インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》 作:ひわたり
「俺には出来ない」
一夏は答えた。
「この人を……父さんを殺すことも、シャルルさんを死なすことも、俺には出来ない!」
どんなに甘くとも、それが一夏の偽りのない答え。
「…………」
束が手を引いた。
「仕方ないね」
溜息を吐いた。
冷たい空気が世界を支配する。
「入り込んできた君達が悪いんだよ?」
束が指を鳴らす。
瞬間、ISを纏った箒の腕が勝手に動いた。
「な、何だこれは……!」
必死で抵抗しても逆らい切れない。
「逃げてくれ!一夏!」
銃口が開き、一夏へ向かって引鉄が引かれた。
ラウラがISを解いたのに理由はない。
強いて挙げれば、VTシステムのような嫌な予感が過ったという、過去の経験と軍人の勘のようなものだ。
兎も角、ISを捨てたラウラは束の手から逃れる事に成功する。地面を滑るように走り、全力で一夏の足を払った。
「うおっ!?」
ISと言えど、不意打ちでバランスを崩されれば流石に体勢を崩す。
的が無くなった銃弾はアリーナの壁にぶつかった。
「ほ、箒!?ラウラ!?」
「離れろ一夏!」
ラウラはそのまま脳を蹴り上げる。
「!」
脳が向かってきた為、シャルロットがそれを反射的にキャッチする。
「それを持っていろ、シャルロット。何か分からんがそれが原因だろう」
だからと言って、ISを失ったラウラに何か出来ることもない。シャルロットの横まで下がり、状況を見つめる。
「くそっ、何で、体が……!」
箒は必死に抵抗するが、ISがまるで言うことを聞かない。
「何よ、勝手に動くんだけど……!」
「私もですわ……!」
鈴とセシリアもまた、箒と同じようにISに逆に支配されていた。
この原因は一つしかない。
「姉さん……!貴方の仕業か……!?」
束は笑みを消したまま一夏とマドカ、そして脳を視界に入れていた。箒の話を聞いてる様子もなく、一夏達に語り掛ける。
「467個。私が作ったISのコアの数で、同じ分だけ私の魂の式を組み込んだ」
故に、全てのISは束とリンクしている。その為、束の思い通りに動かせるのだ。千冬もそれを警戒して、この場でISを装着して来なかった。
「ねぇ」
全てのISを動かせる筈なのに。
「何で君達は平気なのかな」
一夏とマドカはISを纏ったまま、束に対して構えていた。
数日前。
「束さんはISを自在に操れる」
シャルルはキーボードを打つ手を動かしながら一夏と、横になっているマドカに語り掛けた。
「どの範囲まで操れるか、どの数まで操れるかは知らないけれど。兎も角、世界中の最高戦力は束さんの手の中にある」
カチカチと無機質な音が止まった。
「よし、命令形式を変更出来た。コレで君は自由の身だ」
キーボードを一つ打ち終えて、マドカの体から様々なコードを引き抜いた。
「マスター対象が亡国機業から僕になったけど、気にしないでくれ。僕は特段、何かする気もないから」
「気にしないというのが命令か?」
「揶揄わないでくれよ」
「冗談だよ、ありがとう」
マドカの体内にあるナノマシンの作業を終えたシャルルに一夏は尋ねた。
「それで、ISが使えなくなるということは……ヤバイですよね?」
圧倒的な力の前では無力だ。
「そう。だから、使えるようにするしかないね」
アッサリと言うシャルルに、一夏とマドカは顔を見合わせた。
「どうするつもりだ?」
「束さんがISを操作しているのは、恐らくは彼女の魂の式を使ってるからだろう。ならば、外部からの操作を行えないよう式を弄るだけだ」
「まさか、織斑永時の脳を使うと?しかし、それでは時間が……」
「彼の脳は使わないよ」
シャルルは自らの頭を人差し指でトントンと叩いた。
「コアを弄れる知識なら、此処にある」
一夏は驚き、マドカは眉を寄せた。
「シャルルさん、思い出したんですか?」
「いや、昔から本を読む事は好きだったし、知識は可能な限り集めていた」
知識集めは途中で危険だと止めようとしたが、デュノア者で捕まった時に脱出手段を得る為に知識を集め過ぎた。IS学園へ来て、簪のISの式を見て、知識を引き起こされた。
