インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》   作:ひわたり

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欠けた体

後に白騎士事件と呼ばれた篠ノ之束の世界への反乱。

 

 

束が白騎士事件を起こしたことで、柳韻一家は政府の保護プログラムの下に置かれた。

十蔵の手の者が保護する話となり、柳韻と妻は不満を持つことはなかったが、子供の箒は理解出来ずに不満を持ち続けた。

「子供と妻を頼みます」

柳韻の願いに、十蔵は眉を寄せた。

「貴方はどうするのですか」

「どうせ暫くは家族と離れ、世間から身を隠さなければならない存在です。なので、私なりに色々と探ってみようと思います」

剣一筋で生きてきたのでそう上手くはいかないでしょうが。

そう言って柳韻は苦笑した。

「無茶だけはせずに」

「貴方も」

二人は固い握手を交わした。

 

 

 

束はISのコアを作成し、世界へとばら撒き逃走する。

束は表向きには世界中から追われる身となったが、その実、裏では各政府との取引や特定の組織などで活動をしていた。そうやって研究を重ね、金や人脈を作っていく。

人知れない世の中で、世界は亡国機業側と篠ノ之束側とで二分割されていった。

ISという強力な兵器は話し合いの元、条約などが定められ、スポーツにして行こうという流れが出てきた。

核から核弾頭を取り外して保存しておくようなもので、強力な兵器は嘘によって塗り固められ、実情を隠蔽されていく。

 

束から十蔵に連絡が来たのはそんな時のことだった。

『IS学園を作って欲しい』

その要請に、十蔵は実に渋い顔で口を歪めた。

「久し振りの連絡かと思いきや、相変わらずの無茶を言う」

『コアを量産するからさ』

「そんな簡単にホイホイ量産されても困るんだが」

先に質問を良いかと十蔵は聞き、どうぞと束が応じる。

「何故ISは女性しか動かせないようになっている?態と欠陥品にしたのか、それとも……」

それとも、永時にしか分からない所で問題が生じたのか。

『勿論、彼にしか分からない部分もあるけど、アレは態とだよ。というより、仕方なかった』

「仕方ない?」

『武器の導入と武装の収納と展開。企業が弄りたい部分の空白の作成とか色々あるけど、まあ、単純に言えば容量がオーバーしちゃって。何処かで削らなきゃいけなかったんだよ』

「成程、誰れしもが操れるという機能を削り、男性を排除して空きを作ったのか。しかし、何故女性を?」

『戦いは男性のイメージが強いけど、実際、闘争本能は男の方が高い。それを避ける為。あと、女性というだけで不思議と攻撃を躊躇うのが今の世の中だからね。女性というだけで抑止力が働いてる筈だよ』

あと私が飛べなくなったら困るしと答え、そっちが本命だろうと十蔵は呆れた。

「初期のコアは?」

『アレだけは男性でも可能だよ。機能も排除してない。武器が使えるとしても一つくらいだろうね。無論、私が管理してるけど』

「それは安心だが、不安だな」

一呼吸置いて本題へ戻る。

「IS学園とか言ったが、日本にコアを集めるのはそれだけで問題だろう。そもそも、子供に兵器を持たせるような物だ。確かにスポーツとしては落とし込み始めているが……」

『世界中から人を集める形で良いじゃない』

「それが危険なのだと……」

そこまで言って、十蔵は目を見開いた。

「まさかお前、それが目的か?」

戦力を一点に集めて、いざという時にIS学園を拠点として戦争をする。その布石なのかと。

『こっちから仕掛ける気はないよ』

その返答は肯定を示している。

これが通らずとも、束なら世界中に散らばるISを自在に操り、世界中から反乱を起こせるだろう。

何処にいるかも分からない状態で戦争を始められる。それなら、まだ居場所を作り、交渉の場を設けた方が良い。

十蔵がその思考に辿り着くのも束には分かっている。だから質が悪い。

『どうする?』

その声は忌々しい程に楽しそうだ。

「……くそっ、分かった、何とかしよう。様々な請求をするから覚悟しておけ」

『はいはい。我儘なのは分かってるから、やれることはやりますよ』

十蔵の悔しそうな答えに、やはり束は楽しそうに笑うのだった。

『ちーちゃんは元気?』

「言わずもがな、ISの大会で活躍しているだろう。腕を鍛えている」

『腕もそうだろうけど、世間を味方に付けようともしてるんだろうねぇ』

私とは反対路線だよと、束はどこか寂しそうな声で呟いた。

『じゃあ、後は宜しくね』

一方的にお願いをしてきて、一方的に切る彼女に、根本は変わっちゃいないなと、十蔵は盛大な溜息を吐いた。

「……やっぱり兄妹だな」

十蔵は煙草に火を付けて、煙を深く吸って吐き出した。

ゆっくりと舞い上がった煙が立ち上り消えて行った。

 

