インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》 作:ひわたり
シャルロットの機嫌は悪かった。
母親との旅行が楽しくないわけではない。寧ろ、遠出は久し振りであり、気兼ねなく遊べることに心が躍る。
しかし、それでもシャルロットは不機嫌だった。
自分が楽しくなる度に心に引っかかる一つの棘。
何故、ここに彼がいないのか。
「シャルロット、美味しい?」
「とっても美味しいよ」
セリーヌとケーキを食べて素直な感想を述べる。ケーキの甘さに頬を綻ばせた。
「…………」
……そういえば、この前もシャルルとケーキを食べに行ったな。
そう思うと、また少しだけ複雑な気分になった。
シャルルが来れない理由はちゃんとシャルロットだって理解しているのだ。だが、子供心に納得出来るかと言われれば、それは否である。
「どうしたの?」
シャルロットの表情にセリーヌが首を傾げる。旅行に来てから、シャルロットが度々顔を曇らせていたのは知っていた。もちろん、どうしてかというのは勘付いている。
「……シャルルは私達を家族と思ってないのかな?」
「あら、どうしてそう思うの?」
旅行に来なかったから、というだけでそこまで考えないだろう。セリーヌは優しい顔のまま尋ねた。
「一緒に住んでるけど他人っていうか、余所余所しい感じがする」
少しだけ年数が経っているが、元は正真正銘赤の他人だ。シャルルからすれば、シャルロットが求める本当の家族のようなものには、気持ちも時間も足りないだろう。
彼が家族になった理由として、命を助けられた恩義が大きくある。
シャルルに無理を言ったシャルロットは当然それを知っているし、セリーヌもその経緯を知らずとも薄々と勘付いている部分はあった。
だけど、いつかそういうの抜きで家族になれると思っていたのだ。
「シャルルは一人で寂しくないのかな……」
記憶をなくして、頼れる人もおらず、一人だけ。
例え人情や義理であろうとも、家族として過ごしていればいつか本物になると信じていた。
しかし、実際は薄い壁のようなものが存在する。心のどこかで、そう感じる。
「どうして、シャルルは強いのかな」
頭が良く、一人でも平気そうなシャルル。
一人になることなど考えたことのないシャルロットにとって、それは驚くべきことである。
「一人で平気だからといって、強いとは限らないわよ」
セリーヌの言葉にシャルロットは目を丸くした。
「そうなの?」
一人でいられることは必ずしも強さとイコールではない。
シャルロットは産まれてから母親だけが頼りだった。故に、誰かの支えがないことは彼女の想像外であり、ある種の幻想を抱いている。
「ほら、シャルルって家事とか生活力が駄目駄目じゃない?」
「それは関係ないような……」
「関係あるわよ」
セリーヌがにこりと笑う。
「あの子には普通の弱さもある。確かに一人で生きていけるだろうし、一人でも平気でしょう」
だけどね、と続ける。
「それ以上のものは得られない」
「?」
いまいち理解できないシャルロットは首を傾げる。
「……うーんとね、兎に角、シャルロットはシャルルの側にいてあげなさい」
「多分、いつか逃げそうな気がする」
「なら、追いかけなさい」
母親の珍しく強引な発言にシャルロットは僅かに驚きを見せた。
「シャルルは一人で生きていけるけど、一人が好きな人じゃないわ。孤独でないことが、彼には必要よ」
一人であることには様々な理由がある。
しかし、シャルルのそれは何処か別にあるのをセリーヌは感じていた。親しくしている者からも、気付けば遠ざかっていくような、雲のように消えて行こうとしている。
一人になることそのものが目的。
「…………」
まるで、贖罪のように。
「分かった」
シャルロットはしっかりと頷いた。
彼女なりの直感だけで、シャルロットも本質は理解していない。しかし、それでも何かを感じた。
「私は彼を孤独にしない」
その決意に、セリーヌは静かに微笑んだ。