そして、束の話を聞き、魂の理論の存在を知る。
「それだけで、充分だった」
頭の中にあった底に眠っていた数式。
魂の記憶が引き出した情報。
魂の理論。
シャルルはそれを得た。
「恐らくは式としては不完全だろうけれど、ISのコアを少し弄れるくらいは出来る。妨害くらい可能だろう」
もちろん、それによりISに影響が出てくる可能性がある。
「だから、やるかやらないかは君達の判断に任せるよ」
そして、マドカのISと一夏のISは束の手から逃れることができた。
「シャルルのお陰でな」
マドカは剣を静かに構えた。
「……またシャルルくんか。此処まで迷惑な存在とは正直思わなかったよ」
ただの永時の魂を持つ人間だと思っていたのに。脳の奪取に加え、ISのコアまで弄ってくるとは予想外だ。
「あの時に連れ去っておくべきだったかな」
真実を伝えた夜の日。
あの時に攫ってしまえば、ここまで面倒になることもなかったのだろう。
まあいいかと、シャルロットに抱かれている彼を一瞥した。
「どうせもう、シャルルくんも長く保たない」
「……どういう意味?」
その言葉に反応したのはシャルロットだ。
「今、精神世界に彼の魂を閉じ込めている。シャルルくんの魂だけじゃなくて、脳からも魂を引っ張って精神世界にやってるんだ。混ざってもおかしくないでしょ?」
「……!」
それで永時が蘇るとは思わない。だが、シャルルがシャルルでなくなる可能性は出てくる。
「彼が死ねば、多少諦めもつくでしょう」
束が言い終わらない内にマドカが飛び出した。束とマドカの間に鈴が入り、その攻撃を受け止める。
「邪魔だ!」
「仕方ないじゃない!」
怒るマドカに、意に反して体が動く鈴が反論する。
「半端な覚悟で来るからそうなるんだ!」
鈴のISを退かそうとすると、飛び去って攻撃を避けられる。その向こう、拳を構えた束がいた。
ISを倒す程のエネルギーが込められた拳が放たれる。
「ッ!」
束の拳を、千冬が止めた。
衝撃波と空気を弾く音が鳴り響く。
「マドカ!お前はシャルロットとシャルルを守れ!」
「……了解」
束に勝てる自信もない上に、束に捕まり、変にナノマシンを弄られればそれこそ操り人形となる。
千冬の命令にマドカは素直に従った。
「一夏!!」
千冬は一夏に叫ぶ。
その意味は言うまでもない。
脳を殺せと、叫んでいる。
「嫌だ!!」
箒とセシリアの攻撃を避けながら、一夏も叫ぶ。
「俺が物心付いた時には千冬姉がいた!箒がいて、鈴がいて、周りに沢山の人がいた!でも、父親も母親もいなかった!」
自分は恵まれていたのだろうと、一夏は思う。
束や千冬のように、罪も悲しみも背負うことがなかった。友人関係にも恵まれて、千冬という家族がいて、金に苦心することもなかった。
両親が居なくても、それでも、一夏は幸せだった。
「俺は両親が居なくても良かった!周りに助けられてきたから、救われたから、それで良かった!」
だからこそ。
「でもそれが、誰かを殺して良い理由にはならないだろ!父さんもシャルルさんも、死んでいい人なんかじゃないんだ!」
それが一夏の思い。
「甘いと言われようが何だろうが、それが俺の決断だ!誰も殺さない!殺させない!!」
悩んで悩んで、それでもこの想いは捨てられないから。
どれだけ情けなくても、どれだけ甘くても、織斑一夏として彼は決断した。
「……分かったよ、いっくん」
束が小さく呟いて。
一夏は想いが届いたかと思って。
「君も敵だ」
誰よりも強い願いを持つ束は、その幻想を砕いた。
「一夏!」
箒の悲痛な声と共に、操られた彼女は一夏を貫いた。
「…………っ!」
エネルギーが削られる中、一夏は雪片弐型のワンオフアビリティを解放させる。
「箒、悪い。我慢してくれ」
「……ああ、私のことは気にするな」
一夏の剣が箒を貫く。
急激にエネルギーを消された箒は、絶対防御だけを残して地上へと落ちて行った。
「一夏さん!」
「セシリア!」
一夏は瞬間加速を使用し、一気に距離を詰める。
「すまない、セシリア」
「構ません。一思いに」
