インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》   作:ひわたり

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彼女のいない非日常

体の動きを確認する。

呼吸を整える。

「…………」

ドアノブが回る。

ドアが開く。

入ってきたのはスキンヘッドの男。

「おい、坊主……っ」

ドアの横に立っていた僕は、彼の首に腕を掛けてそのまま締め上げた。

ここまで、ずっと僕は大人しくしてきた。この男とは、それなりの信用と信頼を築いてきた。

だから、それを逆手に取るのは簡単で。この一度の裏切りが全てだ。

気道の閉鎖ではなく、頸動脈を抑えることで血液を止める。その方がずっと早い。脳に血液が行かなくなり、彼の意識が遠のく。気絶したタイミングを見計らい、静かに体を下ろして呼吸と鼓動を確かめた。

「死んだか?」

ゴリっと後頭部に冷たい塊が押し付けられた。

「生きてますよ」

僕はそのまま振り返る。

銃を構えたサングラスの男が目の前に立っていた。流石に銃ぐらい携帯していたかと、ここまでは予想の範囲内だ。

「そいつ一人だと思ったか?」

「いえ、いつも外にもう一人いるのは分かっていました。三人のローテーションで、二人体制での見張り。曜日毎に規則正しく変わっていたのは足音で判断しました」

それぞれの体重、歩き方により微妙に足音は異なる。ドアが開いて立ち去る時には二人分の足音が鳴っていた。

そして、今日がスキンヘッドの男とサングラスの男の組み合わせであることは把握している。

「交渉しましょう」

「そこの男の方が仲が良かっただろう。何故俺を?」

「この方は家族を持ち、愛している。故に、彼は会社を裏切れないし、辞めれない立場にいる」

守るべき者がいるのは必ずしも強いわけではない。僕と同じように人質となるし、弱点に成り得る。

「子供も幼い。家族を養っていくには金が必要。他人の僕より家族を優先するのは当たり前です。彼は社長の言いなりになるしかない」

その性格故に彼は会社に尽くすだろう。良くも悪くも、それは当たり前の行動だ。デュノア社は大きな会社だ。お金もあるし給料も良い。

シャルロットのことに関わらせているということは、社長にも多少なりとも信頼されているのだろう。

そして、社長からの信頼云々は目の前の男も同じだ。

しかし。

「貴方には家族がいない」

そして。

「この会社も、社長も信頼していない」

僕の断言に、彼は眉ひとつ動かさない。銃口は僕の眉間を狙い続けている。

「そんなこと言ったかな」

「言ってませんよ。ですが、簡易的な独断行動と、僕を人質に取る仕事のやる気のなさは見えていました」

そこで、と僕は続ける。

「貴方にこの仕事を、デュノア社を辞める理由をあげましょう」

ピクリと、男が初めて反応を示した。

この男からは熱意も情熱も感じなかった。会社に対する意欲も、ましてや社長に対する信頼も見えない。詰まる所、あの家を燃やした日。あの出来事で、この男は完全にデュノア社を見限ったのだろう。

無論、推測でしかないが、男は反応を示した。

「……随分と、危険な賭けに思えるが?」

「いいえ、貴方は分かっている筈です。この件に巻き込まれたことの重要性を。そして、その意味を」

シャルロットが愛人の娘であること、女性であること、この二つの事実はデュノア社を追い詰めかねない危険な要素。

それを知っているのはあの場にいた人物のみ。

もし告発でもしたらあの場にいた全員が危険となる。この男はデュノア社を見限りたいと思ったが、この事実により飼い殺しにされた。

デュノア社長が僕の目を焼いた理由。

シャルロットへの牽制と僕への楔。そして、社員達への脅しの意味も込められていた。

「このままではずっとデュノア社に拘束されたまま。そうでしょう?」

「…………」

銃口は僕を捉え続ける。

「今このバランスは微妙な位置で成り立っています。僕が人質となっていること。シャルロットがそれにより大人しく従っていること。脅しの効果でシャルロットと社員達が世間へ告発しないこと」

一番リスクが大きく、犯しているのはデュノア社長だ。

「まず前提として、全員の命の保障はあります」

僕以外の命は、と心の中で付け加えた。

「貴様の目は潰されただろう」

「傷みによる脅しですよ。後は爪を剥ぐとか色々とあるとは思いますが、それでも可能性は低いでしょう」

「何故」

「立場の問題ですよ。僕は監禁されている身です。しかし、貴方達は普通に生活する人です。疑われるような人目は避けたい筈」

体の部位に異常を起こせば、必ず第三者の目を引く。服の下を殴る蹴るは兎も角、顔面への怪我や爪を無くすなど、通常ではあり得ない現象は違和感を産む。

「俺達が監禁されたら?」

「僕一人でさえこんなに苦労しているのに、更に人数を増やしてリスクを引き上げますか?」

「…………」

「一番はそこですよ。ここは企業です。普通の人間が、そんな軍人や警察の真似事を熟せるワケがない。貴方もそうやって銃を僕に突きつけていますが、実際にこの頭を撃ち抜けるかどうかは、別問題」

