インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》   作:ひわたり

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手を伸ばす先

大量の段ボールに永時は溜息を吐いた。

毎日入れ替わりに多くの段ボールが送られ、また入ってくる。中は全て本や資料、研究書類で詰まっていた。試しに一つ開けてみれば、外国の物から持出し禁止のもの、果ては手書きの物まであった。

「よくもまあ、こんなに読めるものだ。今の時代パソコンやネットだってあるのに」

永時は簡易椅子に座り、一つの研究書類をパラパラと眺めながら言った。

「何言ってるの。昔の情報は本じゃなきゃ手に入らないし、現在進行で行われている情報はリアルタイムで追いかけないと意味ないじゃない。そんなの、貴方だって同じでしょう」

ベッドに寝ている空は上半身だけを起こし、話しながらも本を凄い勢いで読み進めていた。

「それには同意するけどね、量の限度ってあるよ」

普段から仏頂面か機嫌の悪い表情しか浮かべていない彼女だが、仕事というのか、研究の話となればそれなりに口を開いた。

本人は自覚してないだろうが、こういうのに触れるのが好きなのだろうと永時は判断する。

「それで、何の用?邪魔はしないんじゃなかったの?」

「してないだろ?こうして本を部屋へ運んで来てるんだから」

そう言って、永時は段ボールの箱をポンと叩いた。これの送り主は政府であり、希望したのは本を読んでる張本人だ。最初は業者がこの病室まで直接運んでいたのだが、邪魔臭いと空から文句を言われた為に、一々別の部屋から一つずつ運んで来なくてはならなくなった。

「貴方が読んでも良い物ではないのよ」

「固いこと言うなよ。それに、何書いてるのかさっぱり分からないし」

空の分野の深くコアな層の資料なのだ。いくら永時であっても、触れたことのない分野はまるで理解出来ない。

「こうして運んでくる僕の身にもなって欲しいね」

「男の子でしょう?私はか弱い女の子だもの」

「事実なだけに質が悪いね」

クスクスと笑う永時に、空は変わらずに憮然と返した。

「無駄な会話は生産性がないわ」

「無駄や無意味と思ってる物にこそ、光る物がある時があるさ。一人だけの思考より、他者との会話での思考から導き出されるものもある」

「口が上手いね」

「君より長生きだからね」

空が溜息を吐く。

空は色んな大人にあった。自分にゴマをする者や、プライドを持ち尊大に振るう者。金目当てに近付く者もいたし、無関心な者や、善意で関わろうとしてくる迷惑者もいた。

永時と似たタイプの人間もいたが、永時は上手い具合に逃げて行く。その癖、此方を見てくるのに長けていた。医者で人間観察が豊富だからかと、空は内心負けた気分になる。

そんなことは永時は考えてすらいないだろうが。

「それで、診察室に居なくて良いの?仕事は?」

「今日も暇だね。取り敢えず予定はないよ」

「本当、何でこの病院は経営出来てるのか不思議だよ」

運営費用だってタダではないのにと呆れる空に、永時は不思議だねと答えた。

本当は空は何故ここが潰れないのかは十蔵から聞かされていた。十蔵自身も気になって調べた結果らしい。

彼曰く、此処は織斑永時を閉じ込める為の檻なのだそうだ。

永時はその成果から、結果的に売らなくても良い喧嘩を業界に売ってしまったのだ。まだ若く地位もなかった彼は辺境へと追いやられたが、実力自体は本物である。このまま殺すには惜しいと、飼い殺しの状態を続けているらしい。

簡単に言えば、出る杭が打たれた結果だ。彼は空のように上手く立ち回れなかった。というより、敢えてしなかった。

「…………」

それでも、永時はそれを自覚していながらも、自由に気ままにのんびりと過ごしていた。

此処へ異動の話が来ても、抵抗せずにそうですかの一言で済ませた。

中には永時の左遷に強く反発した人達もいたが、永時は別に良いとヘラヘラと笑っていた。

彼の損失は医療界の損失だと怒る者、彼の存在は害悪だと反発する者。原因の彼だけが、どうでも良いと興味なさげだった。

これには両者もキレて、永時へと詰め寄った。

「お前はどうしたいんだ!」

「答えろ織斑!」

「どうでも良いですよ」

二者の質問をバッサリ切り捨てた。

「地位もない、経験も少ない私は道具に過ぎません。私はやりたいことをやっただけです。結果、私は私の能力を示した。そして、私という道具を使うのは貴方達です」

さあ、どうしますかと、永時は逆に問い返した。

それがこの結果だ。

「貴方って自由だよね」

「そうかな」

永時は本を読み進めながら答えた。

「ところで、此処での生活には慣れたかな」

「まあね。清潔だし、お風呂も完備されてたし、正直意外だった」

空が過ごしてきた僅かな時間でも、ここで働いているのは永時とエリザしかいないのが分かる。働いているといっても、患者が来ている気配はない。病室にいて本を読んでるから気付かない可能性もあるが、人の気配が明らかに少ないのは言うに及ばない。

そして、永時はこの病院の宿直室に住んでいるらしい。それは空の為、ということではなく、最初から此処に住んでいるだけであるのは何となく分かった。

「…………ふぅー」

永時が小さく長い息を吐いて伸びをする。

「面白かった?」

空は意地悪な質問のつもりで聞いたが、永時はそれに気付かずに素直に答えた。

「多少はね。でもやっぱり難しいね」

多少は。

それはつまり、ある程度理解は出来たということだ。

別分野なのに読めるのかと空は内心感心しながら、少しだけこの織斑永時という青年に興味が湧いた。

 

 

 

