギフトであることに変わりはないのだけれども。

 

 まあつまり、アリスは別に放っておいてもいいのだ。目下の問題は一人地平線の先に向かっていった--

 

「十六夜さん、というわけですね! ジン坊ちゃん! 申し訳ありませんがお二人様のご案内をお願いしてもよろしいでしょうか! 私は問題児を捕まえに行って参りますっ!」

 

「分かった。でも気を付けてね黒ウサギ。"世界の果て"にはギフトゲームのために野放しにされている幻獣がいるから」

 

「心配ご無用です! "箱庭の貴族"と謳われるこのウサギを馬鹿にしたこと、骨の髄まで後悔させてやります!」

 

 怒髪天を衝く。黒ウサギの全身から怒りのオーラが漲り、つややかな黒髪が淡い緋色に染まっていく。おお、という顔をする飛鳥と耀を尻目に、黒ウサギは力強く宣言した。

 

 

 

 

 

「--一刻ほどで、戻ります!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは、桜が舞い散る何の変哲もない河原だった。

 

 いつもは雑草の緑と土の茶色で構成されているその場所も、今は舞い散る桃色に彩られ、幾分か華やかな雰囲気を醸し出している。川の清流にも花びらが乗り、一つ一つが小さな船となって下流へとゆっくり漕ぎ出していた。

 

 花見につきものなポイ捨てごみや人の喧騒もない、まさに理想の花見スポット。その河原に、人影が二つ立っていた。

 

 一人はもちろんアリス。風に散る花びらを掌に乗せ、それがちゃんと『実体を持っている』ことを確認してから、彼女は安堵のため息をつき、声を発した。

 

「よかったよかった。私の努力が無駄になったかと思ったよ。『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。その才能(ギフト)を試すことを望むのならば、己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、我らの"箱庭"に来られたし』……こんなこと言われたら、私の『この世界』も消えちゃったかと思うじゃない」

 

「……消えなかったからよかったものを。もうちょっと考えて行動してくれないか、アリス。我らの存在がかかっている」

 

 もう一人の人影がアリスに小言を言った。人影は黒いフード付きのマントで全身を包み、目深にフードを下ろしている。それだけでも顔が見えづらいのに、この人物は鈍く輝く髑髏を模した鉄仮面で顔を覆い隠してまでいた。背が高いこと、声色が男性の物であることから男性であろうことは想像つくものの、その容姿は全くの不明である。

 

 男?はさらに続けた。

 

「あの手紙に転送術がかけてあることぐらい開けずとも分かるだろう。『グレーテル』が聞いたら悲しむぞ」

 

「かんべんしてよ『ジャバ』。私自身はあくまでも一般人だからね?」

 

「だからこそ、だ。わかっているだろう」

 

「はいはい。耳にタコができるくらい聞かされたっての……それより、他の連中は?」

 

 ジャバと呼ばれた男はアリスの質問に深い溜息を返した。マントのポケットから便箋を5枚取り出し、5機の紙飛行機を作ってアリスに向けて投げる。

 

「わっとと……あいつらからの手紙?」

 

「ああ。内容は我も知らん」

 

 ふむ、と呟きながらアリスは紙飛行機を開いた。うかつなことをした主に手紙を送ってくれるとはあのド腐れな面々もなかなかかわいいところがあるじゃないか、と思いながら文面を読む。

 

『雑魚が。死に腐れ』

 

『だねえ、姉様?』

 

『そうね、兄様』

 

『(無回答)』

 

『主の愚かさを語るにはこの余白は短すぎる』

 

「……ひどい言われようだ。というか『スパロウ』のやつわざわざ(無回答)って書かないでもいいのに」

 

 あんまりにもあんまりな文面。感心したのは間違いだったな、と思いながらアリスは手紙を桜の花びらと共に風に舞わせた。空に舞う手紙を睨みながら、素早く言葉を紡ぐ。

 

「『赤壁(せきへき)』。……燃えよ!」

 

 言霊と共に紅が疾る。宙に舞う炎が手紙を燃やし、塵と帰して灰を舞わせた。灰色が桜の桃色に消えたのを一瞥し、アリスはパチンと指を鳴らす。その途端、アリスの手元に耀が持っていた物と全く同じ手鏡が現れた。

 

「……あいつら来る気ないみたいだし帰る。あとは任せたよ、ジャバ」

 

「ああ……何度も言うが注意深く行動してくれ。我らが消えたら目も当てられん」

 

 手鏡に手を突っ込むアリスにジャバが声をかける。アリスは少し振り返り、分かった分かったという風に軽く手を振った。その間も彼女の体はずぶずぶと手鏡に吸い込まれていく。

 

 やがて体が完全に飲み込まれ、手鏡が支えを失って河原に落ちた。それをじっと見つめていたジャバはおもむろに手鏡(それ)を拾い上げる。太陽の輝きを反射し、その光でジャバの鉄仮面が鈍く輝いた。

 

「……主よ」

 

 手鏡に語りかける。鏡面に沈んだアリスの姿は見えるわけもなく、見えるのは鏡に映った自分の鉄仮面だけ。それでも、ジャバは言葉を紡いだ。

 

「……我らを生む力を得たが故に、全てを失ったのも運命なら、その箱庭に召喚されたのもまた運命だ。つまりこれは、現実であなたを持て余した神々からの……」

 

 手鏡を握りつぶす。破片が手のひらを切り裂き、血をあふれさせた。

 