「はい、暗い話はおしまい。折角旅行に来たんだから、楽しみましょう?」
セリーヌが手を叩いて気持ちを切り替える。シャルロットは紅茶を一気に煽ると、むんと鼻息荒く宣言する。
「もう、目一杯楽しんでシャルルに自慢してやるもん。それで帰って、すっごく自慢する」
「そうしましょう。次はどうしても連れて行ってくれとお願いされるくらいにね」
「うん!」
▽
モンドグロッソの優勝者はアメリカの代表だった。
酷く意外だったのは、決勝戦を千冬さんが放棄したことでの不戦勝だったことだ。
怪我をした様子もなかったし、ISの調子でも悪くなったのだろうか。確認する術はないが、兎も角、モンドグロッソの準優勝という形で締め括られたのだった。
「怪我とかじゃなければ良いけどなぁ」
僕は昼御飯のカップラーメンを啜りながら独り言を呟いた。
日本文化の影響はあるものの、まさかこんな田舎にまでカップラーメンが普及してるとは思っていなかった。
便利だと思わず手に取り、数日間これで済ませている。カップラーメンとサンドイッチ生活だ。体に悪いのは重々承知である。しかし、楽だから仕方ない。
コンロぐらいの火元なら問題なかった為、お湯も沸かせる。そんな感じで、一人での暮らしを割と満喫していた。
「ただいまー」
おや、二人が帰ってきたようだ。
「おかえり」
僕はカップラーメンを食べながら二人を迎えた。
旅行でやや草臥れた様子だが、二人とも元気そうである。シャルロットは笑顔で入って来たのだが、僕を見た途端急に真顔になった。
何ですかシャルロットさん。
「シャルル……何食べてるの?」
「カップラーメンだけど」
「体に悪いよ!」
そんな怒ることじゃないだろうと言う前に、シャルロットがゴミ箱を指差す。そこには今まで食べたカップラーメンのゴミが溜まっており、僕は黙って目を逸らすしかなくなった。目敏い。
「あら、カップラーメンばっかり食べてたの?」
セリーヌさんの質問に、僕は目を逸らしたまま答えた。
「いや、それ以外にも食べてたよ?」
「どうせサンドイッチとかでしょう」
何で分かるんですかシャルロットさん。
洗面所へ行った所から大声が聞こえる。
「もー!洗濯物も溜まってるし!掃除もしてないでしょ!」
あんたは僕のお母さんですか。
セリーヌさんは何が嬉しいのか、ニコニコと笑いながら僕に振り返った。
「尻に敷かれてるわね」
「生活力ないのは自覚してる」
僕は独り暮らししてはいけないタイプだろう。
それなりに掃除もしたが、食事や睡眠よりも読書とかを優先してしまう。生活や自分を保つことよりも、別なことに没頭してしまうのだ。どんどん自堕落になっていくのは目に見えている。
「シャルルー!」
「はいはい」
カップラーメンを食べ終えた僕は、世話焼きのお姫様のお説教を聞くことにしたのだった。
長旅で疲れてるセリーヌさんはソファに座っていた。同じ旅疲れがある筈のシャルロットは、何故か僕と一緒に掃除を始めている。
「休んでればいいのに」
「終わったらね」
シャルロットは面倒見が良い。
何かと困っていたら手助けする質のようで、ちょくちょくそういった場面を目撃することがある。
それが僕の影響なのか、それとも元々の性格なのか。個人的には後者だと思っているが、しかしまあ、もう少し楽に生きれば良いのに。
「シャルルは私がついてないと駄目だね」
「いやあ、そんな情けない……」
「あはは」
そんな感じで、家庭は平和だった。
▽
月日が経ち、シャルロットが中学生になった。
子供の成長は感慨深いものがあるとしみじみ思う。
内心心配していた思春期だが、今の所、特に問題にならないようだ。ただ、流石に僕に下着などを洗われるのは嫌なようである。
僕が珍しく洗い物をしようとしたら、籠の中にセリーヌさんとは別のブラジャーが入っていた。オレンジ色の可愛らしい物だ。シャルロットもそんな物を着けるようになったかと思いつつ洗濯機に放り込んでいたら、それに気付いたシャルロットが顔を赤くして、叫んでタックルしてきた。
