インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》 作:ひわたり
数日前。
シャルロットがフランスへ飛び立った翌日。
IS学園。
現在、IS学園には人の気配はない。
千冬も昨日フランスへ飛び立った。そんな中、シャルルはベッドに横になりながら一人無為な時間を過ごしていた。
「…………ん?」
ドアのノックの音が聞こえた気がして身を起こす。再び聞こえた音に、間違いではなかったと、扉へ近付いた。
「……どなたですか?」
ドアを開けた途端、銃口が顎に突きつけられた。
「まるで警戒してないな」
そこに居たのは黒髪の少女。千冬に似ている少女に、シャルルはその状態のまま肩を竦めた。
「警戒しても無駄だからね」
自分の弱さは自分が一番よく分かっている。一般人相手でも負ける自信があった。
それで、と続ける。
「君は誰だい?」
「織斑マドカ」
織斑の性に、シャルルは眉を上げた。
「……てっきり二人姉弟だと思っていたけど、三人だったんだ」
「いや、二人で合っているよ。私はクローンだからな」
マドカは銃をしまい、シャルルの顔を見た。
「話がしたい。シャルル……いや、織斑永時」
「…………」
シャルルは少しだけ目を細めて、マドカを部屋の中へ案内した。彼女を椅子に座らせ、インスタントコーヒーを作って出してやる。
「…………」
手を出そうとしないマドカに首を傾げた。
「どうしたんだい?毒なんか入ってないよ?」
「…………」
マドカは憮然とした顔のまま口をモゴモゴと動かして答えた。
「……砂糖とミルク」
「ああ、これは失礼」
ご希望通りに砂糖とミルクを出してやると、マドカはそれを大量に入れた。甘過ぎやしないかと思う所で手を止めて、一口飲んで満足そうに頷いている。丁度良かったらしい。
「ま、それで。クローンだと言ったね。千冬さんのクローンで良いのかな?」
「ああ。織斑千冬のクローンであり、亡国機業で作られたのが私だ」
ふむ、とシャルルは軽く頭を回転させる。
「亡国機業は束さんがIS学園という戦力を作ったことを警戒していた。となると、亡国機業側も戦力を欲することになる。モンドグロッソの優勝者である織斑千冬は普通の戦闘としても優秀だった。故に、そのコピーを作ることを試みた。……そんな所かな?」
「察しが良いな。付け加えるなら、織斑千冬の動きを模倣したVTシステム。アレの向上とクローンとで、どちらが良いかという話になったらしい」
「クローンは君一人?」
マドカは肯定する。それだけで答えは出ていた。
「亡国機業はクローンは作れても、洗脳は無理だったということか。単純に人間を作り育てる手間とコストが合わなかった、と」
「どちらも不完全なのに変わらないからな。量産向けではVTシステムの方が良かったということだ。私は要らない娘だよ」
ズズッとマドカはコーヒーに口を付けた。
「でも、マドカさんは亡国機業側の人間、ということだよね。僕に何か用かな?」
そもそも、何故シャルルが永時の魂を持っているのを知っているのか。
「先に言っておくが、お前が織斑永時だったと知っているのは私だけ。ここへ来たのも亡国機業には秘密だ」
少しだけ自分語りをしようかと、マドカはコーヒーカップを置いた。
「私は産まれてから戦士として育てられた。クローンであることは自覚していたし、命令は素直に従っていた。だが、道具として扱う彼等に恩義や感謝などは微塵もない」
シャルルが戸棚からクッキーを持ってくる。
マドカはそれを摘んでポリポリと齧った。リスみたいだなと変な感想を持つシャルルである。
「私の目的は織斑兄弟を倒すことだった。一夏を潰し、千冬を殺す。まあ、下らない私怨であるのは自覚しているから、そこに関しては突っ込まないでくれ」
織斑千冬さえ居なければ自分は産まれなかった。自分は一人なのに、一夏と千冬には互いがいて支え合っていた。
