鷲巣-Washizu- 宿命の闘牌   作:園咲

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オーラス解説編です。


策略

 団体戦決勝も残る大将戦後半の1半荘のみ。各校の大将はこの長い休憩時間をどう活かすかが後半戦の勝負の鍵となるだろう。

その中で現在トップを走っている龍門渕高校大将鷲巣衣和緒は…

 

やふぁりうふぁい(やはりうまい)…モグモグ…」

 

 早速どら焼きを味わっていた。

 

 場所は変わらず龍門渕高校控え室。高鴨堂のどら焼きに屈した鷲巣は片手で頬張りながら手近のソファーに腰を掛ける。それと同時に部屋のほぼ中央にあるテーブルを囲うように皆が座った。そのテーブルにはいつの間にか麻雀牌が1セット置いてある。鷲巣が説明しやすいようにと透華がハギヨシに命じ、どこからか調達させたものである。それに純が手を伸ばした。

 

「それじゃ説明してもらおうか…お前の配牌はこうだったよな?」

 

鷲巣配牌

{三三三九9⑨⑨白白発発中中} ツモ {北} 打 {白}

 

「うむ…まひぃふぁいふぁい(間違いない)…モグモグ…」

「…まず飲み込みなよ…行儀悪いよ。にしてもとてつもない配牌だよね…」

(やっぱりわかりませんわ…なぜここから白切り…?)

 

 乱雑に牌を取出しガラガラと1枚ずつ並べて、鷲巣に確かめる。なにせツモ牌を含めて14枚もあるのだ…1枚くらい思い違いをしているかもしれない。しかしどうやら自分の記憶力は確かだったらしく杞憂だったようだ。

 これに対して鷲巣はどら焼きを口に含んだまま答えるが、当然聞き取れないので一が咎める。

 それを尻目に透華は思考を始める。しかし改めて見ても鷲巣の豪運を象徴するかのような凄まじい配牌だ。既に大三元四暗刻と2種の役満が見えている。普通ここからオタ風の北をツモ切り…次点で孤立牌である九萬、9索に手が伸びるはず。しかし鷲巣はここから百人中百人が切らないであろう白を切っていった。常人ですら理解不能なのにましてガチガチのデジタル打ちの透華から見れば、確率などを無視した意味不明の打牌…なおさら理解できない。 

 

「…で、なんでここから白切りなんだ…?」

 

 これについて気になっていたのは透華だけではないようで、そんな透華の疑問を純が代弁してくれた。皆鷲巣の口から納得できる答えを聞きたかった。それを受け、ゆっくりどら焼きを味わっていた鷲巣がようやく飲み込み話し始める。

 

「ま…直感というやつかの…」

「直感…どういうこと…?」

 

 それは透華を始め、皆が呆気にとられるような短い理由だった。少なくとも透華が求めていた理論的な答えではなく感覚的な答えである。しかしそれも仕方がない。理論…確率論では透華の思考通りオタ風を切っていくのが定石であるとしか説明出来ない。となれば直感などの感覚的な理由となるだろう。

 それに全国に目を向けるととても理論では説明出来ない打ち筋をしている者も少なからずいる。そういえば身近にいすぎて忘れていたが、今ソファーの右端に座り美味しそうにオレンジジュースを飲んでいる衣もその内の1人であった。

 割り切らざるを得ない…か。そう気づいた透華は内心で今日何度目か分からないため息を吐いた。どこぞのピンク髪は頑なに否定するだろうが、このあたりは柔軟な透華であった。

 そして思わずオウム返ししてしまった智紀に鷲巣が詳しく説明する。

 なんでも第一ツモで北をツモった瞬間にある直感…確信を持ったらしい。ここで自分が引けないという事は既に山には三元牌が残っていない…他家の配牌に流れてしまった…と。しかし切られるのを待つのは絞られればいずれ手詰まりになるし、切らなければ七対子しか和了り目がなくなる。

 しかし見方を変えればこの手、七対子イーシャンテンでもありその選択も決して間違いではない。ただ鷲巣にはそんな安い手を和了るつもりは毛頭なかった。だから白を切った…らしい。

 

「…分かった。じゃあ次はこれだな…」

 

 どことなく釈然としない顔だが純は一応納得したらしい。彼女も鷲巣と同じ感覚派の打ち手だからだろう。鷲巣の目の前の牌を崩し、新しい手牌を作り上げる。状況をより把握する為に鷲巣の対面…鶴賀学園加治木の手牌も組み上げることにする。純は覚えきれていなかったが智紀がノートパソコンで牌譜をとっていた為、捨牌を含めて難なく再現することが出来た。

 

鷲巣手牌(六巡目)  

