伝説の使い魔   作:GAYMAX

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第28話 プリエ

『……なあ、これプリエ様に知られたらまずくないか?』

 

『……うん、ヤバいと思う』

 

『……だよなぁ』

 

『まさかルイズちゃんがあんな無茶するなんて…お姉さんヒヤヒヤしたわー…』

 

『ふふ、私は嬉しかったぞ』

 

『何々~?猫ちゃんってばもうお母さんに目覚めちゃった~?』

 

『………産み終えたら覚えてろ。バラバラにしてやる…』

 

『……余計なこと言わなけりゃよかったわ~…』

 

 

 

 

 

 

「ジョゼフさま!」

 

 シェフィールドが超能力増幅装置から離れ、ジョゼフに駆け寄る。途中、大きく大地が揺れ、無様に転んで嫌な音がしても、構わずにジョゼフに駆け寄った。

 

「ああ…ジョゼフさま…

貴様…!よくも…!」

 

「やめ、ておけ…ミョルズ、ニルトンだけでは勝てん…」

 

 ゴホッゴホッとジョゼフは咳込む。そして、口からは血の塊が吐き出された。

それを見たシャルロットは治癒魔法をかけ、水の膜で二人を包み込んで、ジョゼフから杖を取り上げる。

 

「…どういう、つもりだ…?」

 

 治癒魔法はジョゼフの傷を塞ぎ、これ以上出血が増えないようにしているが、すでに失った血は戻っておらずジョゼフの顔色は悪いままだ。

 

「貴方がいないと国が乱れる。此処で死なれては面倒」

 

「ククッ…王の血は民の為に流されるべき、か…

お前が(まつりごと)に感心を持つとはな…俺の代わりに女王にでもなるつもりか?」

 

「必要なら」

 

 ここまでジョゼフが国を疲弊させても、民は王族による支配を望んでいる。王族とは始祖ブリミルに連なる血族。それほどまでに始祖ブリミルの影響は大きく、根強いのだ。

 

「それと、アンドバリの指輪を返して」

 

「……シェフィールド、返してやれ」

 

「なっ!?」

 

 シェフィールドは困惑する。アンドバリの指輪の力を使えば、ここから逆転することだって可能かもしれないのに、ジョゼフはどうしてしまったのか。

 

「もういい。俺は満足したからな…」

 

 シェフィールドは渋々指輪を外し、せめてもの抵抗か、シャルロットに向かって思いっ切り投げつけた。指輪は水の膜を通るとちょうどいいスピードとなり、シャルロットはソレを難無くキャッチする。

 

「…シャルロット、お前はどうだ?親の敵を討てて満足か?」

 

「別に」

 

 “タバサ”のような無表情で“シャルロット”は言う。人形のようでそうではないシャルロットの言葉に、ジョゼフは少し納得していた。

 

「…そうか。…なあシャルロット、俺はこれから変われると思うか?」

 

「無理、貴方は終わり」

 

「……そうだ、それでいい。…ハハハ、久しぶりに清々しい気分だ」

 

 まるで憑き物が落ちたようにジョゼフの表情は穏やかだ。落ち着き払ったその顔は、王族たる荘厳さを携えている。

 水の膜の中でシェフィールドに支えられているジョゼフは、おもむろに語り出した。

 

「……火竜山脈の古代竜、堕天使カラミティー、超魔王バール…俺が語った予言の正体だ

始祖のオルゴールから無理矢理抜き取った予言…残りの一つが『怒りに満ちた優しき魔王が解き放たれるとき、その怒りと共にこの世の一切を葬らん』だ」

 

「!!? それは…」

 

「…そうだ、お前を救った魔王プリエのことだ

…救われた存在に全てを壊されるとは、なんとも皮肉だな」

 

 シャルロットは、すぐにジョゼフを意識の外に放り出し、ルイズを探して走り出した。

自分ではプリエのもとに行くことはできないが、ルイズならばなんとかなるかもしれない。

 そして、断続的に続いていた地響きも今は収まっている。きっとルイズは超魔王に打ち勝ったはずだ。

 

 

 

