インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》 作:ひわたり
シャルロットと別れ、部屋へ帰ると、途中で箒さん達にあった。
どうやら僕等の部屋、つまりは一夏くんと千冬さんがいる部屋へ行っていたらしい。
「皆、おやすみ」
「おやすみなさい……」
頭を下げて去って行く。どうにも足取りが重く、暗い表情をしていたが、何かあったのだろうか。首を傾げつつドアを開くと、ムッと鼻に突く匂いがあった。
「……お酒?」
酒を飲んだ経験も飲んだ人がいた覚えも無かったけれど、何処か懐かしい香だと脳が刺激される。
部屋へ上がれば、千冬さんが机の上に酒を広げて呑んでいた。
「おかえり、シャルル」
「どうも。……お酒、呑むんですね」
「人並みには嗜むさ。意外か?」
「うーん、いや、どうでしょう。意外と言えば意外ですかね」
「小さい頃は嫌いだったが、大人になると分かったよ」
そう言って笑う千冬さんに、一夏くんが呆れたように溜息を吐いた。
「あんまり呑み過ぎないでよ、千冬姉」
タオルを準備している一夏くんだが、髪は濡れてるし、既に風呂に入ってるみたいなのだけれど。また入るのだろうか。
「一夏くん、温泉入るの?」
「ええ。マッサージやってたんですけど、汗掻いちゃったんで。それに、温泉は何度でも入りたいじゃないですか」
それもそうだな。
IS学園の浴場だと時間を気にしたりと、あまり気軽にも入れないからな。
「なら、僕も付いて行こうかな」
「いや、シャルルはコッチに付き合え」
ドンと、新しい酒瓶が机の上に追加される。酒気で仄かに赤く染まる千冬さんが、ニィッと口の端を上げた。
「酒くらい呑めるだろ?」
獰猛な獣を前にした気持ちってこんなのだろうか。呑めるかは知らないが、試してみるのも良いだろう。
「呑んだことはないから、少しだけなら付き合うよ」
「うむ、よく言った」
「二人共、程々に」
一夏くんは忠告だけ残して温泉へと足を向けて行った。
やれやれ、僕も温泉に入りかったが、酒を飲んだ後は危険だから無理だな。明日にしよう。
「何を飲む?ビールか?」
「何か苦そうだからなぁ、軽いサワーとかないの?」
「あとは日本酒とワインくらいだ」
また強そうなのばかり。
「じゃあ、ワインで」
「フランスが恋しいのか?」
「そういうわけでもないよ」
千冬さんがコップにワインを注いでくれたので、ありがとうと礼を述べて受け取る。
「感杯」
カチンと、小さくて軽い音が心地良く響く。
クッと喉へと流し込むと、ブドウの甘さとアルコールの香りが口の中へと広がった。美味しくて呑み易い。いくらでもイケそうな気になるが、アルコールは後から来る上に、ワインは悪酔いすると聞く。
調子に乗らずに少しずつ様子を見ながらの方が良いだろう。
「美味しいね」
「それ、フランスから取り寄せた物だぞ」
「ああ、そうなんだ」
ラベルを確認すると、その地域名に目を丸くした。
僕達が住んでいた地域の名前が刻まれていたのだ。畑は多くあったが、確かに、葡萄も生産していたと記憶にある。
「……狙った?」
ワイン瓶を掲げて聞くと、千冬さんは悪戯っ子が成功したような、そんな目で笑っていた。
「さぁ、どうかな」
食えない人だ。
「付き合ってくれてありがとう、シャルル」
「いや、このくらい」
そこで礼を重ねてくるのも卑怯だと思いながら応じる。
僕達は寝るまで、お酒を少しだけ呑みながら静かな時間を楽しんだ。
▽
翌日。
いよいよISの授業が始まる。
そうなんだよ、授業あったよ。ゆっくり温泉に浸かれないの。悲しいね。
