(そうか…この小娘の親番か)
宮永咲…高打点を望める手牌にも関わらず鳴きを入れて、安手をしてまで強引に和了ってきた。それもこれも自身にとっての良い流れ…直後に迎える親番のために追い風を作るためだろう。そしてそれはこの状況を正確に掴んでいる事にほかならない。
また先程から明らかに彼女の周囲を纏う空気が一変した。いや正確に言えば靴下を脱いで裸足となったその瞬間…ようやく枷を外し本気で逆転を狙ってくる構えだ。鷲巣は僅かに口角を吊り上げる。やはり対局は相手に張り合いがなければ面白くない。
大将戦後半戦南一局 親・清澄 ドラ・{三}
東家 清澄 104300
南家 龍門渕 168900
西家 風越女子 68700
北家 鶴賀学園 58100
咲配牌
{1289四赤五六七八九東北白} 打 {北}
さて肝心の配牌だが槓をして手を進める咲としては珍しく順子系の手。しかしなかなかの好配牌をもらっている。ソーズの辺張がネックだがツモに恵まれればメンピン一通などが狙える。
どうやら前局での和了りで少しずつだが流れが来ているらしい…この最後の親番での配牌が何れ程重要か分かっている咲は内心安心しつつ浮いている字牌である北から切っていく。
鷲巣配牌
{一一三五11479①③⑥⑧} ツモ {1} 打 {⑥}
(さて…これはどう打つか…)
対する鷲巣の配牌はチャンタ系…ただ嵌張の形が目立つ。面前で仕上げればそれなりの打点は期待できるであろうが、鳴きを入れなければ早々に和了る事は難しい手格好。
咲の親番を流しておきたい鷲巣としては良くはない配牌と言える。だが鷲巣はこの場面で…いやこの場面だからこそ6筒を打ち、チャンタ…あわよくば純チャンの決め打ちを選択。ここで大物手の直撃を取り、咲に僅かに残っている逆転の芽を完全に摘み取るつもりでいた。
「ポン」
六巡目
咲手牌
{123二四赤五六七八九九白白} 打 {白}
場は進み六巡目。順調に手を伸ばし、イーシャンテンとしていた咲だったが、ここで華菜から切られた九萬にすぐさま飛びつく。そして対子となっていた白を切り出した。
『えっ…この形から九萬を鳴くんですか!?それに白切り…』
『普通はありえない鳴きだがな…』
どこか含みのある言い方をしたが藤田の言うとおりこの九萬鳴きは一見すると愚行としか思えない。
みすみす三、六、九萬の三面張形を捨て、白切りした事で完全に役なし…
しかし嶺上牌を常に把握している咲にとってこれは当然の鳴き…和了りへと近づく重要な鳴きである。
(嶺上…ならば…)
(また加槓か…?)
(また!?)
卓上では三人が咲の思惑に気づいていた。しかし気づいた所でどうすることもできない。ゆみは自身の手牌を見下ろすがそれはまだテンパイには程遠く、形も悪い。
前半戦で咲の加槓を槍槓で討ち取れたのは牌勢に恵まれた故の偶然にすぎず、あれをもう一度やれと言われればゆみは迷わず無理だと答える。しかし鷲巣は何かを閃いたようでツモる手に力が入り始めていた。
七巡目
咲手牌
{123二四赤五六七八白} 副露 {九横九九} ツモ {三} 打 {白}
『清澄宮永選手、ドラの三萬を引きテンパイですが…』
『…役なしだな』
『そうですね…これでは和了れな…『いや、そんな事はないさ』…』
次順の咲のツモは好都合な事にドラである三萬。これで嵌張が埋まる形で二、五、八萬のノベタン待ちのテンパイへと漕ぎ着ける。だがこれは形だけ…役がない為当然これでは和了れない。
なぜ白の対子を落としたのか…などと疑問を感じた実況がその辺りを藤田へ尋ねようとしたが目さえ合わせないまま軽くあしらわれてしまう。
実況は諦めたように内心でため息を吐き対局に視線を戻す。いずれにせよこの後の清澄を見ていれば自ずと咲の思惑が見えてくるはずだ。
(引いた…これで嶺上ツモ…!?)
