伝説の使い魔   作:GAYMAX

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 ちなみに、今のところ話を改訂中ですので、もしかしたらこの話が本編とは繋がらなくなってしまうかもしれません。そうなった場合はタイトルの一部に(旧)と入れておきます。


第4月1話 28話ifルート

「……ふむ。どうやら、ジョゼフは失敗したようだな」

 

 ノワールが言うとおり、二人ともそれぞれ決着をつけたことがルーンを通してプリエにも伝わっていた。仮初めの身とはいえ超魔王を見事打ち倒したルイズ。狂った王を打ち倒し、自分自身の因縁にもケリをつけ、彼を生かすことを選んだシャルロット。二人とも、本当によく成長したものだ。

 

「……」

 

 プリエは、動かない。子の成長を喜ぶかのような感慨に浸っていることもあるが、それだけが原因ではなかった。

 『アタシは、ホントにあの二人が誇れるようなヤツなの?』プリエはふと、心のどこかでそう思ってしまう。ルーンに頼って押し込めて、表面上だけはずっと取り繕っていた。しかし、それこそ逃げ続けた今までと何も変わらないのではないか。

 最初は傷つけてしまった仲間から、次はクロワが死んだという現実から……そして今は自分から。逃げて、逃げて、逃げ続けて……それで、いったい何を誇れると言うのだろう。

 

「……決めたわ」

「ほう、殊勝な心がけだな。ようやく闇の住民として生きる覚悟を決めたか」

「いいえ。……アタシと向き合う覚悟を、よ」

 

 ここでノワールを殺して全てを終わらせることは、あまりにも容易い。しかし、それでは同じだ。どうせまた後悔するだけ。だからこそ、プリエは今度こそ後悔しないように、二人が心から胸を張って誇れるように、まずは自分自身から逃げることをやめた。

 

 プリエは、外界の情報を全てシャットアウトし、驚くべき早さで深く瞑想していく。ルイズやシャルロット、ハルケギニアでの楽しい思い出──キュロット、エクレール、アルエット、師匠、オマール……パプリカ王国での光に満ち溢れた日々──そして、クロワへの想い…………

 ほろ苦くも甘酸っぱい光の記憶を抜けた先には、冷たく仄暗い悪意の海があった。原因を外部に求め続け、自分と向き合おうとしなかった結果、心の傷が化膿して溜まりに溜まった膿。今までずっと、治すのではなく外に出していたもの。それを放っておいて、今まで見えぬフリをしていたのだから、こうなっているのは当然だろう。

 

 そのときルーンが淡く光った。プリエは、まさに心の中で微笑みを浮かべ、できるだけ膿に触れないように慎重に、しかし大胆にも素早く潜っていく。そうして膿の中を抜けた先に薄暗い森があった。ここは自分の心の深い部分。しかし違う、目指す場所はここじゃない。

 翼を広げ、木々を傷つけぬように、空に広がる海に触れぬように飛んでいく。がむしゃらに見えて正確に進んでいくと、突如として何もない場所に出た。

 

 そう、そこは世界への悪意ですら埋められなかった心の隙間。自分の心を押し止め、しかし自分が自分であるために必要だった場所(虚無)

 

「へえ、久しぶりじゃない。()()()が此処に来るとはね」

 

 そこに、とっくに一体化したと思い込み、目を背け続けていた心の闇がいた。

 

「んで、何しに来たワケ?また、アタシの力が必要になった?それとも、今度こそアタシを力でねじ伏せる気?」

 

 心の闇は自分の弱さ。楽な方へと行きたい、逃げたい心。悪魔の方が人間よりも楽だから、戦っていれば考えなくて済むから、力でねじ伏せれば向き合わなくて済むから……。思わず顔が歪んでしまう。だけど、もう逃げたくない。

 

「ううん、違う。アタシは、アンタを受け入れに来たのよ」

「は?正気?」

 

 自分の悪い方に素直な心なのだから、心の闇の言うことは尤もだ。悪魔が嫌いで、心の全てが悪魔にならぬようにと押し込めていたのに、悪魔たる心の部分を受け入れようなど、狂っているとしか言いようがない。

