鷲巣-Washizu- 宿命の闘牌   作:園咲

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遅くなりましたが明けましておめでとうございます。実家帰ったり、風邪ひいたりと大幅に遅れましたことをお詫びします。
(注)鷲巣台風が大暴れします。ご注意ください。


決着

「ぬぅ…あの清澄の打ち手、なかなかに奇怪…衣が打ちたかったぞ!」

「…幾分と差が縮まってしまいましたわね…大丈夫でしょうか…」

「おいおい今更何言ってんだよ」

 

 衣は確かに咲からは何かしらの底知れぬ物を感じ取っていた。しかしそれは鷲巣と比べれば些細なものであったし、事実序盤は鷲巣の前にペースを掴めずに失点を重ねていた。その姿に一度は失望仕掛けたものの、後半戦に入ってからは鷲巣を紙一重で躱しつつ和了り続ける咲に評価を一転、ソファーから身を乗り出し目を輝かせる。同じ卓で打ってみたいと心の底から思っていた。

 その一方透華は確実に縮まっていく点差に焦りを隠せていない。しかしそれもしょうがない…一時の大量リードは見る影もなく今や3万点もない。大物手ならば一度の和了りで逆転できる点差だ。

 この状況を前についつい漏らしてしまった弱音に対して、先程まで無言のまま戦況を眺めていた純が口を挟んだ。

 

「あいつなら心配するまでもない…リードを守るどころか広げて帰ってくるさ」

「純…?」

「堂々と見守るべきだろうが…一応部長なんだからよ」

 

 その一言を聞き、一応は余計ですわ!などとのたまう透華。確かに鷲巣は衣ですら凌駕する途轍もない打ち手である。だが後半戦に入ってから清澄の和了りが目立ち始め、正直鷲巣は押されているようにしか見えない。

 しかし純は何も問題はないと考えていた。これは純だからこその見解である。実は衣に次いで鷲巣との対局回数が多い純…当然鷲巣の打ち筋や強みなども熟知している。

 その中で純が最も脅威に感じたのは他人の流れなどを分断するかのように強引に大物手を和了ってくることだ。そのくせして一度流れに乗らせてしまえば怒涛のような和了りが続く。場の流れを操る純とは最悪の相性と言っていいだろう。

 それに前半戦のように清澄より先にカンをして妨害を仕掛けるなど対応策がないわけではない。ここらで流石に動いてくるはずだ。

 

「…全くもって恐ろしい奴だよお前は…敵だったらと思うとゾッとするな…」

 

 純のその小さな呟きは誰の耳にも届かなかった。

 

***

 

「ク…クク…」

(ひっ…)

(にゃ!?)

(なんだ…なにがおかしい…?)

 

 一方対局室では鷲巣が奇怪な笑い声を上げていた。比較的広い部屋であるがその声は不思議と響き渡る。

 当然卓上の三人は声の発生源へと視線を向けるが当の鷲巣は手で目を覆い隠している為、表情は伺えない。そしてそれが気味の悪さを増長させている。

 

(なるほど…どうやら詫びねばならぬようだっ…)

 

 その鷲巣は咲を甘く見ていたことに悔いていた。

そもそも鷲巣の照準はあくまで全国大会(インターハイ)…そしてアカギとの再戦に漕ぎ着けること。それらの通過点でしかない県予選では、ただただ退屈な麻雀を打たなければならないだろう…と考えていた。だがその予想はいい意味で裏切られる。

 決勝戦前に清澄の宮永咲からただならぬオーラ…力を感じたからだ。しかしいざ対局が始まってみれば、確かにその力は凄まじいものの経験が足りないのか所々にボロ…致命的な隙が見受けられた。例えば加槓に対する警戒心の欠如などが挙げられる。

 その惨状を見て恐るるに足らずと咲へのマークを緩めてしまった。それが結果として吹っ切れた咲の猛追を許してしまったというわけだ。

 今の自分は衣や透華たちの思いを背負っている。ならばこれ以上差を縮められる訳にはいくまい…何ふり構わず叩き潰す。そう決めた刹那、鷲巣にある変化が起こった。

 

(ん…?)

