伝説の使い魔   作:GAYMAX

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グッドエンド条件
            ・一日目の調査中に子供たちと遊ぶ
              → 二日目の調査にエルザを連れていく
                 → 二日目の調査中にマゼンダの家の中に入る


ノーマルエンド条件
            ・グッド条件を2つ満たした上で、マゼンダの家に入らない


バッドエンド条件
            ・グッド条件が1つ以下


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特別編
第4月1話 8話ifルート


「しーぃ、ごーぉ、ろーく――」

 

 私とプリエは今、村の子供たちと遊んでいる。本当は村を調査する予定だったのだが、村の子供たちが“どうしても”とプリエにせがんだため、シルフィード一人に調査を任せて、かくれんぼをしているのだ。

 それに、どうせ情報は“最近村に越してきたミランダとアレキサンドルが怪しい”ということぐらいしか分からないだろう、ということもある。

 

 人に紛れ込むことに長けている吸血鬼の恐ろしさを再確認し、何か手がかりになりそうなことがないか頭の中で思い返していると、一人の子供が私の後ろに抱きついてきた。

 思考の海から顔を上げ、振り向いて姿を確認すると、その子は孤児であるエルザだった。楽しんでいるというよりは少し怯えた表情を浮かべている彼女は、自分の唇に人差し指を当て、“静かにして”というジェスチャーを私に送る。

 小柄な私の後ろなど隠れ場所としては下策も下策だとは思うが、別にかくれんぼの勝敗になど興味がなかったため、私は静かに前を向く。それを肯定だと受け取ったのか、エルザは私の制服の端を握り、ぴたりと私にくっついてきた。

 

「もーいいー?」

『いいよー!!』

「じゃあ、いくわよー!」

 

 子供たちの元気な返事を受けてプリエは壁から腕を離し、振り返る。とりあえず一通り部屋の中を見回すと、迷うことなく隣の部屋へと歩き出した。

 私を見たあと一瞬だけ目線が合ったため、恐らくエルザには気づいているが、あえて見て見ぬフリをしているようだ。その理由は私には分からなかった。

 

「みっけ。ほら、降りてきなさい。全く、暖炉の中なんて危ないでしょ?」

「えへへ……ごめんなさーい」

 

 楽しげな声が隣の部屋から小さく聞こえてくる。プリエの言葉の通りなら、暖炉の中に入り、上の方によじ登って隠れていたのだろう。なんというか、かなり行動的な子だ。

 

「あーあ、こんなに汚しちゃって……。ほら、じっとしてなさい」

「わあ!すごい!これが魔法なの?」

「ええ、そうよ」

 

 火がついていないとは言え、暖炉なのだから少しは煤だって残っていることだろう。何かの魔法でプリエが子供についた煤を落としてあげているところを想像したら、なんだか自分だけ心配しているのがバカみたいに思えてきて、ため息をついて思考を打ち切った。

 自分の身を自分で守れるのならそれに越したことはないが、あれほどの強さを持つプリエがこの場にいるのだから、不意打ちを食らって全滅するなどということは有り得ないだろう。

 

 そう考えると、精神安定とヒマつぶしを兼ねて持ってきた小説でも読んでいたいところだが、後ろにいるエルザが離してくれそうにない。振りほどくのも気が引けるため、結局私は、かくれんぼが終わるまで観戦しながらここで待つことにした。

 定期的にプリエの声が上がり、小走りで戻ってくる子供たち。見つかってしまったのに嬉しそうに見えるのは、やはり彼女自身の魅力からだろうか。

 ほどなくしてこれ以上声がしなくなると、プリエが部屋の中に戻ってきて、エルザは私の制服の端を更にギュッと握りしめる。部屋に入ってきたときにプリエと私の目が一瞬だけ合うと、彼女はすぐさま芝居がかった仕草で、大仰に部屋の中を見回し始めた。

 

「さーて、エルザはどこかしら~?」

 

 ゆっくりと部屋の中を回っていくプリエに対して、エルザはぶるぶると震えながら私を挟んで同じように移動している。

 子供たちはそんなエルザを気にしないように、あらぬ方向を見つめようとしたり、プリエと一緒になってキョロキョロと探すふりをしているが、うずうずしながらチラチラとエルザを見つめている子が一人だけいた。

 

「中々隠れるのがうまいじゃない。どーこー?」

 

 このかくれんぼで、隠れる側の勝利条件は二つ。一つは探す側の降参の宣言で、もう一つは探す側に気づかれずに背中をタッチすること。この二つのうちのどちらかを満たせばいいのだが、どう考えてもプリエが降参することはないだろう。

 

 私を中心としたプリエの回転半径が徐々に狭くなっていくが、相変わらずエルザを見つけようとする気はないようで、プリエが何を考えているのか私には分からなかった。

 そして、私の目と鼻の先にまで来たとき、少しだけこちらを見つめると一度だけウインクをして、その動きが止まった。

 

「んー?っかしいわねぇ……」

 

 プリエは私に背を向けながら、大きく部屋の中を見渡しているが、こちらを向くことは決してない。先ほどのウインクに意味があると考えるなら、これはエルザに勝ってほしいということなのだろうか?

