インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》 作:ひわたり
数日後。
広がる青空に、雲が静かに流れている。
心地よい風の中、人知れず織斑永時の葬式が執り行われた。
あの場にいたメンバーに加え、十蔵とエリザ、そして柳韻がIS学園のアリーナへ訪れた。
箒は久し振りにあった父親に驚き、再会を喜んだ。柳韻が来たのを見計らい、箒に自分から真実を話そうと、束は長い話を語った。
「……そうか」
全てを聞いた箒はそれ以外に特に何も言わなかった。
代わりに、束を優しく抱き締めた。
妹の温もりに、束は静かにありがとうと呟いた。
クロエは棺桶を頑丈に固定していく。
ほぼ機械のような物々しい棺桶となってしまったが、コレなら完全に取れることはないだろう。
「作業、完了しました。後はお願い致します」
束が立ち上がる。
兎耳を外し、飾り気のない黒い服を着た束。
皆が見守る中、束はISを展開して、永時の遺体が入った棺桶を持ち上げる。
「それじゃあ、いってきます」
そして、束は飛んだ。
空を飛んで、大気圏を飛び越え、宇宙へと向かう。
周りに広がる暗闇と、それを照らす星々。無限のように広がる神秘的な空間。
束は地球に降り注ぐ光源へと辿り着いた。
太陽による火葬。
宇宙で行われる弔い。
「……またね、永時」
束は棺桶を手放した。
捧げるように、束の手から離れていく。
もし、あの世があるのなら。
来世があるのなら。
またいつか。
必ず会おう。
そして、また、一緒に。
永時が呑まれていくのをジッと最後まで見つめていた。
燃え尽きた棺桶は、溶けて消えて。
光の中へ帰っていった。
マドカは飛んで行った空を見上げながら聞いた。
「だけど、本当に体全てを焼いて良かったのか。墓に入れる遺骨すらないぞ」
マドカの言葉に、千冬が答えた。
「良いんだよ。散々体を弄られてきたんだ。もう、休ませてやるのが一番良い」
そうだなと、十蔵はタバコに火をつけて煙を吐いた。煙が登って風に運ばれていく。
「しかし、彼奴もなかなか酷な事をするな。太陽を見る度に永時の事を思い出すじゃないか」
「絶対に忘れない、という意味では、とても効果のある方法ですけどね」
「違いない」
エリザの言葉に、柳韻は笑って同意した。
十蔵はタバコを吸い終えた後、楯無へと顔を向ける。
「更織現当主、更織楯無さん。永時の事は終えた。だが、ここから先は私達の仕事だ」
「ええ、分かっています」
亡国機業は永時の知識を失い、機関の最高責任者を亡くしはしたが、世界的な立場はまだ存続している。
しかし、亡国機業の立場も、最高の武器を失ったのもまた確かである。裏世界で政界や様々な組織に関わっている亡国機業が衰弱し、このまま潰れてしまうのは宜しくない。
裏世界とはいえ、亡国機業もまた組織であり、そこには人と国と金が関わっているのだから。
情勢は篠ノ之束の力の方に傾いた。
亡国機業に関わっていた国や人、企業は多くある。当然、デュノア社もそこに含まれる。
ここから先、どう亡国機業を扱っていくか、亡国機業に関わった者達をどうしていくかは、十蔵達の手腕に掛かっているだろう。
「しかし、まだ若輩者の私だけでは手に余るのも事実ですので、父も含めてで宜しいでしょうか?」
「勿論だ。我々が決着を付けてしまったが、世界中の暗部の案件だからな。他の所にも協力要請せねばならないだろう。……寧ろ、貴方の父君は事の全てを把握していただろう?」
「その通りです。成り立ての私では手に余るから、と」
事前に伝えてくれていれば私も混乱せずに済んだのですがと、楯無は大きな溜息を吐いた。
「それも含めて勉強だろう」
「父にも同じ台詞を言われました」
「体が動けば現役だったろうにな。貴方もまだ、その重荷を背負う必要も無かったろうに」
「仕方のないことですから」
更織家を継ぐこと。
本名である刀奈を隠し、当主の名である楯無を継いだ。
それが家の仕来りだとしても、それを受け入れたのは楯無本人である。後悔はない。