何処かで必ず破綻する。

仮に僕を殺せと命令を下せば、必ず反対者が出るだろう。そこでバランスが崩れれば終わりだ。

「このまま停滞していても貴方は飼い殺しが続くだけ」

状況は何一つ変わらない。

下手にシャルロットをずっと操るともなればそれも同じ。

「僕が脱走すればバランスは崩れ去る」

「それでは、罰を与えられるだろう」

「そうですね。考えられるのは、降格、現状維持、罰金」

そして或いは。

「解雇」

「だが機密を知っていれば、飼い殺しが続く」

「そこは交渉次第でしょう」

「何?」

「僕を逃せば罰を下される。だが、内容を漏らすワケにはいかない。つまり、勧告は社長自らと対面して行われる」

そこは既に交渉の場となっている。

「貴方は不満を隠さなくて良い。知らなくても良いことを知ってしまったことに加え、やりたくないことをやらされた。その上で罰を下される。不満が爆発すれば告発され計画は台無しになると、社長に思わせる」

罰を与えれば不満が溜まる。かと言って、ミスをした手前、現状維持でも体裁が悪い。殺してしまえば楽だろうが、暴力を与えられれば楽だろうが、企業の体質上、社員に対してそれを行うのは困難だ。

「貴方から先に案を提示するのですよ『外国へのチケットが欲しい』とね」

「…………!」

言わば国外追放。彼の身の安全は保障され、社長も国外へ行ってくれれば楽になる。人が不安を抱える時は、手元に置いておきたいか、目も届かない遠くへ置きたいかのどちらかだ。

「……俺に国を捨てろと」

「愛国心があったのであれば謝ります。しかし、貴方はIS会社で働いていて日本語も堪能だ。ISの影響で日本語も準国際語として広まっている。言葉には困らないでしょう。後は口止料として多額の金でも貰えば、充分だと思いますが」

「…………」

まだ銃口は僕を向いている。

「僕が与えられるのは現状打破の切っ掛けだけです。交渉は貴方の手腕。もちろん賭けの要素は否めません。これに乗るかどうかは、貴方次第」

さあ、どうする。

賭けに乗るか、乗らないか。

「付け加えるならば、僕の脱出を貴方は知らないフリをしてくれれば良い」

僕は手で気絶しているスキンヘッドの男を示す。

「この人は仮眠室で仮眠を取っていた。貴方はどうせ暇な仕事だからと、起こさずに一人でここにきた。途中で目を離した隙に僕が脱走。どうやって逃げたかも分からない」

頼むことは精々、スキンヘッドの男を部屋へ運んでもらうことくらいか。

「…………」

「…………」

暫く無言の時が過ぎる。

そして、銃口が下を向いた。

「……良いだろう。少し待て」

男はスキンヘッドの男を担ぎ上げてから僕を見た。

「折角だ。一応、必要なものがあるなら聞こう」

そうしてもらえるなら、これからの行動が格段に楽になる。

「……では、入管許可証なるものと、パソコンを貸して頂けますか」

分かったと男は鍵を閉めずに出て行った。今の内に逃げてしまおうか少し悩んだが、待ってみることにする。

数分後、首から下げるカードとノートパソコンを持った男がやってきた。

「ほらよ」

「ありがとうございます」

僕は電源を付けてから一度知識を整理した。

キーボードを叩いて行く。パソコンの画面を睨み付けながら様々な画面を展開していった。

「ついでだから聞きますが、ここは何処ですか?」

「デュノア社のIS第三工場だ。海辺の近くで……」

「ありがとうございます、大丈夫です。特定しました」

後はやることは決まっている。

無数の英数字の羅列。別の画面には1と0の数字が無数に現れ続けた。

男はそれを見て首を傾げた。

「何をしている?」

「ハッキングですよ」

「は?」

「このパソコンはもう、ここの施設を占領しています」

カチリと操作する。

先ずは防犯カメラの操作だ。今日一日のデータを全て抜き出し、消去する。今すぐにではなく、時限爆弾のように後々で行われるウイルスだ。

「お前……何者だ?」

この短時間で行われたIS工場という機密情報の塊のハッキング。それを気付かせない手腕。遅効性のウイルスの作成。

「さあ、何でしょうね」

僕はそれを考えないようにした。

この施設の地図も手に入れた。外は現在大雨らしい。脱出の環境には丁度良いだろう。

「最後なので聞いておきたいのですが、デュノア社長がこうも無謀な策に出たことに、何か心当たりはありませんか?」

「…………」

男は黙ったまま口に手を当てて考え込む。

「……亡国機業」

知らぬ単語が一つ零れ落ちた。

「どんな組織かも知らぬが、そんな事を社長が呟いていた」

「……そうですか、ありがとうございます」

亡国機業。

それが原因であり、今回の件の首謀者なのだろうか。

「お世話になりました。申し訳ございませんが、パソコンは持って行かせて頂きます」

僕は立ち上がってドアを開ける。

同時に、館内に緊急放送が流れた。

『火災発生。火災発生。各位は緊急避難してください。場所は……』

火災は実際に起きたものである。施設の一部をオーバーヒートさせて小さな爆発を起こした。

「さようなら、幸運を」

通るルートは全て頭に叩き込んでいる。通る予定の電子ロックは全て外して置いた。貰った通行証のカードで開けるだろう。

この先、また捕まるのか。それとも脱走できるか。

そして、生きるか死ぬか。

これは自身を賭けた脱走ではない。

シャルロットの自由を賭けた戦いだ。

この場から電話履歴を残すわけにもいかないだろう。シャルロットに携帯くらい支給されているだろうが、その番号を知らない。そうなると掛けるのはIS学園しかないが、ここの施設の番号を向こうに残しては後々大変なことになる。