 ちょうどいいことに、私の陰からエルザが恐る恐る顔を出し、プリエの様子をうかがっている。私が顔を動かすと、エルザはつられて私の顔を見た。そこでプリエの背中を見つめ、視線だけで「今なら大丈夫」だと伝える。

 

 エルザはしばらく逡巡(しゅんじゅん)していたようだが、意を決したのか、プリエを見つめている私の視界の中に少しずつ入ってきた。

 まるで腫れ物にでも触るかのように、時折体全体をビクリと震わせながら、それでも本当に少しずつ進むエルザ。しかし、曲げられている指を伸ばせばすぐに届くような位置で、エルザは止まってしまう。

 

 エルザは最後の一歩がどうしても踏み出せないようで、指を伸ばそうとしてすぐに引っ込め、依然としてその距離は変わらない。ただの遊びで、しかもこんなにも優しそうなプリエをここまで怖がる理由は分からないが、別に気になるほどのことではないため、私はただただ傍観している。

 

 しかし、緊張で力の加減を間違えたのか、私の服を掴んでいた手がずるりと滑り、エルザは体勢を立て直せず、プリエに抱き着く形となった。

 

「……!!」

「へえ、やるじゃない」

 

 エルザは驚きすぎて声が出せなかったようだが、すぐに笑顔のプリエが振り向いたため、変に思われずに済んだようだ。純粋な子供たちは、本当にプリエが見つけられなかったと思っているようで、嬉しそうにエルザの周りに集まり始めた。

 

「エルザちゃんすごーい!」

「やるなぁ!」

 

 わいわいとおだてられていれば次第に気分も良くなってくるもので、こわばっていたエルザの表情は徐々に和らいでいき、花のように可憐な笑顔を咲かせていた。

 

 恐らく、プリエはエルザの恐怖を取り除いてあげようとしていたのだろう。考えてみれば、両親を殺害されて孤児になったというエルザが、今回の事件で他の子よりも不安がるのは無理もないことだ。きっと、プリエはそれを見抜いていたから、このように一芝居打ったのだろう。

 

「さて、そろそろ二回戦でもする? 今度は、タバサお姉ちゃんも一緒にやってくれるってさ」

「ほんとぉ!?」

 

 私は何も言っていないというのに、瞳をキラキラと輝かせて私を見つめる子供たち。なんとも断りづらい雰囲気を作り出してくれたものだ。

 別に断っても支障はないのだが、わいわいと騒がしい場では小説に集中できそうもなく、それならば遊びに参加した方がヒマ潰しになるだろうと、私はコクリと頷いた。

 

「わーい!やったー!」

 

 たかだか一人増えただけだと言うのに、本当に嬉しそうに喜ぶ子供たち。その理由は理解しがたいが、恐怖を少しでも忘れられるのなら喜ばしいことではある。

 

「んじゃ、さっそく始めるわよ~?」

 

 くるりと後ろを向いて、右腕で目を塞いでから、ゆっくりと数を数え始めるプリエ。子供たちは皆嬉しそうに、しかし忍び足でソロソロと逃げていく。

 そんな子供たちとは裏腹に、私はゆっくりとプリエに近づいていく。どこに隠れようか、キョロキョロと部屋の中を見回していたエルザが不思議そうに私を見つめていたが、結局何もせずに隠れに行ってしまった。

 

 私がしようとしていることは、掟破りの一歩手前、捜索開始の宣言と同時に背中に触れるということだ。子供の遊びに大人げないとは自分でも少しだけ思うが、あのときのプリエの実力が偽物でないと、自分の肌でも実感したかった。

 

「もーいいー?」

 

 元気よく、まばらに返ってくる返事。その声が途切れると同時に私はスタートダッシュを切る。短剣で相手を刺し貫くように一直線に伸びる私の手。それはゆっくりと振り向くプリエよりもずっと速く、このままいけば私の勝ち

 

「はい、タバサみっけ」

 

 一瞬、何が起こったか分からなかった。プリエの後ろを取っていたはずの私が、いつの間にか後ろを取られていて、私の腕は空を切るどころか、伸ばし切れていない微妙な位置で止まってしまった。

