しかも、長くなったため、2分割しました。
後編は書き終わり次第、投稿します。
なお、希視点でも地の文は標準語です。希の心の声も標準語にしていますのでご注意ください。
いつものように今日の運勢を占った。その結果、どうやら今日、『運命の出会い』があるらしい。しかし、その時に『少しだけ危険な目に遭う』と出た。
(交通事故に巻き込まれそうになって助けてくれる、とか?)
右手に持った『星』の正位置のカードと左手に持った『魔術師』の逆位置のカードを見比べて首を傾げる。『運命の出会い』と言うことは『運命の相手』ということなのだろうか。
(一応、気を付けておこっか)
2枚のカードを仕舞って時計を確認するとバイトの時間が迫っていた。明日は入学式だ。生徒会長であるえりちも今頃、挨拶の練習をしているだろう。ウチも頑張らなくちゃ。
「行って来ます」
誰もいない部屋に向かってそう言った後、ウチはバイトに出かけた。『運命の出会い』に少しだけ期待しながら。
バイト中に『運命の出会い』はなく久しぶりに占いが外れてしまったことにショックを受けながら帰っている途中のことだった。猿に似た化物に襲われたのだ。それを助けてくれたのが――今、目の前で血だらけになって倒れている綺麗な黒髪をポニーテールにしている女の子。
「ねぇ、大丈夫!? 目を閉じたらアカン!」
仰向けで倒れている女の子を覗きこみながら叫ぶ。だが、ウチの声は空しく響くばかりで女の子は目を閉じて力を抜いた。最悪の事態が脳裏を過ぎって血の気が引く。そして、何よりウチは自分の思考を疑っていた。目の前で血だらけで倒れている女の子の寝顔がとても――綺麗だと思ってしまったのだ。目を閉じていてもわかるほど凛々しい顔立ち。しかし、そんな中に少しだけ幼さが残っていて年下だとわかる。きっと、通り過ぎた10人中10人が思わず振り返ってしまうほどとても美しかった。
「ガァァァ!」
「ッ――」
不意に前から化物の悲鳴が聞こえて顔を上げた。女の子が倒れる寸前に投げた鎌らしき武器をお腹に刺したまま暴れている。いや、暴れているというより苦しんでいると言った方がいいかもしれない。不気味なほど冷静に化物を分析している自分を不思議に思っていると鎌から何かが振動するような音が聞こえた。
「ガ、ァ……ァッ」
しばらく暴れていた化物だったがその場に倒れ、スッと消えてしまった。最初からそこにいなかったかのように。
「……ッぁ。はぁ……はぁ……」
いつの間にか呼吸を止めていたようでもがくように息を吸う。一体、何が起きたのだろうか。ただ道を歩いていただけなのに猿のような化物に襲われて美しい女の子に助けられて――。
「ッ!」
そこでやっと女の子のことを思い出した。彼女は化物の攻撃を受けてお腹を貫かれてしまったのだ。
「うっ……」
その光景を思い出してしまい、今更ながら吐き気を催してしまう。何とかそれを飲み込んでもう一度、下で倒れている女の子を見た。
「……え」
自分の目を疑った。あんなに流れていた血はどこかへ消えて、血まみれだった男物の服は新品のように綺麗だった。もしかしてと思いながら震える手で女の子のお腹を擦ると思った通り、どこにも傷口はない。完全に治っていた。
(何で、傷が……)
あまりの事態に放心していると今度はずるずると金属がこすれる音が聞こえる。そちらを見ると女の子の鎌がこちらに向かって来ていた。誰も触れていないはずなのに、主の元へ帰ろうと必死になって、刃や柄を引き摺って。
「ぁ……あぁ……」
非現実なことが立て続けに起きてウチはもう限界だった。目の前で起きている光景から目を離してしまう。
「そう、言えば……」
『少しだけ危険な目に遭う』。それが今日の運勢だった。
(なら、この子が?)
『運命の出会い』。この子が、ウチの運命の相手?
『運命の出会い』と出たからてっきり、男の人だと思っていた。まぁ、ウチが勝手に勘違いしたのだけれどまさかこんなことになるなんて。いや、今はそんなことより目の前まで迫っている鎌をどうにかしなければならない。この鎌は本物だ。化物の右腕を斬り飛ばし、胸を斬り裂いた。あの化物と同じようにこのままウチも殺すつもりなのだろうか。
だが、鎌が女の子の右手首に触れた瞬間、白い光に包まれて白黒の腕輪になって女の子の右手首に装着された。数秒ほど腕輪を観察して動く気配がないことを確認した後、大きく息を吐いた。人生で一番緊張したかもしれない。その証拠にウチは腰が抜けてしまっていたようで立てなくなっていた。
「すぅ……すぅ……」
静かな夜道だからか女の子の規則正しい寝息が聞こえる。顔色もいい。素人だが命の危険はもうなさそうだ。さて、問題は――。
「……どないしよ?」
化物を倒すほど強いみたいだが、さすがにこのまま放置しておくわけにもいかない。こんな綺麗な子なのだから悪い人に見つかったら連れて行かれるに決まっている。それに幸運なことにウチのマンションはここから歩いて数十分ほどの距離だ。連れて行けなくもない。連れて行けなくもないのだが。
「……」
ウチは、怖い。前からスピリチュアルに興味はあったが、いざ目の前であのような非現実的なことが起きると恐ろしくて子犬のように震えてしまった。ウチを助けるために傷ついた子を怖いと思ってしまった自分が何だか情けなかった。それにこの子は戦っている間もウチに気を使ってくれていた。『もう少しだけ我慢してくれ』と悲しげな表情で言ってくれたのだ。だから、ウチは彼女にお礼を言いたい。怖いけれど、それ以上に『助けてくれてありがとう』と伝えたかった。
「ごめんね」
聞こえていないだろうけれど眠っている女の子に謝った後、彼女の体を起こしておんぶし、フラフラしながらマンションへと向かった。
「ふぅ」
女の子をベッドに寝かせたウチは汗を拭った。体重の軽い女の子でも眠っている人をここまで運ぶのは大変だったのだ。未だ起きる気配を見せない彼女を見て少しだけ微笑ましく思いながら寝やすいように髪を結っている大きな紅いリボンを外そうと手を伸ばした。
「いたッ……」
だが、紅いリボンに触れた瞬間、バチッと何かに弾かれてしまう。慌てて手を引いてヒリヒリと痛む右手を擦った。やはり、この子は普通の人じゃない。何故かそれがショックだった。心のどこかであの出来事は白昼夢だったのではないか、と思いたかったのかもしれない。
「ん」
今の騒ぎでも起きなかったようで女の子は声を漏らすだけだった。
(……お茶でも淹れて落ちつこ)
少しだけ、心の整理がしたい。目が覚めた女の子を怖がらないためにも。
「……ほんま可愛い子やなぁ」
そう、この子は綺麗で可愛い少しだけ強い普通の女の子。ウチは自分に言い聞かせるように呟いた後、部屋を出た。