インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》 作:ひわたり
夜、寮の部屋。
ズキリと、頭に頭痛が走る。
あれから、銃声を聞いたあの時から、何故だか断続的に頭痛が走った。
「大丈夫?シャルル」
「うん、まあ」
シャルロットに心配されるが、痛みは一瞬走るだけだ。暫く間隔を置くとまた一瞬だけ走るのだが、気にしないようにしておく。これは多分、普通の頭痛とは違う。
「記憶を見た反動かもしれない」
「記憶?思い出したの?」
シャルロットの言葉に僕は首を振る。アレは思い出したとか、そういうのではない。
それこそ、見た、という表現がしっくりくる。感情的にも、第三者の立ち位置のような、どこか別の映像記録のような不確かな記憶。
「……ねぇ、シャルル」
シャルロットが僕の手を握ってきた。
「シャルルは、いなくならないよね?」
勿論だと、そう答えたようとしたが、すぐに言葉とならなかった。
記憶喪失者が元の記憶を思い出したらどうなるのか。シャルルとしてのこれまでの記憶が全て消える可能性も否定は出来ない。かつての僕である『彼』と混ざってしまう可能性もある。
だが、千冬さんは絶対に完全に記憶は戻らないと言っていた。
何故と、そこに疑問はある。確かに長年記憶を失ったまま生きてきた。思い出す可能性は薄くなっているが、今回のように何かの反動で記憶を見ることもある。
僕の記憶は、態と消されたものだとでもいうのか。
……ならば、それは誰の手で?
「シャルル?」
ハッと目の前のシャルロットにピントを合わせた。
「ああ、大丈夫だよ、シャルロット」
いけない。どうにも思考の中に陥りがちだ。シャルロットは既にセリーヌさんという母親を失った。これ以上、家族を犠牲にするわけには……。
「…………」
家族を、犠牲に。
僕は今、僕自身を別人として扱ったか?
少しだけ、背中に嫌な汗が流れた。
「それより、シャルロット。もうすぐ臨海学校があるけど、準備とかはどうなんだ?」
態とらしかっただろうか。
シャルロットは僅かに訝しんだようだが、それでも肩を竦めて乗ってくれた。
「明日、水着でも買いに行こうかなって」
「そう」
「……水着はシャルルが選んでね?」
予想外の言葉に目を丸くした。
「え、何で僕が」
「だって、好きな人の好みに合わせたいじゃない」
随分とストレートに言ってくる。どうにも、本当に色々と強くなったな。
「分かったよ。でも、僕も臨海学校に行くのかな?」
「臨時教師でも教師でしょ?一応、授業の一環だから行くんじゃない?遊びだけに行くわけじゃないんだし、毎年の行事だし」
「確かに」
この体では泳ぐ事も出来ないけど、一応、僕も水着を買っておくべきだろう。
「…………」
記憶の欠片の中、ベッドで寝ていた少女。
白い髪の少女。
見るからに病弱そうな彼女。
あの子も、泳ぐ事も出来なかったのだろうか。
「…………」
シャルロットが静かな瞳で僕を見ていた。その事に気付くことはなかった。
▽
シャルルの様子がおかしい。
最近は思考に没頭する時が多いようで、何処か遠くを見るような目をする機会が増えていた。
その片鱗自体は、お母さんが病気の時、本を異常な量を読み込んでいた時からあったけど、こんなに顕著になってはいなかった。
いつからだろうか。
お母さんが死んだ時。
家を燃やされた時。
目を潰された時。
監禁されてる時。
腕をなくした時。
此処に来た時。
銃声を聞いた時。
徐々に、しかし確実に、シャルルであったものが削れて行く。
シャルルが銃声を聞いたあの時、私は彼を見た。
あの人は誰だと、そう思った。
思い出されたのは、異常な量の本を読んでいた時と、デュノアに見せた冷静な態度。
今なら断言出来る。アレはシャルルではなかった。
私の知らない誰か。
「…………」
私は怖い。
家族を失うのが怖い。
好きな人を失うのが怖い。
シャルルを失うのが怖い。
「ねぇ、シャルル」
シャルルは大丈夫としか言わないけれど。
だから、私も何も言えないけれど。
「ん?」
私はシャルルの手を握る。
「私は、シャルルが好きだよ」
この手を、シャルルを離さないように、握っていよう。
ずっと、側で。
▽
翌日、晴れた日は買い物日和の日だった。
人通りが多い中を、シャルロットは僕の左側を守るように寄り添って歩いた。
「この辺りのショッピングモールが有名というか、品揃えが多いらしいよ」
「物も多いけど、人通りも多いね」
僕はそれなりの人生を過ごしてきたが、基本的に人の少ない場所でしか活動して来なかった。これだけ人が多いと圧倒されてしまう。
「人に酔いそうだ」
「情けないなぁ」
「慣れてないんだから仕方ない」
「じゃ、少し休憩する?」
シャルロットが指を差したのはカフェテリア。前に出ているイーゼルには美味しそうなケーキの絵が描かれている。目的は一目瞭然である。
「相変わらず、甘い物が好きだね」
「美味しいもん」
店内は若い人達が中心で埋まっている。中にはカップルもちらほらと見受けられ、僕は若干居心地が悪かったが、シャルロットは一切気にしていないようである。
珈琲独特の香りが店に広がっていて、それに合わせて様々な食事の香りが鼻に運ばれた。
「ねぇ、シャルル。半分こにしようよ」
「それなら、シャルロットが好きなの選んで良いよ」