(なんだ…気のせいか…?)

 

 それには三人がほぼ同時に気づいた。華菜に至っては訝しげに何度も目をこすっている。しかし余りにも非現実的…そして僅かであったため会場の光源のせいだと深く考えず鷲巣から目を逸らし、各自次局の配牌を取っていく。

…普段打っている部室であれば間違いなくその小さな変化に気づいていた。しかしここは普段と違う環境である対局室。また徐々に外が暗くなってきたこともあり部屋の照明も強くなっている。偶然にもこれらの要因が組み合わさったことで見過ごしてしまった…鷲巣を中心に微かな光が纏っていることに。

 

大将戦後半戦南三局 親・風越女子 ドラ・{北}

西家 清澄   132500

北家 龍門渕  157300

東家 風越女子  49800

南家 鶴賀学園  60400

 

華菜配牌

{224五赤五六九①赤⑤⑥西中中中} 打 {西}

 

(ここだ…!ここが最後のチャンス…)

 

 この局親番の華菜は改めて意気込んでいた。しかしそれも当然であろう。なぜなら彼女にとってこの南三局が事実上のオーラスだからだ。

 鷲巣と大差をつけられている今、この連荘できる親番は細い細い逆転への活路…希望の光。しかしこれは逆にも言えるため、もし親番をあっさり流されてしまえば終戦…。優勝はほぼ不可能となってしまう。

 よってここがまごう事なき勝負どころ…重要な局面。華奈は手牌を見下ろし、とりあえず安堵のため息を吐く。幸いにも配牌は良好…中の暗刻があり速攻も狙える上にドラも2枚あるため打点にも期待できる。ここは迷うことなくオタ風である西から切り出し、ツモの伸びに期待する。

 

ゆみ配牌

{五六七2赤5669④④赤⑤⑦東} ツモ {③}

 

(これは三色…か…?)

 

 一方ゆみもタンヤオや三色が見える形の好配牌。ラス親が残っているとは言えこの局も面前で高い手を和了っておきたいゆみにとっては上々である。あらかじめ右端に寄せていた東に手を伸ばしそのまま切り出すが、それを遮るかのように響く発声。

 

「ポンっ…」

 

鷲巣手牌(他家視点)

{■■■■■■■■■■} 副露 {東横東東} 打 {⑥}

 

(第一打のオタ風をポン…?)

 

 ここまで暴れた鷲巣が今更無駄な行為をするとは到底思えないゆみは何が狙いかと思考を張り巡らせる。まずチャンタやトイトイ、役牌バックなどが本線だろう。

 そして鷲巣にとってこの局清澄に和了られることはなるべく避けたいはずだ。現状25000点差と逆転には少々苦しいが、点差が縮まってしまえばオーラスでの逆転条件が幾分か緩くなってしまう。逆に最良は自身が和了り、他家を更に突き放すことだが…とここまで考えこんでまもなく、辻褄が合う一つの仮説に辿り着いた。

 

(そういうことか…)

 

二巡目

華菜手牌

{224五赤五六九①赤⑤⑥中中中} ツモ {3} 打 {九}

 

(よし!ナイスポンだし!)

 

 鷲巣が鳴いたことで再び華菜のツモ。華奈はここでネックだった嵌張が埋まる3索を引いてきて早くもリャンシャンテン。どうやら喰いずれたことが功を奏したようだ。

 有効牌の数も非常に多く、手を進めやすい形である。この局はもらった…と期待が確信に変わった華菜であった。

 

同巡

ゆみ手牌

{五六七2赤5669③④④赤⑤⑦} ツモ {7} 打 {9}

 

(駄目…九萬は鳴けない…)

 

 鷲巣に危機感を覚えたため、鳴いてでも手を進めようと思っていたゆみだが華菜から切られたのは九萬…これでは鳴けない。

しかしツモってきたのは567の三色が明確となる有効牌の7索。これ幸いとタンヤオを狙うにあたって不要となる9索を切り出すが、ここで再び鷲巣が動いた。

 

「カンっ…」

 

(う…またっ…?)