何故、自分だけ違うのか。
何故、自分だけ不幸な目に遭わなければならないのな。
この姉弟を壊したい。
壊せば、何か変わるのかもしれない。
そんな理不尽な理由。
「だった……ということは、今は違うと?」
「今は、正直分からなくなったんだ。私はその恨みだけで動いてきたからな」
私怨を持ったのは生きる目的を欲した為。
道具として扱われる自分の、唯一の人間らしさ。下らなく、理不尽な物であろうとも、それはマドカがマドカである為に必要な感情だった。
「ある日、私に一つの仕事が来た」
仕事の内容は、織斑永時の体移送を護衛せよ、という内容だった。
「……護衛?」
束の話には彼女は居なかったと記憶している。シャルルは首を傾げるが、マドカはそうだと頷いた。
「周囲を警戒してただけで、中には居なかったからな。中には別のIS使いがいたし」
マドカは二枚目のクッキーを口に運んだ。
「織斑、と聞いた時、私は個人的に織斑永時について調べた。あの家族であれば誰でも良かったという感情で、輸送途中で事故にでも見せかけて飛行機ごと排除してしまおうかとも思った」
「危険思想だね」
「自覚してる」
「余計に質が悪いよ」
ポロポロと齧ったクッキーから粉が落ちる。シャルルが布巾を手渡し、ありがとうとマドカが受け取って拭いた。
「結果、先に篠ノ之束がやってきて、飛行機は墜落した」
「戦わなかったのか」
「アレに勝てるとは到底思えなかったからな。ISを封じる術が向こうにあるなら、どうしようもないし」
成程と、シャルルは一つ頷いた。
「そこで、見たわけだ」
「ああ。ISを動かして織斑永時に何かした所、お前という存在が動き出すのを見ていた」
束が結局シャルルから離れたこともあり、それもまた疑問であった。
マドカは亡国機業には束が織斑永時の体を持ち去ったとだけ連絡し、シャルルのことは秘密にして後をつけることにする。
「安心してたのか、一般人とそう変わらなかったからなのか、轡木十蔵と院長の話を聞くことに成功してな。そこから更に調べ上げて真実を知ったわけだ。魂云々など、正直、どう受け止めたものかと悩んだよ」
そして、真実を知り、マドカは自らの人生の歩みに一度ストップをかけた。
「別に、織斑の家族に同情したわけでもない。しかし、織斑永時に愛されなかったという点で、私は一夏と何も変わらなく、千冬が私のオリジナルである事実も同じ」
織斑千冬の偽物である織斑マドカ。
そして、織斑永時であって、織斑永時でない存在のシャルル。
「お前を見ていたら、何というのか、自分が分からなくなってな」
マドカはコーヒーを飲み切った。カップの底は白く、何も映し出さない。
「何も知らないお前は普通に過ごしていた。一人だったにも関わらず、家族が出来て、何の変哲もなく、幸せそうで」
マドカの指がカップに沿って動く。
「私も記憶がなければそうなるのかと考えて。こんな生活から、こんな柵から、こんな人生から、解放されるのかと思って」
そこで初めて、自分は苦しいのだと気付いた。
「辛かったのか?」
「さあ……どうかな。そうかもな」
マドカは目を伏せる。
「苦しくて、辛くて。自分の人生が虚しくて……。上手く言葉に出来ないが、私は、本当に生きては居なかったんだと思う」
人としての人生を歩んで来なかったのだと、そう思って。
「お前は織斑永時ではなく、シャルルだ。私も、織斑千冬のクローンではなく、織斑マドカだ」
勝手に似たような存在だと思ってるだけだがなと、マドカは小さく笑った。
「この話を信じるかどうかはお前に任す」
「信じるよ」
アッサリと答えたシャルルに、逆にマドカは訝しげな目を向けた。
「随分と簡単に言うな」
「わざわざ僕の所に来る理由も、話す理由もないからね。僕自身は何も力を持たないし、メリットもない。僕を何とかしたいならば、罠を張る必要もない。そして、君の話を疑うには、真実を知り過ぎてる」