「いやいや、やっぱりシャルルが食べたい物でないと」
食べたい物と言われてもピンと来なかったが、適当にチョコレートケーキを選ぶことにする。シャルロットは桃のケーキを選択した。後は珈琲を頼み、席へ着く。
「えへへ、久し振りのケーキだ」
ニコニコと笑うシャルロット。そんなに久し振りなのだろうか。
「そうなの?学食にもケーキあったと思うけど」
女性が多いこともあってか、デザート関係も割と充実してた筈と思い返す。学食の他にも購買で甘い物は沢山あった筈だ。
「そんなにケーキばっかり食べてたら太るでしょ?」
「IS関係で適度に運動してるし、別に太ってるわけでもないから気にしなくて良いのに」
先に珈琲を口にして口の中を潤した。シャルロットはケーキを一口頬張った。幸せそうに食べている姿を見ていると、此方も心が温まる。
「良いんだよ。それに、こういうのって好きな人と食べたいもの」
「……揶揄ってる?」
「本気だけど」
それはそれで反応に困るのだけれど。
「しかし、カフェか」
思い出すのはフランスで働いていた喫茶店。無断で辞めることになり店長には悪い事をした。いつか謝りに行く機会を設けたいが、いったい何時になるのやら。
監禁されていた時の三人も、あれからどうなっただろう。企業だからそこまで酷い目に合わないと思っているが、そう思いたいが、その結果は僕が知る事は出来ない。
僕は既に僕自身の行動によって人を巻き込んだ。
「いつか会いに行こうね」
僕の思考を読み取ったように言うシャルロットに、そうだねと同意した。
フォークを手に取ってケーキを口に運ぶ。甘い香りと解ける感触が口の中に広がった。
「はい、シャルル」
何かと顔を上げると、目の前にフォークに乗ったケーキがあった。
「あーん」
……マジですかシャルロットさん。
「あーん」
訴えかける目は無視されて、寧ろ良い笑顔で此方に差し出しているシャルロット。そんな笑顔をされては抵抗する気も失せる。サッサと食べてしまった方が気恥ずかしい気も無くなるだろう。
「……あーん」
開いた口に桃の香りと味が広がる。
甘ったるい。
「私にも頂戴」
そう言って口を開くシャルロットは、何というか、飼い主の前で尻尾振って餌を待つ犬みたいだ。
目まで瞑って、無防備である。それだけ信頼されているということなのだろうけれど、こういうのは人前以外でやって欲しいものだ。
「……はい、あーん」
フォークにケーキを乗せて彼女の口へと運んだ。
「いやぁ、美味しいね」
「そうだね」
食べたケーキは、寧ろ甘過ぎるくらいだったが。
それから、何故か流れで食べさせ合うことになり、地味に精神を削りながら時を過ごした。
「……ん?」
ふと視線を感じて、そちらに目を向けてみる。
「…………」
ガラス壁の向こう、ラウラさんが僕達をジッと見ていた。思わぬ珍客に体が固まる。
「あっ、ラウラ」
動じないっすね、シャルロットさん。
「どうしたの、ラウラ。こんな所で会うなんて奇遇だね」
「臨海学校の買い物だ」
ラウラさんがもぐもぐとケーキ頬張りながら答えた。
「小腹が減ったので何か食べようと思っていた所、見知った顔がいたのでな。観察していた」
「入ってくれば良かったのに」
「いや、流石の私でもアレは無理だ」
真顔でケーキを食べるラウラさんがシュールだ。一方でシャルロットは心底不思議そうな顔をしている。
分かってないってことは、アレって素だったのか……。
「ラウラ、頰にクリーム付いてるよ」
「む、すまんな」
ラウラさんの頰を拭いてあげるシャルロットである。世話好きスキルが働いていてるみたいだが、別にラウラさんも拒否する様子はない。試合でペアを組んでいたこともあってか、割と仲は良いようだ。
「ところで、二人は恋人同士なのか?」
ラウラさんの率直な質問。
「家族だよ」
シャルロットの素直な返答。
「成程……既に恋人以上なのだな……」
結果、何かとんでもない誤解を生んだ気がした。
色んな意味で否定出来ないのが悲しい所か。
「ラウラも水着とか買いに来たんでしょ?一緒に行く?」
「邪魔ではないのか?」
良いよね、とシャルロットが顔を向けてくる。
「僕はまあ、二人が良いなら良いけれど」
シャルロットが良くて、ラウラさんも僕等と回るのが嫌でないと言うのであれば、僕が拒否する理由もない。
ふむ、とラウラさんが一息吐く。
「なら、折角だし頼もうか。正直、こういうのを買うのは初めてでな。勝手が分からなかったんだ」
「そういえばラウラさんは軍人だったね」
「うむ、そんなわけで、ご指導ご鞭撻を宜しく頼む」
その時点で色々間違っている気もするが。
そんなこんなでラウラさんを引き連れて店を出て、水着売り場へとやってきた。
「…………」
「…………」
見慣れた二名の後ろ姿がそこにあった。
あのツインテールと金髪はどう見ても鈴さんとセシリアさんだろう。しかし、柱の陰でコソコソ何をしているのだろうか。怪しいことこの上ない。というか、周りに変な目で見られてるのに気付いてないのか。
「こういう時はアレだな。警察を呼べば良いんだな」
「ショッピングモール内だから警備員さんの方が早いよ」
「ナチュラルに変質者扱いするのやめてあげなよ」
どう見ても変質者だけどね。一応知り合いだからね。
取り敢えず、他の人に警備員を呼ばれる前に、二人に声を掛けることにした僕達だった。