インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》 作:ひわたり
昼食時間。
何故か僕はシャルロットに連れられて一緒に食堂へ来ていた。教員専用の食堂もあるのだが、別段学生側で食べても問題はないとのこと。
「その腕で食べられるの?」
「いや、利き手残ってるし」
「私が食べさせてあげるよ」
「話を聞いて下さい」
シャルロットの強引さというか、押しの強さが増している所為でたじたじだ。尻に敷かれるとはこのことか。
「パンなら片手で食べ易いじゃないか」
「一生パンだけ食べるつもり?」
うん、それは嫌だね。
「でも最初はカレーとか、スプーンで食べれる簡単な物が良いかもね。食べられなかったら食べさせてあげるね。フーフーする?」
「カレーは良いね。フーフーはいらないよ」
しかし、ピッタリと張り付いて離れない。
世話焼き精神が燃えている所為もあると思うが、どうやら今までの反動が一気に訪れたようだ。
ただでさえ注目を浴びているのに余計に目を惹いて困る。奇異な視線というのを全身に感じていた。シャルロットのようなスルースキルが欲しい。
「ベタベタだな」
「ベタベタですわね」
「ベタベタね」
「ベタベタなのか」
お嬢さん方、ベタベタ言わないでくれませんか。
取り敢えずカレーを購入し席へ着く。シャルロットと一夏が隣に座り、ぐるりと囲むように皆が席へ着いた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫」
一夏くんの質問に普通に答える。
無くなったのが利き手の方であったら、かなり危なかったかもしれないけど。
食事を開始しながら、話題がこの前のトーナメント戦へ移った。
「でも、イベントの度に何か起こるわよね。呪われてるんじゃない?」
「過去にも何かあったのかい?」
「過去と言っても、今回で2回目ですけどね」
話を聞くと、鈴さんが転入して来た際、また別の試合イベントが行われていたそうだ。一夏くんと鈴さんが戦っている最中、外部からISが落ちてきたらしい。
「人が乗ってなかった?そんなISあるの?」
「それが不思議なんですよね。何かの企業が遠隔操作実験してたとか、そんな説明だったと思いますけど」
「束さんの悪戯とも考えられるけどな……」
人が乗ってなかった。無人機のIS。
それはそれで驚きだが、問題の所は、両方の事件共、一夏くんが参加している時にやってきたという点だろう。
男性操縦者という情報を得ようとしたというのは想像に難くない。
シャルロットから千冬さんと束さんの話は聞いている。亡国機業の『何か』を求めるが為に、束さんは一夏くんを餌とした。IS学園という餌場へ送ることで、目論見通り亡国機業が食いついてきたわけだ。
その内の一つがシャルロット、即ちデュノア社。
亡国機業側は何時でもデュノア社を切り捨てられると考えれば、事は慎重に運ぶべきだろう。デュノア社長が殺されればそれで終いだ。
「怖い顔してる」
むにっと頬を摘まれた。
シャルロットが僕の頬をムニムニと触っている。
「シャルロットは余裕そうだね」
「まあね。シャルルが側に居るなら、私はそれで充分だもの」
彼女に与えていたであろう苦労と苦心を考えると、その返答はとても心に刺さる。
実際、今後シャルロットがやる事があったとしても、男性操縦者の情報をデュノア社に流すくらいだろう。
「…………」
シャルロットは。
今大変なのは、千冬さんや束さんの方なのだろう。
そして僕は、どう動くべきなのだろうか。
▽
暗い部屋の中、千冬はパソコンを睨みつけながら椅子に体重を掛けた。
ギシリと音が鳴る。同じに、後ろからドアが開く音がする。
「やぁ、ちーちゃん。調子はどうだい?」
確認するまでもなく、その声は束のものだった。
「デュノア社には男性操縦者と偽ったとして、デュノア社とフランス政府に抗議文を送り付けたよ。……交渉次第でこのまま通学させる体としたがな。それに乗ってくれなければ困るが、その辺りの駆け引きは理事長に任せるさ」
二人目の男性操縦者。
世間では既にそれは眉唾とされている。ISを扱うIS学園が本当に男性かどうかを調べるのも当然の話。本来なら入学手続き前に検査するのが当たり前なのだが、フランス代表という肩書きが特例を与えた。
シャルロットが本当に男かどうかを調査する声は他の教員の間でも上がっていた。それを長引かせたのはフランス代表の肩書きと、そして、千冬達の目論見でもあった。
「向こうに勘付かれたと思うか?」
「さぁ、どうかな」
束を通じて、シャルルが人質として捕らわれているのは千冬も知っていた。
一番の問題はそこだ。
「あの人が『特別』であるのは、知られてはならない」
シャルルがシャルロットだけでなく、千冬と束にとってもアキレス腱であるのは知られてはならない。
シャルロットが女とバレた時、シャルルはどうなるか。一企業のデュノア社なら考慮に値しないが、亡国機業が関わってくると話は別になる。