 だけど、エクレールにも言ったように、どんなになろうが自分は自分なんだ。そう言った自分自身が心の闇を受け入れられないようでは、エクレールに失望されてしまう。

 だから、エクレールに失望されないように、キュロットに呆れられないように、アルエットに経典で叩かれないように、オマールに驚かれないように、師匠に退治されないように、自分自身を受け入れたい。

 

「……どうやら、ホンキみたいね」

 

 笑顔を浮かべ、強い眼差しで心の闇を見つめていると、彼女はそう切り出した。流石に自分の心だけあって、自分の考えはお見通しらしい。

 

「だったら話は簡単。アタシを倒してみることね」

 

 結局、抑えつけるときとやることは変わらない。だが、決定的に違うことが一つある。

 

「その方が()()()らしい、か……」

「そゆこと。じゃあ、いくわよ!」

 

 虚無の空間を蹴り、一直線に向かってくる心の闇。彼女が突き出した拳に、プリエは自分の拳を重ねる。直後、余波だけで魔界さえも破壊してしまうような衝撃が発生するが、ソレが広がるよりも速く、プリエと心の闇は殴り合う。

 顔、腹、足、腕……お互いガードする気など毛頭なく、がむしゃらかつ正確無比にお互いを殴りつける。破壊の衝撃が4桁を超えて重なるころ、二人はついに耐えきれなくなって吹き飛んだ。

 

 並の大魔王では余波だけで粉々になっているであろう攻撃を全身くまなく食らい、身体の至る所にどす黒い痣ができ、その美貌が見る影もなくなってしまったが、衝撃が二人を通り過ぎたころには、すでに元通りにまで回復している。心の中で強化されているとはいえ、即死以外では死なないと言えるほどの凄まじい回復力だ。

 放っておけば宇宙の果てにでも飛んでいってしまうのではないかという状態から、ほんの少しだけ早く体勢を立て直した心の闇は、その手の平に生み出した破滅の炎を握りつぶした。

 

 虚無を満たすように溢れ出す魔力。先ほどの二人の勢いすらも超えてプリエに迫り、バトンで作り上げた結界魔法陣へと派手にぶつかる。その様子はさながら絶壁の孤島。しかし、時空すらも木っ端微塵にすり潰すミキサーの中で、結界は不動のままにその姿を保っていた。

 そのミキサーすらも弾き飛ばして、6つのバトンがプリエへと向かう。結界がバトンによって砕かれる前に内側からバトンが飛び出し、それぞれのバトンがぶつかり合う。

 超高速で回転するバトンは、音と呼ぶにはあまりにも荒々しい衝撃を出し、お互いの我を貫き通す。先ほどの殴り合いのような凄まじいぶつかり合いの末に、全てのバトンは未だに残っていた魔力すらも全て吹き飛ばす勢いで消滅した。

 

 その瞬間、二人は再びぶつかり合い、周りの衝撃も合わさって吹き飛ばされる。心の中の自分相手とは言え、極限の戦いに笑顔を浮かべたプリエは、()()を深く砕きながら、それでも腕を突き立てて周囲を蹂躙しながら勢いを殺す。

 しかし、あまりにも唐突に勢いが死に、それだけで何が起こっているのか全てを察したプリエは、作り出したバトンを持ってフルスイングした。

 指向性を持った超圧縮魔力が、大奇跡にて隔離された空間の壁にぶち当たり、創り出された闇の地場すらも消し飛ばしながら結界に穴を開け、そこから心の闇が突っ込んでくる。

 

 いくらプリエと言えど自分と同等の速度で、なおかつ技を放った直後に相手を見切ることなどできず、無様に頭を掴まれて、結界によって不壊と化した大地に叩きつけられてしまう。

 そのまま馬乗りになった心の闇は、無防備のままの頭を殴りつけ、ガードのために交差した腕を殴りつけ、その隙間を縫うように腕が動き、掴まれた。流れるように心の闇は投げられ、お返しとばかりに大地に叩きつけられる。