ある日、空が気分転換に車椅子で散歩をしていると、廊下を掃除している永時の姿が目に入った。モップをかけて鼻歌を歌っている。

「…………」

空は呆れを隠すことなく彼に近付き、半眼で見上げながら尋ねた。

「何してるの?」

「掃除だけど?」

何故不思議そうに返してくるのか。

「何で貴方が掃除してるのよ」

「いやぁ、基本暇だからさ。こうして毎日色んな場所を掃除してるんだよ。僕も此処で暮らしているようなものだしね」

その掃除は丁寧なもので、彼が通った場所は汚れ一つなく輝いている。

その丁寧っぷりと、永時の慣れた動作に、本当に此処に誰も来ないのだと空は深い溜息を吐いた。

病院の清潔さは彼によって保たれていた事実に呆れてしまう。

「だからって医者のやることじゃないでしょう。他の業者とか、受付とかにやらせなさいよ」

「受付って、エリザさんのことかい?まあ、出来なくもないけど、彼女には彼女の研究があるから、そっちを優先して貰ってるんだ」

受付はベルを鳴らせば分かるしね、と掃除を再開する。

「研究?日本人では無かったようだけど、貴方の助手か何か?もしかして恋人?」

一度、空は受付で彼女の姿を見たことがある。金髪ですらっとした出で立ちは明らかに日本人ではなかったと思い返した。

「恋人ではないね。助手も似てるけど違うかな。僕がフランスにいた時に、医術と研究に感銘を受けたとか言ってきてね。彼女だけじゃなく、弟子にしてくれって言う声が多くてさ。僕もそんなのは無理だからって断ったんだけど、しつこくてしつこくて。結局、折れて一人だけなら良いよって言って、クジ引きで当たったのが彼女だ」

だから、弟子とか助手とかお手伝いさんとかそんな感じと、永時は苦笑い気味に答えた。

「……自慢?」

「君の質問に答えただけだよ」

冷たい目をしてくる空に、永時は苦笑を濃くした。

「そういう君には、助手とかいないのかい?」

「いるように見える?」

「見えないね。付け加えるなら、人付き合いも碌にしてないと見える」

「一言多い。その通りだけど」

空は文句を言いつつ素直に認めた。

「人と触れ合うのが怖いかい?」

「面倒なだけよ」

不意に、自然に、永時が心に踏み込んで来た気がした。空は少しだけ身を引き、車椅子を反転させる。

「もう部屋に戻るわ」

「散歩に出たばかりだろう?」

「気分転換は出来たもの」

気分が良くなったか悪くなったかは別として。

「良い天気だし、外でも出たら?」

永時は断られるだろうなと思いつつ提案してみると、空は黙り込んだ。口を閉じて窓の外を見る。

おや、と思わぬ反応に首を傾げていると、空が静かに言った。

「屋上」

彼女の目が、その瞳が、蒼穹を映し出していた。

「屋上に連れて行ってくれない?」

それは尊大な彼女からの、初めてのお願いだった。

 

 

「どうする?車椅子ごと持ち上げようか?」

永時の問い掛けに、空は渋い顔で答えた。

「流石に危ないでしょう。特別に体に触れるのを許可するよ」

「ありがとうございます、お姫様」

永時の背中に空の体重が乗る。その軽さと儚さに、医者としても人としても心配になった。

「ちゃんとご飯食べてる?」

「食べてるじゃない。病院食じゃなくて、ちゃんとした食事を」

空の体は普通の病気の類ではない。生まれた時からの体質的なものだ。食事制限は特に指定されてなかった為、味気ない病院食は嫌だと、空はご飯をわざわざ出前で頼んでいる。もちろん普通の出前でもなく、どこぞのシェフが作った高級品を持って来させているのだ。

「食べる量が少ないんじゃないか」

「……あれ以上食べると、吐いちゃうもの」

永時は小さな体を乗せて階段を上る。可能な限り慎重に歩を進め、空への負担が掛からないよう気を遣った。

ドアを開けて、屋上へと出る。

風が吹き抜けて、木々の香りと葉の擦れる音を二人に届ける。水平には緑の絨毯が敷かれ、青空が頭上に広がっていた。

都会と違い、山中にあるこの場所は遮るものもなく、雲の流れ一つ一つを追うことができる。

「…………」

フッと、永時の肩から手が離れた。彼からは見えなかったが、空が両腕を伸ばし、掴むように手を広げていた。

「……貴方、背が高いのね」

こんなにも空が近いものと、言葉が零れ落ちる。

「君よりは背が高いよ」

「一言余計」

「失礼しました」

だが、どれだけ手を伸ばしても、この広大な大空を掴むことはできない。それが人の限界。

「ねぇ、貴方は」

そうして、空は語り掛ける。

「貴方には、夢がある?」

「夢か」

それは永時にとって、とても難しい問題だった。

何故なら、そんなものは求めてこなかったから。小さい頃から現実的に考え、夢というアバウトなものではなく、単純な目標と結果だけを目指して生きてきた。

どちらも天才と呼ばれた空と永時。

二人には多くの違いがあるが、最大の違いはそこだろう。

空はずっと、夢を見てきた。

「私はね、夢があるんだ」

空が笑った。

永時はそんな気がして。

でも、彼女の表情は見えなくて。

「…………」

空の笑顔を見てみたいと、なんとなく、心の何処かでそう思うのだった。

 




現在開示してる情報。

シャルル≒織斑永時(同一人物?)
篠ノ之束=織斑空(旧名:篠ノ之空)
織斑千冬:娘
織斑一夏:息子

篠ノ之柳韻:空の兄
篠ノ之箒:柳韻の娘

一夏と箒は従兄弟関係となります。

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