下手をすれば、証拠隠滅の為にシャルルとシャルロットは殺される可能性があった。
千冬達と、デュノア社、フランス政府と亡国機業。
全員の思惑が別の所にある。
シャルロットを調べる日を伸ばせば、男である期間を伸ばせば、向こう側はその分だけ一夏と白式の情報を得られる機会が増える。千冬達からすれば、シャルルの命はその期間は保障された。
しかし、調べる日を先延ばしにし過ぎても怪しまれてしまうだろう。IS学園側も目論見があって期間を延ばしていると気付かれてしまう。その際、シャルル達の命に別状ないが、フランス政府やデュノア社はそれで良いとしても、亡国機業は姿を消してしまう。
では、シャルロットが女だと判明したらどうなるか。
その瞬間にシャルルの命が保障されなくなるし、男性操縦者の情報を得る機会も失われる。千冬達にとってもマイナスだし、デュノア社側もマイナスだろう。
だが、亡国機業はそこが重要だった。だから、わざわざ亡国機業はシャルロットに男装をさせ、誘発的にシャルルの死を匂わせた。
シャルルが殺されるのなら、殺されると知れば、篠ノ之束は彼を助けに来るのか。
亡国機業は束とシャルルの関係を怪しんでいた。
「使えるものは全て使ったつもりだけどね」
「それでも穴はある。その穴が本物かどうかを探りに入れてきたのだろう。実際、ギリギリだった」
シャルルが自力で脱出してくれたから、まだ良かった。
「でなければ、お前は」
「……助けただろうね」
多分ではなく、確実に。
篠ノ之束の全てを使って、彼を助けただろう。
「あの人が怪しまれたのは、あの事故が切欠だろう」
シャルルが目覚めた、山での小型飛行機事故。
「過去履歴改竄出来たとはいえ、無茶をしたな」
「ごめん」
「だからあの時に私も連れて行けば良かったものの……」
「だからごめんてば……。あの時は時間なかったんだよ」
白い目で見てくる千冬に、束はひたすら頭を下げた。
「兎も角、シャルルの放置期間に加え、自力で脱出したんだ。束は関わっていない、或いは繋がりがあっても薄いと思ってくれれば良いのだが」
「そこはもうどうしようもないからね」
此処までの流れ自体は全員が予測していたことだ。
「デュノア社とフランス政府。デュノア社側がシャルルを観察していたことを考えると、デュノア社がやはり本命か」
デュノア社は完全な亡国機業の傀儡となっていると考えて良い。
今回の件で亡国機業はこれ以上IS学園にスパイを送り込むのは困難となった。
シャルロットを通じる形で互いの探り合いを入れたいのは同じだ。
向こうは男性操縦者の情報が欲しい。此方は亡国機業の情報が欲しい。
一手有利なのは、シャルロットの命綱であるシャルルが此方の手元にあるということ。
「彼の存在がバレるのは覚悟の上でしょう?」
シャルロットにはああ言ったが、千冬は実際、シャルル達の安全を最優先にした。
シャルルの存在がコッチにあると知れば、亡国機業はデュノア社を切り捨てて姿を晦ます。政府もデュノア社に責任を擦りつけて、それで終わりだ。
逆にデュノア社からすれば、シャルルが手元から居なくなったことは何が何でも隠すだろう。シャルロットにも亡国機業にも知られたくない筈だ。
シャルルが一番の命綱だったのはデュノア社だった。
だからISまで使用して捕らえていたのに、彼は逃げ出した。逃げ出して、死んだと思っている。
「怒っているか?」
シャルルを臨時教師としたのは、存在を隠蔽しなかったのは千冬の判断だ。
本来なら、シャルルの存在を隠しておくことが千冬達にとってもメリットなのだ。
デュノア社は勿論、IS学園も存在を隠すことで亡国機業を騙し続けられるから。だが、千冬はそうしなかった。
「ちーちゃんの判断なら、私は文句は言わないよ」
シャルルが此方の手元にあるのを知られたら、その時点で亡国機業の糸は消える。
消えるが、シャルルとシャルロットはその時点で自由になれる。
「シャルルを隠し続けるなど、それではデュノア社長と同じだから」
そんな不自由を彼に課せたくはなかった。
だが、束なら。
「お前なら、隠しただろうな」
一夏を利用し、身内を利用した束。
なら、シャルルを利用しない理由はない。
「さあ、どうかな」
そうするかもしれないし、そうしなかったかもしれない。
「やりそうだったから、こんな選択をしたのかもね」
自分がシャルルまで利用してしまいそうだったから、IS学園に来て、シャルロットに返したのかもしれない。
「何にせよ、あまり時間は残されてない」
「うん」
シャルロットの糸が繋がっているのもギリギリで、それはいつ切れてもおかしくない。
「……束、一応言っておくが、危険な方法は回避して欲しいものだが」
「一応返しておくよ、私にそれを求めないでね」
いくらシャルロットから男性操縦者の情報を流そうとも、亡国機業が動かなければ意味はない。
「だから、私は」
例え何を犠牲にしてでも。
必ず、取り返す。