伝説の使い魔   作:GAYMAX

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第8話 タバサ

「おお騎士様……このような辺鄙な村によくぞおいでくださった…」

 

 プリエは今、タバサと一緒にとある村に来ていた。いつもの通り図書館でタバサをじっくりと堪能していたら、そのタバサがこちらに歩いてきて「危険な任務を受けた、ついてきてほしい」とお願いされたのだ。

 もちろんプリエは二つ返事で了解し、『遍在』を主人に、部下の魔人をエロジジイにあてがった。エロジジイはきっと、()()()()()()ほど喜んでくれていることだろう。いい気味だ。

 

「今度の騎士様は大丈夫だろうか……」

「分からん……人は見た目にはよらんとは言うが、前の騎士様は2日で……」

 

 その任務とは吸血鬼退治だそうだ。ハルケギニアの吸血鬼はプリエの知っている魔界のものとは違って、変身もできないし魔力もそれほど強くないらしい。できることと言ったら意のままに操れる死体を一人だけ作れることと弱い先住魔法程度で、その上弱点持ちであるそうだが、人に溶け込むことだけはうまいらしい。

 魔界では最高クラスの闇の眷属のくせに、こちらではずいぶんと情けないことだ。

 

 しかし、プリエがいろいろと魔法で探ってみても、全く反応がなかったのはさすがに感心した。これなら前に派遣された騎士が殺されたというのも頷ける話だ。

 

「それでは騎士様……大した歓迎もできませんがこちらへ……」

 

 そのメンバーはプリエとタバサとシルフィード。シルフィードは人間に変身させて、二人はプリエの従者という設定だ。吸血鬼を油断させるのと、村人に余計な詮索をさせないためらしい。

 そして、本当に大したことがない歓迎を受け、村で一番上等らしい、学院の物置程度の部屋へと案内された。

 

「ああー!疲れたのねー!」

 

 人がいなくなった途端、おとなしくさせていたシルフィードがベッドに飛び込んだ。ほとんど埃が舞わないところを見ると、確かにこの小さな村では一番上等な部屋なのだろう。

 

「んー、お疲れ。でも服は脱がないように」

 

 ベッドに身を投げ出したまま服に手をかけようとしているシルフィードを止めると、案の定反発される。

 

「なんかゴワゴワして嫌なのね!シルフィこんなの着たくないのね!」

「そう、じゃあこれは命令よ。任務が終わるまでは服を着てなさい」

「うっ……」

 

 自由奔放で子供っぽいシルフィードも、立場も実力も上の相手の命令に正面からは逆らえない。シルフィードはしばらくどもっていたが、最後の抵抗とばかりに恨みがましい目でプリエを睨むと、ため息をつきおとなしくなった。

 

「……お姉様からも説得してほしいのね」

 

 だが、シルフィードはどうしても諦めきれないようだ。確かにプリエの側近である悪魔の三柱も布と毛皮、ついでに全裸だったし、その気持ちも分からないわけではない。しかし、そんな恰好をさせてしまったら吸血鬼どころか村人まで逃げていくだろう。寄ってくるのはオスマンぐらい、考えるまでもなく却下だった。

 

「プリエの言うことが正しい」

「お姉様の鬼ー……。どうせ着るならプリエのやつが良かったわ……」

 

 アレは厳密には服ではなく体の一部であるため、服とは比べ物にならないほど着心地が良いいのだが、どうやら発せられる魔力自体も心地良いようだ。別にアレを着せることもできるのだが、あんなもんを着せたら確実にそういうプレイだと思われるだろうから絶対に願い下げだった。

 シルフィードはぶつぶつと不満を垂れ流していたが、ついに諦めてふて寝を始めたので部屋の中が急に静かになる。

 

「プリエ」

 

 しばらくは本のページをめくる二つの音だけが響いていた部屋、いつもならば小さいタバサの声もよく響いた。

 

「コレの効果について説明してほしい」

 

 タバサが左手の甲をプリエへと向ける。雪のように白くきれいな肌に埋もれるように、そこには白銀のルーンが刻まれていた。

 

「基本的な効果は使い魔のルーンと同じよ。ただ、アタシもシルフィードとの感覚の共有ができるようになるし、アタシがタバサの体を操ることもできるわ。あと、アタシが魔力を通せば身体能力と感覚が強化されるし、邪なものを退ける力も付くわね」