十巡目
咲手牌
{123二三四赤五六七八} ツモ {九} 副露 {九横九九}
さて誰も鳴かないまま数巡が過ぎ十巡目。咲は待望の九萬…槓材を引いてくる。咲が感じ取った嶺上牌によればこれでまた嶺上開花で和了る事ができる。
九萬を手牌に加えることなくそのまま加槓しようとする咲だったがその瞬間チリッ…と頭をかすめる僅かな違和感がして再び思い留まった。まるで大きな…致命的ななにかを見落としているような…
咲は何事かと素早く場況を見渡し下家である鷲巣の河を確認し、心臓が飛び跳ねそうになった。
鷲巣捨牌
{⑥中4西③五}
{⑧79}
序盤から中張牌が連打されている不自然すぎる捨牌。まず真っ先に疑われるのは国士無双。ただ国士でなくともあの捨牌ではヤオチュウ牌付近が怪しいだろう。この局は自分の手を気にしすぎていたが為に他家に対する警戒が疎かになっていた咲だが、それでも寸前の所で気が付けたのは大きな要因があった。
それは前半戦で槍槓による振り込みをしていたこと…あの時和了りのみを見据え無警戒に加槓を行い、結果的に鷲巣とゆみに放銃…頭ハネにより鷲巣のみの和了りとなったがルールがルールならダブロンを食らっていた。その強烈な出来事が咲に加槓が秘めている危険性を認識させたのだ。
(でもここは勝負にいくしかない…!)
だがだからといって九萬を抱えてしまってはこの手は死んでしまう。ソーズの順子を崩して混一色に向かう、改めて一通を狙うなどというのもなくはないが、そのソーズがまた切りにくい…それにテンパイを崩して張り直し和了るまでに最低でも三、四巡はかかる。最早その猶予は残されていないだろう。となれば危険を承知で加槓するしかない…咲はそう腹をくくり、改めて手にしていた九萬を晒し力強く宣言する。
「カン!」
『…!まさか…』
咲は九萬を加槓する。ここでようやく実況も感づいたようだ。
咲は問題の鷲巣に視線を移すが和了る素振りは見られず、手先すら微動だにしない。何とか放銃しなかった事に安堵しながら嶺上牌に手を伸ばして手牌を倒した。
「ツモ!」
咲手牌
{123二三四赤五六七八} ツモ {五} 副露 {九九横九九}(加槓)
「2600オールです!」
『なんと再び嶺上開花だー!なんだこの和了はー!?』
新ドラは中となり満貫には届かなかったもののリンシャンツモドラ2となり2600オール。決して小さくない和了りとなって連荘となる。
この全てを見透かしていたかのような和了に実況も興奮気味にマイク越しに叫ぶ。ここまでやられては最早偶然とは言い難いだろう。この少女もまた異質であることに清澄を除く三校の選手たちも薄々感づいていた。
鷲巣手牌
{一一一一二三111①①①七}
『しかし惜しかったものの凄まじい手を張っていたのは鷲巣選手…あの配牌からここまで仕上げていました』
『清澄が一通にこだわっていれば和了目はなかったな。それに鷲巣も策を講じていた』
この局の分岐点となったのは六巡目。この時点で既に鷲巣は一萬を4枚抑えていた。咲が九萬を鳴いていなければツモ番はずれず、直後の三萬は上家のゆみに入っていた。となれば咲はテンパイすらままならず、そのまま鷲巣の和了りとなっていた可能性が高い。
結果論だがあの局面で九萬を鳴くことこそが咲の和了りのために残された道だった。 と、ここで実況が藤田の解説の中で気になるワードがあったことに気づく。藤田が言う鷲巣の策とは一体なんなのだろうか。考えてもいまいちピンと来なかったようで直接尋ねることにしたようだ。
『あの…先程おっしゃっていた鷲巣選手の策とは…』
『ああそのことか…あいつ…明らかに清澄の加槓を狙った打ち回しだった』
『え!?』
『でないと直前の9索切りの説明がつかんだろ』
鷲巣は八巡目に9索待ちの純チャン三暗刻三色同刻ドラ1…ほぼ完成形であるダマ倍満をテンパイしていた。しかしその後ツモってきた七萬を確認するやいなや9索と入れ替え…純チャンが消える七萬単騎へと待ちを変えた。萬子の混一色気味だった咲の河に対する対応ともとれるが、本命は咲から直撃を取る準備だと藤田は睨んでいた。
