インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》 作:ひわたり
精神世界へ入り込んだラウラの脳に、シャルルの記憶が流れ込む。
一夏と同じ現象に頭を少しだけ痛ませながら、今起きている問題の謎が氷解した。
「……くそっ」
分かったからと言って、それが簡単に解決する問題でもないのも目に見えていた。
一度考えるのは止め、シャルルを助ける為に動き出す。
「シャルル!」
「ん……やあ、ラウラさん」
ラウラはシャルルの元まで降り立った。彼の後ろに立ち、歩み寄る。
「良かった、戻るぞ。このままだと、お前は消えてしまう」
ラウラは手を伸ばしたが、シャルルはそれを掴もうとせず、静かに前を見続けていた。
「シャルル?何をしている、早く……」
「ラウラさん、アレが見えるかい?」
もどがるラウラに、シャルルは自分が見ている方向を指差した。
「アレ……?」
ラウラの視界には不可思議な色が交わる世界のみ。それは正面も側面も、上も下も変わらない。どこを見ても同じ景色だ。
「アレとは……」
何だと、そう言おうとして。
ラウラの視界に、薄っすらと『ソレ』が見えた。
「アレは……」
それは、一人の男。
体が欠けた、一人の青年。
織斑永時。
「だが、アレは……」
しかしその姿は酷く不安定で、まるで陽炎のようにゆらめいている。
「消えかけている……というより、殆ど消えている」
やはり、もう永時の魂は既にないのかもしれない。
「……いや、確かに、全てには足りないかもしれない」
でも、と続く。
「…………まだ、欠片はある。それさえ、あれば」
生き返らす事は出来なくても。
「……シャルル!?」
シャルルの体も僅かに揺らいでいた。
魂が同期しようとしているのかもしれない。
「シャルル!今はここを離れよう!」
ラウラはシャルルの手を掴もうとしたが、それ以上体が動かない。何かに阻まれて、向こう側へ行く事ができない。
「…………ぐっ」
ここが魂の境界線なのか。
別物であるラウラでは手が届かない。
「ラウラ、頼む」
彼がラウラへと告げる。
「僕は彼女に伝えなければならないんだ」
「シャルル……!」
「『僕』はその為に産まれて来たのだから」
剣が激しく交わる。
生身の人間は銃弾に当たれば当然ただでは済まない。
束としても、今この状況でシャルルの体を死なすわけにはいかない為、銃弾や飛び道具は極力控えるようにISを操っていた。
「…………!」
一夏は避け続けながら、勝機は見えずにいた。
落としてもまた復活するのではエネルギーを削っても意味がない。だからと言って、このまま粘っていても自分のエネルギーが無くなっていくだけで、ジリ貧になるのは分かっている。
「やれることは……」
箒達のISを止める方法は一つ。
『篠ノ之束を倒すしかない』
『でも……』
静止世界の千冬の言葉に、一夏は躊躇いを覚える。
『殺せと言ってるわけではない。ただ、奴を止めなければ、全て終わるぞ』
『生身だからって油断しない事だね。生身でもISに勝てる相手だから』
色々簡単に言ってくれると、一夏は辟易する。しかしそれでも、束を止めるのが何よりも先決だろう。
今の所、千冬に脳を破壊する決定打はない。
現状で最も脅威である束を止めれば、まだ余裕が出来る。
『篠ノ之束を狙うんだ、いっくん』
篠ノ之束を倒すだけだ。
そしてそれは、戦い続けるシャルロットと簪も理解していて、クロエと戦い続ける楯無も承知している。
当然、本人である束も同じだ。
「……!」
マドカの剣とシャルロットの剣が火花を散らした。
「……分かっているよな、シャルロット」
「もちろん」
誰か一人でも束に向かえば、脳を奪われる可能性が出てくる。この局面で、束は自身を囮として使用しているのだ。
千冬との戦いは互角。
このまま時間が過ぎれば束の勝ち。
誰か一人でも抜ければ、どちらへ転ぶか分からない。
「私の機体は汎用機」
コレを千冬に渡せれば、それが勝利だ。
少なくとも、シャルルが死ぬ可能性はなくなる。
「あと一手、何かあれば……!」
簪はシャルルの周囲を回りながら鈴と激突を続ける。
離れ過ぎてはシャルルを奪われる、近過ぎてもシャルルを巻き込む。ISとは基本的に攻勢の機体であり、スポーツでも戦いやスピード勝負などが目立つ。何かを守りながら戦うという行動は、簪にとって未経験に等しいことであった。
「……難しい」
アニメやヒーローに憧れていた。
あんな存在になってみたかった。
しかし、誰かを守るということが、これ程難しい事とは思わなかった。自分が落ちてもやられるし、守る存在を巻き込むなど以ての外だ。
「…………」
楯無は、自分の姉は。