「--最後通告だと、そう言えよう」

 

 

 

 

 

 

 

「こ……この小娘がァァァァァァァァァ!」

 

 雄叫びと共に飛鳥達の前に立つ男、ガルド・ガスパーはその体を激変させた。強靭に鍛え上げられた肉体が膨張し、その身を包むタキシードが破れ散る。体毛が変色し、黒と黄色、タイガースカラーのストライプ模様が浮かび上がった。ワータイガー。いわゆる人狼などと似た種族。彼のギフトはそれであった。

 

 ついでに、なぜ彼がここまで怒り狂っているのかも説明しておこう。簡単に言ってしまえば、彼の悪行を飛鳥が暴き、見事に公表して見せたのだ。人質を取ることによるギフトゲームの強要並びにその人質の殺害。いくらギフトゲームの名のもとに行われたとはいえ、罪に問われることに変わりはない。

 

 まあとどのつまり、彼はしくったのだ。口説く相手を間違えた。まさか美少女を口説くことが破滅につながるなどとは思うまい。--いやそうでもないか。古来より美女は一国をも滅ぼすものであるのだから。

 

「テメェ、どういうつもりか知らねえが……俺の上に誰が居るか分かってんだろうなァ!? 箱庭第六六六外門を守る魔王が俺の後見人だぞ! 俺に喧嘩を売るってことはその魔王にも喧嘩を売るってことだ! その意味が『黙りなさい。私の話はまだ終わってないわ』ンガッ!?」

 

 罵声を上げていたガルドの口が急に閉じられる。しかし今の彼の怒りはそれでは収まらなかった。丸太のように太い剛腕を振り回し、彼の口を塞ぐ飛鳥に掴み掛かる。それに割って入るように耀が腕を伸ばした。

 

「喧嘩はダメ」

 

 ガルドの腕が耀に捉えられる。抱え込まれるようにして腕を固められ、体を押さえつけられた。少女の細腕に似合わぬ力。驚きと共に、ガルドは目をむく。飛鳥だけが、その場で笑っていた。

 

「ギッ……!?」

 

「動かないで」

 

 体を動かそうにも動かせない。言葉を発することさえできない。今この場は間違いなくこの少女二人が制圧していた。

 

 --そんなただでさえ均衡が保たれていない戦場に、その少女は戻ってくる。

 

『おーい、飛鳥、耀、聞こえるー? 聞こえてたら応答ヨロー』

 

「あら、いいところに帰ってくるわね、アリス」

 

 耀が首にひもでぶら下げている手鏡が光り輝く。そこから飛鳥達が先ほど知り合った少女の声が響いた。飛鳥が耀に近寄り、手鏡を手に取る。光はその間にかなり強くなっていた。

 

『おう。聞こえてるみたいだね? それじゃあ悪いんだけどさ、私が飛び出す程度の空間開けといてくれる? どうにも鏡から飛び出す時には勢い殺せないから』

 

「分かったわ……春日部さん?」

 

「うん? ……ああ、了解」

 

 アリスの頼みを受けた飛鳥は耀に目を向けた。一瞬その視線の意図を図りかねた耀だが、すぐに理解して行動に移す。ガルドの体と腕を固めたまま立たせ、飛鳥の前に引きずり出した。

 

 飛鳥はにやにや笑いながら輝く鏡の面をガルドの方に向ける。そして、何食わぬ声で言い放った。

 

「準備OKよアリス。出てきなさい」

 

『了解。んじゃあ飛び出すよー』

 

 その言葉と共に、輝きがまた強くなる。飛鳥と耀に騙されているとも知らず、アリスが鏡から出てこようとしているのだ。飛鳥の意図を把握したガルドはなんとか逃げようと試みるが、耀がそれを許さない。ガルドの力をもってしても、腕はピクリとも動かなかった。

 

 --そして、ついにその時がやってくる。

 

 輝きが目も眩むほどになった瞬間、アリスが手鏡から飛び出してきた。まるで時をかける少女のように片膝を上げ、両腕を後ろに伸ばすポーズをとったまま飛び出してくる。ちゃんと場面が整っていれば、完璧な着地を決められたであろう美しい姿勢だった。

 

 

 

 

 

 

 

 --しかし、今この場面でそれは不可能である。

 

「……あら?」

 

 飛び出したアリスが最初に目にしたものは、勢いがついた自分の膝が見事にめり込んだガルドの顔面だった。あまりにも完璧すぎる飛び膝蹴り。アリスの膝に、ガルドの鼻がへし折れる感覚がはっきりと感じられる。それを見計らって、耀はぱっ、と手を放した。支えを失ったガルドの体は、鼻血の血しぶきを吹き上げながらくずおれる。高い鼻は見事に、誠に見事にひん曲がっていた。

 

「ギ、ガ、グオオォ……」

 

 血に濡れる顔面を押さえ、苦しみのうめき声を上げるガルド。押さえる手の隙間から血がしたたり落ち、赤い小さな水たまりを作った。一瞬何が起こったか分かっていなかったアリスは、ポカンとした表情でガルドの顔を見ていたが、すぐさま我に返ったかのように両手を合わせた。謝罪のポーズである。本当にすまなそうな顔をして、一言彼女は言葉を発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……店員さん。床を汚してごめんなさい!」

 

「……あ、はい、掃除いたしますね」

 

 それはまさに、心のこもった謝罪であった。

 




 感想や指摘などあればよろしくお願いいたします。

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