事実ここから八萬をツモり、1筒辺りを落とせば三暗刻と三色同刻が消えるものの六、九萬待ちに取ることが出来る。しかしこれは余りにも都合がいい話だ。当然山からピンポイントで八萬を引くのは困難である。
ただあの少女なら…鷲巣衣和緒なら次巡にでも張っていたのではないか…とあり得なかったタラレバを考えてしまう藤田であった。
(読みは当たっていたが…一手違いか)
結論から言えば藤田の読みはほぼ正しかった。ほぼ…といったのには理由がある。鷲巣は次のツモが八萬であると確信していた。ただ一巡…もう後一巡届かなかった。
鷲巣は成就しなかった大物手を伏せ、ガラガラと崩す。その顔にまだ焦りの色は見られない。
東家 清澄 112100(+7800)
南家 龍門渕 166300(ー2600)
西家 風越女子 66100(ー2600)
北家 鶴賀学園 55500(ー2600)
大将戦後半戦南一局一本場 親・清澄 ドラ・{④}
五巡目
華菜手牌
{1112246789東南南} ツモ {赤5}
(おお…ド嵌張の赤引きでテンパイ…)
この局も誰も鳴くことなく淡々と進んでいたがなんと早々に華菜が高め
華菜の配牌は形は悪かったもののソーズが多く強引に混一色か清一色を狙っていたが、なんと辺張、嵌張が次々埋まりほぼ無駄ヅモなしのテンパイと相成った。
華菜としては突然巡ってきた好機に乗りたい所…しかしこの勢いのままリーチとは打って出れなかった。待ちとなる2索、南が殆ど河に切られているからだ。
2索は既に種切れ…南も1枚切られているため、残るは南1枚のみ。その1枚に運命を託すくらいならまだ手を伸ばしにいった方がいいだろう。幸いまだ巡目も浅い。
3索を引いてくれば一通が確定し、9索なら九蓮宝燈のイーシャンテンとなる。他のソーズでも南を落とし清一色に向かえば、打点も見込める上に多面張のテンパイとなりやすい。
(よし。この手を伸ばす!) 打 {東}
「カン」
(な…また!?)
華菜が手牌から東を切ったその瞬間響いた発声…それは咲からのもの。そもそもカンなど滅多に見るものではないはずだ。だと言うのに今日の対局でのカンは何回目だろうか。ここまでの事を考えるとまた嶺上開花で和了ってくる可能性が極めて高い。余りにも理不尽な展開に華奈は歯を強く食いしばった。
咲手牌
{①①①②③678白白} ツモ {①} 副露 {東横東東東}
『嶺上牌は1筒!なんとまた嶺上開花だーっ!』
「…もいっこカン」
『えっ…』
『嶺上ツモを放棄して暗槓…か』
咲は華菜からの大明槓で1筒を引き嶺上開花ツモ。当然誰もがこれで手牌を倒すと思っていたが予想に反し咲は1筒を4枚晒して暗槓を宣言。再び嶺上牌へと手を伸ばす。
「ツモ」
咲手牌
{三三②③678} ツモ{④} 副露 {■①①■ 東横東東東}
「嶺上開花東ドラ1…70符3翻で12300点です」
『宮永選手なんと親満…高めのドラをツモり直しましたー!』
(え…というかこれって…あたしの責任払い!?)
責任払い…通常は役満の包などに適応されるルールだが、この大会では大明槓からの嶺上ツモでも責任払いとなる。
ただ大明槓をするケース自体がどうしてもドラが欲しい場面など限られている上にそのまま嶺上開花で和了ることが滅多にないため半ば形骸化されたものである。
今回は華菜が切った東で咲が大明槓し、暗槓を挟んでツモ和了ったため華菜がその責任を取り、12300点全てを支払わなければならない。
華菜の手はうまく伸びれば倍満、三倍満まであった。しかしその手を逃したばかりか放銃もしていないのに一方的に点棒を吐き出すこととなった。そして元々絶望的だった点差が更に広がり、最下位に転落。
普通の打ち手ならもう勝負を諦めて自暴自棄になってもおかしくない。
(まだだ…わたしの親番は残っているじゃないか…まだ逆転できる!)