 

 その反動で浮き上がった心の闇を引き寄せながら蹴り飛ばし、空中にて裏拳で肩を、堅く握りしめた拳で水月を、最後に踵落としで大地へと突き墜とす。休むヒマなど与えない、回復される前にバトンを空高く放り投げ、バウンドしてきた心の闇の腹を蹴り上げ、体全体を回しつつ、蹴り上げの勢いを増していく。自分ですらも追いつけなくなるほどに加速させると、これで終いだと言うように魔力を全身に滾らせる。

 

 いくら自分とはいえ、こうなってしまえば粉砕されるのを待つだけ。しかし、心の闇もプリエだからこそ、簡単には終わらない。

 

「あああああああ!!!」

 

 なんと、心の闇は超高速で回転するバトンを自分に当てる。一つ目は粉砕、二つ目も粉砕、三つ目でようやく軌道がズレ、プリエが浮かべたバトンを擦って、大空で体勢を立て直した。

 

「チッ。だけど、これで終わりよ!」

 

 再びバトンで結界を創り出し、三角跳びの要領で結界の壁を、翼で飛ぶよりも速く登っていく。しかし、円を描いている大地のバトンと対になるように、天空のバトンに形成された魔力場に気づき、結界の壁を叩き割って退避する。放出される魔力と聖なる力、相反する力はぶつかり合うと、不気味なほど静かに膨らんでいく。

 風船に空気を送り込み続ければ、いずれ破裂することなど自明の理。お互いに喰らいつき合って、ただ破壊を(もたら)すだけの力となったモノは、巨大な爆発を引き起こしながら、そのほとんどが真横へと吹っ飛んだ。

 

 もはや美しささえも感じるほどの、宇宙を想起させる光線だが、見惚れることなど許されない。再び創り出された闇の地場。プリエも再び破壊しようとするが、今度は壊すことができない。

 

「んなっ!?」

 

 しかし、莫大な浄化力で霊魂に直接ダメージを与えるはずの大奇跡だが、浄化が始まる様子はない。だが、疑問はすぐさま解消された。魔力による圧縮が始まり、大奇跡の浄化力で形成された結界により転換していき、破壊の力が場に満ちる。

 力を振るえばすぐさま爆発してしまうことは容易に理解でき、プリエは脱出を諦めて、この戦いで初めての防御を選択した。急速に収縮する場と反比例して急激に増える破壊の力。チェックメイトに入ってしまいそうなこの状況でも、プリエは大奇跡の器用な使い方に舌を巻き、嬉しく思っていた。

 

 そして、ついに限界を迎え、超新星爆発すらも比較にならないほどの大爆発が巻き起こった。嵐が去った後のように、心地のいい静寂が()の中に満ちる。ほんの少し前まで、星雲すらも消し飛ぶほどの暴力のぶつかり合いがあったとはとても思えない。

 ドサリと、この場にたった一つだけ音が響く。戦闘の当然の結果として、勝者と敗者が生まれるはずだ。ならば、今の音は――

 

「ぐっ……!さすが、アタシって、とこ…?」

 

プリエが、膝をついた音だ。

 

「ええ、そう。大奇跡を破ったのは自分でも驚いたけど、ジ・エンドは流石にムリだったようね」

 

 心の闇は翼を一度だけはためかせて降り立ち、プリエの首を締め上げる。それでもプリエは声一つ漏らさないが、さすがに表情は苦しげだった。

 

「もう、諦めたら?十分がんばったじゃん」

「……」

 

 ……確かに、十分がんばった。確かに、十分戦った。たぶん、キュロットだって、エクレールだって、アルエットだって、師匠だって、オマールだって……ルイズだって、シャルロットだって…………クロワだって、もういいと言ってくれるだろう。

 だけど、―――

 

「……それじゃあ、納得、できないのよ……!アタシは、もう十分逃げた……。だから、もう、逃げない!」

 

 渾身の力を込めて、闇の心を蹴り飛ばす。足の一本ぐらいは持って行くつもりだったのだが、それでも目立った外傷はない。だが、さすがによろめき、プリエを放してしまった。

 