{77中中} 副露 {三三横三三 ⑨⑨⑨横⑨ 北横北北} 嶺上ツモ {6} 打 {中}

 

ゆみ手牌(六巡目)

{①①赤五66中中} 副露 {発横発発 白横白白}

 

「無理矢理大明槓をしたのは何とか理解出来る…清澄の妨害が狙いだろう?東場でもやってたからな…ただ…なんでここで中が出る?」

 

 東場で確認した通り清澄の宮永咲は嶺上牌を察知出来る力を持っている可能性が高い。する必要のない大明槓は咲に対する牽制と見て間違いないだろう。 

 しかしゆみの手牌を見るに中だけは切ってはいけない場面である。鳴かれれば大三元の責任払いとなってしまうし可能性は低いものの既に手が出来上がっているやもしれない。というよりかは切る必要がない。この手7索、中のシャボ待ちで張っているためここは誰がどう考えてもツモ切りである。

 だがここでも鷲巣はセオリーを無視して、一旦テンパイを崩す中切り。藤田でさえ匙を投げたくらいだ。これが本当に分からない。

 

「儂としては別に鳴かれてもよかった…というより鳴いてもらいたかったといってもいい」

「鳴いてもらいたかった…?」

「どういう事…?」

 

***

 

『…風越を完全に勝負からおろしたかったんだろうな』

『風越をですか…?』

 

 時間をかけながらも藤田は何とか解説を続けており、そして案外的を得ていた。ほぼほぼ正解に近い辺りプロ麻雀選手の端くれと言えるだろう。

藤田の考えは鷲巣が風越の池田に横槍を入れられない為にゆみに大三元確定の中を鳴かせた…というものだった。しかしここで池田をおろしたところで余りにも釣り合っていないのだ。ゆみは役満テンパイ、それに対し鷲巣はテンパイすらしていないこの形。

 

鷲巣手牌  

{677中} 副露 {三三横三三 ⑨⑨⑨横⑨ 北横北北}

 

鷲巣手牌(次巡)  

{6777} 副露 {三三横三三 ⑨⑨⑨横⑨ 北横北北} ツモ {7} 打 {中}

 

 しかし鷲巣は次巡7索を引いて中を切り、早々にテンパイを復活させる。3面待ちとはいえ役がつくのは6索のみ。それもトイトイのみの安い手である。

 そしてその直後ゆみがシャボ待ちから両面待ちに切り替えた際に切った6索を信じられないことに見逃している。それも表情1つ…眉すら動かさずに。確かに7索か北さえ引き入れれば三槓子が成立するが僅か2枚であり余りにも望み薄。圧倒的な大差をつけられていて和了ることができないわけでもない。むしろ2位以下に大差をつけているのだ。この見逃しもセオリーを反している。

 そしてまだ最後の大きな疑問が残っている。

 

『鷲巣選手…なぜ西単騎に取らなかったんでしょうか…?』

『…それはだな…』

 

 鷲巣が四槓子の裸単騎を西ではなく6索にとった理由。藤田には1つだけ心当たりがあった。自分の推測がほとんどで合っているかも分からないものだがその点については最初に断った。ならば堂々と話しても問題ないだろう。藤田は軽く咳払いをしてから話し出す。

 

『…鷲巣が7索を暗槓したときだ。鶴賀の加治木の表情が露骨に歪んだだろう。見ていたか?』

『そういえば…』

 

 実況は先程の光景を思い浮かべる。鷲巣の手牌に集中していたため、加治木の表情まではよく見ていなかったが珍しく歪んでいたような。それもその筈、待ちを切り替えた直後に当たり牌の片筋である7索を殺されたのだ。

 

『あれは加治木のミスだった。まあ役満を張っていたんだ…しょうがないところもあるが』

『…?どういうことですか?』

『あれでは7索が当たり牌だと言っているようなものだな…鷲巣も恐らく気づいていたはずだ』

 

 7索が当たり牌だと仮定するとゆみの手牌の中身が以下の3通りに透けてくる。

 

{①①56} 

{①①68} 

{①①89} 

 

 上から4、7索の両面待ち、7索の嵌張待ち、7索の辺張待ち。つまり高確率…3分の2で6索が手牌にあることになる。だがこの場面に限っては加治木が6索を確実に持っていると言い切れる判断要素が捨牌にある。

 

『辺7索ならここから6索を切ったことになるんだが…』

 

仮想ゆみ手牌

{①①689}

 

鷲巣(龍門淵)捨牌

{白発九中9②}

{二南⑥②}

 

『あっ…これならわざわざ6索を切る必要がありませんね…』

 