 

「残念ね。そんな手じゃアタシには勝てないわよ」

 

 やはりプリエの実力は本物だ。これならメイジどころか、エルフにすら打ち負かされることはないだろう。

 しかし、本当にプリエは何者なのだろうか?生体実験で産み出された超生物と言われても、まだ信じられないほどに強すぎる。山羊のような角に蝙蝠のような翼、そして人を惑わす妖しい美貌……悪魔の特徴に一致しているのだが、あれほど情のある裁定を下したプリエが悪魔などとは思いたくもない。

 

 ……待て、少し発想を変えてみよう。悪魔の特徴が示されている書物は、おとぎ話のように信憑性に欠けるものだけ。そして、現代で悪魔を見た者はいない。ならば、悪魔のような容姿をしているだけで、プリエは天使なのではないだろうか?

 そう考えると、あの性格の良さや能力の高さにも納得できる。そして痴女としか思えなかったあの衣服も、恐らく天使たちの間では常識的なものなのだろう。

 

「見ーつけた」

 

 疑問が氷解して、もの凄く頭がスッキリしたところでプリエの声が聞こえた。気づいてみればほとんどの子供はすでに見つかってしまっていて、人数を数えてみたら部屋の中に入ってくる子で全員になった。つまり思考に没頭している間に負けてしまった訳だ。

 

「さーて、まだやる?」

『うん!』

 

 結局、子供たちが疲れて寝付くまで遊びに付き合うことになり、今日の調査はこれ以上何も進展しなかった。

 

 

 

 無事に一夜が明け、すぐさま調査に向かった私たちだが、今日はエルザも同行している。朝食中に何故かエルザが「ついていきたい」と言い出し、プリエが快諾したため、本来なら三手に分かれるところを、昨日と同じように見回りのシルフィードと聞き込みの私たちという分け方で、二手に分かれた。

 シルフィードはぶつくさと文句を垂れ流していたが、竜の姿だと服を着なくていいことに気づいたのか、スキップしながら村の外へと向かっていった。

 

「お姉ちゃんは、何を探してるの?」

 

 先ほどから、歩きながら適当に辺りを見回しているだけのプリエ。犯行の痕跡を探しているとばかり思っていたのだが、言われてみれば何をしているのか気になった。

 

「幽霊を探してるのよ」

 

 予想外の答えを聞き、その内容に一気に肝が冷える。そんなものなどいない、まやかしだ。と思い込んできたのにプリエの言葉一つで容易く崩され、心の安寧を求めて私は楽しいことを考え始めていた。

 

「……幽霊って、ホントにいるの……?」

「まあね。たいがいは導かれて成仏してるけど、こういう事件なら悪霊が一人や二人発生してても不思議じゃないわ」

 

 私はイーヴァルデイの勇者。卑劣な吸血鬼の罠を打ち破り、村に立ち込める暗雲を晴らすためにやってきた。

 

「悪霊……?悪霊ってなに……?」

「悪いコトする幽霊よ。元々悪いヤツだったり、強い気持ちを持ってたりするんだけど、この村だと犯人に怒ってるヤツが悪霊になるわね」

 

 私の前に襲いかかるは数多のおぞましき悪霊……ではなく、おぞましき怪物たち。吸血鬼の眷族であるソレは、恐るべき力を以て私に襲いかかる。

 

「……なんで、怒ってるの?」

「勝手に殺されたからよ」

「……」

 

 吸血鬼の卑怯な手段に私は激怒し、聖なる(つるぎ)を突きつける。

 

「大丈夫大丈夫!アタシたちがきっと吸血鬼を倒しちゃうんだから! ね?タバサ」

 

 見事吸血鬼を打ち倒し、村に平和が戻……いや、戻ったのは私の意識か。何の話かは全く分からないが、とりあえず同意しておくことにして、私は頷く。

 なんだか分からないがエルザの表情は暗い。もしかして、私が下手を打ってしまったのだろうか?

