鷲巣-Washizu- 宿命の闘牌   作:園咲

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 遅くなりましたがあけましておめでとうございます…年内に上げたかった…


閑話
前哨


「…で、さっきから何をやっているのだ貴様は?」

「しっ!話しかけないでくださいまし!」

 

 激動の個人戦も終了し、試合の余韻も残る翌日。龍門渕高校麻雀部室にて手足を組んだ不満気な鷲巣が透華に問いかける。

 だが当の透華は目の前のノートパソコンから目を離そうとせずずっと凝視している。これが暫く続いているのだから文句も言いたくなるだろう。ちなみに鷲巣の隣にチョコンと座っている衣もかなり苛立っている。

 

「今日はネト麻でのどっちが現れるまで待つつもりなんだって…まあ分からなくもないけど…」

「…いつまでかかるか…」

 

 そんな透華を冷めた目で見つめるのは一と智紀。だが二人は透華に僅かだが理解を示していた。透華にとってのどっちという存在がどれだけ大きいか知っているからである。

 『のどっち』。ネット麻雀界のトップに君臨し透華が一方的にライバル視している打ち手である。その打ち筋は余りにも正確無比で隙が無く運営側が用意したプラグラムなのではないかと噂されたほど。

 だが透華はその年のインターミドル王者となった原村和にのどっちの面影を感じ、智紀と共に牌譜をすべて洗い流し研究に研究を重ねた。そしてようやく迎えた直接対決…だったのだが。とんでもない横槍が入ってしまい、中途半端に対局が終了してしまった。当然消化不良であろうと思っていた。

 

「…ともきー…今から打てる?」

「無理。忙しい」

「だよねー…」

 

 ダメもとで智紀を麻雀に誘うもすげなく断られてしまう。というのも先日団体戦の全国出場校が出揃ったこともあって智紀はデータ収集に追われているからである。

 智紀愛用のノートパソコンには幾つものウィンドウが開かれ、指が見えないほど高速でタイピングしている。その様子を横から覗き込んだ一は思わずうへぇ…と声を上げる。とても自分にはできそうにない作業だ。

 

「純くんは追試に引っかかったし、ハギヨシさんも休日でいないしなあ…」

「外国語で赤点をとるなんて全く…龍門渕家に仕える身としての自覚が足りませんわ!」

「まあまあ…」

 

 忘れがちだが龍門渕高校は県内屈指の名門進学校である。幾ら部活動で好成績を残していようと試験の成績が悪ければ追試が待っている。

 ただ部活に熱中しすぎて勉強が(おろそ)かになる生徒は毎年少なからず出てきてしまう。そういう生徒の救済措置として全国大会前に追試を一斉に行うのだ。よってもうしばらくは帰ってこないであろう。

 最終手段として部室に控えている龍門渕家のメイド杉乃歩を入れるというのもありだが…初心者に毛が生えた程度の彼女の実力では二人に(むし)られるのが目に見えている。一も歩が露骨に嫌がっているのが分かる為誘うのも気が引ける。

 

「チッ…大体ネット麻雀など素人共の(たわむ)れにすぎぬだろうに…」

(あっそれはマズイ…)

「…それは聞き捨てなりませんわね」

 

 イライラが最骨頂に達したか吐き捨てるように暴言を吐く鷲巣。だがその声は不運にも透華の耳に届いてしまっていた。デジタル雀士として高いプライドを持っている透華のことだ…簡単には引き下がらないだろう。面倒くさいことになったなあ…と一は思わず天を仰いだ。

 

「確かに実際の麻雀と比べネット麻雀の敷居は低く初心者も多い…それは認めましょう…ですが!最上位である鳳凰卓ともなると決してプロの対局に見劣りしないレベルですわ!