 

鷲巣手牌(他家視点)

{■■■■■■■} 副露 {9横999} {東横東東} ツモ {■} 打 {⑤}

 

 鷲巣は切られた9索を大明槓。このカンにより咲は二巡続けてツモを飛ばされたことになり、また先にカンをされたことで顔から余裕が消え、動揺が見え始めた。

これこそが鷲巣の狙い。麻雀の大前提としてどんなに優れた打ち手でもツモが出来なければ手牌は変わらず進まない。そのツモをさせない為には鳴いてしまえばいいのだ。手の進みは明らかに周囲に比べて遅くなるため、圧倒的なハンディを抱えさせる事ができる。

なんの因果かこれは()()()として打った最期の局で対面の悪魔が使ってきた戦法でもある。使ってみて改めて確かに効果的だ…と感じる。ただ鷲巣の恐ろしいところはコンビ打ちでもないのにこれをやってのけることだ。

 鷲巣は嶺上牌をツモり僅かに笑みを浮かべた…どうやら有効牌を引き入れたらしい。ゆっくりと流れるような手つきで手の内に入れ、その手で7筒←5筒を切ってきた。そしてこの直後、局面がひっくり返す致命的な事が起こってしまう。

 

(と…とりあえずカンドラだし!)

 

 カンが入ったということは必然、新ドラが発生する。この局王牌が目の前にある華菜が手を伸ばし新ドラ表示牌を人差し指一本で捲る。

 願わくば自分の手にごっそり乗ることを期待していたが、現実は非情であった。そこに見えたのは…8索。よって新ドラは鷲巣がたった今4枚晒した9索。

 

「乗ってくれたか…クククっ…カカカ…」

 

(ドラ4だと…)

 

 満貫以上が確定するドラ4…これでは迂闊に甘い牌を打ち込めず、どうしても消極的になってしまう。たかが二巡目とはいえ順子を落としてきたのだ…相当手がまとまっていると見ていいだろう。現にゆみと咲は怯んでしまっている…この局は下り気味にならざるを得ない。

 

(ドラ4なんて関係ないし!先に張って先に和了る…それだけだ!)

 

 しかしその中で唯一華菜だけが手なりに真っ直ぐ打つと決意を固める。

 そもそも鷲巣が張っているという確信もない…せいぜいイーシャンテン程度だ…そうそう都合よく手が入ってこないだろうと自分に都合のいい全く根拠のない決めつけ…

 だが元々後がない華菜に退くという選択肢はない。その先がたとえ奈落の底であっても走り続けるしかないのだ。  

 

二巡後

華菜手牌

{2234赤⑤⑥⑦中中中} 副露 {横七赤五六}

 

(2ー5索…引け…) 

 

 華菜は四巡目に鷲巣から七萬を鳴き2、5索待ちのテンパイとしていた。ただ懸念の鷲巣はこの二巡とも手出し…張っているかいないかの判別がつかない。

 そしてソーズ待ちのため下り気味である鶴賀や清澄からの差し込みも期待できない…だが今の華菜はそんな事思ってもいなかった。他人なんて関係ない…先に引けばいいだけ…そう感覚を麻痺させていた。しかしこの巡目のツモで一気に肝を冷やすことになる。

 

五巡目

華菜手牌

{2234赤⑤⑥⑦中中中} 副露 {横七赤五六} ツモ {北}

 

(な…)

 

 よりにもよって生牌のドラである北を掴んでしまった。普段ならドラ引きは喜ぶべきことだが、今の華菜の手牌では北が完全に浮いている。しかしツモ切ろうにもこれだけは厳しい。

 鷲巣の手がトイトイにせよ混一色にせよチャンタにせよ…北はその全てのキー牌。さらに北は鷲巣の自風であるため、言わずもがな超危険牌である。なんでこんな土壇場で持ってきてしまうのかとやり場のない苛立ちを覚える。だが切らなければ2索切りで北の単騎待ちにするしかないのだ…とても出和了には期待できない。

 悩む必要なし…と華菜は北に右手をかけるが、なかなか河に動いてくれない。視線を右手に送ると僅かに右手が震えていた。無論武者震いなどではない…無意識の恐怖心からきた震えである。

 清老頭を振込みかけた…いや実質振り込んだ局面が脳裏によぎり始める。それを皮切りにこのドラを鳴かれてしまったら…いやいや振り込んでしまったら…などと一度持ってしまった疑念は消えるどころかどんどん大きくなっていった。

 

(…なに考えてるんだし私は!切れ…切れ!)