 

 自分がいれば万が一にもタバサに危険は及ばないだろうが、それでも念には念を入れておいた。タバサには、改良した使い魔の契約をさせてもらったのだ。効果はこの任務が終わるまでだが、今のタバサはたとえ真っ二つになっても生きていられるし、ルーンの効果が発動すれば身体能力も聖女会時代のプリエ程度にはなるだろう。

 

 そこに刻まれているルーンはプリエの特別製で、祝福のルーンだ。これならば悪魔たるプリエの魔力を少し送り込んだとしても、すぐさま堕ちることはないだろう。本当は女神を裏切った身で使いたくはなかったのだが、これは自分の毒のような魔力からタバサを守るためと言い聞かせ、ルーンを創造したのだ。

 ちなみに、ルイズに送られている魔力はガンダールヴのルーンで浄化された分と、彼女が自前で浄化できる分だけであるため、彼女は平気であるようだ。

 

「分かった。それで、何か感じた?」

「ぜーんぜん。まさかアタシを欺けるとはね」

 

 表面上は変わりがないと思えるほど小さく肩を落とし、タバサはすぐに思考を切り替える。

 

「そう。それじゃあ明日からはどうする?」

「うーん……。撒き餌……いや、とりあえず調査しなきゃね。まだ何も分からないんだし」

「分かった」

 

 次の日、タバサはシルフィードと、プリエは単独で村の調査を始めた。一通りの建物を見回して、プリエが抱いたのは特に見どころのない陰気な村という印象だった。しかし、陰気なのは皆が吸血鬼に参っているからだろう。魔界への扉が開くほどの穢れはないが、このまま放っておけば村人たちの不安が暴動につながることは確実だ。

 そして、日も落ちてきたところで今日の調査を中断して、最初に案内された部屋で落ち合った。

 

「とまあこんなモンよ。そっちは?」

「ほとんど同じ」

 

 分かったことは、吸血鬼騒ぎが始まる少し前に越してきた、占い師のマゼンダと息子のアレキサンドルが怪しいということだけ。というか、皆一様に口をそろえてソレしか言わないのだ。

 しかし、村の若い衆が束になれば簡単に殺すことができてしまうような弱い吸血鬼が、そんな分かりやすいボロを出すはずがない。これは十中八九、撹乱のための囮だろう。そんなことが判断できなくなるほど村人たちは参っているようだ。

 

「はぁー……。めんどくさいし、村人全員光に当てたいとこだけど……」

「無理、そんなことをしたら暴動が起こる」

 

 幾日にも及ぶ吸血鬼の恐怖で村には負の感情が渦巻いている。そんな村人たちを一点に集めれば真っ先に倒れた者を袋だたきにするだろう。最悪、吸血鬼がいないのに殺し合いになるかもしれない。

 だからといって、一人一人太陽の下に曝すのにも問題がある。曝す順番や時間、些細な差が更に負の感情を煽るかもしれないのだ。

 

「村人を一人一人脅すってのもアリだけど……さすがに可哀相よね」

 

 大魔王にすら死を覚悟させるプリエの殺気を浴びて、それでも嘘をつけるような生物はハルケギニアにはいない。しかし恐怖で廃人になってしまうことがあるため、この方法も使えない。

 魔法で村人全員洗脳してもいいが、特に悪いこともしていないのに一時的とはいえ洗脳してしまうというのはどうかと思う。

 

「つーか、姿を変えられるヤツを絞り込めなんてムチャもいいとこじゃない……」

「それは違う、吸血鬼は変身できない」

「あれ?そうだっけ?」

 

 いつの間にか、魔界の吸血鬼と混同していたようだ。そうなると、『開錠(アンロック)』の魔法が使えない吸血鬼が戸を壊さずに家屋に浸入する方法は、常に開きっぱなしの煙突から入るぐらいしかないだろう。

 それこそマゼンダのような小柄な老婆や、それか……。しかし、森の中に潜んでいる可能性も捨てきれない。

 

「やっぱ、コトが起こってから対処するしかないか……」

 

 あまり手荒なことをして、これ以上に濃厚に穢れが溜まり、魔界の扉が開いても困る。ここからはプリエが四六時中村人の動きを魔法で監視し、タバサが警戒のために巡回することになった。

