インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》 作:ひわたり
モンドグロッソと呼ばれるISの大会がある。
第一回の優勝者は日本人らしい。
今度、第二回の大会が行われる予定で、ドイツが開催国だそうだ。ISという機動力と攻撃の派手さは戦闘機のそれや格闘技などに似ており、男女関係なく魅力的なのだとか。
「ふむ」
デュノア社長がISの会社を経営してるからかは分からないが、モンドグロッソのチケットが送られてきた。当然、向こうは僕の存在を知らないので二枚だけである。
大方、チケットが余ったとかそういう理由か、久し振りに愛人であるセリーヌさんに会いたくなったかのどちらかだろう。
僕がソファに座ってチケットをしげしげと眺めていると、シャルロットが目を合わせずに隣に座ってきた。
「私、行きたくない」
シャルロットは憮然とした顔で頬を膨らませた。
「そう言わず行って来なよ」
「だったら、シャルルも一緒に行こうよ」
「僕は行かないし、行けないよ」
チケットを買うのは当然お金がかかるし、ISの大会はまだ珍しいこともあって高額だ。移動にもお金はかかる。
そんな余裕はこの家にはない。
「シャルロットが父親を毛嫌いする理由も分かるけど、ご厚意を無碍にしてはいけないよ」
「これが厚意だと思ってる?」
「思ってないけどね」
それでも、と続ける。
「お母さんと遊びに行くなんて久し振りだろう?大会を観に行くのもあるけど、旅行だと思って楽しんで来なよ」
外国を見て、色んな物に触れるのは悪いことじゃない。
自身の見聞を広げ、知識を増やし、固定概念を壊すのは成長にも繋がる。
「…………」
シャルロットが少しだけ俯く。
サラリと、彼女の髪が流れ落ちた。
「……だったら、尚更、シャルルも一緒の方が良い」
家族一人だけを置いていく。
それはあまりにも酷だと思っているのだろう。家族ならば、一緒にいて当たり前ではないかと。
だからこそ、シャルロットは愛をくれない父親を嫌う。
「僕は仕方ないじゃないか」
本当はシャルロットだって理解してるのだ。ただ、感情で納得できていないだけ。その辺り、やはり子供なのだろう。
「じゃあ、家のことはお願いね」
「……いってきます」
「はい、いってらっしゃい」
結局、シャルロットが折れる形で了承したが、出掛ける時まで機嫌が悪かった。
「シャルル、今度お願い聞いてよ」
「分かってるよ」
何故だか、僕は行かない代わりに、一つだけお願いを聞くことを約束させられてしまったけれど。
「セリーヌさん、道中お気を付けて」
「ええ、ありがとう」
大会まではまだ日があるが、それまでの旅行を楽しむ為に早く出る。大会前からなら、どこもお祭りムードになっているに違いない。
大きな荷物を持った二人の背中を見送り、深く息を吐く。
久し振りに一人だなと思い返す。
見上げた空は快晴で、どこまでも広がっていた。
▽
翌日、外で庭の手入れをしていると、珍しい人達を見た。
「……外国人か」
ここがフランスだから、僕にとっては全員外国人なのだが、見たのは黒髪の少年と少女である。
つまり、欧州系ではなく、東南アジア系の人間が見えたのだ。
姉弟であろう二人は、道を辿って僕の側へ来ると
「こんにちは」
日本語で挨拶をしてきた。
「こんにちは」
僕に挨拶をしてきたことと、日本語であったこととで二重に驚きながら挨拶を返す。
「ああ、やはり日本人の方でしたか。すみません、珍しかったので、つい声を掛けてしまいました」
そう言って、姉の方が少し微笑む。僕とそう歳が変わらないであろう彼女は、とても美しい黒髪をしており、強さを表すようなハッキリとした目をしていた。
「…………」
何処かで見たような。
とても、懐かしいような。
そんな気がして。
「……失礼ですが、何処かであったことがありますか?」
「いえ、初対面ですよ」
そうだろう。
知り合いならば、久し振りと言うし、誰々ですかという確認をしたりするだろう。
「そうですか。失礼しました、てっきり、何処かでお会いしたかと思いまして」
「テレビに出たことはあるので、それかもしれませんね」
「テレビ?」
「ええ、私は織斑千冬と申します」
織斑千冬。