プロ雀士も大勢参戦しています。それにネト麻の成績優秀者とプロが対局する大会もありま「も、もういいんじゃない透華…」む…まあいいでしょう。分かってもらえたようですからね」

 

 透華の豹変ぶりに珍しくタジタジの鷲巣や若干涙目の衣を見かねて一が助け舟を出す。透華は言いたいことは言えたようで案外おとなしくデスクに戻っていった。

 

「ちょっと軽率だったね…」

「しかしそこまでの価値があるのか?」

「やってみる?パソコンまだ余ってるから」

「むぅ…」

 

 ネト麻を勧められるも正直気が進まない鷲巣。だが結局断り切れずとりあえずやってみることになった。こうして昭和の怪物とまで呼ばれた鷲巣巌が平成の科学の結晶であるパソコンと相対することとなったのである。

 

「で、どうすればよいのだ?」

「へ…まさか本当にやったことないの?」

「ない。持ってもいないからな儂は」

「威張っていうことじゃないよ」

 

 パソコンは立ち上がったもののデスクトップ画面でどうすればよいのか分からず固まる鷲巣。今時パソコンを使ったことがない女子高生はごく少数ではないだろうか。

 操作が分からない鷲巣に代わり仕方なく一が昇龍門を立ち上げる。国内最大級のネット麻雀であり信用も厚く常時様々なイベントが開催されており、プロ麻雀連盟とも提携している。

 

「名前どうする?」

「…鷲巣でいいではないか」

「そういうわけにはいかないよ…うーん…衣和緒…衣和緒かぁ…」

「よーし!衣も考えてやるぞ!」 

 

 意外に時間を取られたのがアカウントの名前だった。鷲巣自身はどうでもよかったのだが周りが無駄にこだわりを見せる。幾つもの案が出たのだが透華がごり押しした鷲繋がりのグリフォンに落ち着いた。

 透華曰く鷲の英訳であるイーグルでは安直すぎるとのことだがこれに智紀が思わずダサいと呟いてしまいひと悶着起きたのだが余りにも見苦しい為割愛する。

 

「…じゃあ始めようか…」

 

 それから環境が整ったのはおおよそ二十分後のことであった。ごたごたに巻き込まれた一は若干疲れを見せつつも素早くデフォルトのままルールを設定し麻雀部屋を作る。

 すぐに人数が揃い対局が始まった。ちなみに透華は原村和がログインしたようで既に対局を始めており、今は劣勢気味なのか唸るような声を上げていた。

 

一般卓東風戦

東家 高一☆最強

南家 グリフォン(鷲巣)

西家 ノッポさん

北家 姫様

 

東一局 親・高一☆最強 ドラ・{白}

 

一巡目

鷲巣手牌

{六八23678②赤⑤⑥⑨白白} ツモ {七}

 

「ほう…わざわざ牌を取らずともいいわけだな…」

(うわぁ…いい配牌もらってるなあ…)

「で、牌は切る…と…」

「あっ…」

 

 自動で配牌が進み自動で理牌もされる。鷲巣はそんな些細なことに人知れず感心していたわけだが一は鷲巣の配牌に内心呆れていた。

 第一ツモで嵌張を埋める七萬を引いて早くもイーシャンテン。さらにドラの白が対子となっておりいつでも鳴きを入れ満貫を確定できる万全の構え。また面前で進めれば跳満まで望める好配牌である。どうやら鷲巣の豪運は機械をも超越するらしい。

 本来ならこの手牌からは浮いている9筒を払う所。だがネト麻の操作方法が分からない鷲巣は適当にキーボードを打つ。

 

打 {白}

 

「がっ…儂は9筒を払おうとしたのだぞ…」

「9筒は隣…切り損ないだね…」

 

「ポン」

 

高一☆最強手牌

{■■■■■■■■■■} 副露 {白白横白} 打 {⑨}

 

「でもってしっかり鳴かれてるし…親に…」

「ぐぐっ…この…」

「ま、まあタンピン形にもできるから…腐らずやろうよ」

 

 だが見よう見まねだったのが災いしたかドラの白を手放す痛恨のミス。そしてすかさず機械的な声と共に上家の親が鳴き、親満を確定させてしまった。

 思い通りにいかず早くも(いきどお)る鷲巣だったが一がなんとかフォローする。白を切ってしまった今、一の言う通りタンピン形に寄せていくしかないだろう。

 雀頭がなくなってしまったが、手を整理している内にどこか重なるのを待つしかない。鷲巣は次巡は間違えずに白を落としその後も手牌を進めていく。

 

九巡目

鷲巣手牌

{六七八23678②赤⑤⑥⑦⑧} ツモ {②}

 

「…ようやく張ったか…」

 

「リーチ」 打 {赤⑤}

 

 もどかしさに苛つきながらも確定三色の満貫…ツモるか裏が乗れば跳満まである手をテンパイしリーチをかける。九巡目と多少遅れたのは鷲巣が気乗りしていない証拠か。

 