 コトが起こりやすいように無能を演じ、タバサや村の子供たちと遊びながら時間を潰していると、二日目の夜にコトは起こった。村人の一人が逃げ去るグールを見かけたというのだ。そのグールは衣服の一部を落としていき、それがアレキサンドルのものだったらしい。

 

 しかし、プリエにそんなミスリードは通用しない。確かにグールとして動いているのはアレキサンドルだったが、操っている者はマゼンダではない。もう吸血鬼を殺すことは簡単だが、今すぐに殺すと少しだけ心が痛むし、村人だって納得しないだろう。それでも打開できないことはなかった。

 プリエが頭の中で筋書を描いていると村の家屋から不意に火が上がった。どうやらマゼンダを吸血鬼だと決めつけた村の若者たちが、マゼンダの家に火を放ったようだ。

 実際のマゼンダは無力な老婆で、本当に病気を患っており、外出するための気力すら衰えてしまっただけの人間だった。しかし、老い先短く衰えたマゼンダが一人息子たるアレキサンドルを失って生きながらえても、その先は生き地獄しかないだろう。

 “マゼンダは必要な犠牲だった”そう考えている自分に少し幻滅しながら、プリエは立ち上がって、部屋を出た。

 

 

 

 

「……プリエ?」

 

 しばらくしてタバサが部屋に戻ってきた。タバサもプリエと同じく、これで事件が終わったなどとは考えていなかったため、シルフィードは竜の姿で村の周囲を探索中である。

 プリエが部屋にいないということは、吸血鬼を見つけたか、何か非常事態が起こったということだ。しかし、自分に刻まれたルーンは消えていないので、後者ではないだろう。“村人は吸血鬼を倒したと思い込んでいるので、あまり動き回って村人たちの不安や怒りを煽るのは得策ではない”とタバサは考えて、杖を持ちながら待機する。

 

「お姉ちゃん、一人?」

 

 しばらくの間一人思案を巡らせていると、村長が養っている孤児のエルザがいつの間にか部屋の中にいた。エルザはきょろきょろと部屋の中を二三度見回すと、にっこりと屈託のない笑みを浮かべる。

 

「良かった。あの怖いお姉ちゃんや元気なお姉ちゃんがいなくて」

 

 元気なお姉ちゃんとはシルフィードのことだと分かるが、怖いお姉ちゃんとはいったい誰だろうか? タバサには本当に見当がつかなかった。

 

「? 何を……  ──ッ!?」

 

 タバサに急激に眠気が襲いかかる。何か薬を盛られたとは思えない、これは人間には使えない先住魔法であるはずだ。“ならば……まさか……コイツが……”。深い眠りに落ちる寸前、裂けるような笑いを浮かべるエルザの口の端に、確かに牙が見えていた。

 

 

 

 

 

 タバサが目を覚ますと、そこは森の中だった。手足には植物の蔓が絡まっていて外れそうになく、無駄な体力の消費を避けてエルザを待つ。こうやって縛り上げておいて、何もないはずがないだろう。

 

「目が覚めたお姉ちゃん?」

 

 タバサが考えた通り、暗闇からエルザがこっちへゆっくりとはい出てくる。月明かりに照らされたその顔には、純粋可憐なものとは程遠い、獲物をむさぼり喰らおうとする獰猛な気配が張り付いていた。

 

「あの怖いお姉ちゃんが来たときはどうしようって思ったけど、どうやら安心して帰っちゃったみたいだね」

 

 タバサは黙したまま話を聞いていた。それを悔し紛れと勘違いしたのか、バカにするようにエルザは続ける。

 

「悔しくて言葉も出ない?こんな子供に?それとも帰っちゃったお姉ちゃんに? それにしても、あのお姉ちゃんは頭良さそうだったけど、シルフィードお姉ちゃんと同じくらいだったんだね」

 

 ピクリと、エルザの後ろの空間自体が動いた気がした。ルーンが刻まれていなければ勘違いだと思っただろう。彼女の存在によって、タバサには急激に安心感が溢れてきた。

 

「ねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんはご飯を食べるよね?私が人間を襲うのって、いけないこと?」

 

 タバサは静かに首を横に振った。『弱肉強食』、それは自然の摂理であり、そこに善悪は絡まない。この吸血鬼の少女が人間を食べること、それ自体は“悪”ではないのだ。

 ただし──

 