だが強靭な華菜の心は折れなかった。勝てる可能性が少しでも残っているなら全力で戦う。またチャンスは来ると信じ打ち続ける。
東家 清澄 124400(+12300)
南家 龍門渕 166300
西家 風越女子 53800(ー12300)
北家 鶴賀学園 55500
***
「符ハネ満貫か…珍しいなぁ」
「ふはね…なんですかそれ」
「…んーとなー」
場所は変わり鶴賀学園控え室。蒲原が漏らしたふはねと言う聞きなれない単語に戸惑う佳織。
符計算は極めて複雑であり、下手をすれば役さえなかなか覚えられない佳織の頭がパンクしかねないと考えたゆみが敢えて教えていない。故に満貫以下の点の計算はまだ自分たちがフォローしていた。説明してしまっていいものかと考えたがまあいっか…と簡単に結論を出して説明する。
「大前提として麻雀の点は翻と符で計算してる。翻は役を作れば上がっていくけど符は手の形そのものに加算されていくんだ」
「う…うん…」
「で、70符以上だと3翻でも満貫扱いになるんだな。えっと…今回の清澄の手は…」
咲手牌
{三三②③678} ツモ {④} 副露 {■①①■ 東横東東東}
この形だと東の明槓で16符、1筒の暗槓で32符、ツモ和了りで2符…これに基本20符を加えてぴったり70符。
「うぇ…難しそうです…皆さんいっつも計算してるんですか?」
説明を聞き終わっても佳織はいまいちピンと来ていないようだ。目に見えて混乱しており、頭の中では数字が浮かんでは消えて、また浮かんでは消えていく。あの様子だと頭はショート寸前。
ただ佳織がこうなるのも当然だ。麻雀の初心者にいきなり符計算を理解しろという指導者はまずいない。それこそ小学生に因数分解を教えるようなものだ。
「うむ…私は考えながらは打っていないな…和了ってから計算している」
「…私も気にしてないっすね」
「まあ今は無理して覚える必要はないなー。余裕が出来ればって感じだな」
「わ…分かった…」
非常に頼りなさそうな声で答える佳織に対し、いつものようにワハハ…と笑う蒲原。実はいつまでかかるかなーなどと考えていたのだが、周りにそれを感づかれることはなかった。
***
大将戦後半戦南一局二本場 親・清澄 ドラ・{北}
「ロン…北ドラ3で8000は8900」
「はい…」
ゆみ手牌
{①②三四五九九北北北} ロン {③} 副露 {横六五七}
続く二本場は河が二列目に入った直後にゆみが咲からロン和了りし、これでようやく咲の親番が流れた。形は自風のドラ暗刻を抱えたインスタント満貫。
混一色に移る前の仮テンであったがこのままだと咲に和了られることを危惧し、直撃を取れるならと和了った。これが華菜から出ていれば見逃していただろう。
(ここはしかたがない…このまま清澄に連荘され続けるのも良くない…)
むしろ重要なのは次…南二局の鷲巣の親番だ。確かに大ピンチだが見方を変えればチャンスでもある。ツモ和了り出来れば親かぶりを食らわせられるからだ。
ここでもし役満をツモ和了りすれば鷲巣との差は48000点縮まり、その後の親番を逆転が現実的な点差で迎えることが出来る。それにはともかく配牌だ。目も覆いたくなるような駄配牌が来てしまっては話にならない。
ゆみはこのために和了して流れを引き込み、次局少しでもよい配牌がくる事を刹那に願う。
東家 清澄 115500(ー8900)
南家 龍門渕 166300
西家 風越女子 53800
北家 鶴賀学園 64400(+8900)
大将戦後半戦南二局 親・龍門渕 ドラ・{三}
ゆみ配牌
{一二三七九478④赤⑤発中} ツモ {発} 打 {中}
(…厳しいな…)