「……恐怖で縛るのではなく、情で人を引き付ける魔王か…俺も、引き付けられた一人だったのかもしれんな…」

 

「………ジョゼフさま、このシェフィールドを愛していますか…?」

 

「…ああ」

 

「………誰よりも…?」

 

「……まあな…」

 

「…嘘つき。でも、嬉しいですわ

私、貴方が曝し首になるなんて堪えられません」

 

「…ならば、どうする?」

 

「一人は淋しいでしょう?私と一緒に死出の旅路などは如何ですか?」

 

「…そうだな、使い魔に殺されてみるのも悪くはないか…」

 

「はい…」

 

 二人は、未だ隠し持っていた火石により木っ端みじんに吹っ飛んだ。穏やかとは言えない最期であったが、二人の表情は穏やかであった。

 

 この場に残っていたティファニアと教皇は、二人の為に静かに祈った。

 

 

 

 

 

 

「二人とも、よく頑張ったわね…」

 

 ハルケギニアから壁一枚を挟んだような近い異世界にいるプリエは、二人の感覚を通して起こったことを把握していた。

 

「ふむ、ジョゼフは死んだか…彼は気の合う話し相手だったのだが、残念だ

しかし、お前はこのまま何もしなくていいのか?」

 

「…考えてるのよ、いろいろとね……」

 

 この場のどんよりとした空のように、あまり纏まらない思考で、プリエは考え続ける。

それがどんなものであれ、これ以上プリエが何かすることはないと確信し、ノワールは深い笑みを浮かべた。

 

「ククク、せいぜい足掻くがいいさ…」

 

 

 

 

 

 

 シャルロットは穴ぼこになった宮殿を数分間走り回り、微かな空気の流れから倒れているルイズを発見した。駆け寄ってちゃんと呼吸を確認すると、規則正しく胸が上下しているので、どうやら寝ているだけのようだ。

 

 それにしても、ルイズが両手に持っている何か形容し難い物はなんだろう。ルイズが握っているのだから、たぶん危険はないはずだが…

何故か“コレを握った方がいい”と己の第六感が告げるが、なんとなく触りがたいものがある。

 しかし、行動を起こさなければ状況は変わらない。シャルロットは恐る恐るルイズの右手の何かに触れる。

 

『─』

 

 何か、声のようなものが頭の中に響き、思わず手を離してしまう。あまりにも小さな音だったので、もしかしたら聞き間違いかもしれない。

 しかし、この状況を打破するきっかけになるかもしれない。シャルロットは、先程よりも大胆にソレをつつく。

 

『─ ─』

 

 やはり、勘違いではなかったようだ。つついた分だけ小さい声が聞こえた。完全に安全なものだと分かると、シャルロットはついにソレを握り締めた。

 

『よし、やっと掴んでくれたな』

 

 ウラヌスの声が頭の中に直接響く。とすると、コレはウラヌスに何か関係があるのだろう。

 

 ウラヌスの協力が得られるのなら心強い、そう思ってシャルロットが口を開こうとすると、ウラヌスの思念によって遮られる。

 

『ああ、声に出さなくても思ったことがそのまま伝わるからな』

 

『そうそう。だからとってもエロい妄そ『ネコネコ三角蹴り叩き込むぞコラ』ごめんなさい』

 

『……ある昼下がり、私はプリエと『乗らなくていい』大作なのに…

それよりもルイズか貴方たちが必要。協力してほしい』

 

『あー、そうしたいのは山々なんだが…この姿では一切の能力が使えなくてな……しかも困ったことに、ルイズの意識がないと元の姿に戻れないんだ…

今、ルイズは体力と魔力を回復中でな、どんなに早くてもあと2時間はかかるだろうな…』

 

 ウラヌスが言った時間の単位は分からなかったが、ソレが短いのならばこんなに言いづらそうにする必要がなく、かなりの長時間なのだろう。

 超魔王を倒せても、プリエが助からないのなら何の意味も無い。シャルロットは己の無力感に脱力し、軽いめまいに襲われ、焦点が定まらなかった。

 

『そんな…プリエが……』

 

『…何があったかは知らないが、プリエ様ならきっと大丈夫だ』

 