暑い日差しの中、海岸に並ぶ生徒達。ジリジリと肌を焼くような太陽の下、僕も千冬さんの隣に並んだ。
千冬さんが概要を説明しようとしたところで、彼女がやってきた。
天災が、姿を見せた。
女性らしい体付きと、腰辺りまで伸びた長い赤髪。垂れ目な瞳に、アンバランスなフリフリのドレスとウサギ耳。
「やっほー!ちーちゃん!」
篠ノ之束が襲来した。
「…………」
アレが、あの人が、篠ノ之束。
「束……何の用だ」
千冬さんが心底嫌そうな顔で対応する。世界で追われてる人がこんな所に堂々と来ても迷惑は迷惑だろう。
「いやー、今日はね、ほーきちゃんに渡す物があって」
チラリと箒さんに視線を向けると、引き攣った顔が目に入った。小さく動いた口から読み取るに、嫌な予感がすると言っているみたいだ。うん、多分それはここの全員が感じていることだろう。
「じゃーん!ほーきちゃんの専用IS!」
予感的中。
よりにもよって、IS開発者自らの手による専用ISとは。頭を抱えたくなる事案である。
これは世界中の企業や政府が黙っていないだろうが、その対処に追われるのかと思うと今から頭が痛い。
「…………」
……それが目的か?
一夏くんだけでは足りないと、箒さんまで巻き込んで。
篠ノ之束という人物は身内を大切にする、言い換えれば、身内しか目を向けない人物だ。故に、千冬さんや一夏くん、箒さんを贔屓する行動自体に違和感はない。寧ろ自然な行動だ。
だからこそ、そこを狙ったのか。
何故、僕を助けたのか。
何を狙っているのか。
亡国機業にある何を欲しいのか。
彼女が唯一大切にする、身内を犠牲にしてまで。
「…………」
目が合った。
僕と束さんの目が合った。
互いが互いを認識して、その目を見る。
多分、一秒にも満たない僅かな時間。
そこには何の表情もなく、また僕も何の感情も湧かぬまま、目線が逸れた。
「…………」
思考に没頭していると、周りが騒がしくなる。何事かと思ったら、千冬さんが僕の肩を叩いた。
「シャルル、お前も来い」
「何?何かあったの?」
「ああ、厄介なことがな」
そう言った千冬さんの目が、忌々しそうに束さんを睨んだのを見逃さない。どうも、彼女は更に何か引き起こしたようだ。天災の名は伊達ではない。
授業は中断され、箒さんを加えた専用機メンバーと僕と千冬さんは旅館の一室へ集まるのだった。
▽
銀の福音。
そう呼ばれるアメリカ軍の軍事IS。
それが暴走状態で、此方に向かってきているという。
「それを……俺達が……!?」
IS学園のメンバーでISを使用し撃墜せよ。
その命令が千冬へと政府から直々に命令が下されたのはつい先程。どれ程苦言を並べても命令は覆らないし、こうしている間にも銀の福音は迫って来ている。
「大丈夫!ほーきちゃんのISといっくんのISなら簡単に倒せるよ!」
乱入してきたのは篠ノ之束。
シャルルは黙ったまま束に視線を向けたが、すぐに逸らした。束もシャルルの方を見ることはない。
千冬は渋い顔をしたが、理由を説明しろと束に求める。
「ほーきちゃんのISはエネルギー回復が出来るんだよ」
箒に譲渡したIS紅椿。
機体能力により、従来のISではなかったエネルギーの増幅が可能であり、受け渡すことも出来る。つまり、エネルギー消費の激しい白式の必殺武器、零落白夜が何度でも使えるということだ。
それなら勝てるかもしれないと希望が見える中、シャルロットが小さく問いた。
「……その銀の福音に、人は乗ってるのですか?」
全員の視線を集める中、千冬は重く頷いた。
「ああ、乗っている。だが、コア・ネットワークは切られており、彼女が生きているかも不明だ」