 

 華菜は懸命に自分に言い聞かし、その疑念を拭いさろうとするが一向に手は固まっていて動く素振りすら見せない…華奈は北を切ることが出来ず、代わりに手にとった2索を卓に打ちつける。この2索もなかなかの危険牌であったが無事に通ってくれた。結局己の恐怖心に打ち勝つ事が出来なかった華菜は深く沈み、自分を責めていた。

 

(なんで…手広く取るところだろここは…)

 

 嫌でも分かる…いや分かってしまった。ここで切れなかった北はもう二度と切ることができない…と。つくづく後一歩踏み出せなかった自分に腹が立つ。

この局和了ることが出来なければ駄目だというのは重々理解しているのに…

 

(助かった…2索は通しか…)

 

同巡

ゆみ手牌

{五六2赤5667③④④⑦南発} ツモ {一} 打 {2}

 

 危険牌ばかりを引き安牌が尽きかけていた所だったゆみにとって、2索が安牌となったのはありがたい。今引いた一萬も切りづらい牌だった為、ノータイムで2索を切り出した。

 これを見た華菜の表情が歪む。合わせ打ちだとは分かっているが、北を押していれば…とついつい後悔してしまう。そしてまもなく…

 

「ツモ…」

 

 上家の鷲巣からの和了り宣言が華菜の親番の終わりを告げた。

 

鷲巣手牌

{23九九北北北} 副露 {9横999} {東横東東} ツモ {4}

 

「北ドラ7…4000・8000…」

 

(北は通っていたのか…いや…)

 

 北は当たり牌ではなかった…なら切るべきだったんじゃないか…そう考えたが華菜はあることに気づく。もし北を切っていたら鷲巣がどう動いていたか…

 反射的に目の前の嶺上牌に視線が移る。見てもなんの意味もないことは分かっている。だが純粋な好奇心には抗うことが出来ず、そっと手を伸ばし牌をひっくり返した。 

 

(なんだ…どっちにしろ駄目なんじゃないか…)

 

 そこには力なく1索が転がっていた…北を切るか切らないかなどと葛藤していたあの時点で自分の和了りはなかったと思い知らされる。

 北を切らずとも暗刻で持たれていては和了り目がないではないか…こんな理不尽があるのか…その目に涙が浮かんだ。

 

西家 清澄   128500(ー4000)

北家 龍門渕  173300(+16000)

東家 風越女子  41800(ー8000)

南家 鶴賀学園  56400(ー4000)

 

『…龍門渕鷲巣選手貫禄の倍満!再び他三校を突き放したー!』

『一気に流れを引き戻したな…』

『さあ県予選団体戦もついにオーラスを迎えます!長かった決勝戦もいよいよ最終局面です!』

『…さあ、どうなるかな…』

 

 目の前で繰り広げられている応酬に次ぐ応酬はとても地方大会クラスのものとは思えない。圧倒的な力、それに対する対応力、策略などは圧巻の一言に尽きる。ただまだオーラスが残っている…まだ対局は終わったわけではない。

 

大将戦後半戦南四局 親・鶴賀学園 ドラ・{2}

 

ゆみ配牌

{一四九九279①②⑨東北白中}

 

(…九種十牌…か)

 

 なんともため息をつきたくなるような配牌であったがよくよく数えてみれば九種十牌…見方を変えれば国士無双サンシャンテンである。

 しかし九種十牌の形から国士を和了れる可能性はせいぜい3%…33回に1回の確率と言われている。役の性質上鳴くことが出来ずツモに全てが懸かる上に、捨牌がどうしても派手になり警戒されるためだ。よって一般的には流すのがセオリーと言われているが、この局面では話が変わってくる。

 

(和了ることが出来れば…)

 