しかしゆみの願いも虚しく、手は順子系の平凡な手。発の対子があるため早和了りは狙えるものの、鳴いてもせいぜい発ドラドラ止まり…この局面で和了るべき手ではない。と言ってもここから大三元を狙うのも無謀すぎる。
ただ幸いにも両面形が多く有効牌さえ入ればテンパイは早そうだ。ならば基本面前で進め、リーチ一発など偶然役に頼るしかない…そう考えたゆみは中から切り出す。
六巡目
咲手牌
{四四四六六2227②③④⑥} ツモ {六} 打 {⑥}
この局真っ先にテンパイしたのは咲。六萬を暗刻にしてのタンヤオ三暗刻。リーチをかければ満貫確定だが咲は一旦6筒を切り7索待ちに取る。
『宮永選手テンパイ!三暗刻確定…ダマテンに構えます!』
『当然の仮テンだ…6筒も7索も単騎で待つには無謀すぎる。いい待ちになるまで待つのがセオリーだ。』
中央の数牌は手牌の中で使われやすく、河に切られにくいため単騎待ちには向いていない。せめて暗刻にくっつけての二面待ちにしたいところだ。
またここから強引に四暗刻を狙いにいくのも面白い。
七巡目
咲手牌
{四四四六六六2227②③④} ツモ {五} 打 {7}
『あっと宮永選手絶好の所を引いてきた!えっと…これは五面張…ですよね?』
『ああ五面待ちで合っている。考えられる限りでの最高形だな』
次咲、五萬を引き三~七萬のどれでも和了れる五面張となる。これならリーチをかけて一発ツモなども期待出来るし、安めでも裏ドラ次第では跳満もある。
しかし咲はここでもリーチをかけず7索を曲げない。そして咲が切った7索に反応したのは下家の鷲巣。
(7索か…)
鷲巣手牌
{二三三七八九3489⑦⑧⑨}
鷲巣の手は高打点が狙えるイーシャンテン。咲から切られた7索は三色が確定する急所牌。辺張形のためここは鳴いてテンパイに取るのが定石である。
鷲巣も反射的にこの7索を手に取ろうとしたが、その動きはすぐに止まった。
(ちっ…儂としたことが血迷ったか…鳴いてテンパイをとるなど…)
鷲巣は鳴くことを一瞬でも考えてしまった…ジリジリと詰め寄る咲のプレッシャーか無意識のうちに逃げる者の思考となっていた自分に苛つく。この手は面前で打ち、親っパネ、親倍を和了り突き放すべきだろう。
そう結論を出し、咲の7索は見逃し…一瞥しただけでツモ山へと手を伸ばす。自身の豪運を絶対的なものと信じる鷲巣だからこそ出来る判断である。
同巡
鷲巣手牌
{二三三七八九3489⑦⑧⑨} ツモ {7}
(そうだ…っ!これこそ鷲巣の麻雀…)
その直後7索を自力でツモりテンパイに至る。平和三色ドラ2とダマでもツモれば跳満。役もありリーチをかける必要がない場面だが鷲巣は迷うことなく点棒箱を開く。その動作に対局室全体に緊張が走り抜ける。千点棒が投げられ、二萬が河に叩きつけられた。
「リーチ…!」
(うっ…)
(やはり来たか…)
『来ました親リーチ!メンピン三色ドラ2で跳満確定です!』
『威嚇の意味合いもこめたリーチだな…これでもう迂闊に動けなくなった』
皆が一番避けたかった展開。それは言うまでもなく鷲巣のリーチ。放銃は問題外…。親の鷲巣に放銃してしまえばただでさえ果てしない鷲巣との差が更に大きくなる。
だからといって手をこまねいていてはいずれツモられてしまう。となればこのリーチを掻い潜って和了るしかないのだが…それには地雷原を通るように危険牌を切らなければならない。正に至難の業である。
同巡
華菜手牌
{一一八45778③④⑤東東} ツモ {②}
(とても振り込めないし…とりあえず現物を…) 打 {東}
役もドラもなく打点が期待できないリャンシャンテンの華菜はこの時点で自分の和了りを諦める。無理に攻めた所でやはり明らかにメリットとデメリットが釣り合っていない。