 

「……ねえ、お姉ちゃん。私たちは、生き物を殺して食べるよね?吸血鬼も、もしかしたら食べるために殺してるのかもしれない……。それは、いけないことなの?」

 

 エルザの口から飛び出した疑問は、まだ善悪感がハッキリしていない子供特有のものだとは思うのだが、それでも吸血鬼の味方だとも取れる発言で私は少し驚いてしまった。プリエも少し言い淀んでしまったようで、優しげな雰囲気を纏いながらゆっくりと口を開いた。

 

「……そうね、いけないことじゃないわ」

 

 一度、言葉を切るプリエ。まだ完全な答えではないと分かっているのか、エルザは黙ったまま真剣にプリエを見つめていた。

 

「だけど、食べられる方だって喜んでるワケじゃない。だから食べる方に反撃することもあるの。それは人間も動物も同じ、これもいけないことじゃないわ」

 

 母が子を諭すように優しく伝えるプリエ。それを聞いたエルザは悲しげな表情で絞り出すように言う。

 

「じゃあ、吸血鬼はどうすれば良かったのかな……。吸血鬼は、みんなといっしょに暮らせないのかな……?」

 

 こればっかりはプリエですら閉口してしまった。もしも吸血鬼が友好的だったとしても、ヒトを食らう妖魔がヒトに受け入れられるとは考えられない。エルザの問いの答えは出ぬまま、その足取りだけはどんどんと進んでいった。

 

「……マゼンダの家、か」

 

 不意に立ち止まって、独り言のようにプリエは言う。その言葉の通り、いつの間にかマゼンダの家の前にたどり着いていたようで、私たちは家に注目することによって、重苦しい空気を取り払った。

 

 村中の住民から疑われ、図らずも村八分になってしまったマゼンダの家は、村の中でも特に生気が感じられず、村中に渦巻く重苦しい空気の中心と言っても過言ではないだろう。

 しかし、彼女が吸血鬼だとすれば“引っ越し直後から人々を襲って疑われてしまうようなマヌケな吸血鬼が、どうして長い間生き長らえてこれたのか”という疑問が生まれ、それを踏まえると彼女が吸血鬼だという確率は低いだろう。

 

「まあ、期待はしないけど、一応調査しときましょうか」

 

 プリエもそう思っているのか軽い調子でそう言うと、マゼンダの家のドアをノックする。しばらくするとギイギイと不快な音を鳴らしながら、ドアが重苦しく少しだけ開いた。

 

「……騎士さまが、ウチに何のご用ですか……?」

 

 薄暗闇の中から感じられる敵意の籠もった視線。男性の声であることから、ドアを開けたのは息子のアレキサンドルだろう。

 

「ちょっとした調査よ。協力してくれる?」

「ふざけるな!そう言って、おっかあを連れて行く気だろ!」

 

 メイジ相手だというのに激しく敵意を剥き出しにするアレキサンドル。村の不平不満を一身に受けていれば、こうなるのも仕方のないことだろう。

 

「まあまあ落ち着きなさいって。それだったら力ずくで引きずり出した方が早いわよ」

「……」

 

 それはつまり、それほど疑っていないという意味を含んでいたが、攻撃的な物言いが気に入らなかったのか、彼は黙り込んでギロリとプリエを睨みつけている。

 

「……本当に、おっかあを連れて行く気はないんだな?」

「ええ、もちろん」

 

 しばらくは動かなかったアレキサンドルだが、プリエの平然としている様子を観察して信用したのか、重くなった口をようやく開いた。軽い調子でプリエがそれに頷くと彼は無言で道を空け、こちらを未だ睨みつけるように見つめている。恐らく“通れ”ということなのだろう。

 まずはプリエが、続いて私たちが扉を通ると、木の軋む音を響かせながら扉が閉じられる。家の中では、窓は(ことごと)くカーテンが閉じられており、心地よいはずの春の木漏れ日もなんだか不気味に感じられた。

 

「どなた……?」

「騎士さまだよ、おっかあ」

 

 弱々しく聞こえてきた声の方向を向くと、そこには声のイメージに違わぬ老婆が、震える手足をゆっくりと動かしながらこちらへと近づいてきていた。アレキサンドルは先ほどからは想像もつかないような優しい声音で老婆――マゼンダに語りかけ、歩行を助ける。

 

「これはこれは……。申し訳ありません、何もお出しできず……」

「別にいいわよ。病気のおばあちゃんにムリ言うほど、アタシは悪魔じゃないし」

 

 マゼンダの容態やアレキサンドルの態度を見るに、これが演技である可能性は低そうだ。となると、やはり彼女は体の良いスケープゴートにされてしまったのだろう。

 

「そういや気になってたんだけど、アレキサンドル、アンタの首筋の傷って、何よ?」

「っ!これは、山ビルにやられたんだ!」

「ふーん」

 

 慌てて首筋を押さえ、掴みかからん勢いで詰め寄るアレキサンドル。首筋の傷は吸血鬼の下僕であるグールの特徴であり、彼は自分たちが疑われていると思っていきり立ったのだろう。もちろん、彼が()()()()()()()()()の話ではあるが。

 