 和了り続ける限り負けはない…言葉にするのは簡単だが、この卓で連荘を続けるのがどれほどの奇跡か…重々承知している。

 なにせ13万点差だ。何回和了ればまくることが出来るのかとても見当がつかない。だがこの手を和了れば一気に差が詰まり、龍門渕を射程圏内に捉えることが出来る。

そして点差の関係上、清澄と風越に振り込むことはない…これが大きいアドバンテージとなる。これらからゆみは流さず、2筒を打つ。まさに一蓮托生…この手に賭ける。

 

咲配牌

{一四3①②②②③③④⑦南発} ツモ {⑥} 打 {一}

 

(……)

 

 鷲巣からの直撃…それも三倍満以上が要求される咲。先程までの風は完全に消えてしまい、向かい風となっているような気さえする。しかしこの手を仕上げる他に道はない。咲はここから打一萬とする。

 

華菜配牌

{三五八八22579⑦⑧⑧北}

 

(考えるんだ…ここからどう打つか…)

 

 華奈は既に勝ち目がない…流局が何十回と繰り返されれば逆転できなくもないがそれはもう天文学的確率である。

 だが華奈は最後まで勝負を捨てない。勝つ可能性が残っている限り、諦めない。これが華菜の長所であり短所でもあるずうずうしさだ。

 

 様々な思いが駆け巡る対局室は独特な雰囲気に包まれている。各校の控え室はもちろん、観戦室やそして実況解説ですら固唾を飲みこみ見守っていた。

 

「…長かった…なかなかに楽しめた…」

 

 が…その静寂を破ったのは理牌を終えた鷲巣。ボソッ…と呟いた声だったがその声はやたらと響いたため3人の視線が鷲巣に集まる。

 まるで対局が終わったかのような発言であるため、その目は一体なにを言っているのかと訝しむものに変わる。

 

(またこいつは…)

(なにを…)

 

「まあ待て…!」

 

 その視線の意味合いに気づいた鷲巣が顔を隠そうともせず、山にヌっと手を伸ばす。ツモ牌を一目した鷲巣は奇妙な笑い声を上げ始めた。口角が吊り上がり、白い歯が丸見えとなって下唇に(よだれ)が伝う。

 その余りにも異常な光景に卓全体に圧倒的な悪寒が走る…それは人間を始め動物が皆持っているもの…決して叶わぬ者を目の前にした時、脳より発せられる生存本能である。

 鷲巣はツモってきた牌をそのまま手牌に加えることなく卓に打ち付け、手牌を力強く倒した。

 

「ツモッ…!ツモだ…!」

 

鷲巣手牌

{二二二七七111⑥⑥西西西} ツモ {七}

 

「地和、四暗刻…ダブルはなかったか…8000・16000…」

 

鷲巣、理外の和了…地和四暗刻――

 

団体戦終局

南家 清澄   120500(ー8000)

西家 龍門渕  205300(+32000)

北家 風越女子  33800(ー8000)

東家 鶴賀学園  40400(ー16000)

 

 会場がまるで時が止まったかのように静まり返った。唐突な終局に誰しもが何が起こったのか理解できない。

 ゆっくりと波を打つように1人、また1人と事態を飲み込んでいく。やがて会場全体が地鳴りのような歓声で埋め尽くされた。

 

『な…なんと地和が出ましたー!なんという幕切れ!県予選決勝はこれで完全決着です!』

『地和とはな…末恐ろしいやつが出てきたもんだ…』

『そして優勝は龍門渕高校!昨年に続き全国大会に駒を進めることになりました!』

『…』

 

 興奮している実況を尻目に藤田は考える。龍門渕は昨年全国ベスト8まで勝ち上がっている。昨年の時点で既に少数精鋭の完成されたチームだった。

 だが今年はそこに鷲巣を加えたことで攻撃力を中心に大幅に力を増している。他の三校も健闘したものの終わってみれば龍門渕の大勝だ。さらに他の高校にとっての辛い現実は、来年もこのメンバーがまるまる残るという事だ。当然経験を積み、強くなっているはず…よほどの事がない限り、来年も長野は龍門渕が制するに違いない。

