一夜明け、個人戦予選の2日目を迎えた。予選を通過した64名の雀士達が一同に集まり半荘10回戦を行う。予選と比べて参加者は少ないもののチームメイトの応援や観戦に来ている者が多く、やはり会場は溢れんばかりの人で覆い尽くされている。
そしてその中には団体戦の決勝まで駒を進めたものの惜しくも敗退した清澄高校の姿もあった。どうやら無事全員予選を通過したようで皆表情は明るい。
「ちぇ…あそこで倍満に振り込まなかったらな…」
「いつまで言ってるの京ちゃん…」
訂正しよう…唯一の男子部員である須賀京太郎は早々に敗退してしまったようだ。
「じぇ!?今日は南場もあるのか!?」
「優希…部長が言ってましたよ…」
「…よく聞いていなかったじょ!」
アハハハッ…と呑気に笑う優希を見つつ、和はひそかに胸をなでおろしこの1週間を振り返る。
団体戦敗退直後の咲はトップを陥落させてしまった責任からひどく青ざめ落ち込んでおり、個人戦出場が危ぶまれるまでに深刻な状態だった。元より和たちは咲のせいとは微塵も思っていないのだが、責任感の強い咲はしばらく部室に来ない程自分を攻め続けていたのだ。この退部すら考えられる状況から予選2位を取るまで持ち直したのは皆の健身のサポートがあったからにほかならない。特に京太郎の支えが大きかったと思う和はありがとうございます…と咲の右隣にいる京太郎に心の中でこっそり礼を述べる。
「それで京ちゃんは…!?」
「咲、どうした?」
「いや…ちょっと…その…」
さてその咲だが、緊張した様子もなく京太郎とたわいのない話をしていた。しかし唐突に身に覚えのある寒気を感じ取り身震いを起こし、軽くうろたえながら周囲を見渡し始める。
その仕草を不思議に思った京太郎が咲に聞くも返ってきた返事は曖昧で要領を得ない為、何があるのかとその視線の先を追った。
「…あー!龍門渕!」
「おぉ!久しいなノノカ!」
「衣さん…なぜここに…」
その先には咲たちが散々苦渋を舐めさせられた龍門渕高校の天江衣と鷲巣衣和緒がいた。京太郎がやたらと大きい叫び声をあげたせいか向こうも気づいたようで、衣はこちら側に駆けて、鷲巣もゆっくりと歩いてくる。
だがなぜ個人戦に出てもいないこの2人がここにいるのか。観戦に来たと思えばそれまでだが…少し違和感を感じた和が返す言葉でそのまま質問する。
「…なにただ観に来ただけだ。少し気になる奴がおってな…ククッ…」
それには衣の変わりに鷲巣が答える。観戦とは言うものの意味ありげに含みを残す鷲巣はどこか楽しそうに見える。
そして用はもうないと言わんばかりに、鷲巣は小さく笑い声を上げながら衣とどこかへと行ってしまった。
(…気のせい…ですね。それより清澄が団体戦で敗退した以上この個人戦…負けるわけにはいきません)
微かに嫌な予感が頭をよぎったがすぐに消え去ったため、特に気に止めなかった和。まもなく久の呼びかけで対局の組み合わせを確認するべく電光掲示板を見に向かった。
ちなみに咲はあれ以来鷲巣に強烈な苦手意識が出来たようで暫く会話に参加せず、ずっと京太郎の後ろに隠れっぱなしであった。
***
(ん?これは…)
昨日に引き続き解説を任されている藤田は控え室にて出場選手たちのデータ書類をチェックしていた。
しかし団体戦でも活躍した選手たちが予選の上位を占めていた為、やはり順当に県代表が決まるかと少し気落ちした矢先に興味を引く名前を見つける。順位こそ29位と平凡だが問題はその内容にあった。
南浦数江…その名前に聞き覚えはなく、彼女が所属している平滝高校も毎年団体1回戦負けが続く弱小校。今年に至っては部員が足りなかったのか出場すらしていないはずだ。
(振り込みが極端に少ない…それに南浦…か…)
数字だけの大雑把なデータなのではっきりとはわからないが放銃が明らかに少なく、全選手中でもトップクラスといえる。
そして数少ない和了で僅差で競り勝っている。正に「耐える麻雀」の完成形。そして藤田はこのスタイルを貫き通すプロ選手を知っている。
その選手こそシニアリーグで活躍する南浦プロであった。名字が同じこともあり、十中八九関係者だろうと決め込む。もし昨日力をセーブしていたのであれば今日爆発させることは間違いない。なるほどこの南浦が台風の目玉となるか…そう思わせるのに十分な材料に、人知れず胸の高鳴りを覚える藤田であった。
***
そしてまもなく本戦…激戦の火蓋が切って落とされた。流石に初日を勝ち抜いてきた猛者達だけあって非常に高いレベルの試合展開となっている。
しかし対局数が進んでいくに連れて混戦から抜け出し、上位を快走する者も現れる。その中でも特に頭一つ抜きん出ていたのは…二人。
「ロン…満貫で終了ですね」