 アレキサンドルの怒気を恐れたのか、それとも冷ややかな視線で彼を射抜くプリエを恐れたのか、エルザが私の服の端を強く握ってきた。しかしプリエの動向を伺っていた私にあまり余裕はなく、どうすることもせずに場の推移を静かに見守っていることしかできない。

 

「……ま、信じてあげる。お母さんを最後まで大切にね」

 

 唐突にプリエは肩を竦めると、さっさと踵を返して出て行ってしまう。拍子抜けしたアレキサンドルたちと同じように少しの間呆けていた私は、思い出したかのようにエルザの肩に手を置くとプリエの後を足早に追いかけた。

 彼女は軒先で待っていてくれて、私たちが追いつくと再び足を進める。

 

「何か、分かった?」

「そうね、良い情報と悪い情報が一つずつ。アレキサンドルだけど、アイツはグールよ」

 

 やはり、そうであったようだ。グールは生前と変わらぬ行動ができるようなので、マゼンダが吸血鬼でなくても、アレキサンドルがグールでない理由にはならない。

 

「でも、どうやって?」

「よく見ないと分かんないけど、魂がツギハギなのよ、アイツ」

 

 プリエならではの着眼点に、私は少しばかし驚く。人間目線ではほとんど完璧なグールでさえプリエ目線になるとボロが増えるようだ。しかし、一体の吸血鬼に対して一体だけのグールが判明したというのに悪い情報があるとは、どういうことなのだろうか?

 

「もう一つは?」

「……吸血鬼までは分からなかったの。ホント、隠れることだけは一流ね」

 

 苛立ちで顔を歪め、プリエは少しだけ吐き捨てるように言い放つ。彼女からすれば吸血鬼など恐るるに足らないはず。ここまで情報が出揃う中で、そんな吸血鬼を見つけられないことは彼女にとって少し屈辱なのだろう。

 

「……お姉ちゃん、魂って、なぁに?」

 

 そのとき、エルザがおずおずと声を出した。分からないことをムリヤリ納得しない子供ながらの質問だが、そうやって口に出されてみると私も詳細が気になってくるもので、今まで以上にプリエの言葉に耳を傾けた。

 

「んー、そうね。生きているヒトだったら誰でも持ってるもの、かな。それぞれ細かい形は違うけど、だいたいは同じよ」

 

 私が期待していたほど厳密な定義ではなかったが、その概要は理解できた。要するに、魂にも容姿のような小さな区分と、種族のような大きな区分があるのだろう。しかし何故かは分からないが、エルザは恐る恐る質問を続ける。

 

「……わたし、も……?」

「ええ、エルザも、タバサも、村のみんなも一緒。」

                         (――シ――は―)

 やはり、人間という単位で見れば違いはないということか。最後にプリエが何かを呟いていたような気がしたが、ほとんど聞き取れなかったので、私の聞き間違いかもしれない。

 

 望んだ答えが得られなかったのか、エルザは俯いて黙り込んでしまった。些細なことで泣いたり笑ったり、子供の気持ちはまるで山の天気のようで、私にはあまり分からない。

 だがプリエが優しげな笑みで手を差し伸べていたので、私も彼女に従ってエルザに手を差し出す。私たち二人の手をギュッと握り締めたエルザは、かわいらしい微笑みを浮かべていた。

 

 

 

 私はがばっと飛び起きる。全身には冷や汗が流れ、服がベットリと肌に張り付いて気持ちが悪い。恐らく現在は深夜、吸血鬼が人を襲い出すような時間帯だが、私が起きた理由はそういうことではない。単純に夢見が悪く、悪霊が飛びかかってきたところで目が覚めたのだ。

 

 しばらくは何も考えられずに荒い呼吸を繰り返していた私は、極めて重要な事態に気づくと急いで下着に手を突っ込んだ。湿気は感じるが、これは単純に汗のものだと分かり、私は胸をなで下ろす。

 この歳になって他人の家でおもらしなど全くもって羞恥の極み。そうなっていたら魔法を使ってでも証拠隠滅を謀らなければいけなかっただろう。

 

 しかし、危機は去ったとは言えしばらくは眠れそうになく、ベッドの横に置いておいた魔法式のランプに小さな明かりを灯す。すると隣のベッドで寝ているはずのプリエの姿が見えないことに気づいた。

 先ほどの夢のせいか私は少なからずの不安に駆られ、気づけばプリエを探して村の外へと飛び出していた。しかし、がむしゃらに歩いてきた訳ではなく、私に刻まれたルーンが“こちらだ”と教えてくれている道を辿っている。

 