 しかし、ウラヌスの思念ですぐに身体に力が戻る。そう…プリエは、どんな絶望的な状況も跳ね除けてきたのだ。

 

『……うん、プリエならきっと大丈夫。何があっても笑顔で戻ってきてくれるはず』

 

『そうよ~。だいたい、人間ごときが大いなる者の未来を観ることなんてできるはずがないのよ』

 

『どういうことだ?』

 

『さ~ね~、そんなことよりアタシ猫ちゃんとニャンニ『ほーう、そんなにネコネコ乱舞とニャンコ百烈拳を喰らいたいか』マジごめんなさい』

 

『大いなる者…シルフィードが言う大いなる意志のこと?そういえば、シルフィードはプリエのことを──』

 

『ストーップ!そこから先はプリエ様が帰ってきてから、いくらでも聞いちゃえばいいのよ』

 

──そうだ。そんなことはプリエが帰ってきてからいくらでも聞けばいいのだ。

シャルロットはウラヌスを強く握り、強いまなざしで前を見つめた。

 

 

 

 

「ふむ…これで穢れは溜まったな

喜べ魔王よ、お前が頂点となる混沌……いや、大いなる虚無が今此処に生まれるぞ」

 

「そう…アタシもちょうど決心したところよ」

 

「ほう、殊勝な心掛けだな。ようやくお前も闇の住人として生きる決心をしたか」

 

「違うわよ。アンタを殺す決心よ」

 

「これはこれはおかしなこ──」

 

 映像が一瞬で消滅する。それはこの場の映像が消えただけではなく、ノワール本人も消滅したことを意味していた。

 魔力だろうがただの電気信号だろうが、なんらかの繋がりを持つものさえあれば、その本人を殺すことなどプリエにとってはたやすいことだ。

 

「…偉そうに説教してたクセに自分はコレか……情けなくて笑えてくるわね…」

 

 名分ならばいくらでもある。しかしプリエはそれらで自分をごまかせない、それらで真実を曇らせられない。

 プリエは(かたき)を再び殺してしまったのだ。たとえそこに怨みが入り込んでいなくても、たとえ世界を救う為であったとしても、たとえ主人たちがプリエをいくら悪くないと言っても、プリエは自分を責めるだろう。

 罪を背負い込む闇の聖母。武を捨てて人々に愛を説いた聖人とは真逆の存在だが、彼女は立派な聖人だろう。

 

「クロワ…一度目はアタシが未熟で、二度目はアタシの我が儘で……三度目はアタシの天秤にかけて…

ゴメンねクロワ…許してなんて言わないから、せめて安らかにね…」

 

 一筋の涙が彼女の頬を流れ、顎の下で大きな雫となり地面に落ちる。柔和になっていた彼女の顔から表情が消えた。まるで涙と一緒に削げ落ちてしまったかのように。

 

 プリエはしっかりと頭上のクロワを見据えて目を閉じ、手を合わせて指を組んだ。瞬間、十字架ごとクロワは消滅した。

 

「光の──いや、あなたは………魔王プリエの名の下に…嫌でないなら、受けとってちょうだいね、クロワ…」

 

『ええ。魔王プリエの祝福、ありがたく頂戴させて頂きます』

 

 神々しい女性の声がどこからか響き、プリエの眼前には、淫靡さを纏いながらも神々しい…肩甲骨辺りから、二対の白い羽を生やした女性が現れていた。

 

「………ちょっと間に合わなかったみたいね」

 

『いえ、私はこの世界の穢れを使って、一時的に顕現したにすぎません』

 

 堕天使カラミティーの言葉を信じるなら、目の前のカラミティーは映像のようなもの。世界をどうこうできるような力はないだろう。

 それを裏打ちするように、カラミティーからはほとんど魔力が感じられなかった。

 

「何よ、今さら天使らしく神託でもしに来たの?」

 

 ならば、たいしたこともできない目の前の木偶(でく)は放っておけばいい。黒幕は潰したのだから、後は世界中を適度に浄化しつつ、穢れを適当な魔界に押し付けるだけだ。

 どうやって穢れを作り出していたのかは知らないが、アイツが死んだ今、もう穢れが作られることはないだろう。

 