『福路選手またしても1着でフィニッシュ!全国行きをほぼ手中へと収めました!』
一人目は風越のキャプテンである福路美穂子。安定感のある打牌で大きく沈むこともなく、無難に全国出場を決めた。
昨年に引き続き団体戦で全国を逃しているだけあって、名門風越女子の面目を守り切ったといえるだろう…後輩部員からタオルを受け取り一息つくその表情には明らかに安堵が見える。
「ツモ。嶺上開花です」
『宮永選手今日も絶好調!全国行き決定です!』
もう一人は清澄の宮永咲。持ち前のスタンスを生かし、嶺上ツモを連発。結果、最終戦を前に暫定一位である福路に僅差で2位につけ、ここで3位以上が確定。
更に最終戦はこの二人が直接ぶつかり合うことになっており、長野1位という特別な肩書を賭けての戦いに観客も盛り上がっている。
しかし同等…いやそれ以上に観客の興味を引いているのは、熾烈を極める残された全国行き最後のキップをかけての3位争いであった。
(フフフ…チャンス!これはまたとないチャンスですわ!)
最終戦を前に対局室で他の選手たちを待つ暫定四位の透華は人知れず浮かれていた。
団体戦では叶わなかったのどっちこと原村和との対決がこんな大舞台で回ってくることに運命を感じる。そして透華の頭の中にはすでにこの後のビジョンが描かれている。
和とのデジタル雀士対決に完勝し、逆転で全国出場を決めた自分にあらゆるマスコミが大注目。テレビや雑誌で次々と特集が組まれることで更に取材が押し寄せ、持て囃される毎日…
「私目立ちまくりですわ!オーホッホッホ…」
「あ…あの…よろしくお願いします…」
「オーホッ…は!」
和に話しかけられ我に返る透華。不意を突かれたことで考えていた口上も言えず、いまいち締まらない出会いとなってしまった。しかし咳払いをし、強引に仕切りなおそうとする。
「…原村和!私はあなたを「おっ揃っているようだな」…」
だが新たに部屋に入ってきた3人目…鶴賀学園の加治木ゆみに遮られる。暫定5位のゆみにも全国出場の可能性が残っているだけに少し気張っている様子で椅子に座る。
「私は今年で最後なんだ。悪いが勝たせてもらうぞ」
「…そうはいきません。ところで何でしょう龍門渕さん」
「い…いえ…なんでもありませんわ…」
(わ…私の存在感が…)
完全にタイミングを逃した透華は小さくなるばかりであった。
***
『えーこの最終戦で決着となるわけですが…ここで現在の点数状況を今一度確認しましょう』
『そうだな…気になる選手もいることだし…』
最終戦が始まる直前、観戦室のモニターに大きく順位表が表示される。
今大会からルールが大きく改訂し、オカウマなどが採用された影響で順位の変動も起こりやすく状況が把握しずらい為である。
1位 福路美穂子 +284
2位 宮永咲 +278
3位 原村和 +203
4位 龍門渕透華 +200
5位 加治木ゆみ +193
6位 竹井久 +184
7位 井上純 +179
8位 池田華菜 +172
9位 妹尾佳織 +169
10位 国広一 +163
『上位10名はこのようになっています。目まぐるしく順位が入れ替わってますね』
『ん…?南浦はどうした?』
先程まで5位といい位置につけていた南浦数江が姿を消しており、ひっそりと目をつけていた藤田はつい実況に問いかける。
一日目はやはり力を温存していたらしく特に南場の伸びに目を見張るものがあり、期待以上の活躍を見せていた南浦だがここにきて大きく順位を落としたようだ。
『えーその南浦選手ですが…つい先ほど妹尾選手と対局しまして、東二局三巡目に大三元に振り込みトビ終了となり13位に後退。逆に妹尾選手は9位に浮上しています』
『…あの妹尾か…9位!?』
三巡目での役満聴牌など察知すらできないだろう…不運な放銃に心底同情せざるを得ない。
そして直撃させたのは妹尾佳織…団体戦の決勝には似合わないド素人かと思いきや二局連続で役満を和了り、ド肝を抜いてきたよく分からない打ち手。本戦に出場しているだけでなく9位と好位置につけていることも驚きだ。個人戦になによりも要求される安定感が皆無であり、結果が残せるとは思えないが…
『最終戦、妹尾選手は原村選手を始め上位陣との対局となります。結果次第では逆転も十分にある大接戦となっております!』
『…そうか』
モニターが再び選手たちの映る対局室に切り替わる。どうやら大概の卓の場決めが終了しているようで、後は開始の合図を待つだけである。
今いろいろ考えても答えは出ない。見れば真価が分かるだろう…珍しく頬杖をやめ、腕を組む藤田。目に生気が戻り光り始めた。
***
(ハァ…私だけここか…それに…)
「ククク…やはり飽きないな…あやつの麻雀は」
「なかなかやるではないか佳織は!」
(なんでこの2人が隣にいるんだー!)