 長野のレベルが上がっていることは地元のプロチーム所属の藤田にとっては喜ばしいことだが…敗戦した悪友ともいえる清澄、竹井久のことを考えると少し胸が痛んだ。

 

***

 

「じぇ…終わってしまったじょ…」

「こんな事ってあるのかよ…」

 

 清澄高校控え室では皆が項垂れていた。全国の壁を打ち破る事は出来なかった。去年までの龍門渕ならデータを駆使して勝てていたかもしれない。だが鷲巣衣和緒という理不尽が全てを狂わせた。

 途中までは明らかに咲の流れになりかけていただけに敗戦を受け入れることができなかった。

 

「あれ…和は…」

 

 さっきまでソファーに座っていた和がいなくなっている。一体どこに行ってしまったのだろうか。京太郎のその言葉にすっかりぬるくなった飲みかけの紅茶を一口啜り久が答える。

 

「…須賀君…少し考えれば分かるでしょうが…」

 

 その声自体はいつも京太郎をからかっている久の様子と何ら変わりない。だがいつもの活気ではないことに付き合いが長いまこだけが気づいた。

 

(久…お前これからどうするんじゃ…)

 

 その言葉は辛うじて口に出さなかった。口にしてしまえば何もかもが壊れてしまいそうになったから。

 久は団体戦での全国大会出場のためにこれまで個人戦にも出場しなかった。まこはこの場にいる誰よりもその思いが大きいことを知っている。

 その目標が敗れてしまった今、個人戦こそエントリーしているものの今年の夏は終わったと言っていい。久はもう麻雀を辞めるかもしれんな…そう思ってしまった。

 

***

 

「ほら…咲さんあなたのせいじゃありません…私たちはまだ力不足だったんです…」

「でも…うっ…」

 

 対局が終了してすぐさま部屋に飛び込んできたのは原村和。息切れを起こしているところを見るにどうやらチームメイトである宮永咲が気がかりで走ってきたようだ。

 和を見た咲は皆に対する罪悪感から泣き崩れてしまい、和に肩を借りつつその場を後にする。今日の敗戦を糧に成長するかどうか…彼女次第だ。

 

「わ…私は楽しかったし!」

 

 次に立ち上がったのは華菜。その目にもう涙はなく、満面の笑みを浮かべている。押されっぱなしで和了りも少なかったのに前向きに物事を考えるその姿はとても眩しい。

個人戦でリベンジだ!と捨て台詞を吐いて去っていった。その勢いに押され、自分は個人戦に出ないことを伝え忘れたことに気づくのはもう少し後のことである。

 

(国士の和了り目はなかったのか…)

 

 後ろに控えていた審判もいつの間にか姿を消していたため、対局室に残ったのは鷲巣とゆみのみとなった。

ゆみは1索が鷲巣の手に暗刻…そしてドラ表示牌を含めて4枚使われていたことに気づいた後、手牌を伏せ軽く笑いゆっくりと立ち上がって鷲巣に握手を求める。

 

「こんな麻雀もあるんだな…勉強させてもらったよ」

 

 鷲巣は少し呆気に取られたが鼻息を漏らしつつ、握手に応じる。

この小娘とはどこかで再戦の時が来るだろう。当然今より力をつけて、だ。何となくそんな気がした…と、ここで別の用事を思い出した鷲巣は去ろうとしていたゆみに声を掛ける。

 

「なんだ?まだ何か用か?」

「いや貴様自身に用はない…貴様のところの次鋒だ」

(貴様って…)

 

 龍門渕の新入生の教育はどうなっているんだ…とゆみ内心思うが、他校生であるためトラブルを起こすつもりはない。

 

「…妹尾のことか?」

「ああ確かそんな名前だったか…貸せ」

「は…?」

 

 鷲巣のとんでもない発言に唖然とするゆみ。…この突拍子もない行動が1週間後の個人戦に大波乱を巻き起こすことになる。




 これでひとまず団体戦終了です。まさか年を跨ぐことになるとは…次回からは県予選の個人戦に移ります。鷲巣は出ませんけどね。そしてかおりんの運命や如何に!?
追記・誤字がありましたので訂正しました。ご指摘ありがとうございます。

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