「一撃、必殺!」

 

 そのまま、今度は踏ん張りを効かせて、それ以上の力で天高く蹴り飛ばした。すぐさまバトンを創り出し、雷を纏って追撃に走る。しかし、ただやられているだけの心の闇ではなく、追いつかれる前に体勢を立て直しては、いつの間にか創り出していた禍々しい槍を構え、炎の槍をいくつも従えいた。

 

「アタシが武器を使うのは初めてね。さあ、燃えちゃえ!」

 

 その号令を皮切りに、ランダムに発射される炎の槍。このまま突っ込めば大きなダメージを負うのは免れないため、自分に向かってくるものだけを消し飛ばし、形成されている炎の力場に向かってバトンを放り投げた。

 まだ形成途中だけあって、炎の力場は驚くほど簡単に霧散し、バトンはそのまま心の闇へと向かう。複数のバトンならば十分に脅威になり得るが、一つだけなら簡単にあしらえるため、槍を振って弾いた。

 瞬間、自身の反応速度を超えてプリエが突っ込んできて、それでもなんとか反射的に動けたものの、不用意な防ぎ方であったため、槍は真っ二つに折れてしまった。

 

「どうやって……!?」

「いつつ……アンタと同じよ!」

 

 そう、超速回転するバトンを自分に当て、プリエは超加速して心の闇の予想を超えたのだ。プリエはダメージを受けているとはいえ、超回復力にてすぐさま傷は塞がってしまう。それならば体勢が崩れている心の闇の方が不利であり、彼女は翼を大きく広げて距離を取ろうとする。

 

「逃がさないわよ!」

 

 心の闇が逃げるよりも速く、太陽のように煌々と輝く橙色の結界空間が展開された。過剰エネルギーを空間が吸収し、本来は術者のみが出ることができる結界なのだが、プリエはそんなことをするつもりはなかった。

 

「ノーウェイアウト、ね……。いいの?このままアタシを倒さなくっても」

「そんなんじゃ収まりがつかないでしょ。最後はやっぱり、(コレ)よ」

 

 握り拳をぐっと前に突き出すプリエ。彼女に惹かれ、心の闇も笑顔を浮かべる。

 

「ホント、()()()ってサイッコーね……!」

 

 弾かれたように二人は動き出し、ぶつかり合って弾き飛ばされ、空間の壁に当たって中央へと戻ってくる。逃げ場のないリングと化した空間内で、そのリングすらも破壊するように激しくぶつかり合う二人。余波の衝撃はすぐさま吸収され、二人の邪魔をするものは何もない。

 相手を破壊するだとか、殺すだとか、そんなものは何もなく、ただただ楽しいから殴り合う。それは動物のじゃれ合いの延長線にすぎないが、どうしようもないような強さを持った二人では、見物すらもままならないほどの破壊を生んでしまう。

 

 それはリングそのものによって抑えられてはいるが、そろそろ限界が来たようだ。本来は圧縮して爆発させるはずのリングが膨張を始めている。

 そんなことは関係ないとばかりに気持ちよく殴り合う二人。急所など関係ない、とりあえず殴り、弾き飛ばされまた殴る。肩を、顔を、頭を、腹を、胸を、腋を、顔を膝を角を肩を腹を―――

 

―――爆発、それも全てを消し飛ばすほどの圧倒的なもの。しかし、それは暗雲を吹き飛ばすだけに止まり、木々をざわめかせ、ほどよく曇った過ごしやすい空間を作り上げた。

 だが、二人はボロボロで、今にも倒れてしまいそうなほどに消耗し、肩で息をしている。自分一人では出せなかった威力をまともに食らい、超回復力すらも働いておらず、今ならルイズでも倒せそうだ。

 

 それでも、二人は笑みを浮かべ、一度だけ大きく息を吸い込むと、大地を蹴った。恐らく、この一撃で全てが決まる。勝っても負けても、胸を張って最高だったと言えるだろう。

 今までに比べたら、ずいぶんとスローリィに向かってくる心の闇に勝つために、思いっきり足を引き―――

 