 ゆみの最後の手出し牌である6索だ。鷲巣にトイトイドラ4など振り込むリスクが少しでもある以上、この場面では待ちも変わらない鷲巣の現物である9索切りだろう。

つまり6索切りはシャボ待ちから両面待ちに切り替えたもの…同時にゆみの手牌の中に高確率で6索が残っていることだと考えることができる。

 そして当たり牌が全く…もしくは殆どなくなったゆみが次に出来る行動が手替わりを待つことである。

 

『ただ…加治木の手牌だとここから手替わりがあまり望めない』

『確かに少ないですね…3副露しているわけですし…』

 

 今更言うまでもなく手牌は少なくなればなるほど窮屈になってしまう。副露の弱点の代表的な1つである。それは必然的にそのチャンスが少なくなることであり…

ここからの手替わりはせいぜい2つしかない。

 

{①①赤56} ツモ {①} か ツモ {5}

 

 1筒を自力でツモるか鳴いて単騎待ちに切り替えるか、5索を引きシャボ待ちに受けなおすかである。

そしてこれらの共通点が、()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 そう考えると辻褄が合ってくる。6索が1回通っているため鷲巣がツモ切りをし続ける限り手替わりはない。当たり牌とは思わないだろう。さらにもう1枚は5索。初期のドラであり切りづらい。そして6索はフリテン。

正に悪魔のような罠だ。どこまでも余念がない。

 

『しかし加治木選手は6索を止めましたよね…』

『ああ…私も完全に振り込むかと思ったが…』

 

 だがゆみは池田華菜から1筒を鳴いた後6索を切らなかった。切る直前だった右手を止めたという事は突然閃いたという事に他ならない。

 それらを思い浮かべ、藤田は苦々しい表情を隠しきれなかった。自分が同じ状況に立っていたら間違いなく振り込んでいた。勝利から限りなく遠のく四槓子に。

結局鷲巣は流局寸前に自力でツモってきたのであるが。

 

『まっ、こんな所だな…あー疲れた…』

『丁寧な解説ありがとうございました』

 

 解説を締めた藤田はまず脇に置いていたペットボトルに手を伸ばす。久々にまともな解説をしたせいか相当喉が渇き、疲れも感じる。だがようやく終わった。これでやっと休めると椅子に背を預け、背伸びをしつつ欠伸をかく。そんな藤田に実況が申し訳なさそうに話しかける。

 

『すいませんが藤田プロ…そろそろ休憩開けますよ』

『うそ!?』

 

 …予想外に時間を使いすぎていたようだ。

 

***

 

(…それにしてもまさか躱されるとはな…)

 

 鷲巣は最初は他3人を甘く見ていた節があった。確かに対局前には清澄の宮永咲に僅かに手応えを感じていたが、いくら見込みがあろうと所詮15、6歳の女子高生。メンタル…精神面に難があるように見え、自分に言わせればまだまだ経験が足りない。流石にそこまで求めるのは酷であろうが…

 その点については少しずるいようだが、鷲巣には75年もの経験がある。そしてその75年は決して順風満帆とは言えないものだった。麻雀に命を託したことも数え切れない程あるが、その度に圧倒的な勝利を収めてきた。だが年…衰えには流石の鷲巣も勝てなかった。自身が若い頃北海道の炭鉱で戦った、退屈を持て余した挙句狂った龍神の心中が痛いほど理解できた。そんな折に出会った人生最大最悪の敵…ああ自分はこの男を下す為に生を授かったのかもしれない…そこまで思わせる程の敵。死闘の末敗北したが、神のいたずらかあるはずのない再び戦う機会を得た。地方大会は通過点であると思っていたが…ただ1人鷲巣の中で加治木ゆみの株が上がっていた。読み、閃きに関してかなり光るものがあるし、メンタルもかなり強い。後半戦何か仕掛けてくるのは間違いない。

 

「…おい!…おい!衣和緒!」

「…ん?」

「なに考え込んでんだ。放送流れてるだろ。行ってこい」

 

 いつの間にか思考の海に飲まれていたらしい。純から声をかけられ、意識を再浮上させスピーカーに耳を傾ける。確かに休憩が開けるとの放送が流れていた。鷲巣は腰を上げゆっくりと立ち上がる。

 

「衣和緒!鏖殺だー!」

「あなたならよほどのことがない限り大丈夫だと思いますが…お気をつけて」

「うん。決めてきてよ」

「頑張って…」

 

(まあ頼られるというのも…悪くないか)

 

 頼られる…誰かの為に麻雀を打ったことがない鷲巣にとっては新鮮なことである。衣たちからの激励を受け、控え室を出て対局室へと歩き出した鷲巣。その背中はやけにおおきく見えた。




長らくおまたせしてしまいすいません。1ヶ月ですか…なんもかんもポケモンgoが悪い…
…もろに影響が出ました。次回から後半戦始まります。

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