東方楽曲伝×ラブライブ!   作:ホッシー@VTuber

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第9話

 私は放課後になって少し急いで音楽室に向かっていた。今日の校内案内の時はチラッとしか見られなかったのでもう少し音楽室を見たかったのである。だが、放課後になれば部活で音楽室を使われてしまうかもしれないため、誰も来ない内に中を覗いてすぐ帰ろうと思っていた。

 だが、そんな計画は先客を見た瞬間、私の頭から消え去った。きっと、これが目を奪われる、ということなのだろう。音楽室からバイオリンの音が聞こえたので扉の小窓から中を覗いた。すると、そこにはこちらに背を向けてバイオリンを弾く一人の生徒がいた。黒くて綺麗な髪を大きな紅いリボンでまとめていて体が動く度、左右に揺れている。

 しかし、そんなことどうでもよかった。私は彼女の演奏に聞き惚れていたのだ。楽しそうでいてどこか儚げな――今にも消えてしまいそうな演奏。私には到底できそうになかった。いつしか届くわけがないのに私は手を伸ばそうと腕を上げていた。消える前に捕まえなければ、と自然に体が動いていた。すぐに我に返って腕を降ろす。物音を立てて彼女の演奏の邪魔をしたくなかった。

「……入って来たらどうだ?」

「う゛ぇえ!?」

 それからしばらく彼女の演奏を夢中になって聞いていると不意に彼女が演奏を止めてこちらを見る。まさか気付かれるとは思わず、声をあげて驚いてしまった。どうしようか慌てるがすでに見つかっているのでおそるおそる音楽室の中に入る。そして、彼女の正体に気付いた。

「あ、あなた……」

 『音無 響』。一目見たら忘れられないと断言できるほど綺麗なクラスメイト。私も入学式の日、教室に入って来た彼女を見た時、息を飲んでしまった。だが、体はそこまで丈夫じゃないようで朝、学校に来てすぐ保健室に行ってしまったらしく、校内案内に参加していなかった。そんな彼女が何故か音楽室でバイオリンを弾いている。

「盗み聞きは感心しないぞ」

 そのことを指摘しようとするがその前に痛いところを突かれてしまった。

「うっ……ごめん」

「……はぁ。まぁ、いいか」

 許してくれたらしい。安堵のため息を吐いていると音無さんは首を傾げていた。どうしたのだろうか。

「それで……えっと、名前なんだっけ?」

 どうやら、私の名前を覚えていなかったようだ。まぁ、まだ学校が始まって2日だし、名前を覚えていなくても仕方ない。別にショックを受けたりしていない、決して。

「西木野 真姫よ。あなたは音無 響さん、だったわよね?」

「知ってたのか」

「あなた、すでにうちのクラスじゃ有名人だもの」

 私の言葉を聞いた音無さんは何故か自虐的な笑みを浮かべる。気になったがそこまで踏み込めるほど仲良くないので何も聞かずに彼女のバイオリンに目を向けた。少し古いがちゃんと手入れされていて大事に使われているのがわかる。そのことを聞くと彼女はバイオリンを見ながら微笑んだ。何か思い入れのあるバイオリンなのだろう。私も――。

「ピアノ、やるのか?」

「う゛ぇえ!?」

 突然問いかけられたので悲鳴をあげてしまった。どうしてわかったのだろうか。そんなこと一言も言っていないのに。

(ぁ……)

 そう言えばさっき何度かピアノの方を見ていたような気がする。無意識だったから覚えていないけれど。何だかそれが買って欲しいお菓子をずっと見続ける子供のようで恥ずかしくなり、髪を弄りながら視線を逸らした。

「弾かないのか?」

「……あなたには関係ないでしょ」

 もう音楽はやめたのだ。医者になるために。だから、もう弾かない。なのにあんな演奏聴かされたら――どうしても弾きたくなるに決まっている。せっかく、決意したのに。

「俺のは聞いたくせに」

「……」

「盗み聞きしたくせに」

「ああ、もう! わかったわよ! 弾けばいいんでしょ!」

 ジト目で見つめて来るのに耐えられなくなって叫んだ。彼女がどうしてもと言うから仕方なく弾くのだ。そう、仕方なく、だ。彼女のせいだからセーフ。自分に言い聞かせながらピアノを弾く準備をしていると音無さんはバイオリンをケースに仕舞って近くの机に座った。少しだけスカートがはだけて咄嗟に目を逸らす。

「お行儀悪いわよ」

「今更だろ。帰って寝ろって言われたのにここで油売ってるんだから」

「随分……ぶっきらぼうな話し方ね」

 もっと丁寧な口調かと思っていたので意外だった。男っぽいと言えばいいのだろうか。そんなことを考えているといつの間にかピアノを弾く準備を終えていた。もうずっとこの動作を繰り返して来たので無意識でもできるのだ。椅子に腰を下ろして音無さんの方を見る。しかし、彼女は私の視線の意味を理解していなかったらしく、首を傾げた。

「ん? どうした?」

「何弾こうかって……何かリクエストある?」

「適当でいいだろ」

 適当でいいと言われて少しムッとしてしまった。あんなに私に弾かせたがったのに。何か彼女をあっと言わせられるような曲にしよう。

「……じゃあ」

 選んだのは音無さんが弾いていた曲の中で私が一番最初に聞いた曲だった。この曲は弾く人によって雰囲気ががらりと変わることで有名だ。彼女は儚く弾いていた。なら、私はどのように弾こうか。彼女と同じように儚げに? それとも力強く? いや、違う。弾きながら私は私を否定した。そんな意図的に決めた感情で弾いても彼女のように美しく音を奏でることはできない。ならばせめて楽しもう。久しぶりの演奏を全力で楽しむのだ。