「そうだよね、賢いお姉ちゃんならそう言ってくれると思ったよ。それじゃあ、今からお姉ちゃんを食べちゃうけど、いいよね?」

「ええ、お好きにどうぞ。食べれるものならね」

 

 そう、決して忘れてはならないのだ。強者のはずの自分が、更なる強者に食い物にされる可能性を……。エルザの後方から聞こえた声。もちろんその声はタバサが発したものではない。エルザは慌てて後ろを振り返ると、そこには帰ってしまったと思い込んでいたプリエが立っていた。

 

「ひっ!」

「ほらほらー、食べるんじゃなかったのかしら?」

 

 プリエは腕を大きく広げて、エルザを挑発する。それはこの場どころか、この世すらも支配してしまう絶対的な強者の余裕の表れだ。反射的にエルザは体をこわばらせるが、冷や汗を掻いたまま少しだけ平静を取り戻す。

 

「ね、念には念を入れておいて良かったよ……!」

 

 タバサの後ろの闇から現れるアレキサンドル・グール。その太い腕がタバサの細い首にかけられ、タバサの命など簡単に奪うことができると言外に示していた。

 

「て、抵抗しちゃだめだよ!た、タバサお姉ちゃんが死んじゃうんだから!」

「あらら、これじゃあ何もできないわね」

 

 いかにも困ったという顔をして、大袈裟にリアクションをするプリエ。どう見ても余裕だが、今のエルザにそれを判断する能力はなかった。そんなプリエの様子を見て、優位に立ったと勘違いをするエルザはサディスティックな笑みを浮かべる。

 

「……形勢逆転ってやつだね」

「んー、そうね」

 

 それは突然だった。タバサがものすごい力で蔓を引きちぎると、そのまま左手でグールを殴り飛ばす。呆気に取られるエルザをよそにタバサはプリエの横に跳躍すると、体の支配権がタバサに戻った。

 

「形勢逆転ってやつね」

「あ、アレキサンドル!」

「無駄よ、さっきので完全に浄化されたわ」

 

 プリエの言っていることの意味はタバサには分からなかったが、もうアレキサンドルが動くことはなさそうだ。

 

「さーて、どうしようかしら?」

「ひっ!」

 

 エルザは必死で逃げるが、何故か歩いているだけのプリエから逃げられず、景色すらも変わってないように思える。その上、その距離もだんだん縮まっていく。このままでは確実に殺されてしまうと考えたのか、エルザは立ち止まってプリエに向かい合った。

 

「ま、待って!お姉ちゃんは!こんなにか弱い女の子を殺せるの!?」

「うーん……まあ、無理ね」

 

 あっさりとそう宣言するプリエに、エルザは希望に満ち溢れた笑顔を浮かべる。しかし、見逃す気は一切ないことが変わらぬ雰囲気から分かる。その証拠としてエルザの足が飛んだ。プリエが何をしたのか、タバサには全く分からなかった。

 

「あがあぁぁぁああ!!!??」

()()ならだけど」

 

 絶叫してのたうちまわるエルザを、プリエは驚くほど冷たい目で見つめている。ソレはギーシュに向けた路傍の石に向けるようなものにすらほど遠い、まるでゴミでも見つめるかのような視線だった。

 

「ど、どうして!?どうしてこんな酷いことするの!?お姉ちゃんは亜人でしょ!!私は人間しか襲わないのに!!?」

 

 体に残る力を振り絞って、エルザはプリエに命乞いをする。情に訴えても篭絡できなかったのだから、害意がないことを伝えても無意味だというのに。その姿はひどく哀れに見えた。

 

「酷いこと、ねえ……。アンタはゴキブリを殺したことある?」

「? ……あ、あるよ」

「それと同じよ」

 

 死神の鎌は平等に振り下ろされることを示すように、驚くほど静かに、そして一瞬で終わってしまった。プリエの言葉が終わる頃にはそこにエルザの姿はなく、その代わりに大きくへこんだ地面と血溜まりができていた。

 

「それにアタシは亜人じゃないわ。昔、人間だったことがあるだけの、ただの悪魔よ……」

 

 プリエは悲しそうに、それでも吐き捨てるようにそう呟いた。その悲しさに浸る暇もないままアレキサンドルの死体を血溜まりの横まで丁寧に運ぶと、手を組んだ。それは、敬虔なシスターが祈りを捧げるような姿勢に見えた。

