インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》 作:ひわたり
一夏は、雪羅は再び飛んだ。
飛んだ事に驚いたのは一夏だけではない。誰よりも、束が驚いていた。
「……エネルギーが無い状態から復活した?」
またシャルルの仕業かと訝しんだだが、そこまで出来る技術を持っていたのかは流石に怪しい。
何より、そこまで弄られるのなら、束の数式を完全に排除することも可能だった筈。彼が行ったのは妨害のみで、それを考えれば、そこまでの域には達していなかったと想定できる。
「なら、何で……?」
何故、再び翼を取り戻したのだろうか。
『貴方には分からないだろうね、篠ノ之束』
一夏の視界は、非常にゆっくり動いていた。数秒の時間さえも更に細かく刻んだ時間を見ている。
全てが遅く動き、自分の体も同じように遅い。
その中を、一人の少女が自由に闊歩する。
空中も地面も関係なく、自在に動き回る彼女。この静止に近い世界の中で、唯一彼女だけが普通に活動していた。
『何だ、これは……』
一夏は呟いたが、呟きというよりは、頭の中で声を発するような感覚だった。
『精神世界と精神世界のリンク。そして現実世界との混同。ま、なかなか起きない現象だよ。というか、あり得ない現象』
学園のテストには出ないから安心してね。
そう言って、彼女は笑う。
織斑空が笑う。
『君は……貴方は……織斑空なのか……?』
『私を何て呼ぶかは自由だよ』
織斑空で、母親で、篠ノ之束。
空はふわりと一夏の雪羅に触れる。
『此処に居る私は、魂の欠片で、魂の残滓で、魂の記憶で、想いであり、願いでもある』
全く科学的じゃないけどねと、クスクスと空は笑った。
『貴方が空さんなら、束さんというのなら、彼女を止めてくれないか』
『それは無理だよ』
一夏の願いを、空はアッサリ否定した。
『だって、私は進めば、進んでしまった結果、束になる存在だったモノだもの』
空が束であり、束が空であるからこそ、止めることは出来ない。
『いっくんが、誰も殺さない決意をしたのと同じだよ。もう束は立ち止まれないし、立ち止まる気もない。変えられないんだ』
シャルルが目覚めたあの時。
あの時ならば、まだ救えたのだろうか。
道を変えることは出来たのだろうか。
『いっくん、私はね。体が不自由だった。周りの人間が普通に出来る事が私には不可能だった。周りから逃げて、知識の世界へ逃げ込んで、その周りを囲まれて』
動けなくて、苦しくて、叫ぶ事もできなくて。
空は天を仰いだ。
どうして自分が此処まで苦しまなくてはならないのかと呪った。そこにいる誰かを呪った。
世界にはもっと不幸な人がいるなど、そんなことは何の足しにもならない。
幸福が人によって違うように、不幸もまたひとによって異なるのだから。
『私は翼を得た。体を得た。夢の全てを叶えて、そして、最も愛しい人を失った』
誰よりも、何よりも大切だったモノを失ってしまった。
あの時に、織斑空もまた、死んでしまったのだ。
『誰かを救えば誰かを失う。いっくん、今の君に……いや、皆に与えられてる選択は、かつて篠ノ之束が行ったものと同じ』
瀕死の織斑永時を助けに行くか。
目の前で死に掛けている千冬を救うか。
『全てを救える志は否定しない』
だから、私はここにいる。
『力を貸してくれあげるよ、いっくん』
フッと、一夏の肩に、別の女性の手が乗った。
『動け一夏。ゆっくりでも、現実世界は動いている。攻撃を避けろ』
『千冬姉……!?』
『そうであって、そうでない者さ。早く動け。お前の動きも制限されている』
向かってくる箒とセシリアの攻撃を回避運動する。全てが遅い世界の中で、一夏は無理やり体を動かして彼女達を避けた。
『雪羅のエネルギーは我々で補う』
『でも、それは……』
ISのエネルギーは魂のエネルギー。彼女達を使うということは、それは、魂の残滓である彼女達が消えることを意味している。
『良いんだよ。私達はそういう存在だもの。元々、こうやって存在していることがおかしい存在だから』
『だから、行け。お前の選択へ』
そして、織斑一夏は再び飛翔する。
「そんな馬鹿な……」
一夏が再び動き出したことに、クロエは驚いていた。
ISについて束の右に出る者はいない。いくら誰であろうとも、空のエネルギーの増幅は束にしか出来ない芸当だ。
しかし、織斑一夏はそれをやった。
誰の手も借りずに、一人で。
シャルルが事前に仕組んでいたとも思えない。いくら知識があろうとも、紅椿の能力はISが出来てから暫くして開発された能力だ。最新技術のそれをシャルルが真似するのは不可能だろう。彼は所詮、知識を持っているだけで、それを発展させることは出来ないのだから。
「…………」
しかし、実際に一夏はそれをやった。
オマケに、復活してから動きがヤケに洗練されている。無駄が一切ない動きで二機の攻撃を回避し続けた。
「……これは」
攻撃に混ざった方が良いかと考えた時
「!」
背後に気配を感じ、反射的に剣を振るった。伸びてきていた銃弾が剣に弾かれ、激しい音が響く。