 森が深くなり、山道をかなり進んだところで、私は遠くにぼんやりとした光源を発見した。突き動かされるように私は走り出し、その光源の正体を確認すると絶句してしまう。

 それは薄く発光しているアレキサンドルで、プリエは何やら祈りを捧げるように、彼の前で目を閉じて指を組みながら手を合わせている。

 

「……そっか、来ちゃったんだ」

 

 何かが終わったのか、それとも中断したのか、プリエは祈りの姿勢を崩しながら私に優しく語りかけてくれた。

 

「…………それが、魂……?」

 

 それでも私は動くのが精一杯で、カラカラに渇いて張り付く喉から、なんとか声を絞り出す。プリエは、静かに首を横に振った。

 

「ううん、これは残留思念。アレキサンドルの魂は、まだ体に縫い止められてるから……」

 

 悲しげに語るプリエ。魂に関しての知識があまりにも不足している私に、その理由は分からない。しかし、優しくも悲哀が混じったその表情から彼女の感情がありありと感じ取れた気がした。

 

「……どこで襲われたのか分かんなくてね、村中の彼の思念をここに集めてから増幅して、なんとか形にしたのよ」

『う、うう……』

 

 プリエの説明が終わったちょうどそのとき、ただそこに佇むだけだった残留思念が動き出した。魂が抜けてしまったかのような表情にあまり変化はないが、先ほどよりも目と口を少しだけ見開いて、驚愕を表現している。

 

『どう、して……エルザ……』

 

 その口から飛び出したのは、意外な人物の名前……いや、ただ信じたくなかっただけかもしれない。吸血鬼とて万能ではなく、固く封じられた窓や戸を破らずに家に侵入することはできない。唯一開きっぱなしの煙突から侵入できるのは、子供のように小柄な者に限られ、親がいない子供はエルザだけだったのだから。

 プリエもそう考えていたのか、難しい顔を見せるだけで驚愕は感じられなかった。

 

「……ばれちゃった」

「エルザ……」

 

 木陰から姿を現すエルザ。まさに生気を失って、人形のように佇むアレキサンドルも一緒だ。エルザの目は月明かりを妙に反射してギラギラと輝いており、悲しそうに微笑むその口の端からは、確かに牙を覗かせていた。

 

「……わたしは、どうすれば良かったのかな……?」

 

 昼間と()()質問に、再び私たちは閉口してしまう。私たちはもう、エルザを“ただの吸血鬼”と見なせない。だが、エルザに“人を食べていい”などとは口が裂けても言えないのだ。

 

「ねえ、プリエお姉ちゃん……。今でも、わたしの魂は同じ?」

「……魂ってのはね、本質なの。それを偽ることは、悪魔にしかできない。だから、アナタの魂は、同じよ」

「……そっか。……わたしね、お父さんとお母さんをメイジに殺されて……だから、人間なんて殺してもいいって思ってたの」

 

 それが、エルザが孤児になった本当の理由。掛ける言葉も分からないまま、私たちはエルザの独白を黙って聞いていた。

 

「人間だって豚や牛を殺して食べるんだから、わたしが人間を食べるのも同じだって……。だけど、お姉ちゃんと会って、わたしと人間は同じなんだって教えてもらって、分からなくなっちゃった」

 

 エルザは一度言葉を切り、プリエと目線を合わせる。真っすぐにプリエを見つめるその瞳の中には、少しばかりの恐怖が伺えた。

 

「……お姉ちゃん、人間じゃないんだよね?一目見ただけで分かったよ。『大いなる意思』……ううん、たぶん、それくらいじゃ足りない。そんなお姉ちゃんがわたしを討伐しに来たって聞いて、すごく、怖かった。だけど、お姉ちゃんはそんなわたしを気づかってくれて、吸血鬼でも同じだって言ってくれて……」

 

 声だけではなく体も震わせ、エルザは俯いてしまう。私たちは、彼女の言葉を静かに待った。……やがて、エルザはゆっくりと顔を上げる。彼女の顔には、何かの決意が感じられた。

 

「だから、お姉ちゃんが、わたしを殺して?」

「…………分かったわ」

 

 やはり、プリエの力を以てしてもどうしようもないことなのだろうか。歯がゆいことだが、私には見ているだけしかできなかった……

 

 

 

「いやぁ、これで安心だ!ありがとうございます騎士様!」

 

 翌日、私たちは吸血鬼を退治した謝辞を村長から受けていた。吸血鬼がエルザであったことは隠し通され、別の吸血鬼が森の中に潜んでいたことになっている。

 

「しかし、まさかアレクサンドルがグールになっていたとは……。マゼンダには申し訳ないことをしてしまいました……」

「そう思うのなら、マゼンダに優しくしてあげればいいのよ。あんまり過去に囚われても仕方ないわ」

「そう言って頂けると助かります……。しかし、この家も寂しくなりましたね」

 