 

「女神ポワトゥリーヌよ、この迷える魂を正しく導きたまえ……」

 

 タバサのルーンから光が溢れ、たくさんの光の球が飛び出してルーンは消えた。その光の球が血溜まりと死体の中に入っていくと、それらはだんだんと透けていき、消えていった。

 

「……光の聖女の名の下に、この村にせめてもの祝福があらんことを……」

 

 辺りにはしばらく幻想的な光が漂ったままで、タバサはその美しさと心地好さに酔いしれていた。

 

「貴女に聞きたいことがある」

 

 それが消えたのを合図に、タバサはプリエに話し掛けた。先程の祈りの動作だけでも一朝一夕で身につくようなものではない。そして、意味深長なプリエの発言。聞いてはいけないと思いながらも、心が疑問を捉えて離さなかった。プリエの謎に強く惹かれてしまったのだ。

 

「……何を?」

 

 短く言うプリエ。その言葉からは何も感じられない。だからこそタバサの恐怖と後悔を煽ったが、踏み出してしまった足を今更引くことはできない。

 

「貴女の、過去を」

 

 たった一言を言い切るだけでタバサの喉はカラカラに乾いてしまう。張り付いてせきが出そうになっても、舌の根を潤す唾すらも出てこない。時間が経つごとに時間が増幅し、永遠に終わらないのではないかという沈黙の間、月明かりに照らされるプリエの後ろ姿を見つめていた。

 

「…………少しだけね」

 

 ついに許しが出ると、先ほどまでの渇きを潤すように体中からどっと汗が噴き出る。プリエに気づかれないようにそっと息を吐くと、プリエはこちらを向く。彼女の悲しげな笑顔が、タバサの不安を全て拭い去った。

 

「アタシは力が欲しかったの。全てを……超えるような、圧倒的な力がね。だからアタシは悪魔に堕ちた。それでもできないことがあって、今じゃこのザマよ」

 

 プリエは両手を挙げて肩を落とし、やれやれと言わんばかりにため息をつく。軽い雰囲気で終わった短い話だったが、本当に雰囲気の通りなら全貌を明かせない道理がない。それでも語ってくれたということは、これは彼女にとって重要で、そして隠し通したい過去なのだろう。

 

「そんで、アタシはアイツを殺した」

 

 タバサの心臓が跳ねる。考えに没頭していた意識を戻しプリエの顔を見ると、彼女の顔からは表情が消えていた。ごくりと喉を鳴らして生唾を飲み込み、彼女の一言一句に全力で耳を傾けた。

 

「頭の中が真っ黒になって、アイツを殺すことしか考えられなくて、殺したの。だけど、アタシには何も残らなかった……殺しても、殺し足りないくらいの憎悪以外はね」

「……どうして、この話を?」

「……なんでだろ?もう、終わったことなのにね。アイツは殺されて当然だったのに、アタシは後悔なんてしてないのに、殺しても……何かが変わるはずもないのにね」

 

 いつの間にかプリエの顔は聖女のような微笑みを携えていた。深い安心を得ると同時に、どんな言葉も引っ込んでしまった。そもそも、これ以上深く聞く必要もない。プリエの言葉はタバサにとって一つの()()だった。プリエは()()を何も知らないはずなのだが、彼女の吸い込まれそうな瞳を見つめていると、全てを見透かされているような気になってしまう。親友にすら打ち明けたことがないその事情だが、それでも良いと思えた。

 だけれども、自ら全てを語る気にはなれなかった。やはり打ち明けられることではなかったし、今すぐに決着がつくことでもなかったからだ。

 

「これで話は終わり。そろそろ帰りましょ」

 

 プリエに促され、しばらくしてタバサは頷く。プリエの言う通り、もう()()のだ。森の闇の中から、光の当たる村の中へと。その道中で、プリエはタバサの手を優しく引いてくれた。タバサは嬉しくなりながらも、ふと気になったことを聞く。

 

「貴女が私と主人を見るとき、目つきが少し違っていた。あれは何?」

「……」

 

 物凄くバツの悪そうな顔をして黙り込んでしまうプリエ。先程までの聖女のような雰囲気が粉々に崩れ、イタズラがバレてしまって言い訳を考えている子供みたいだ。“やはり、彼女なら……”希望とおかしさを胸に、タバサはプリエに微笑んだ。

 


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