妹の簪だけは、この世界に入らず、自分の道を歩んで欲しいと、そう願って。
「…………」
簪は姉の背中を見つめていた。
「どうかしましたの?」
セシリアの声に、簪は何でもないと首を振った。
長年の確執は簡単に取れる物ではない。シャルルに言われたからと、共に戦ったからと、すぐに話し掛けることも出来はしない。
「…………いつか」
そう、いつかは。
きっと素直に話せる時が来るだろう。
織斑一夏と会話する時も来るのだろう。
それは多分、そう遠くない日に。
「戻ってきたな」
ラウラは空を見ながら言って、鈴が同調する。
「……だけど、篠ノ之博士の強さでIS使われてたら不味かったわよね」
素手だったから、素手でも、本当にギリギリの戦いだった。
「というか、何でIS使わなかったのかしらね?」
「簡単な理由だろ」
シャルルから記憶を読んでいたラウラは、単純な理由だと答える。
「彼女にとって、ISは戦う為の道具ではないからだ」
空を飛ぶ。
ただそれだけの、夢の塊。
二人で作り上げた夢の結晶。
それがISなのだから。
「いっくん、ありがとう」
地面へ降り立った束は一夏に雪羅を返した。
専用機であっても使える辺り、流石はISの開発者だと感心する。
「お疲れ様、母さ……」
「無理にお母さんとは呼ばなくて良いよ。此処にいる人達以外に聴かれても厄介だしね」
だから今まで通りで良いよ。
そう言って笑う束は、一夏が見たことのない優しい顔をしていた。
これが本当の篠ノ之束で、織斑空なのだと理解した。
「戻ってきたんだな」
千冬の台詞に束が苦笑いする。
「酷いな、戻ってこないと思ったの?」
「真面目に、その可能性は考えていた」
千冬は真剣な顔のまま呟いた。
「そのまま、とーさんと共に死んでしまうかもと、考えていた」
「…………ちーちゃんは、本当にお見通しだね」
束は千冬の考えを否定しなかった。
「正直、どうしようかと考えたよ。共に消えてしまおうかと、一緒に死のうかなって」
でも、と続ける。
「私は生きてるんだよね」
生きている。
どうしようもなく。
迷いながら。
色々と背負ってしまって。
重荷が辛くても。
今を生きている。
永時が居ない世界で生きている。
「生きてみようと思うよ」
周りを見回した。
友人達がいて、ISを使う人達がいて、自分の子供がいる。
自分は此処にいる。
「今この世界で、生きてみる」
束は、空は、そう言って笑った。
「生きるのは当たり前だろ。君はどれだけ人に迷惑掛けたと思ってるんだ」
そこに十蔵がやってくる。
「ISのコア開発だって君にしか出来ないんだぞ。今後魂の式を使わないのなら、別のエネルギーが必要にもなる。これからやることは沢山あるんだぞ」
十蔵が近付いてきたと思いきや、ぶちぶちと文句を零した。
今まで空を管理していたことや、永時の事、更には今回の事件にIS学園等々。一番の影の苦労人は間違いなく十蔵だろう。愚痴を言うくらい許されても良い功績である。
「えー、仕事したくないな。普通の生活したいな」
ぶーぶーと口を尖らせる束に、千冬は目を細めて呆れた口調で言う。
「今までのツケだ、しっかり働いて返せ。この馬鹿者が。普通の生活なんてその後だ」
「容赦ないね、ちーちゃん」
辛辣な千冬に束は苦笑いする。
「私を馬鹿呼ばわりするのは、永時以外ではちーちゃんが初めてだよ」
ふん、と千冬は背を向けた。
「お望みなら幾らでも言ってやるよ。……かーさん」
千冬の言葉に、束は目を見開いた。
背を向けている彼女に、自分の娘に、小さく微笑んだ。
「うん……。ありがとう」
向こうから人影が近付いてくるのが見えた。
シャルロットと、車椅子に乗って運ばれているシャルルだ。
あの後、シャルルは目覚めて、自分がシャルルであることを自覚した。
自覚して、安堵して、そしてシャルロットに泣かれた。シャルロットを慰めるのに非常に時間を使ってしまい、どうなったのか聞くのに相当時間が掛かってしまった。
永時が死んだことを聞き、少しだけ悲しげに、そうかとだけ呟いた。