鶴賀学園麻雀部員で一人だけ予選で敗退してしまった津山睦月は他の部員の応援に回り、観戦室にて席を確保していた。
そのまま暫く観戦していたのだが折り返しを迎えたころだろうか、この2人がやってきた。そう龍門渕が誇る2大エース天江衣と鷲巣衣和緒である。
席を立って移動しようにも見渡す限り満席でその余地がない。幸いこちらには話かけてこないので黙っていたものの…放たれるプレッシャーが凄まじく冷や汗をかきながらの観戦となるのだった。
***
「えーとこれはここで…」
(よりにもよって4人目は妹尾さんですの!?)
やはりおぼつかない手つきで理牌をする上家の佳織を横目で見る。
実は透華と佳織は初日の予選で同卓している。そこではリーチをかけた後に国士無双気味の捨て牌と手牌に気づき直撃を食らってしまった。
そして今日こうして自分の前に立ちふさがる辺り、衣と鷲巣による1週間の特訓は無駄ではなかったということか。
(来るなら来てみなさい!もうあんなヘマはしませんわ!)
「ノーテンですわ」
「ノーテン」
「テンパイだ」
「ノ、ノーテンです」
南二局終了時点(供託1000)
北家 龍門渕透華 12500(-1000)
東家 原村和 37800(-1000)
南家 加治木ゆみ 32400(+2000)
西家 妹尾佳織 16300(-1000)
(…ハッ!もう南三局!?)
南二局は決め手を欠き流局。テンパイしていたのはリーチをかけていたゆみだけであった。
ここまでの透華の打牌は警戒のし過ぎ。その一言に尽きる。
佳織が動くたびに過剰に反応し、早々に危険牌を抱え回し打ちを始めていた。和了りに消極的になり、手の進みが遅れた結果他家に和了られる。振り込みこそ少ないもののツモ和了りでコツコツ削られている現状だ。
(妹尾さんは妹尾さんでここまで大きい和了りもないですし…)
親番も残っていない今そろそろ攻勢に出ないとまずい。そう感じた透華は多少不利な配牌でも勝負に出ることを決め、気を引き締めるのだった。
(妹尾…明らかに打ち筋が変わっている…)
佳織の変化に真っ先に気づいたのは先輩である加治木ゆみ。今までの佳織はろくに場の状況を読めず、テンパイ即リー全ツッパを地で行っていた。だが今はリーチに対して牌を選び、危なっかしいながらも降りることができるようになっている。
…ゆみは知る由もないことだがこれは余興であったガラス麻雀…通称鷲巣麻雀の影響である。4牌中3牌が透けて見える鷲巣麻雀では卓から得られる情報量が多く、相手の手牌や捨て牌、鳴きなど卓全体を見渡す観察眼が要求される。佳織も最初こそパニックを起こしていたものの、時間をかけて何とか順応することに成功した。そして本人も気づかないうちに思わぬ副産物をもたらすことになった。
南三局 親・加治木 ドラ・{2}
七巡目
透華手牌
{五六七2256④⑤⑤⑥⑦⑧} ツモ {③}
(ナイスツモ!打点は十分ですがここは…)
「リーチ!」 打 {⑧}
ようやく手牌に恵まれた透華は七巡目に高めタンピン三色ドラ2の跳満をテンパイ。
打点を考えればリーチは控える場面だが、少しでも点数が欲しい今、敢えて8筒切りでリーチをかける。点数に余裕のある和とゆみが振り込みを恐れ、降りることを期待してのリーチだ。
そしてその2人は一発放銃は回避しようと手出しで現物切り。和はベタ降りしていそうだが、親番であるゆみはどう出るかまだはっきりしない。
(あわわ…リーチ入っちゃった…)
佳織手牌
{8東南南西西北北白発発中中} ツモ {東}
(えーと…ふたつずつふたつずつ…あっ張ってます!)