「鋭いね」
視線の向こう、銃を構えたISがいた。
「……更織楯無」
暗部の更織、学園生徒会長の楯無がそこに立つ。
「私を知ってくれていて光栄ね」
彼女のISもまた、一夏やマドカと同じ様に束の制御から逃れている。シャルルの仕業である事に疑いはない。
「調整に時間が掛かってデートに遅れちゃったけど、お相手願えるかしら?」
「面倒は嫌いです」
「あらそう、ツレないわね」
楯無は狙いを変え、永時の肉体に向けて容赦なく引鉄を引いた。クロエはそれを防ぐ。
「余計な事を。今、この肉体を壊し精神世界を崩壊させれば、魂を引き抜かれているシャルルも無事では済みませんよ」
「なら、しっかり守りなさい。それが貴方の仕事でしょ?」
楯無とクロエがぶつかり合った。
束は忌々しそうに舌打ちをした。
「次から次へと……」
一夏が謎の復活をし、クロエが楯無に封じられた。
余計な要素が急に出てくる。
「サッサと終わらせる」
自ら脳を奪い取ろうと動こうとした。
しようとしたが、足が動かない。
「?」
何かと見れば、千冬の手がガッチリと束の足首を掴んでいた。
「……行かすか、馬鹿者が」
血を吐きながら、千冬は力任せに束を投げた。体の痛みは全て無視し、全力で投げ飛ばす。束の体は宙を飛び、アリーナの壁に衝突した。
「……固いね」
流石ちーちゃんと呟き、そのまま鈴を操作する。
「……ヤバイ!シャルロット、逃げて!」
体を操られることを分かった鈴が叫ぶ。ISの攻撃を生身の体が耐えられるわけがない。攻撃を食らえば、シャルロットの身がどうなるか、想像は容易い。
「…………!」
それを承知で、シャルロットは手を広げて前に出た。
脳を、ラウラを、シャルルを守る為に、自身の体を差し出した。
自分の体のことなど考えずに。
反射的に。
守る覚悟を示して見せた。
「させるか!!」
直後、マドカがロケットの様に真っ直ぐ鈴へ突っ込んだ。抱き締めるように体へタックルし、シャルロットとシャルルから距離を離す。
「っ!?」
鈴のISの爪がマドカの防御エネルギーを突き抜け、ISへと直接刺さった。
「……ぐっ!?」
「なに、これ……!」
鈴のISからマドカのISへ、何かが流れ込んでくる。それはデータの流れであり、ISを構築するモノ。
鈴のISからのハッキング。
束の魂の式が、シャルルの防御システムを飲み込んで行く。
「……しまった…………!」
自覚した時には既に遅い。
もう、マドカのISは彼女の意志では動かない。
「……シャルロット!」
逃げろと叫ぶ。
一夏は箒とセシリアの相手で手一杯。千冬も束と相対している。
そして、鈴とマドカのISは束の手に落ちた。
もう、彼女を、シャルル達を守る者はいない。
それでも、シャルロットは前に立つ。
「私は逃げない」
ここで逃げてしまえば、それこそ全てが終わってしまう。きっとそれは、最悪の結末だから。
「誰が相手でも、私は守る」
自分に力がなくても。
どんなに情けなくても。
諦めることだけは絶対にしない。
「私は最後まで戦う!」
マドカと鈴がシャルロットへ飛翔する。
そして、彼女達の手が伸びて
「ヒーローは遅れてやってくる」
その勢いのまま、受け流された。
スピードに乗った二人はそのまま壁へと衝突する。
シャルロットの前に、一つのISが立っていた。
「……と言っても、かなり遅れちゃったかな」
ISを纏った簪が、そこにいた。
「貴方は……」
「初めまして、シャルル師匠の弟子の更織簪です」
ペコリと眼鏡の少女は、唖然としているシャルロットに頭を下げた。
「本当は師匠に完成品を見てもらうつもりだったんですけどね」
そう言って、簪はシャルロットにある物を手渡した。
「これは……」
「ピンチな状況だったら、コレをシャルロットさんに手渡すよう頼まれていました。状況はさっぱり分かりませんが、手伝いますよ」
シャルロットの手の中にあったのは、待機状態のISだった。
「これ、シャルルが?」
「前に、IS学園を襲ってきたISがありましたよね。厳重に保管されてる筈のコアを拝借したらしいですよ。外部構造は前にシャルロットさんが使ってたISと同じにしてあるそうです」
それを聞いて、シャルロットは少し呆れて、そして感心してしまう。
シャルルは自分が行動不能になることを読んでたのか、それとも単純に役立たずになると思ったのかは定かではないが、どれだけ準備が良いのだろうか。
家族会議とか言っておきながら、ほぼ戦いが前提の行動ではないか。
「それで、私はどうすれば良いですか?」
「単純だよ」
シャルロットはISを装着する。
新たな力を、新しい翼を、彼女は手にした。
大切な人達を守る力を手に入れた。
「シャルル達を守る」
「成程、単純明快ですね」
マドカと鈴が動き出すのを見て、二人は構えた。
想いと刃が交わった。
「……ル。シャルル!」
ラウラが叫ぶ。
色彩も不明瞭で、天井も床も分からない場所。不鮮明な世界の中を漂いながら、ラウラは叫び続けた。
「シャルル!居たら返事しろ!」
そして、ラウラは『彼等』を見た。