「どーん!」

 

 突如として心の闇に落下した大きな熊。こんな攻撃でも、今の心の闇を倒すには十分すぎたようで、熊の下敷きになった心の闇は目を回していた。

 

「…………は?」

 

 あまりにも予想外すぎる決着。プリエの胸には何の感慨も湧いてこず、ただただ疑問が頭をよぎるばかりだ。

 

「やったー!わたしの勝ちー!」

 

 熊の上でかわいらしくピョンピョンと飛び跳ね、喜ぶ少女。その姿はどこか見覚えがあり、そもそも自分の心の中の存在であるのだから、少女の正体は一つだけ。

 

「アタシの……心の、光?」

「うん、そうだよ。久しぶりだね」

 

 疑問が一つ解決したおかげで、残る疑問が大きくなる。心の光と言う割には、荒事慣れしすぎている気がする。

 

「……ええと、なに?なんで?」

「一回やってみたかったの!」

 

 混乱してうまく言葉にできなかったが、やはり自分の心というだけはあって、質問の意図を察してくれたようだ。しかし、やはりイメージからはズレた答えに、プリエの混乱は収まらなかった。

 

「……えっ?アタシの……心の光、よね……?」

「だから、そうだってば」

 

 心の光が暴力を振るうという、イメージにそぐわぬ事態に、プリエは再び聞き返してしまった。だが、たとえ少女の口から嘘だと言おうとも、事実は変わらない。ならば、自分はどうしようもない暴力女だというのだろうか?

 ……割と自覚はあったものの、根の部分までがそうだと分かると、さすがに落ち込んでしまう。

 

「違うよ、そうじゃなくて、()に戻ってきてるの」

「は?」

 

 言われた意味があまり理解できず、思わず呆けた顔で聞き返してしまうプリエ。しかし、彼女は自分の心の光なのだ。頭では理解できなくても、まさに心で理解できた。

 

心の光(わたし)だって心の闇(お姉ちゃん)だって、みんなが()なんだから。一つだけだったのに、分かれちゃうなんて、辛かったんだよね?」

「それを言うならアンタもでしょ?()()()なんだしさ」

「ふふっ!そうだね」

 

 空を満たしていた海が、どんどん()発していく、『心が晴れ渡る』とは、まさにこのような状況を指すのだろう。実際の心の景色は七分晴れ程度だったが、プリエの心は温かさに満ち溢れていた。

 

「でも、ダメだよ?もうちょっと女の子らしくしなきゃ。どれだけルイズが好きでも、アレはちょっと……」

 

 自分からやったことなのだが、まともになってから再び思い返してみると、動揺してしまうほどに恥ずかしい事実だ。

 

「そ、それはルーンのせい―――ってだけじゃない、わね……。アタシが自分と向き合わなかったせい、か……」

「はいはい、暗い話は終わり終わり。心の闇(アタシ)が言うんだから、ね?」

 

 いつの間にか心の闇は気を取り戻していて、勝ち気な、それでいて嬉しそうな笑顔を浮かべていた。その姿はどんどん透けていく。どうやら、終わりの……いや、始まりの時間が来たようだ。

 

「良かったじゃん、アタシが消えてさ。もう、二度と遭えないことを祈ってるわ」

 

 そう言い残し、心の闇は背景に溶けるように消えてしまった。これは別れではなく、むしろ再()だと言うのに、心の闇の感情と妙にセンチメンタルなセリフが相まって、一抹の寂しさを感じてしまう。

 

「そろそろわたしも時間みたいだね」

「その割には嬉しそうね」

 

 心の闇と同じように、徐々に透け始める心の光。それでも、彼女は満面の笑みで嬉しそうに笑っていた。その気持ちは理解しているというのに、心の闇を受け入れたプリエは皮肉げに言う。

 

「うん!だって、やっと()が元に戻るんだもん!」

 

 やはり、心の光は一片の迷いすらなく言い切った。それだけで、プリエに自信が満ち溢れる。

 