「……ふぅ」

 いつの間にか弾き終えていた。ゆっくりと鍵盤から指を、ペダルから足を離して息を吐く。その時、音無さんの視線を感じて振り返った。彼女は私のことを微笑ましそうに見ている。

「な、何よ」

「何も言ってないだろ……上手いな」

「あなたほどじゃないわ」

 私はただ楽しく弾いただけ。彼女のように感情をきちんと込められていない。彼女の演奏はどこか訴えかけるような何かがあった。そんな演奏、一度もできたこともなければ他の人の演奏で聞いたこともない。それだけ彼女のバイオリンに対する気持ちが強いのだろう。

(なら……どうして、あそこまで儚いの?)

 感情を込めているのに。あんなに上手いのに。彼女は今、何を考えているのだろうか。彼女は今、何を感じているのだろうか。

「もっと聞かせてくれよ」

 そんなことを思っていると音無さんがアンコールを要求した。それは少しずるいと思う。確かにもっと聞きたいと言ってくれたのは嬉しいが私だって音無さんの演奏を聞きたいのだ。それを伝えると彼女は意外だったのか頭を掻いた。

「……」

「……」

 数秒ほど見つめ合った私たちはほぼ同時に同じ答えを導き出し、提案する。

「「一緒に、弾く?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから私たちはお互いに知っている曲を一緒に弾いた。音無さんのバイオリンはあまりにも儚いので最初はピアノの音がバイオリンの音を掻き消してしまうかと思っていた。しかし、実際に弾いてみると気持ちいいほど音が重なり、ちょっと嬉しくなった。

 だからだろうか。高揚感に浸っていた私は曲の終わりと同時に次の演奏を始めてしまった。しかも、その曲は私が作曲した『愛してるばんざーい!』。音無さんが知っているわけもなく、少し驚いた表情を浮かべてこちらを見ている。

(やっちゃった……)

 慌てて演奏をやめようとするがその前に音無さんは不敵に笑い、バイオリンを構えた。もしかして、即興で合わせるつもりなのだろうか。そんなことを考えていると彼女が音を奏で始める。

「ッ……」

 私は思わず、目を見開いてしまった。合っている。いや、合っているのではない。合わせている、が正しい。ピアノの音を聞いて瞬時にメロディーを構築しているのだろう。しかも、遅れることなく。つまり、彼女は“音を聞いて次の旋律を予測し、弾いている”のだ。先読みなんて言っていいレベルではない。1~2節ならば私でもできると思う。だが、私が作曲したと言っても数分ほどある曲だ。その数分の間、ずっと先読みし続けるなど考えられない。

「……」

 そのせいで曲が終わっても動くことができなかった。天才。そんな言葉で片付けていいものなのだろうか。彼女以外にこんなことできる人を知らないので判断できない。

「どうした?」

 呆然としていると不思議そうにこちらを見る音無さん。あんなことをしたのに平然としているということは彼女にとって今のは当たり前のことなのだ。

「いえ……ごめん。勝手に弾いちゃって」

「気にすんなって。初めて聞いたけどなんて曲だったんだ?」

「えっと……『愛してるばんざーい!』って曲なんだけど」

「へぇ、作曲までできるなんてすごいな」

「そんなこと――」

 待て。何で彼女は私が作曲したと知っている? まだそんなこと言っていないのに。

「だって、西木野の癖がところどころあったから」

「癖?」

 疑問をぶつけてみると予想外の回答が返って来て余計、混乱してしまう。

「これでも人の癖を見つけるのが得意なんだ。即興で合わせられたのもそれのおかげだし」

 なるほど。それなら納得――できるわけがない。何度か一緒に弾いただけでその人の癖を把握し、それを駆使して即興で合わせる。駄目だ。出来る気がしない。

「お前もやってみるか?」

「へ?」

 項垂れているとニヤリと笑った音無さんが唐突に弾き始めた。私の知らないアップテンポな曲。クラシックではないだろう。彼女は弾きながらチラチラと私の方を見る。まるで、挑発するかのように。お前にできるか、と挑戦するように。

(やってやろうじゃない)

 人の癖を把握し、即興で合わせる。きっと、それは音無さんにしかできない。なら、私なりのやり方で合わせればいい。目を閉じてバイオリンの音を聞く。どの曲にも一定の旋律が存在する。それを理解する。彼女の言葉を借りるならば私は“曲の癖を把握する”。うん、これならいける。

 目を閉じたまま、鍵盤に指を置いてゆっくりと音を出す。確かめるように。歯車の歯が合っているか確認するように。そして、歯車の歯が噛み合ったのを感じた私は目を開けて音無さんの方を見た。よくできましたと言わんばかりに微笑んでいた。子供扱いされたような気がしてムッとしてしまったが、今は演奏中だ。音楽を楽しもう。

「やればできるだろ」

 曲が終わった後、笑いながら音無さんがそう言った。もしかしたら、音無さんの才能を目の当たりにして落ち込んでしまった私を励ましたかったのだろうか。

(でも……)

 どうして、私は彼女の才能を知って落ち込んでしまったのだろう? だって、もう私には関係ないはずなのに。

「そう言えば、さっきの曲は?」

「アニソン」

 鍵盤から不協和音が響き渡った。

 




真姫視点前編でした。次回は後編です。

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