 家の中にもうエルザの姿はなく、村長は切なげな視線を窓辺へと向けている。そんな彼に、プリエは軽く声を掛ける。

 

「まあ、代わりにマゼンダの家が賑やかになったんだからいいじゃない」

「確かに、そうですね」

 

 麗らかな春の陽気の中、不意に室内に吹いた強い風は、この村の新たな始まりを予感させてくれた。

 

――時は、巻き戻る――

「エルザは、諦めたくない?」

「……え?」

 

 エルザも私も、プリエの質問の意図が分からず、思わず彼女を見つめてしまう。彼女は真剣な趣だが、その表情からも意図を察することはできなかった。

 

「じゃあ、人間と生きられる方法があるって言ったら、どうしたい?」

 

 驚いて、息を呑んでしまうエルザ。私だって同じ想いであり、何も思考ができずに目を見開いてプリエを見つめ続ける。そして、徐々に言葉が染み渡ってくるに連れて、エルザの瞳に希望が灯り始めた。

 

「…………わたしも、いっしょに、生きたい!」

「……分かったわ」

 

 プリエは静かに右腕を上げると、手首から急に血を流し始めた。風のメイジである私ですら一切の動きが感じ取れなかったのだが、恐らくプリエが自分自身で傷つけたのだろう。吸血鬼の(さが)なのか、エルザは滴る血液にくぎ付けになっている。

 

「アタシの血を飲めば、人間を一生食べなくても平気になるわ。でも、アナタは姿を変えずに中途半端で完全なバケモノになる。本当に、それでもいいの?」

「…………タバサお姉ちゃんは、どう思う?」

 

 エルザは、私へと真摯な瞳を向けているが、その瞳の中には動揺の色が少しだけ宿っていた。プリエの言う“バケモノ”とは、恐らく極度に力を持った存在なのだろう。先ほどまで、人間のために死のうとしていた吸血鬼が本当にそんな力を手に入れていいものか、不安なのだろう。

 正直に言えば私にも不安はある。人間は気が変わる生き物で、それは吸血鬼だって同じはずだ。エルザとはたった二日過ごしただけであり、その程度の期間なら、彼女の本質を垣間見たとすらも言えない。

 それでも私はエルザに頷いた。彼女への同情も少しはあったと思うが、彼女の瞳の奥には信じるに値する芯が宿っていた気がしたのだ。

 

「……いいんだね、お姉ちゃん。じゃあ、プリエお姉ちゃん、いただきます」

「ええ、どうぞ」

 

 エルザが舐めとりやすいように、顔の前に差し出されるプリエの手首。恐る恐るエルザは舌を這わせ、丁寧に血液を舐めとっていく。しかし、プリエの血液がエルザを狂わせているのか、エルザの舐め方がどんどん艶やかになっていった。最後に、血が全く付いていないプリエの指を丹念に水音を立てながら(ねぶ)ってから、名残惜しそうに唇を離した。

 

「はぁ……美味し…………ハッ!? ご、ごめんなさい!こ、こんなに夢中になっちゃうなんて、思ってなくて!」

「別にいいわよ。たぶん、アタシの血液ってそういうモンだし。それで、気分はどう?」

「えっと……とっても体があついけど……。これが、()()なの?」

 

 エルザの頬は上気して赤くなっているが、私にはそれ以上の違いは分からない。彼女自身にも分からないようだが、本当に大丈夫なのだろうか?

 

「これまでよりも、深く自然を感じられるでしょ?」

 

 エルザもまだ半信半疑のようで、しばらくは首を傾げていたが、急に地面が隆起したことで飛び上がるほど驚いて、満面の笑みを浮かべる。

 

「本当!すごい!すごいよお姉ちゃん!」

 

 風が唸り、炎が踊り、地が裂け、水が噴き出し……まるで天変地異のような様相を呈しながら、無邪気に喜ぶエルザ。早速不安になってくる光景だ。しかしプリエが右腕を静かに振り下ろすと、それらはすぐさま収まってしまった。

 

「はいはい、遊ぶのは後。今は、彼の魂を導いてあげなきゃ」

 

 プリエが視線で示す方向には幽鬼となって肉体に縛り付けられ、寂寞(せきばく)とただ佇んでいるだけのアレキサンドルがいて、哀れな彼を無視して一人心躍らせていたことをエルザは恥じ、顔を歪めてしまう。

 

「……彼は、優しい人だった。だから簡単に騙されて、それで……」

「いい、とは言えないかもしれないけど、これからはヒトと一緒に暮らすんでしょ? なら、少しでも前を向いた方がいいんじゃない?」

「……うん。ありがとう、お姉ちゃん」

 