 プリエは皮肉を口にしつつ、ハルケギニア中の穢れをこの場に集め始めた。

 

『ええ、その通りです。魔王プリエよ、脆弱な人間が神を従えるなど、おこがましいとは思いませんか?』

 

「…どういうことよ?」

 

『では言い方を変えましょう。魔王であり神である貴方が人間に従うなど、あってはならないことです』

 

 悪魔である自分が、ポワトゥリーヌ様と同じ神だと目の前の堕天使は言う。あまりにも道理に合わない言葉を、プリエは一笑に付した。

 

「何を言い出すかと思えばアタシが神?馬鹿馬鹿しい、そんなことあるワケないじゃない」

 

『では、何故再び穢れを浄化できるようになったのですか?』

 

「…っ!」

 

 そう、悪魔に堕ちたばかりのころは、穢れを浄化することなどできなかった。昔仲良くなった魔物だって浄化が使えていたため、突如として再びできるようになっても気にしなかったのだが、改めて確認されてみれば、それは無視することのできない事実だった。

 

『そもそも、新たな命を無から作り出せるのは神だけです。貴方は闇の王子に近い命を作り出した…そう、先程の存在です』

 

「……フン、やっぱりね。すぐならともかく、一年以上も経ったクロワがたかだか虚無程度で蘇るはずがないとは思ってたわ

………思い返せば、アタシもずいぶんと間の抜けたことをしたモンね…」

 

『いいえ、その強欲こそ貴方に必要なものです

今の貴方は腑が抜けています。私がもう一度貴方に腑を入れて差し上げましょう』

 

 どうせハッタリだ。今のカラミティーはカスみたいなものなのだから。半眼でカラミティーを睨みつけながら、プリエは無視して作業を続ける。

 

 

                瞬間、世界が回った。

 

 

 魔王であり神である彼女でも、いや、魔王であり神である彼女だからこそ、何が起こったかを把握するまでに数秒もの時間を有した。

 そして、何が()()()()()()()を理解するまでに、更に貴重な数秒を使ってしまった。

 

「コイツ…契約のルーンを…!」

 

 急に魔力のバランスが崩れて倒れたプリエ。しかし、人間の感覚で言えばまばたきする程度の力さえあれば、この残りカスのようなカラミティーを消すのはたやすい。

 もちろん反射的に消そうとするが、何かがプリエを押し止めた。それがなんなのか。善いものか悪いものか。プリエに考える余裕はない。

 

「ああぁぁぁああああアアあああァァああ!!!!」

 

 消える、消えていく…思い出が、感情が、繋がりが…

そして消えたものを補うように、どろりとしたモノが満ちていく…ずっと奥底に押し込めていた不快なモノ、溢れ出した世界への悪意が世界そのものと混じり合っていく。

 

 止めたいのに止まらない。嬉しくないのに体は喜びに震えてのたうち回る。双眸から流れる涙は温度が違う気がした。

 

 違う、この程度で壊れるはずがない。アタシと―イズ、シ―――――の絆が………?誰ダ?―――ッテ?

 

 決定的な何かが今、消えた。

 

 

 

『生まれ変わった、いえ、元に戻った気分はどうですか?魔王プリエ』

 

 プリエは答えない。左手の二つのルーンがすっかり消えた彼女は、力無くうつぶせに横たわるだけだ。

 

『答えられませんか。そもそも答えるだけの思考能力が残っているかも分かりませんが

もう少しすれば言葉ではなく行動で応えてくれるでしょう』

 

 プリエの双眸(そうぼう)は地面を向いている、開きっぱなしのその瞳は闇を見つめていた。

闇の中でプリエは必死に焦点を合わせる。闇の中にそんなものがあるはずもないのに、それでもプリエは上を向くことができない。

 

 自分が世界と混ざり合う錯覚。自分が世界の一部ではなく、世界が自分の一部になってしまうような全能感。それを受け入れたら、今度こそ本当の化け物になってしまう…無意識で全てを拒絶した。

 