「最後にいっこだけ!迷っちゃっても、泣いちゃってもいいけど、後悔だけはしちゃダメだよ!心の光(わたし)との約束! じゃあね!お姉ちゃん!」

 

 手を振りながら光の粒子となった心の光は、プリエの周りを一度だけぐるりと回ると、今度こそ背景に溶け込んでいった。すると、プリエを中心として、みるみるうちにモノトーンの森に色が戻っていく。寒々とした針葉樹の森は、青青として若々しい命に満ち溢れた広葉樹の森へと姿を変えた。

 小鳥の囀りさえ聞こえてきそうなこの場所で、プリエは導かれるまま、眠るようにゆったりと目を閉じた。

 

 

 

「……愚かな。そんなことで状況が好転するとでも?」

 

 再び外界の情報が流れ込んでくる。目を開けてみると、少なくとも10分は心の中で過ごしていたというのに、ほとんど何も変わっていない景色が瞳に映り込んだ。

 

「いや、メッチャスッキリしたけど?」

「ククク……ついに絶望に狂ったか、魔王よ」

 

 本当にキレイサッパリ恨みもなくなって、だからこそ変わった態度をイタイ方向に勘違いした変なオッサンは無視して、プリエは浮き上がるとクロワと向かい合う。

 

「…………後悔だけはしちゃダメ、か……。なら、こうしなきゃね!」

 

 プリエは、穢れの流入をシャットアウトしてしまう。その流れこそがクロワの命をつなぎ止めるトリガーであったため、すぐさまクロワの命が失われていくが、それをプリエがつなぎ止めた。

 

「無駄だ!闇の王子への回復魔法は反転する!お前がどうしようと、闇の王子は助からんぞ!」

「グダグダ言ってんじゃないわよマザコンオヤジ!やってみなきゃ分かんないっての!」

 

 ノワールはプリエの罵倒に気を悪くして顔を歪めるが、失敗して絶望するプリエを思い浮かべて、表情に余裕を取り戻す。しかし、それはすぐに驚愕へと染まることとなった。

 

「だっしゃあー!やきぶたぁー!」

 

 プリエが渇を入れるたびに、満ち溢れていくクロワの生命力。回復魔法でも、神の奇跡でもない癒やしの秘法は、なんと自らの生命力の注入という荒技だった。

 

「ば、バカな……。そんなことをすれば、普通は元の体と反発するはず……。プリエ…お前は、いったい……?」

「これで、トドメ!」

 

 まるで生命を摘み取るかのような掛け声で、プリエは生命力の注入を終える。すると、クロワの体から光が溢れ出し、完全にクロワを包み込むと、繋がれていた巨大な十字架を消し飛ばして体内に戻った。

 そして、ゆっくりとクロワは目覚める。

 

「…………う……。オレは、いったい……?」

「クロワ、久しぶり」

 

 本当にただ久しぶりに友人に会ったかのような気軽さで、プリエはクロワに話し掛ける。少なくとも、外から見る限りでは強がっているという印象は受けなかった。

 

「………プリエ?……そうか、そういうことか……。だが、オレは――」

「いいの、難しいことはなし。クロワは、クロワだよ」

 

 驚いたように目を見開くクロワ。そしてプリエの言葉をゆっくりと飲み込むように静かに目を閉じると、再びプリエと向かい合う。

 

「……いいのか……?」

「当然!」

 

 プリエの力強い笑顔につられ、クロワの口角も少しだけ上がるが、すぐに顔を歪めてしまう。

 

「……そうか。……だが、オレは……人間どもへの怨みを――」

「あーもう!辛気くさい顔しないの!そういう話は終わりだって!」

 

 クロワの話を遮って、彼の顔の前に手をかざすと、不思議な光が彼を包み込んだ。ソレは黄色がかった白から黒へとすぐさま変化していき、クロワから離れると、幻想のように儚い姿が醜悪なバケモノへと変貌していく。

 

『オォオォォォオオ!!』

「なんだ、こいつは?」

「クロワの心の闇よ。ホントは受け入れて欲しかったけど、ここまで乖離してたらムリね」

 