だから、脱走して、一報入れれば僕の勝ちだ。

それまでは死ぬわけにもいかない。

それまでは……。

 

 

必要な物を揃えに別の場所へ行き、物を失敬する。

正直、動き回るのは心臓が破裂するくらい怖い。見知らぬ人とすれ違うだけで捕まってしまうのではと恐れてしまう。

ただ、今は火事を起こしている。少し時間が経てば別の箇所も爆発するよう仕掛けた。出来るだけ人が少ないと思われる場所を指定したから、怪我人や死人が出ないことを祈るが。

「…………っ」

頭がグラグラする。

爆発を、炎を、火を起こしたという事実が僕を刺激する。

気持ち悪い。

吐き気がする。

目眩が襲ってくる。

僕が火を起こした。僕が。僕が。

「ぐっ……」

喉までせり上がってきた胃液を無理矢理飲み込んだ。鼻にツンと匂いが刺さる。

「…………かはっ」

兎も角、現状なら焦って動いていても不思議には思われない。この短い時間の中、混乱の状況に応じるしかない。

後は脱出手段。

今なら正門から出て……。

「…………」

……いや、ここは別の手段を取るか。

各所の爆発。監視カメラのデータ破壊。この工場の混乱は最高潮に達した。隠れて動く必要もない。僕の存在を知っている者はいないし、全員が慌てている。一つの火事だけなら兎も角、あらゆる箇所で起こっているのだ。想定外のことが複数重なると人は混乱する。

人に紛れ込む。

後は時間の勝負だ。

 

 

外は大雨で、風も強い。

嵐の様な天気で、真っ暗な中で建物の光だけが浮いている。遠くまで何も見えないということは、向こうが海だろう。

僕はヘリコプターがある場所へ向かった。離着陸の履歴でヘリコプターのことは調査済みだ。

僕の行動は流石に何人かに怪しまれたが、途中の通路でシャッターを利用して分断した。

施設は僕の手の内にある。どんな操作もするかは自由に出来た。

「…………」

何故こんなことが出来るのか。

この知識はどこからくるのか。

なのに、何故記憶を思い出せないのか。

今はそんなことを考えている場合ではない。出来るだけ早く。ここからの脱出を。

こんな気候の中、ヘリコプターに乗るのは自殺行為に等しい。空を飛ぶことにトラウマが出るかもと思ったが、家を燃やされた時同様、そんなことを気にしていられない。

まさかこんな中をヘリで逃げるとも思うまい。

ライトも点けず、僕はヘリを飛ばした。

どうやら、幸いにも空を飛ぶことに関しては特に影響はないようだ。

闇の中に進んで行く。海の方へ向かった。何処へ続くかも分からない闇の中を進んだ。

風の影響もあり、ぐわりと揺れる。知識頼りの操作も合わせ、非常にシビアだ。少し離れるだけで良い。後は海岸に着けて、そのまま何処かへ……。

 

鉄が悲鳴を上げる音が響いた。

 

激しく揺さぶられた機内で、僕の身はドアに叩きつけられるように踊った。視界が回る。激痛の中思考を動かす。何が起きた。

いや、何が起きたかは、予想が着く。寧ろ、やはりかとも思えた。

「そこまでよ」

女性の声。

空中で横向きになったヘリコプター。ドアが床となり、天井となる。見上げた目の前に鋭く光る剣先があり、ヘリコプターを片手で掴んだ状態で支えるISの姿が、そこにあった。

僕の見張りの一人である、女性だった。

「…………どうも」

ああ、やはり、ISを持っていたか。

ドボンと、下の海で微かに何かが落ちる音がする。ヘリコプターは既に力を無くしていることから、プロペラを切り落とされたのだろうと推測した。しかし、相変わらず理不尽な強さだ。

「普通、交渉から入りませんかね?」

「貴方相手にそれは危険な気がしたのよ」

雷が落ちて、轟音が轟く。

僕に突き立てる剣に光が走った。

IS。

ISを持っているであろう可能性は示唆出来た。

だから、僕はこの脱出方法を選んだ。徒歩では必ず捕まる。車を盗んでの脱出も同じ。

ほんの僅かな可能性でも、逃げられる可能性があるのは、此方だから。

でも、ISは僕に気付いた。

気付いてしまった。

 

だから、僕は、最後の賭けに出た。

 


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