疑うことはないと、シャルルは軽く笑った。
「偽りの娘が、偽りの父親に人生相談をしにきた、ということだ」
シャルルもクッキーを一つ摘み、歯で噛んでパキリと折った。
「それで、君はどうしたいんだ?話を聞く限り、誰かの元へ行きたいわけでもなさそうだけれども」
「まあな」
これ以上、今まで散々自分を仕事道具として扱ってきた亡国機業に従うつもりもない。
篠ノ之束のように織斑永時を生き返らせたいとも思わなければ、千冬のように決着をつけたいとも思わない。
「今回の事は、私にとっては人生を始める転機なのだ。その為に私は動く」
己を変える為に。
だから、この争いに参加する。
そう動きたいが、どうすれば良いのか分からない。
「お前はどうするんだ」
「何で僕に聞くんだい」
「参考までに」
さてねぇ、とシャルルは天井を見上げた。
「……ちなみに、マドカさんは今回のデュノア社は、元々どういう計画で動くんだい?」
「亡国機業の護衛。そして織斑永時の脳の護衛だな」
「成程」
亡国機業側としては、マドカは完全に従っていると思っているのだろう。彼女が産まれてからずっと彼女を使っているのだ、それも当たり前といえば当たり前だ。
また、他者を入れる交渉の場は亡国機業にとって緊張する一番の場面。織斑千冬が来る可能性を考えた場合、千冬を恨んでいるマドカは良い戦力なのだろう。
「なら、そうだな」
シャルルが一つ提案しようとした所に、ノックがされる。誰も居ない筈の学園で二人目の訪問者だ。
誰かとまたも無警戒に出るシャルルの背中を、マドカは呆れながら見ていた。
「はい。……って、一夏くん」
そこに居たのは織斑一夏だった。
「どうも、シャルルさんぶほっ!?」
シャルルの脇から手が伸びて、一夏の脇腹を殴りつけた。
「ちょ、何してんのマドカさん」
「はっ、つい反射的に」
脇の下から振り返ったシャルルに、本当に意識してなかったと、マドカが自分の手を見て驚いていた。
長年の感情は簡単に消せないらしい。
「脇がっ……!」
「すまん、許せ。織斑一夏」
シャルルは一夏を助け起こして部屋の中へと入れた。
「いたた……。し、シャルルさん。この娘は?」
「私か?私はこの人の隠し子だ」
「こらこらこら」
一夏の質問に平然と答えるマドカ。それをシャルルは手を振って否定した。
「それで、一夏くん。何故ここに?」
「あぁ、いえ、その……」
マドカの方をチラチラと見ながら口籠る一夏に、シャルルは察した。
「構わないよ。この娘も関係者だ。聞かれて困る事はない」
「そ、そうですか?」
それでも千冬に似たマドカが気になる一夏であったが、意を決して口を開いた。
「シャルルさん。俺は色々考えましたけど、正直どうすれば良いのか分かりません」
束や千冬のような覚悟もなければ、度胸もない。
でも、それでも。
「俺は今生きている人達を、大切な人達を助けたい」
だから。
「誰も犠牲にしたくないんです」
一夏の宣言に、シャルルは笑う。
欲張りだなと、何処か寂しそうに笑った。
「なら、賭けに出ようか」
シャルルは少しだけ笑みを残したまま、二人の想いに答える。
「僕達はどうして良いか分からない集まりだ。だから、分からないなりにやろう」
マドカさん、と声を掛ける。
「織斑永時の脳を奪い取り、ここまで運んで来てくれ」
マドカは目を見開いた後、ジト目に変わる。
「随分と無茶な注文をする」
「出来ないか?」
「したとして、その後どうするの?」
その後。
その後は……。
「家族会議かな」
シャルルはポンと、脳が入ったカプセルを軽く叩いた。
「さて……」
シャルルは広がる空を見た。
夕焼けが世界を赤く染めていく。
「後は、個人の自由だ。己の意思に従って、自由な道を、後悔しない道を選ぼう」
シャルルと一夏、マドカは空を見た。
遠くからやってくる影を見た。
「家族会議の始まりだ」