 優しく語り掛けるプリエに心が救われ、エルザは微笑みを見せる。そして、プリエと共にアレキサンドルへと向かい合った。

 

「まずは、アタシと同じように手を合わせて」

 

 先ほど、彼の残留思念を形成していたときのように、プリエは両手を組む。エルザも見よう見まねで手を組み合わせ、胸の辺りの高さまで掲げた。

 

「それから、彼のことを心から想い、精一杯祈るの」

 

 二人は目を閉じ、彼を悼み、冥福を祈る。プリエは慈悲の溢れる穏やかな表情を浮かべていたが、エルザの眉間にはどんどん(しわ)が刻まれていった。

 

「……復唱して、光の聖女の名の下に」

「『光の聖女の名の下に』」

 

「この異邦の地に女神ポワトゥリーヌの威光を伝え」

「『この異邦の地に女神ポワトゥリーヌの威光を伝え』」

 

「迷える魂を正しく導き、彼らに祝福を与えたまえ」

「『迷える魂を正しく導き、彼らに祝福を与えたまえ』」

 

 ポツポツと、光の玉が浮かび上がる。蛍の光のように幻想的で儚げな光の玉はあっという間にその数を増し、この場へと満ちる。私がそのまばゆさに目を閉じ、強烈な光が去った後にはアレキサンドルの姿はなく、柔らかな光の玉が夜空へと散っていった。

 

 

 

「まさか、あの子が吸血鬼だったなんて!でも、本当に大丈夫なのかしら?」

 

 プリエと別れ、ガリアの離宮への空の帰路にて、シルフィードがそう漏らす。“信じている”などと言ってしまえば、聞こえが良いだけで無責任なのだろうが、それを裏付ける理由はあった。

 

「プリエが、やってくれた」

「? どういうことなのね?」

「それは、──」

 

 実は、アレキサンドルへの祈りを、プリエは捧げていなかったようだ。つまり、あの光景はエルザが一人で作り出したということになる。アレは、本当に一途で真摯な想いがなければ行えないものらしい。

 “それだけ人を慈しむことができるなら、たぶん大丈夫だろう”とプリエは言っていて、私もそう考えた訳だ。

 

「ほえー……やっぱりプリエってすごいのね。吸血鬼が人間と暮らせるなんて、普通は考えられないことですわ」

「確かに。でも、事実」

 

 それは、どのような人間でも変わることができるという証なのだろうか。私はシルフィードの背に深く身を沈めながら、遠く離れたガリアの王宮をじいっと見つめていた。




                                     第8話
                                     タバサ
                                 \    完    

        ─────────────────────────
               第8話 クリアボーナス    
        ─────────────────────────
             グッドエンド わたしもいっしょに
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         エキュー              7エキュー
         ごほうびアイテム    おまけ『かんしゃの手紙



                         PUSH ○ボタン
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 あの日からたびたび、魔法学院の私の部屋の机の上に手紙が置かれていることがある。かわいらしい便せんに入れられたその手紙はエルザからのものだ。その内容はマゼンダとの生活のことだったり、扱える力が増えていることだったり、時折無性にマントをつけたくなる話だったり、他愛のない話だ。
 今日も、全ての講義が終わって自室へと戻ってみると、私の机の上に便せんと、お気に入りの小説があった。どうやって施されたのか分からない薄い封を切り、手紙を取り出して広げ、読み始める。

『             お姉ちゃん、ありがとう!
 お姉ちゃんがあの時背中を押してくれなかったら、私に人間の友達ができることなんてなかった。だから、最初にありがとうって伝えたかったの。
 だけど、今でもメイジを見ると殺意が湧いてくることがあるんだ。それでも、ひどい人間じゃなければイタズラもしないよ。だって、わたしは前を向いて進むんだから。
 そういえば、わたしのおままごとの人形が隠されちゃったんだけど、犯人はすぐに分かったよ。こんなことしても嫌われるだけって分からないのかな?
 それと、お姉ちゃんが薦めてくれた小説、すごく面白かったよ!他にも知ってたなら、また教えてね!

 PS.お姉ちゃんが好きなムラサキヨモギって、摘む前は淡い桃色をしてるんだよ。知ってた?』

 一通り読み終えると、私は手紙を折り目に沿ってたたみ、引き出しの中で積み重なっている手紙の上に丁寧に積む。そして新しい用紙を取り出すと、羽ペンをインクに(ひた)す。私は小さな友人のために、ペンを小さく踊らせながら、紹介文を綴り始めた。

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