同順に佳織も七対子をテンパイ。しかし無作為に牌を切る前に透華の捨て牌に目を向ける。
透華捨て牌
{西東3一98}
{横⑧}
(8索が切られてる…じゃあ確実に通る方を…)
「リ、リーチです」 打 {8}
佳織は透華のリーチを考慮しての8索切りリーチ。
これこそ癖として根付いたリーチ者に対する捨て牌読みである。少なくとも今までの佳織では手が回らなかったことだ。
麻雀はリーチ者に対する警戒を怠らなければ放銃は極端に少なくなる。最もダマテンや鳴き手にはまだ対応しきれない。
(ふたつずつ…七対子ですわね)
透華は佳織の手が七対子であることを看破。…というよりふたつずつと呟いたり、牌が2つずつ固められているなどバレバレなのだが。
あくまで待ち牌が多いのは自分とばかりに先にツモってしまえば問題ないとツモ山に手を伸ばす。そして数巡後ツモってきた牌を覗いた透華は軽く笑みを浮かべた。
「いらっしゃいまし!ツモ!」
透華手牌
{五六七2256③④⑤⑤⑥⑦} ツモ {7}
「4000・8000いただきますわ!」
メンタンピンツモ三色ドラ2…きっちり高めをツモり、裏ドラなしで倍満
『ここで龍門淵選手倍満ー!一気にわからなくなってきました!いやーそれにしても…』
『妹尾の字一色七対子…和了れず仕舞いだったか』
『白が山に2枚残っていただけに妹尾選手がツモる度に固唾を飲んでいたんですが…』
『この手を和了れなかったのは痛いな。一応ラス親だから逆転の芽は残っているがな』
観戦室は見たこともない役満和了りを見逃したことでため息の渦に包まれる。しかし当の本人は大物手を逃したという自覚がなく、手を惜しむことなくあっさりと雀卓に流し入れていた。
西家 龍門渕透華 30500(+18000)
北家 原村和 33800(-4000)
東家 加治木ゆみ 24400(-8000)
南家 妹尾佳織 11300(-5000)
南四局 親・妹尾 ドラ・{⑨}
透華配牌
{二四八八九45赤⑤⑦⑨⑨東西} ツモ {東} 打 {西}
(うっ…重い配牌ですわね…)
和と僅差に詰め寄り、さっと和了ってしまいたい場面でこの重い手。ドラ3だが対子の東はオタ風であり和了るべき役が見えない。面前で仕上げなければならないか…そう感じつつ西を切ったその瞬間、和が動く。
「ポン」 打 {一}
(鳴かれたーー)
役確定の西ポン。和は1000点でも和了ってしまえば勝ちが確定する為、至極当然の鳴きである。ここから透華は和にむやみに鳴かせないように立ち回らなければならず、厳しい状況に立たされる。
(…ですが…ですが私はこの手を仕上げる以外勝ちはないですわ!)
透華の和に対する執念に牌が答える。なんとこの形から次々と有効牌を引き入れていった。
六巡目
透華手牌
{七八八九45赤⑤⑦⑨⑨⑨東東} ツモ {⑥}
(筒子が埋まって好形テンパイー!)