 まるでお手上げだと体で示し、プリエは右手にバトンを創り出す。

 

『ニンゲンンンン!!コロスゥウゥゥ!!』

「そういう戯れ言は――」

 

 おもむろにバトンを両手で持ち、そのまま後ろへと引きながら構える。

 

「空の彼方で言ってなさい!」

 

 魔力で一瞬だけ作り出した足場を踏みしめ、バトンを大きく振り切った。そのスイングをまともに食らってしまったバケモノは、プリエの言葉通り空の彼方まで吹っ飛んでいく。ただ、本気でぶん殴ったため、恐らく二度と喋ることはないだろう。

 

「……まさか、積年の怨みがこんな簡単に晴れちまうなんてなァ」

 

 ニッコリと、人の良さそうな笑みを浮かべるクロワ。彼の言うとおり、恨みが晴れた証だろう。しかし、その笑顔を消しながら、クロワは真剣な表情でプリエと目線を合わせる。

 

「だけど、最後にもう一度だけ聞きてェ。本当に、いいんだな?」

「ええ、いいのよ。ダメだって言うヤツは、私がぶん殴ってやるわ!」

 

 プリエの力強い言葉を聞き、今度こそクロワは何の懸念もなく破顔した。

 

「それが()()()()()オレでもか?」

「うっ……!そ、そのときはそのときよ!そこで考えるわ!」

 

 すっかりと元に戻って、そして成長したプリエを見て、クロワは笑いながら随分と久しぶりにサングラスを取り出した。

 

「ただいま、プリエ」

「……うん、おかえり、クロワ。それで、ただいま」

「ああ、おかえり」

 

 随分と遠回りしてしまった。それでも、やっと戻ってこれた。二人の距離は自然と近づき、互いに優しく見つめ合う。

 

「認めん!このようなことなど、あるものかァ!!」

 

 そんな空気をブチ壊す、猛り狂った声。いつの間にかノワールがこの場に姿を現していたようだが、プリエは特に驚きなどは見せず、眉をピクピクと動かしただけだ。

 しかし、ノワールよりも彼女の怒りの方が大きいことなど明白であり、クロワは苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。

 

「ちったぁ空気読みなさいよ!このバカ!!」

「ぐわあああぁぁぁ……!!!」

 

 プリエに蹴り飛ばされ、どんよりとした暗雲を吹き飛ばしながら、空に輝く一番星になってしまったノワール。もう少し待っていればイヤでも構ってくれたのだから、なんとまあ間の悪い男であることか。

 

「あー、もしかして、やっちまったか?」

「一応生きてるわよ。二度も殺しちゃったらすごく後味悪いし」

 

 クロワは空を見上げる。どれだけ目を凝らそうが魔力探知をしてみようが、一切合切何も感じられず、ふとした疑問が頭をよぎった。とはいえ、プリエが殺してないと言ったのだからそうなのだろうと、これ以上不毛なことに頭を悩ませるのをやめた。

 そして何気なく手をポケットに突っ込むと、コツンと指に当たる軽い感触。気になって取り出してみると、それはいつも吸っている銘柄のタバコだった。

 

「へェ!コイツは驚いた!こんなモンまで再現されてるとはなァ。いやァ、愛されてるなァオレ」

「うっ!………ま、まあ……そう、ね……」

 

 改めて確認すると相当恥ずかしいのか、いつも勝ち気なプリエにしては珍しく、顔を赤らめながら尻すぼみ気味に肯定する。こんな場面をルイズが見たら、嫉妬で発狂していたところだ。

 普段とは違うプリエのかわいらしさを楽しみつつ、久しぶりにタバコを取り出し、口元に持って行く。すると、プリエが手のひらに炎を生み出した。

 

「おっ!点けてくれるのか。ありがとな」

「ええ。なんたって、大好きなクロワのためだからね」

 

 その、吹っ切れたのか仕返しなのか分かりづらい返しに頬を掻き、無言で炎を受け入れる。澄んだ青色をした炎は優しく揺らめいていて、見つめていると心が安らいでくる。

 穏やかに煙を吸い込み、口と肺全体でタバコを味わい、ゆっくりと吐き出した。

 