織斑。
どこかで、聞いたことがあるような。
「……ああ、確かに、聞いたことがあるかもしれません」
「千冬姉はモンドグロッソの優勝者だよ」
幼い少年が体を使って姉は凄いんだアピールをする。歳はシャルロットと同じぐらいに見えるが、彼女と比べたら大分精神的に幼い印象だ。いや、シャルロットが大人過ぎるだけか。
しかし、モンドグロッソの優勝者だとは。
「成程、それなら確かに、テレビか何かで見たかもしれませんね」
聞き流し程度で見たか聞いたかをしたのだろう。それなら納得である。
「なら、ドイツへ行かなくて良いのですか?もうすぐ開催でしょう?」
まだ日にちはあるとはいえ、すぐそこまで迫っている。こういうのは余裕を持って現地入りして練習とかするのではないのだろうか。
「私の場合、少し事情が特殊でして。家族は私と弟だけなんですよ」
その説明である程度察する。
弟は見ての通り幼いし、千冬さん自身もまだ若い。しかし、モンドグロッソの優勝者となればマスコミの注目を浴びるだろう。
「弟さんを離すわけにもいかないですしね」
「察しが良くて助かります。そういうわけで、大会の方々とは別ルートで移動してるんです」
自分が注目を浴びる分には良いが、無闇に弟を出したくはないのだ。注目を集めるというのは良いことばかりではない。下手をすれば虐めの原因にもなり得る。
「それでフランス迂回序でに観光ですか。しかし、この辺りは何もないでしょう」
「いいえ、こういう自然の風景は好きですよ」
千冬さんは綺麗に微笑んだ。
何故だかそれが、少し悲しそうに見えた。
「俺は織斑一夏です。お兄ちゃんの名前は何?」
唐突に弟である一夏くんの自己紹介。やや面を喰らいつつ返答する。
「僕の名前はシャルルだよ、宜しく」
「あれ?外国人?」
一夏くんが目を瞬かせる。確かに、この名前だとそう思われても仕方ない。
「日本人だけど、色々事情があってね」
「ふーん」
分かっているのか分かっていないのか、生返事である。
「兄ちゃん、怪我したの?」
一夏くんが僕の左目付近を指差して尋ねてくる。火傷を負った箇所だ。
それを千冬さんが諌めるが、僕は構わないと手を振った。
しゃがんで一夏くんと視線の高さを合わせる。
「少し前にね、ちょっと危ない目にあったんだ」
「痛かった?」
「どうだったかな」
そんな物はもう忘れてしまった。
「ただ、その時に助けてくれた人が居てね。感謝してる」
助けてくれて、家族にしてくれた。
その恩を返す為に此処にいる。
「一夏くんも、そうやって誰かを助けられる人になると良い」
「ヒーローみたいに?」
「そうだね、ヒーローみたいに」
「大丈夫!俺は千冬姉を目指してるから!」
彼女は女性だからヒロインなのだが、そこを突っ込むのは野暮だな。
「すみません、お恥ずかしい」
千冬さんが少しだけ顔を赤くして謝ってくる。僕は立ち上がって、からかうわけではなく、笑って答えた。
「恥ずかしくなんてないですよ、良い弟さんじゃないですか」
「私を目指されても困るんですけどね」
「それほど、一夏くんからすれば千冬さんは憧れだということですよ」
日本人という共通点があったからか、割と話が弾んだ。
会話の中から、向こうから一つの提案が来る。
「もし宜しければ、この町を案内して下さいませんか?」
一夏くんはフランス語ができない。日本語が広まって来てるとはいえ、まだまだ浸透していないのは確かだ。
その点、僕なら同じ日本人であるし、見知らぬ外国人よりもまだマシだということか。
「案内と言っても、何もないですよ?それこそ、畑とかばかりです」
謙遜でも何でもなく事実だ。
正直、どこを案内すれば良いのやらとパッと出てこない。
「構いませんよ。これから人混みに揉まれることを考えれば、寧ろ今の内にリフレッシュしておきたいですから」
「大変ですね」
「仕方ないことですから」
それから結局、僕は二人を軽くガイドした。
畑や喫茶店など、本当に何でもない所や、僕の行きつけなどを回っただけだった。
途中、敬語は疲れるだろうと、普通に話すことにする。千冬さんは割と男らしい口調だったが、それが不思議と合っていた。
一夏くんは始終いつも通りだった。好奇心は旺盛だったので、色々と興味を持って聞いてきたりもした。僕は知識を総動員して、それに全て答える。