また美穂子の言いつけ通り再度鶴賀と共闘したいところだが、鷲巣への一発放銃は絶対に出来ない為ここは一旦保留せざるを得ない…とりあえず現物である東の対子から切り出し、2巡の間他家の出方を伺う姿勢を取る。
同巡
ゆみ手牌
{一二三七八678④赤⑤⑦発発} ツモ {②}
(く…東は鳴けない…)
ゆみにはある確信があった。このままツモ番を回してはまずい…鷲巣ならまた一発でツモってくるに違いない、と。となれば鷲巣に振り込まないように鳴きやすい牌を切る必要がある…と鷲巣の河に視線を送る。
鷲巣捨牌
{東白⑦北九七}
{横二}
手牌の中で確実に通る現物は二萬、七萬、7筒の3枚。このうち二萬、七萬は切れば実質和了放棄となってしまう。二萬は中抜きとなるし、七萬を切れば今度は八萬の処理に困る。この八萬は裏スジとなる本命牌…到底切れる牌ではない。よってゆみは残された7筒を手に取って切り出す。誰かがこの意図を理解して鳴いてくれることを期待しての打牌。しかし残念ながら発声はかからず、暫くの静寂の後咲がツモ牌に手を伸ばした。
(駄目か…こうなっては清澄に期待するしか…)
七巡目
咲手牌
{四四四五六六六222②③④} ツモ {2}
『宮永選手ツモってきたのは2索!』
『槓材…だな』
「カン」
(…!…片筋が死んだ…いや…儂にツモすら回さぬか…)
咲は2索の暗槓を宣言し、慣れた手つきで嶺上牌へと手を伸ばす。図らずして鷲巣の当たり牌を潰す形となった。
鷲巣は咲の和了を感覚的に感じ取り、静かに手を伏せる。自分の…それも親リーチに対して暗槓するというのは普通なら自らの首を絞める行為に等しい。しかし、この少女だけは例外だ。既に和了る目処がついているのだろう…終始笑顔を崩さない。
咲手牌
{四四四五六六六②③④} ツモ {六} 副露 {■22■}
『嶺上牌は六萬…本来は嶺上開花ですが…』
新ドラが乗らなかったため、和了っても嶺上開花ツモタンヤオ…満貫にも満たない。…となれば前局見せたようにここから手を高めに動くはずだ。現に咲はツモった六萬をそのまま牌を倒す素振りを見せない。
「もいっこ…カン」
咲手牌
{四四四五②③④} ツモ {四} 副露 {■六六■ ■22■}
『な…三枚目の嶺上牌は四萬です…』
『…これは…』
予測通り咲はここでは和了らず六萬を四枚晒して連槓。これで三、五萬の二面待ちに変化する。しかしツモってきた牌は4枚目の四萬…これも槓材。これは流石に藤田も予想外だったようで一瞬言葉を失った。
「カンッ…ツモ!」
咲手牌
{五②③④} ツモ {赤五} 副露 {■四四■ ■六六■ ■22■}
「嶺上開花ツモタンヤオ三暗刻三槓子赤1…4000、8000です」
北家 清澄 132500(+17000)
東家 龍門渕 157300(ー9000)
南家 風越女子 49800(ー4000)
西家 鶴賀学園 60400(ー4000)
『清澄高校宮永選手、なんと倍満ツモー!6400が16000と化けたー!』
『きっちり赤を引いて倍満か…これでえーと…30000点差を切ったか?』
ここに来て遂に咲が鷲巣を射程圏内に捉える。点差が詰まったことで逆転が現実的となり、観客席も再び盛り上がり始める。もとより人間は奇跡の逆転劇を望むものである。
それに無名校清澄が優勝の大本命である龍門渕を大逆転で下す…これ以上のドラマはない。結果会場全体が自然に清澄の応援をする空気となっていた。そして対局室でも。咲が逆転勝利に向けて確実に吹いている風…確かな手応えを感じていた。
ー決着まであと2局。
次回完全決着です。符計算難しいですよね…手を作りながら計算できる人は本当にすごいと思います。
※この話の主人公は鷲巣です。