 

そこから数年間はあまり動きはなかった。

世間は騒がしく動いていたが、亡国機業も束側も目立った動きはない。大人しくしている、というより、互いに牽制し合っている状態で、見えない相手にどちらも下手に動けない状態だ。

亡国機業も人造人間の情報だけで、ISを出してからは目立った情報を出してこない。

永時から引き出せないのか、或いは警戒をして動けないのか。IS関連で影は見せてはいたが、捕まえようとすれば即座に逃げられる。

 

睨み合いの中、一つの事態が動いた。

 

フランスの病院で勤めていたエリザ。

院長として勤しむ中、一つの噂が耳に飛び込んできた。

『病院から死体を空輸するらしい』

そこだけは別段珍しいことではない。

エリザが引っ掛かったのは、空輸する人物だ。エリザの昔の同僚の一人で、永時の助手をしていた時にも何度も永時の研究を世に出すよう手伝ってくれと電話してきた一人。

噂となっていた男は何事にも熱心な男で知られていた。

全力で取り組み、善の為に動こうとし、そしてそれが周りに疎ましく思われる理由でもあった。

大きな研究にも貢献しており、現場では有名な男であった。その為、こうした噂も出回っていることも頻繁に起こりうる。無論、噂は噂。眉唾の物が殆どで、本人もそれを気にすることはなかった。

永時が亡くなった後に、他の人間は研究の公開を求めてくることがあったが、この男はあれだけ熱心だったにも関わらず、ピタリと連絡が止まった。

永時が死んでも研究は残っていると考えるのが普通で、永時が亡くなったのなら、寧ろ引き出し易いと考えても良い筈だ。

「…………」

確証はない。

ただの予想で、想像の域を出ない。

単なる考え過ぎかもしれない。

だがもし。

もしも、それが、彼であるのなら。

 

エリザは電話を手に取った。

 

 

 

 

束は空を翔る。

身に付けたISは最高速度に達し、大気圏を突き抜け、宇宙へと飛び出た。

目標を定め、真空の中を進む。

「永時……!」

今の彼女は一つの物しか見えていなかった。

 

 

十蔵は束が飛び去った空を見上げて溜息を吐いた。

『……すみません、十蔵さん』

「いや、タイミングが悪かっただけだ。気にするな」

十蔵はIS学園の話を進める為に秘密裏に直接束と会っていた。

そんな時、エリザから電話が掛かってきた。束の前だから良いかと電話に出たのが運の尽きである。

電話口からの情報を聞いた束は十蔵から電話を奪い取り、エリザから細かい情報を聞いた。

「フランスへ行く」

内容の真偽すら確かめていないと止める十蔵を振り切り、ISを装着して飛び去って行った。

 

 

「後は束が勝手にやるだろう。そういう人脈を持ってるし、フランスに到達する前に全て調べ尽くすさ」

『そう、ですね』

「そっちに行ったら出来るだけフォローしてやってくれ。何かあれば私もすぐに動く」

『はい。その時には、また』

十蔵は電話を切り、電話を見たまま少し考え、番号を押す。耳に当て相手が出るのを待った。

『はい』

「ああ、千冬くんか。すまない、轡木だ」

電話口の向こう、十蔵だと分かった千冬は声を柔らかくした。

『ああ、どうも。こんにちは』

「すまない。少し緊急の連絡でな」

十蔵はたった今起きた出来事を手早く説明した。それを聞いた千冬から溜息が返ってくる。

『また一人で暴走したんですね。戦うのは私の役割だと言ったのに……』

「まあ、仕方ない。君はどうする」

『どうもしません。束が動くなら、問題はないでしょう』

ただ、と短く続ける。

『やはり、やる気でしょうか』

仮に、それが永時なら。

永時がまだ死なされずに生かされている状態なら。

「やるだろうな」

魂の移し替え。

生きる為の、生き続ける為の手段。

彼女を止めても無駄だと分かっている。

「だが、エリザくんは彼が……死んだのを、見たと言った」

『ですが、死に切ってはいないからこそ、こんなことに……』

「いや、私が言いたいのはそういうことではない」

魂の証明は永時にしかできなかった。

束は勿論、十蔵達にそれを理解することは不可能だ。魂の存在は信じるとしても、それをどう考えれば良いのか分からない。

しかし、十蔵は疑問に思ったのだ。

 

「魂が死んだとしたら、それは生き返るのか?」

 

既に死人に等しい永時は、永時の魂は、そこにあるのだろうか。

 

 

 

 