「かァ~!生き返る~ってか?」

「そりゃその通りだけど、ちょっとオヤジっぽくない?」

「まァ、人間基準だとオヤジどころかジジイでも足りねェけどな」

 

 言われて初めてプリエは気づく。片や17歳、片や伝説の人物、歳の差カップルなどという話ではない。どう足掻いても世紀差カップルだ。しかし、都合がいいことに今の自分は悪魔。放っておけばいつの間にか歳の差は気にならなくなるだろう。

 

「とにかく、見た目は若いんだから、そういうことは言わないようにしてね?」

「ああ、分かったよ」

 

 一通りのやり取りが終わると、二人はまた甘くとろけるような視線を絡ませ合う。しかし、自分のイメージとは違う状況に今度はなんだかおかしくなってしまい、プリエは声を上げて笑い出してしまう。

 クロワは一瞬だけ面食らったようだが、すぐに一緒に笑い出した。やはり、こっちの方が“らしい”と思ったようだ。

 

「それで、これからどうするんだ?」

 

 ひとしきり笑った後、クロワは軽く切り出した。

 

「んー……とりあえず、やり残したことを終わらせたら、しばらくは二人で旅しない?人助けでもしながらね」

「ああ、いいぜ。プリエと一緒なら、なんだって悪くはねェよ」

「じゃあ、決まり!ついでに、私たちのコンビ名は『闇闇コンビ』ね!」

「それは……いや、まあ、プリエがイイってンなら、いいけどよォ」

 

 ついに露呈してしまったプリエの独特なネーミングセンスに、クロワはイヤそうな顔を浮かべたが、それもすぐに変わった。こんなにもまぶしい笑顔の前では、ダサイ名前なんてどうでもよくなってしまう。

 これだけ乗り越えてきても、まだまだ前途は多難だろうが、二人の未来には光が差し込んでいる気がした。




                                     第28話
                                     プリエ
                                 \    完    

        ─────────────────────────
               第28話 クリアボーナス    
        ─────────────────────────
             グッドエンド 二つの心、一つの魂
        ─────────────────────────
         エキュー              500エキュー
         ごほうびアイテム         おまけ『第0話



                         PUSH ○ボタン
        ─────────────────────────




 


 全部が全部憎らしくて、それを壊しているうちに少しずつ心が晴れていく自分がイヤで……だから、あたしは何もかもを利用してクロワを蘇らせた。
 だけど、彼はあたしの知るクロワとはどこか違う。完全に同じなんだけど、言葉には言い表せないところが違う気がする。

 あたしは、そんな自分の都合を優先して、彼にぎこちない態度で接してしまった。あたしだけじゃなくて、彼だってずっと深く傷ついていたというのに。だから彼は、あたしに相談することもなく、自分の命を絶ってしまった。
 今なら彼の気持ちも理解できる。“互いに支え合えず、存在するだけで互いの傷が膿んでいくのなら、どちらかがいない方がいい”ということだろう。彼は、死に逃げることすらできないあたしのために、その身を捧げてくれたんだ。
 当時のあたしはソレが理解できず、その悲しみのままに悪魔を打ち倒し続けた。強大な悪魔を潰しまわり、魔界を破壊しまわり、『超魔王』を雌雄を決して、戦いすらも面白くなくなってきたとき、いつの間にかアタシは『伝説の魔王』と呼ばれていて、アタシの周りには、アタシに心酔する悪魔たちがいた。

 皆殺しにしていないということは、少しはアタシも落ち着いたということだろうか。今は恨みすらも薄れてきたが、代わりに虚無感が心を支配するようになった。
 退屈だが、遠出する気にはなれず、そのうえ近場の魔界は全て消滅させてしまった。今はもう自分自身の魔界を階層的に封印して、部下どもを倒せたものだけがアタシの場所にたどり着けるように作り変えて、日々を慢性的に消化している。

 ああ、退屈だ……。なにか、面白いことでも起こればいいのに……

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