 世界との融和を受け入れなかった彼女の中に残っていたのは、8割の悪意と1割のクロワへの想い。そして約1割の昔の仲間への想いと…… ―――――― ……

 

 残りカスのような何かを暗闇の中でプリエは探す。心地好い暗闇を汚す不純物を取り除く為かもしれないし、その不純物への好奇心かもしれない。

 悪意の海へと潜り、悪意の膿にまみれながら、定まらない意識でプリエはソレを探していた。

 

「違うよ、そこにはないよ」

 

 カラミティーの思念波ですら届かないプリエの混濁を押しのけて、空気を震わせて届く声。フッとプリエは上を向いた。

 その焦点は定まっており、いつの間にか自分の前にいた少女を見つめていた。

 

「あなたが探していたのは光の斧?闇の斧?」

 

 なるほど、確かに少女の両手には光っている斧と黒い斧が握られている。

 

「そこは金と銀じゃない?つーか、なんで斧なのよ」

 

 沸き上がる違和感、斧のくだりではなく自分に対して。自分は混沌とした悪意の海を混濁した意識で泳いでいたはずだ。たとえ、はっきりした意識を取り戻すことができたとしても、こんな悠長に会話ができるとは思えない。

 しかし、違和感はまるでこの場に溶けるように消えていき、疑問すらも持たないままだった。

 

「そうだよね。あなたは別に斧を探してる訳でもないし

それじゃ、正直に答えたあなたには、ご褒美!」

 

 意味ありげだった斧を呆気なく捨て、少女は光の斧を持っていた手の平に光の球を生み出した。

 

「なにそれ?」

 

「あなたの大切なもの!」

 

「ナイナイ。そんな操気弾みたいなやつは別に大切じゃないわよ」

 

「うーん、これは例えるなら元気玉かな?とにかく受け取ってよ!」

 

 強引に押し付けられた操気弾もとい元気玉。むう…と唸りながらプリエはソレを掴む。なんか暖かいし元気が出るが、そんなに大切なものとは思えない。

 

「ソレを頭にくっつけてみてよ!」

 

 プリエは少女と光の球を交互に見つめ、渋々と頭の前まで持っていく。

──どうあってもアタシはかわいい少女の頼みは断れない………ん?なんでかわいい少女の頼みを断れないんだっけ?

 この場において初めて浮かんだ疑問に頭を悩ませると、光の球の光量が増した……気がした。心なしかプリエを急かしている気がする。

 

「はいはい、そんなに急がせなくったっていいじゃない…」

 

 両手でしっかりと持った光の球を額にくっつける。ソレは誰かの記憶だったようで、いろいろな場面が流れ込んできた。

 

──さっきから馴れ馴れしいわねこの桃髪

──青髪は従順そうね

──……なにこの金髪野郎、バカじゃないの

──赤髪もアホね

──黒髪メイドがやたらベタベタ触ってくるわね…

──……このエロジジイ…アタシだったら殺してるわね

──うわー、ヒゲの上にロリコンとか引くわー、その上ヒゲだし

──………ウラヌス、ミシア…アタシの部下…じゃあ、これはアタシの……?

 

………ナイ、ナイナイ、それはナイ。アタシは闇の中の魔王、こんな光の中にいていいはずが………あれ…?あれ?あれ?

 

「どう、思い出した?」

 

「ええ、全部ね。……全く、自分で自分の性癖を変えるとか、正気とは思えないわね」

 

「元々正気じゃなかったでしょ?」

 

「……かわいい顔して言ってくれるじゃない」

 

「自画自賛されてもそんなに嬉しくないよ」

 

 二()は笑い合う。プリエは不敵な笑みで、少女は柔和な笑みで、それが二人の差であり、二人が同じ者だという証拠だった。

 

「それで、生まれ変わった気分はどう?」

 

「………アンタ本当は心の闇なんじゃないの?