(でもいい両面待ち…河にも見えてないし、案外1索が出るかも…)

 

 捨て牌と副露を見るにノッポさんはタンヤオ、姫様は萬子の染め手を匂わせている。そのため4索はともかく1索は手牌には使われていない可能性が限りなく高い。となればツモ山にもかなり残っているはずだ。引いてくるのは容易だろう。逆にこの2人がツモっても手牌に使える余地はなく、そのままツモ切りするかもしれない。

 

「ツモ」

 

 …すべて直後にツモ上がりが出なければの話だったが。

 

高一☆最強手牌

{一二三3456東東東} ツモ {3} 副露 {白白横白}

 

白   1翻

ダブ東 2翻

ドラ  3翻  跳満

 

「………」

「…ああ!マウスが!マウスが壊れるから!」

 

 無言で右手に握っているマウスを握りしめる鷲巣。手元から嫌な音が聞こえるのは気のせいではない。そしてその後、この手を逃したのが原因か集中力を欠き、切り間違いや鳴き損ねなど操作ミスを誘発…終始ペースをつかめず後塵を拝す結果となった。

 

終局

高一☆最強     36200

ノッポさん     27300

グリフォン(鷲巣) 18700

姫様        17800

 

「こ…この儂が…僅差の3着だとっ…」

「も、もうネト麻はいいんじゃないかな!ほらそろそろ純くんも来ると思うし…」

「そ、そうだ衣和緒!衣だってねっと麻雀は好かないからな!」

 

 一は既に察していた。鷲巣はパソコンとは衣以上に相性が悪い…と。見立てでは上達するのには相当の時間がかかる。大物手を狙える配牌には何回か巡り合ったもののそれを(ことごと)く無駄にしていた。現状ではこれ以上やったところで大した意味もない様に感じる。それほどの機械オンチなのだ。 

 

「儂に…この場は引けというのか…貴様は…」

(あちゃー…完全に頭に血が上ってるなこれは…おとなしく見守っておこう…)

 

 鷲巣の二人称が貴様となるのは相当頭にきている証拠だ。そしてその時の対処法は下手に触らずそっとしておくこと。放っておけばまもなく落ち着きを取り戻すだろう。

 諦めた一を余所に再び対局を始める鷲巣であった。

 

***

 

「やっと終わったぜ…どうも英語は苦手でな…なにがあったんだこれは?」

「…まあいろいろあってね…ホント…」

「い…衣和緒。純が来たぞ!さあ卓を囲もうではないか!」

「衣…今日は話しかけるな…」

「うぅ…いわぉ…」

(…こんな麻雀もあったとは…くっ…)

 

 すっかり太陽が夕日へと姿を変えた頃、純が追試を終え部室に顔を見せた。

 透華がパソコンの前で燃えつき、鷲巣はこちらに背を向けソファーに寝転がっている。あの後鷲巣は同じメンバーと3度東風戦を打ったものの成績は振るわず遂に投げ出し不貞腐れてしまったのだった。そんな鷲巣を衣が何とかしようとするがあえなく玉砕し涙目となっている。だが異様なのはその中にあって我関せずとデータをまとめ続けている智紀だろうか。その速度は全く落ちていない。

 こんな惨状を説明できるわけもなく苦笑いで誤魔化す一であった。以降鷲巣がパソコンを触ろうともしなかったのは言うまでもない。

 

***

 

「ほう~泉。自主トレとは感心やな」

「どうも…船久保先輩。この打ち手なんですけど」

「なんやけったいな名前やなーどれどれ…」

 

「不思議だよね~」

「まともに打ってれば全局トップかも…」

 

「私なりに頑張りました!」

「頑張ったわね小蒔ちゃん」

「にしてもこのグリフォンって打ち手…」

「案外下手なだけじゃないですかねー」

 

 ちなみにこの日のみ現れた雀士グリフォンに全国各地が謎に包まれたのだがそれはまた別の話…

 強豪集う全国大会まであと2週間。




 しばらく連絡もなくすいませんでした。最新話をお届けします。あくまで閑話なので闘牌シーンは控えめです。
 …やーと書けました!心理描写が書けずいっちょ前にスランプに陥ってました。
鷲巣様の豪運はネット麻雀にも通用しますが某高校の某キャプテンの如く機械オンチなのでまともに打てません。
 次回からは待望の全国編に入ります!お楽しみに!

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