「お疲れ様」
シャルルの体は思ったように動かせなくなっていた。
しかし、魂が離れたことによる一時的なものだと束は見ている。相変わらずボロボロになるねと、シャルロットにも呆れられたのは記憶に新しい。
「まだ車椅子なんですね」
一夏が尋ねてきて、シャルルは頬を掻いて答えた。
「んー、手足も動くようになったし、歩くだけなら問題ないんだけど……」
「まだ駄目」
「……コレだからね」
シャルロットのストップ発言に、シャルルは苦笑いを深めた。彼女のお許しが出るまで動けないらしい。散々迷惑や心配をかけてしまった手前、シャルルは完全に尻に敷かれる立場となってしまった。
「鬼嫁じゃなくて良かったと思うよ」
クスクスと束が笑った。
結局、シャルロットはシャルルが心配なだけなのだから。シャルルもそれが分かっているから強くも言えない。
「……さて、折角だし、写真でも撮ろうか。束さんが中心で」
エリザがカメラを取り出してニコッと笑う。
「え」
目を丸くしている束に、皆がワラワラと集まってくる。事前に打ち合わせていたかのような素早い動きに、束はやや困惑した。
「一夏さんの隣がいいですわ!」
「抜け掛けは許さないわよ!」
「うむ、私も混ぜろ」
「私も隣が良いなー。お姉さんが隣でも良い?」
「え、いや、あの……」
「大きくなった箒と写真を撮る日が来るとは……」
「泣かないでよ父さん」
「私、師匠の隣で良いですかね」
「わざわざ僕の隣じゃなくても……。ああ、他にいないのか」
「そうだな。だから私も混ぜろ」
「後ろは譲らないよ」
一気に騒がしくなり、ファインダー越しでアワアワと束が慌てふためいていた。普段の束では見れない、なかなか珍しい光景である。
「写真くらい堂々としろよ」
隣に来た千冬に、束は焦りながら答えた。
「いやだって、こんなに人に囲まれたことないし」
「確かに、お前にとっては人生初の大所帯か」
クツクツと千冬は意地悪そうな顔で笑った。
「タイマーいきますね」
「ちゃんとエリザも入れよ」
「もちろんです」
タイマーが動き出す。
「合成写真じゃない、本物の写真だ」
だからさ。
「笑えよ」
千冬は笑った。
「お前はもう一人じゃないんだから」
シャッターが下りて、一枚の写真を映し出した。
刻まれる時を切り取った一瞬の画像。
そこには確かに、笑う人達がいた。
束は兎耳を装着し、手を広げる。
まるでマジックのように服がドレスへと切り替わった。
「その服、変えないのか」
「私は篠ノ之束だもの」
兎耳をつけて。フリフリのドレスを着て。誰にも愛想を振り向かない。気紛れで、尊大不遜な天災。
世界を駆け巡る道化師。
それが、篠ノ之束。
「さて、私は暫く傷心旅行へ出掛けるよ」
束の宣言に全員が顔を見合わせる。
「……どこに行くのかは知らないが、ちゃんと仕事しに帰って来いよ?」
「あはは、もちろん」
束の隣にクロエが立った。
「あれ、くーちゃん。別についてくる必要ないんだよ?」
「私は不要ですか?」
「別にそんなことないけどさ」
「ならば、ご一緒させて下さい」
貴方の側が私の居場所です。
そう答えるクロエに、束は少し肩を竦めた。
「いつの日か、君も私から離れる時が来るよ」
「ならば、その日までお側にいます」
「好きにしな」
「はい」
クロエはISを展開し、束を背負う。
「じゃあ、皆さん!アデュー!!」
束とクロエは飛び立った。
あっという間に飛び去った彼女達は、少しの時間で見えなくなる。
最後の最後まで騒がしい天災であった。
「行っちゃったね」
「そうだね」
シャルロットが呟き、シャルルが頷く。
自分を産んだ原因であり。
全ての引鉄で。
そして、愛を貫いた一人の少女。
彼女はこれからも生きて行く。
彼の分まで、その生を全うして。
「ねぇ、シャルロット」
「なに、シャルル」
人は生きている。
「君に伝えなきゃいけないことがあったね」
何れ死に行く運命だとしても。
「シャルロット。僕は、君のことを……」
今この時を生きている。