「何してんのシャルル!」
「洗濯だけれど」
「そんな珍しいことを!おかしな物でも食べた!?」
自覚はあるけど失敬な。ぷんぷん。
「じゃなくて、私の下着入ってたでしょ!」
「ちゃんとネットの中に入れたから傷まないよ。安心して」
「そこじゃないよ!」
知ってるけどワザと巫山戯たんだよ。やっぱり気にするのか。僕は別に気にしないんだが。
「シャルルは洗濯禁止!」
「はいはい」
僕の物と一緒に洗わないでと言われないだけマシかもしれない。
一連の流れを知ったセリーヌさんに笑われた。後で、恥ずかしいかもしれないけど手をあげたらダメよと諭されていた。
兎も角、僕は洗濯しなくても良いと言質が取れた。やったね。
「じゃあ、シャルルは掃除機をお願いね」
「……はい」
うん、人生そんなに甘くない。
そんなある日、シャルロットが僕に衝撃的なことを言ってきた。
「ねぇ、シャルル。友達が言ってたんだけど……」
僕は反射的に顔を上げた。それはもう、物凄い勢いで上げた。
「友達が出来たの!?」
「そこでそんなに驚かないでよ!」
いや、充分驚愕に値することだと思うよ。
成長したね、シャルロット。
「もう、真面目に聞いてよ!」
「僕は真面目だけど」
「それはそれで困るよ」
友達発言だけでショックを受けたが、どうやら本題はその先にあるらしい。
「まあ、その、友達が言ってたんだけど……。……何で泣いてるの?」
「喜んでるんだ」
「涙拭きなよ」
「ありがとう」
シャルロットがタオルで顔を拭いてくれた。その力が強かったのはご愛嬌である。
「で、この前、私とシャルルが出掛けてるのを見たらしくてね」
「うん」
「あの人は誰?って聞かれたの」
……うん?
それの何が困ることなんだ?
「家族ですって答えれば良いじゃないか」
「そう言ったんだけどね。その後にお兄さんかって聞かれて、答えられなかったんだ」
「あー……」
確かに、お兄さんでも良い気はするが、フランス人と日本人で人種が違う。
「居候で良いんじゃないかな」
「そこまで他人でもないじゃない」
「なら、親戚のお兄さんかな」
実際、何て言えば良いのか明確な答えは持っていない。
家族であるのは確かなのだろうが、他人から見たらそうとも言い難い関係なのも間違いはないだろう。
「シャルロットにとって、僕はお兄さんな感じかな?」
「世話のかかる人」
あれまあ。
「頼りになるとか、博識とか、そんなのないの?」
褒めてくれて良いんだよとアピールしてみる。シャルロットは呆れた顔つきで腰に手を当てて答えた。
「本当に記憶喪失なのか窺わしい程に頭が良いし、知識があるのも認めてるけど、生活がズボラなのも本当でしょ?」
それを言われてはどうしようもない。
どうしても何かやっていると自分を意識しなくなってしまうのだ。何事も自分を後回しにしてしまう。
「集中しちゃうと、どうもね」
「そんなんだから掃除も出来ないんでしょ?」
「……そうですね」
やっぱり私がいないとダメだねと、シャルロットは笑った。そんなに情けなく見えるのだろうか、僕は。
それに反して、シャルロットは中学に上がってから世話焼きスキルが上がった気がする。というか、僕がそれに甘えてる部分もあるのがいけないと思うのだが、このままでは尻に敷かれるのではないか。
「シャルロットは良いお嫁さんになるよ」
「色々と気が早いよ」
シャルロットは苦笑い気味に笑った。
「セリーヌさんに鍛えられたね」
「それだけじゃないよ。シャルルが居なかったらここまで上達してないし」
それは暗に僕が家事をやらないからと言っているのだろうな。まあ、普段から思い切り口に出しているけど。
だけど、きっとこの時は、シャルロットだけが気付いていなかった。
僕は当初から薄々感付いていて、そして、セリーヌさんは自覚していて。
シャルロットだけが、何も知らなかった。
どれだけ大人ぶっていても、彼女は子供だった。
シャルロットが中学二年になった頃。
セリーヌさんが持病で亡くなった。