一夏の謝罪に、セシリアが微笑んだ。
一夏の剣で斬られたセシリアのエネルギーも無くなり、地面へと落ちた。
友人二人を落とした事に気が落ち込むが、そんな暇はない。
「……ぐっ」
剣の能力は自身のエネルギーを大きく削る。二回だけの攻撃だが、限界は既に見えていた。
「……私もやられるなら一夏が良かったな」
「アイツの手を煩わせなかっただけ良しと思え」
マドカにエネルギーを削り切られた鈴は残念そうに笑い、それに対してマドカが呆れて答えた。
「そうね、そうするわ」
ドサリと鈴の体が横たわった。
「ISは解けるか?」
「……無理ね。体も動けないまま」
「そうか、ならばそのまま寝ていろ」
「冷たいわね」
「後で一夏の奴に介抱でもしてもらえ」
「それは良い案だわ」
マドカの提案に鈴は力なく笑うのだった。
シャルルを抱いているシャルロットに近付いたラウラ。そっと、シャルルの額に手をやる。
「どうだ?」
「話し掛けても反応はない。このままだと……」
シャルルが死んでしまう。
震えるシャルロットに、ラウラは手を握って優しく包んだ。
「大丈夫だ。私が何とかする」
どうするつもりだと聞き返す前に、ラウラは眼帯を外した。金色の瞳が姿を現わす。
「前に私は一夏と精神世界へ入り込んだ。あの時、そこには織斑先生と、そしてもう一人がそこにいた」
シャルルが、あの空間にいた。
つまり、シャルルとの精神世界でもラウラは繋がることが出来るのを意味している。それはラウラが永時の知識から作られた為なのか。真偽は誰も知る由のないことだが。
「私なら彼の精神世界に行ける」
今この場所で精神世界が展開されているのなら。ISを身に付けてないシャルルでも引き込まれたというのなら。
生身の状態でも可能な筈だ。
「少しの繋がりさえあれば、精神世界へ入り込める」
そして、シャルルを助け出す。
「そんなことしたら、ラウラも危険だ!」
友人まで巻き込まれてしまうと止めようとするシャルロット。そんな彼女に、ラウラは優しく微笑んだ。
「私は産まれてから兵士として育てられてきた。人生に意味はなく、不満と悪意だけが私の世界だったんだ」
そして、千冬と出会い、光をくれた。
IS学園へ来て全てが変わった。
自分の人生に初めて意味を持った。
「その恩を少しでも変えさせてくれ」
ラウラの優しい微笑みに、シャルロットは顔を俯かせた。
「……私は」
俯いた顔の先に、シャルルがいる。
「私は、何も出来ていない……」
また、私は無力だと、シャルロットは悲しみに暮れた。
「そんなことはない」
シャルルはシャルルで、永時ではない。
シャルルという、一人の人間だ。
「シャルルがシャルルであれるのは。シャルロット、お前の力だ」
だから、それを誇りに思え。
シャルルを愛し、シャルルに愛された自分に胸を張れ。
確かにシャルロットは力となっているのだから。
「行くぞ」
ラウラは指を噛み、血を出した。ラウラの唾液には治療のナノマシンが含まれている。シャルルのまだ残っている傷口に、己の血とシャルルの血、それをナノマシンで繋げた。
シャルルの体とラウラの体が繋がる。
「…………っ」
ドクンと心臓が波打ち、ラウラの体も倒れる。
精神世界へ行ったラウラは、シャルルを助ける為に動き出した。
「…………押されてるようだな、束」
ギリギリと力の応酬を続けながら、千冬は笑って見せる。
「そう見える?」
束はそれに対し、平然と答えた。
「もうちーちゃんは、ほーきちゃんの紅椿の能力を忘れたの?」
箒専用IS。
その特殊能力は少ないエネルギーの増幅、及び他機ISへのエネルギー譲渡。
「いっくんが無駄なエネルギーを使ってくれて助かったよ」
「……!一夏!」
気を付けろと叫ぼうとした時には、地に落ちた筈の箒とセシリアが再び空を舞い上がり、一夏のISを貫いていた。
「かはっ……!」
一夏のエネルギーがその攻撃により、底を尽きた。
「一夏!?……がっ!」
同時に、油断してしまっていたマドカを鈴のISが吹き飛ばす。
「私の勝ちだよ、ちーちゃん」
一夏に意識が向いた、一瞬の隙。
ほんの僅かな一瞬。
致命的な隙。
束の一撃が千冬に放たれた。