ずっとこれを、影ながらやってきたのだろうか。
「しっかりしてよ!あんたがやられたら終わりよ!」
鈴の声に反応する。剣戟を繰り返し、目の前の鈴に答えた。
「そもそも、貴方達がいるからややこしいことになってる」
「分かってるわよちくしょう!情けないったらありゃしないわ!」
自分に剣を突き刺して落ちたい気分よと吠える鈴に、よっぽど悔しいのだろうなと心の中で思った。
「落ちても良いよ?」
「出来るならしてるわよ!」
「それもそうね」
簪は鈴を弾き飛ばし、改めて剣を構える。
「安心して、私は負けないから」
ヒーローは必ず勝つのだから。
一方で、楯無は遠慮なく飛び道具を使用していた。
銃弾やレールガン、ミサイルも多用する。
永時の肉体が入っているカプセルに防御システムがあるとはいえ、直撃を喰らうのは不味い。
クロエは永時の肉体を守りながら逃げ続けた。
「遠慮ないですね……!」
「貴方達にとっては、その肉体は大事な物でしょう。でも、私にとっては他人の肉体な上に、それは単なる死体よ」
そして、それが道具として使われているのなら。
「どんな手段であれ、止めるのは当たり前だし、止めてあげるのが救いだと思うわ」
「貴方だって、更織家に仕える道具でしょう。本名を名乗れもしないくせに」
「ええ、だからこそ止めてあげるのよ」
同じ道具として、せめてもの情けを贈る為に、その体を破壊する。
「道具は道具で決着を付けしょう、クロエさん」
更識の道具は、束の道具に冷たく告げる。
「私は道具でも良い。そして、この永時様の肉体を道具呼ばわりは許さない」
「ならば、尚の事、哀れよ」
まるで自分を見ているようだから。
「ねぇ、ちーちゃん。どうして邪魔をするの?」
多くのISが飛び交う中、束が千冬に問い掛ける。轟音を背後に、彼女だけは優雅にそこに在り続けた。
「ちーちゃんはお父さんに生き返って欲しくないの?」
血を流す千冬に問い掛ける。
まだ立ち続ける千冬に問い掛ける。
「お父さんに会いたくないの?」
千冬は静かに束を睨み付けた。
「……会いたくないわけがない」
あの時失った温かさ。
優しかった笑顔。
不器用な自分を手伝ってくれた優しさ。
もう一度会えるのならば、それはどんなに素晴らしいことだろうか。
どんなに、嬉しいことか。
「それなら……」
「だけど!とーさんは死んだんだよ!!」
それはどんな事が起ころうと覆せない事実だ。
「魂とか、ISとか、そんな事私にとってはどうでも良いんだ!命は死んだらそれまでなんだよ!生き返るなんて事はないんだ!生き返らす事なんてしてはいけないんだ!!」
「生きられるのなら、それで良いじゃない」
「とーさんは死を選んだ!!」
千冬は束の胸倉を掴んだ。攻撃ではない、感情による行動。束はそれを素直に受け入れる。
「その選択を!死を!人間性だけでなく、尊厳すらお前は奪うのか!私のように、自分のエゴで剥奪する気か!!」
「…………」
「私は貴方を許さない!」
かーさんを、絶対に許さない。
今にも泣きそうな瞳は束を映していた。
束はその瞳を静かに見返していた。
「私は、永時に会いたい」
永時に会いたい。
永時に触れたい。
永時の声を聞きたい。
「会いたい」
不自由だった時。
永時と出会って、救われて。
一緒に研究して。
子供を育んで。
「嫌われても良い」
生き返らせて、嫌われても。
怒られても。
殺されても良い。
許されなくて良い。
自分の体も、プライドも、家族も、友も、自分自身も何もかも捨てた。
捨てて、捨て切って。
「私は」
永時の、永時を、永時と。
ただ、一緒に。
「…………かーさ」
「私を、止めるな」
束が拳を振り上げて
二人の間を銃弾が横切った。
二人の視線が銃弾が向かってきた方を見る。
銃を構えたラウラがそこに居た。
「…………ッ」
それが隙。
意識がラウラへと集中した。
それに最も早く気付いたのは、鈍い時間の中を動いていた一夏。
束の意識がそれた事で箒達のISが鈍くなる。
一夏は一瞬の隙を突いて瞬時加速を使用した。
「……っ!」
束は最も距離の近いマドカを呼び寄せる。同時に、シャルロットも並走した。
一夏の視界で、手が伸びる。
『……ああ、成程』
空がそっと束の頬に触れた。
『流石、一枚上手だわ』
空が向けられていた目は、ラウラを通り過ぎ、シャルルと脳を見ていた。
『良いよ、その策に乗ってあげる』
空と千冬は一夏へと振り返った。
『いっくん』
『後はお前らの選択だ』
彼女達が笑う。
『さようなら』
ラウラの薬莢が落ちて行く。
「悪いな」
地面へ落ちた瞬間、一夏達を光が包んだ。
「後は家族で決めてくれ」
シャルルと彼がいる精神世界へと引き込まれた。