都合のいいことに嵌張が埋まって3、6索の両面待ちをテンパイ。だが懸念もある。和の捨て牌だ。
和手牌
{■■■■■■■■■■} 副露 {横西西西}
和捨牌
{一南⑧⑥7七}
ゆみ手牌
{■■■■■■■■■■■■■}
ゆみ捨牌
{南白東九八}
佳織手牌
{■■■■■■■■■■} 副露 {横発発発}
佳織捨牌
{赤⑤1二九南9}
(なんて脂っこいところを…)
和の手にテンパイ気配…直前に手出しで切られている七萬が怪しく光る。早々に中張牌を切り出している以上、最低でも手はイーシャンテン程度…既にテンパイしている可能性も十分にある。
だがここで回り道をしているわけにもいかない。意を決して八萬を手に取り、卓に強打した。
「通らば…リーチですわ!」
透華、八萬打ち。それに対する発声はなく、和がツモ山に手を伸ばした。何とか通ったことに透華は深い息を吐いた。
(…追いつかれましたか…)
和手牌
{七八③④④④⑤123} 副露 {横西西西} ツモ {白} 打 {白}
しかし実は紙一重…和、六、九萬待ち。河を見る限り九萬が狙い目のいい待ちである。その前にツモってしまえば終わりなのだが、ここはもどかしい無駄ヅモ。
だが和は顔色一つ変えず白をツモ切りした。
七巡目
透華手牌
{七八九45赤⑤⑥⑦⑨⑨⑨東東} ツモ {2}
(くっ…隣ですわ隣!)
こちらは真逆で焦りが顔に出ている。一刻も早く和了りたい…そう顔に書いてあるようだ。手牌にすら入れないまま再び強打で2索を卓に放ったその時だった。
「あ!それです!和了りです!」
「なっ…」
和了りの声は原村和ではなく佳織からのもの。親の連荘で仕切り直しですか…そう考えていたが倒された佳織の手は途轍もないものだった。
佳織手牌
{2233444666} 副露 {横発発発} ロン {2}
「り…緑一色…」
「えっ…発ホンイツじゃ…あ、あとトイトイも…」
『き…決まったー!まさかまさかの緑一色!逆転で妹尾選手がトップに立ちました!』
『やってくれたなあいつ…河を見てみろ』
『えっ…妹尾選手のですか………あっ…』
役満がオーラスで出たということに興奮を隠せない実況であるが、藤田は対照的に頭を抱えていた。それは佳織が最後の最後で大チョンボをしでかしたからに他ならない。
佳織捨牌
{赤⑤1二九南9}
「あ…あなた!1索切っているじゃありませんの!」
「えっ…それがなにか…」
「…妹尾。…フリテンだ」
透華が指摘しても佳織は気づかず、藤田と同じく頭を抱えるゆみが優しく諭す。例のごとく牌を2つ3つに区切っていた佳織は2、3索待ちのシャボ待ちだと思い込んでいたのだ。
しかし実際は1、4、5索も当たり…つまりフリテンチョンボで場が進まないまま親の罰符支払いとなる。だが佳織の点棒は12000点を下回っている為、払いきれない。
『えっと…この場合は…』
『どうもこうもない…罰符であろうとハコになればそれで終わり…試合終了だ』
『えー…試合終了です!この瞬間3人目の全国出場は原村選手となりましたー!』
場を盛り上げようとする実況だが、異例の試合終了に会場はざわつきが治まらない。全国を見渡してもこんな形で個人の代表者が決まった前例などないだろう。
現に和は喜ぶどころか困惑しており、また一騎打ちの引き合いを邪魔された透華は真っ白に燃え尽き口から魂のようなものが出かかっていた。
終局
南家 龍門渕透華 34500(+4000)
西家 原村和 37800(+4000)
北家 加治木ゆみ 28400(+4000)
東家 妹尾佳織 -700(-12000)
***
「妹尾さん…」
以前ざわつきが止まらない観戦室の中で津山睦月は呆気に取られていた。佳織のチョンボは珍しいものではなかったがこんな場面でやらかしてしまうとは。
睦月は恐る恐る隣を見やる。あれ程佳織に入れ込んでいた2人だ…こんな結末に激怒しているに違いない。しかしそこには睦月の想像と違う光景が広がっていた。
「ククク…カカカッ…面白いことをしてくれたものだ…」
「ああ…実に恐悦至極!」
(はっ…?)
笑っていた。ただひたすらに手を叩いて笑っていた。それも呆れなどからくる笑いではなく、心の底から笑っているという感じである。
凡人である睦月には理解できない…いやもとより相容れない世界だろう。
「帰るぞ衣…ここはもう用済みだ…」
「あっ待ってくれ衣和緒!」
呆然としている睦月をよそに鷲巣と衣は立ち去る。睦月はその背中を黙って見送ることしかできなかった。
…ちなみに余談だが透華が正気を取り戻すのはこれから3時間後のことである。
お待たせしてすいませんでした。出張が相次いだもので…時間が…
かおりん…やってしまいました。
次回は閑話の予定です。長い目でお待ちください。