「そんな……」
「だが、遠慮はするな。そんな余裕はない。これは試合ではないのだ。やらなければ、やられるぞ」
人を殺す覚悟を持て。
そう言って、生徒達を送り出すしかなかった。
シャルルの隣を過ぎる際、シャルロットが呟いた。
「シャルル、行ってくる」
「気をつけて」
「そっちもね」
砂浜へと出て、六つの光が飛んで行くのを見送った。広い海の向こう、彼女達には戦いが待っている。今までのような試合ではなく、本気の命のやり取り。
シャルルは千冬と束へと振り返った。
「……ん」
そこには束の姿は既になく、千冬だけが立っている。
「逃げたよ」
「止めてくれても良かったんだけど」
「どっちをだ?」
この計画をか。
それとも、束をか。
「両方……。と言っても、銀の福音の方は、千冬さんには無関係そうだね」
束と千冬は協力関係にはあるが、その過程で互いが別行動を取っている。お互いのやる事に口は出さないが、時には衝突する事もあり、邪魔と判断したなら止める事もあった。
「こういった行為は束が勝手にやるからな。一夏を男性操縦者にした時もそうだった」
「政府の要請ということは、日本政府も絡んでるということ?」
「契約が絡んでいるかもしれんし、単純に束が顎で使っているだけかもしれん。どうとも言えんな」
フランス政府はどちらかと言えば亡国機業界側に加担していた。日本政府側が束に協力しているとなれば、亡国機業と束の二大勢力が透けて見える。
他にもシャルルは気になっていることがあったが、これは直接束に聞くべきだろうと、その場では言わなかった。
「それで、千冬さんはこれで良いのか?」
今回の事件自体が亡国機業を釣ろうとしてる餌だとはシャルルも分かる。
箒の紅椿という第四世代の能力を持つ、束製作のIS。そして、軍事ISとの戦闘という一夏の扱い。ISに絶対防御はあるが、所詮は機械。エネルギーが完全に尽きてしまえば一夏の生命は危うい。一夏が死んだ瞬間、男性操縦者という情報は永遠に得られなくなる。
「早く動かなければ男性操縦者を消すという警告と、ISを強大化していくという脅し。大方、この事件後にシャルロットからデュノア社へ情報を流し、向こうの出方を見るつもりだろうけれど」
シャルルは横目で千冬を見た。
千冬は一夏達が消えて行った海をジッと眺めていた。
「一夏くんが死なない保障はない。それで良いのか」
再びの問い掛けに、千冬はややあと口を開いた。
「良くはないな。だが、止められない」
それに、と付け加えられる。
「このぐらいの命の危機を乗り越えて貰わねば…人の命を奪う覚悟が無ければ、この先、アイツ自身が生きていけなくなる」
千冬の組んだ腕に力が入っていて、握った拳は血が滲み出んばかりだ。それにシャルルは気付いたが、何も言わずに、そうかとだけ受け入れた。
その後、一夏が落とされたという連絡が入った。
▽
月が浮かぶ夜。
旅館は嫌な静けさで染まっていた。
部屋の一つで、シャルルと千冬が向かい合う。
「散々だね」
「全くだ」
帰って来た彼女達はボロボロであり、一夏は気を失っていた。
詳細を聞くと、密入国の船があったらしく、戦闘に巻き込まれそうになった為に一夏が庇う行動に出たらしい。それにより作戦が崩壊。一夏は落とされ、全員が命辛々に逃げ出してきた。
一度は敵を追い詰めることに成功したが、ISの第二形態移行が発動され、能力とエネルギーが飛躍的に向上。数の有利さえ覆す程の力だったという。
「生きていただけ儲け物だ」
冷静に語るシャルルに、千冬も冷静に同意した。
「銀の福音は?」
「海上で止まっている」