束は可能な範囲で様々な情報を掻き集めた。

エリザが言っていた男には簡単に当たりがつき、現状の行動を把握する。彼の動向を、獣が草むらに潜むようにジッと観察した。

日が落ちて月が顔を出した頃、男は飛行場へと向かった。

フライト予定にない小型機のエンジンが稼働している。そこに乗り込んだのは複数の人間と、IS持ちの女性。

そして、大きな荷物が一つ。

「…………」

それは死体ではないかもしれない。

仮に死体であっても、永時ではないかもしれない。

しかし、これを見逃すつもりはない。

小型機の飛行機が飛行場から飛ぶ。

束はそれを確認した後、自身にISを展開し、大きなサイズの荷物を取って再び宇宙へと飛んだ。

 

飛行機が人目の少ない山の中への差し掛かる。

その時、レーダーに反応が出た。

「どうした!」

「ISの反応です!」

ゴンと、激しい振動が飛行機を襲う。ドアが紙のようにひしゃげて吹き飛ばされた。そこから激しい突風と共に全身装甲のISが入ってくる。

全員の目がISに向かう中、装甲が解け、束が姿を現した。

「篠ノ之束……!」

女性がISを起動させようとしたが反応が無い。焦る彼女の腕を束が握り締めた。

「そのISを作ったのは誰だか知ってるのかな?」

にっこりと笑顔を浮かべて、思い切り投げ飛ばす。ISを持っていたにも関わらず、絶対防御どころか普通の展開すらままならない。壁に激突した女性はそのまま意識を飛ばした。

「貴様、何故ここに!」

中の人間達が銃を構えることも気にせず、束は足を上げて踏み抜いた。

鋭い衝撃は飛行機を揺らし、全員の体勢が崩れて重なる。

操縦士は必死に飛行機を立て直すために操縦桿にしがみ付いていた。

「君達に用はないよ」

束は己の荷物を抱えたまま軽く跳躍し、彼らの積荷の元へ降り立った。

「やめろ!その人から離れろ!」

そう叫んだのは例の男。

束は一瞥したが、眼中にないと無視をして、積荷の蓋を剥ぎ取った。通常の人間の握力では取れないはずの蓋が、いとも簡単に捨てられた。

「…………っ」

そして、その中には肉体があった。

専用の培養液満たされたカプセル。

中には一つの体が眠っている。

左腕が欠けた肉体が。

左目の無い肉体が。

火傷を負った肉体が。

何度も夢に見た肉体が。

そこにはあって。

 

そして、その肉体には脳髄が無かった。

 

頭にポッカリと穴が開いていて、その中は空洞となっている。

「………………」

束は立っていた。

そこに立って、動かない。

動かない。

「……篠ノ之束。大方、永時さんの知識が欲しくて狙ってきたな。知識のハイエナめ!だが、無駄骨だったな!彼の脳はここにはない!」

男は口を歪めて銃を構えた。

それに合わせ、再び周りの人間も束へと照準を定める。

「我々を尋問しても無駄だ!脳が何処にあるかなど知らないからな!諦めて帰れ!永時さんの体は、いつの日か、人類に大きな貢献をした偉大な人物として世間へ公表するのだ!そして未来永劫語り継がれ、保存されるべきものだ!貴様などが手に触れていいものではない!」

そっと、束の手がカプセルへ触れた。優しい手つきで、それを撫でる。

「触るな!!」

引鉄が引かれようとして

 

「黙れ」

 

束の一言と共に、ぐちゃりと、男の腹部を何かが貫いた。

「……あ?」

血の塊が口から飛び出る。

下を見れば、自分の腹から生えている機械の腕がそこにあった。

「……な、ぜ」

女性がISを展開し、動いていた。

女性に意識はない。それは束によって動かされる操り人形。

殺戮兵器。

「私自身はISを使って戦わないよ」

だから、構わないよね、ちーちゃん。

束は初めて、人を殺す意思を持った。

 

数秒後、飛行機の中は血で彩られていた。

悲鳴や怒号が上がったのは一瞬だけで、それも直ぐに消えた。動く物が居なくなった小さな場所で、女性からISを奪い取る。

力なく倒れた彼女を見向きもせずに、束は永時の肉体へと歩み寄った。

「……永時」

昔の永時の問い掛けを思い出す。

『空、魂があるとしたら、それは何処にあると思う?』

魂があるのなら、それは何処にあるのだろう。

肉体という全身か。

思考する脳みそか。

人体に血液を送る重要器官の心臓か。

全く別の部位か。

それとも、心と呼ばれる場所にあるのか。

それを知っているのは永時だけで。

「ねぇ、永時」

脳髄を取られた肉体。

これは果たして生きていると言えるのか。

魂はここにあるのか。

欠けた肉体で、肉体の器とすら不完全なコレに。

「貴方は、何処にいるの」

瞬間、けたたましいサイレンが鳴る。

ハッと気付けば、目の前に山が迫っていた。既に回避は不可能。

「…………!」

束は永時の肉体を守る為、咄嗟にカプセルを破って、自分のISを装着させた。

 

一瞬後、飛行機は爆発に包まれた。

 

 


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