最低の体調だけど最高の気分よ」

 

「うんうん、やっぱり()はこうでなきゃ

でも、ホントは誰かに守られたいんだよね?」

 

「うっさい。アタシが守られるようなときは、宇宙が滅亡するときよ」

 

「知ってるよー。………あと、分かってると思うけど」

 

「あー、はいはい。分かってる分かってる

…アタシがまた思い出せるように、頼んだわよ」

 

「うん!」

 

 

 

 

 心の中から現実へと戻ったプリエは、ゆったりと立ち上がる。

 

『意識は…ありますね。しかもハッキリしたものが。少し残念です、気分はどうですか?』

 

「…最高の体調に最低の気分よ」

 

 枷の外れたプリエの体は、かつてない程に魔力が滾っていた。発散されずに溜まっていた黒い魔力は、解放の瞬間を求めて彼女の中を暴れ狂う。

 心の奥底で感じた気怠さはコレが原因で、気を抜くと周囲を灰にしかねない。

 

『それは良かった。しかし、もっと自分に素直になった方がいいのでは?』

 

「セリフだけ聞いたら良いセリフに聞こえるんだから不思議ね」

 

『貴方の内なる欲望を解き放てば楽になりますよ?』

 

「ゴメン早速だけど前言撤回。今時三流の悪党でもそんなセリフ吐かないって」

 

 残った自我は吹けば飛ぶようなもの。感情を大きく揺り動かしたが最後、深い深い闇の中へと堕ちていくだろう。

 それだけはなんとしても避けなければならない。自分の主だった少女たちとの絆が脆弱なものでなかったと証明する為に。

 

──大丈夫、できるはずだ。所詮作り物だった情熱的な気持ちは全てざっくりと削げ落ちてしまったが、それでも残っていた自分の本当の想いはさっき受け取ったばかり。まだ持たせることはできる。

 

「でさぁ、そろそろ帰ってくれない?」

 

『貴方がこの移し身を破壊してくれればすぐにでも』

 

「とことん四流悪党ね。仮にも神さまのくせに恥ずかしくないの?」

 

『はい、神としての位も魔力も貴方が上ですから』

 

「ふーん。胆力だけは一流ね」

 

 内面に渦巻くドス黒い感情ではなく、表面に浮かんだ薄いものを即座に言葉にする。いくら限界ギリギリの風船のような状態とは言え、こんな感情の投げつけなどではなく、ちゃんとした会話もすることはできる。

 しかし、こんな場所で大切な残り時間を使う訳にはいかない。今のプリエにとってのカラミティーは、路傍の石程度の存在でしかなかった。

 

「まあいいわ。穢れも回収しきったみたいだし、一緒に魔界に送ってあげる」

 

 ホントは魔力だってほとんど使いたくないのだが、こればっかりは仕方がない。

 

『…仕方ありませんね。貴方に抗う(すべ)は私にはありませんし、せめて暴走を期待するとしましょうか』

 

「素直でよろしい

つーか、それならなんでさっきからアタシに干渉したりできんのよ?」

 

『貴方がそれを望んでいたから。それに、元は外部の力だということが大きいですね』

 

「ふーん」

 

 傍から見ればたわいもない会話。しかしそこには一切の感情が欠落していた。

プリエは湧いた感情の機械的な処理。感情が希薄なカラミティーは上位存在の質問に対してただ淡々と答えているだけである。

 

「ふう…少量の魔力を増幅させて魔法を構築するなんて、慣れないことはするモンじゃないわね

さて…この異世界ごとアンタは魔界行きだけど、なんか言い残すことはある?」

 

『一つだけ…神とは世界と調和する者。悪魔はその逆…世界を拒絶する者。ソレが世界を受け入れたら、世界そのものになったのなら………

また会いましょう魔王プリエ。今度は貴方の腕の中で…』

 

 カラミティーから受け取る言葉、そこにプリエはほとんど感情を持たなかった。

辞書から得る情報に感銘を受けないように、勉学での物語の暗記のように、プリエはただただ一つの情報としてカラミティーの言葉を位置付けた。

 

 徐々に崩壊して、魔界の闇に飲まれていく異世界に背を向け、プリエは歩き出す。その頭にはお得意の皮肉すら浮かばない。

 漆黒の闇から遠ざかるその姿は“世界を拒絶する者”として闇すらも受け付けない風格と、どこか哀愁を漂わせていた。


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