当然かとも思う。
銀の福音は一夏達と戦う事が目的なのだ。端から見れば不自然な行動だろうと、それが向こうには当然の行為だ。
「一夏は?」
「寝ている。目覚めなければ、私が直接銀の福音を叩く」
千冬の宣言に、シャルルはどこか冷たい目線で聞く。
「感情的になってないかい?」
「一夏が目覚めなければ必要戦力は足りない。必要な措置だ」
千冬はあくまでも淡々と語る。シャルルは少しだけ息を吐き、ISの映像にあった不審船を思い返した。
「あの船、亡国機業界だったと思う?」
「違うだろう。幾ら何でも、あそこまで無防備な状態でアホな真似はしない。一夏の戦闘を聞き付けた何処かの組織だろうな。おかげで台無しだ」
シャルルは目を瞑る。
暫く思考を巡らせた後、静かに立ち上がった。
「何処へ行く?」
「束さんに会いに」
予想外で、そしてある意味予想通りの発言に、去り行く背中に言葉を投げた。
「何処にいるのか、分かるのか?」
「何となく」
何故とは問わない。
多分それは、シャルル自身にも答えられないことだから。
「シャルル」
だから、彼女は別の事を口にした。
「戻ってこいよ」
決して飲まれるなと、そう忠告した。
「ありがとう、ちーちゃん」
それはもう、手遅れかもしれなかった。
▽
「……ここは?」
一夏は不自然な場所にいた。下には水が広がり、枯れた木々が間隔を開けて生えている。そして、広大な空が、まるで覆い尽くすようにずっと果てまで続いていた。
そして、そこに『彼女』がいた。
白く長い髪をした少女。
触れたら消えてしまいそうな程の儚い少女に、一夏は混乱しながらも話し掛けた。
「……あの、ここは何処なんだ?」
一夏の質問に、彼女は答える。
「さあ、何処だろうね」
少女は振り返り、小さく笑った。
「君は何処へ行きたい?」
瞬間、一夏の脳裏に記憶が蘇る。
銀の福音と戦い、海へと落とされた記憶。
皆を助けられなかった、不甲斐ない自分を思い出した。
「俺は、戻らなくちゃいけない」
強く手を握る。
戻らなくてはいけない。
「誰かを倒す為に?」
「違う」
一夏は宣言する。
誰かを倒すわけでも、誰かを殺しに行くわけでもない。
戦場へ行く理由は、そんなことではない。
「皆を救う為に、皆を助ける為に行くんだ」
それは夢物語とシャルルに言われた。
「詭弁だね」
そんなことは分かり切っている。
だけど、それでも。
「俺はそれで良い。それが良い」
夢物語だから、詭弁だから、それを最初から諦める。
そんなことはしたくない。
そんなことは出来ない。
「だから、俺は」
少女は微笑んだ。
寂しそうに、嬉しそうに、小さく微笑んで。
「なら、いってらっしゃい」
君に、託すよ。
どうか、救ってあげて。
一夏は起き上がり、海辺でISを起動させた。
先程の夢が何だったのか。
あの白い少女は誰だったのか。
何も分からなかったが、それでも、彼女に託された。
彼女が誰を救うことを望んでいるのかは分からない。
それでも、今行うべきことはハッキリとしていた。
「一人で何処に行こうとしてるのかな?」
そんな声が背中に届いた。
振り返ると、シャルロットを含め、箒達が歩み寄って来ていた。
「俺は」
「まさか、一人で倒せるなんて思ってないよね?」
むぐっと言葉に詰まる。確かに覚悟は決まったし、迷いもないが、それで強さが変わるわけもない。向こうは軍事ISな上に、第二形態移行をして威力も出力も桁違いだ。
そんな相手に、素人の一夏一人で勝てるわけがない。
「……そうだな。頼む、皆」
一夏は振り返って頭を下げた。
「俺に力を貸してくれ」
当然だと、全員がISを展開した。