「兄ちゃん、何でも知ってるんだな」
「本とか読んでるからね。色々と気になったら、自分で調べてみると良いよ」
ぶどう畑を案内すると、見つかった農家の人に手伝いを頼まれた。農家の人は千冬さんを知っており、サインを強請っていたが、千冬さんはやんわりと断っていた。
なかなかない体験だからと、一夏くんと千冬さんも手伝ってくれる。
千冬さんに鍛えられてると自慢していた一夏くんは、確かに小さな体ながらも凄い体力だった。驚く僕に千冬さんが誇らし気に笑っていた。
それを見ただけで本当に弟が大切なんだと感じる。
「兄ちゃん、体力ないな」
「じ……自覚してる……」
一方の僕は情けない限りで、皆に笑われた。
もう少し鍛えようと内心決意する。
少なくとも、シャルロットに馬鹿にされない程度には。
▽
この小さな町には宿すらない。
その為、別れの時間は早く訪れる。
「ありがとう、シャルル。楽しかったよ」
「いや、これくらい何でもないよ」
千冬のお礼に僕は笑顔で答える。僕にとっては日本人と話したのは大使館の男以来なので、久し振りに話せて楽しかった。
「良い所だな、ここは」
「お世辞は良いよ。何もなくて退屈な場所でしょ?」
「そんなことはないさ。ここだけにしかない、良い所が沢山ある」
そんなことはないとも思ったし、そうかもしれない、とも思った。僕が見つけてないだけで、色々とあるのかもしれない。
「ここでずっと暮らすのか?」
「さぁ、どうかな」
未来など分からないし考えていない。過去はない僕だが、未来なんて見据えておらず、今しか見ていない。
「幸せになれる場所があるなら、そこに行けば良いさ」
「哲学的だね」
「一度しかない人生だ。幸福になるに越したことはないだろう」
「そうだね」
その言葉は、恩を返す為に何となくここにいる僕に、僕の心に少しだけ刺さった。
そんなことは顔に出さず、笑顔で別れを告げる。
「大会、応援してるよ。気負わずに行ってきてね」
「頑張れとは言わないんだな」
「頑張ってる人に頑張れって言ってもマイナス効果しか生まないと思うんだ」
見知らぬ他人ならば頑張れと言うし、それ以外の言葉もなかなかないけれど。
「そうだな。その言葉、有り難く受け取っておくよ」
千冬さんは頷いて答えた。
大会という言葉で、一瞬だけ目の奥に闘志が見えた。選手というか、戦士というか、戦う人の目だなと思う。
「兄ちゃん、また会えるか?」
「そうだね、可能性はゼロじゃないよ」
僕が携帯でも持ってれば良かったのかもしれないが、生憎と持ち合わせておらず、連絡先を伝える術はない。実の所、家の電話番号さえ知らなかったりする。
「出来るなら、また会いたいな」
子供は素直だなと内心思いながら、屈んで視線を合わせる。右手を出して小指だけを立てた。
「じゃあ、指切りしよう」
「うん」
ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのます。
「指切った!」
「これで約束だ」
千冬さんがジッと此方を見ていたので、僕は少し戯けてみる。
「千冬さんもやる?」
「いやいや、私は良いよ」
「遠慮するなよ、千冬姉」
「遠慮じゃないんだが……」
お巫山戯のつもりだったが、一夏に背中を押される形で千冬さんとも指切りをすることになった。
二人で小指を絡ませて指を切る。
「指切った」
切ろうとして、千冬さんの指が離れない。
「…………」
「千冬さん?」
千冬さんは目線を指から僕の顔へと移して、口をニヤリと歪めた。
「嘘吐いたら針千本だからな?」
……本気っぽくて怖い。
「指切った」
千冬さんは楽しそうに、僕は苦笑いで約束をしたのだった。
僕は手を振って彼女らを見送る。
一夏くんは何度も振り返って手を振ってくれていた。
一先ず、モンドグロッソの間は大会をテレビで見なきゃなと、そんなことを考えながら手を振り返すのだった。
「あんな簡単な別れで良かったの?千冬姉」
「何故だ?」
「だって、あの人に会う為に、無理を言ってフランスに来たんでしょ?」
「お前は相変わらず変な所で鋭いな。だけど、良いんだよ」
「……そうなの?」
「あの人は、別人だったから」