インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》   作:ひわたり

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囚われたモノ

 

シャルロットは男装をしてIS実験場を歩く。

デュノア社の社員達には既にデュノア社長の息子であり、第二の男性操縦者として通達されている。

今はまだ極秘裏として伝えられている為、大きな騒ぎにはなっていないが、様々な視線を集めるのは仕方がない。それでも、シャルロットが女性だとバレることはなかった。

胸は無理矢理抑えているが、身体つきは変えようがない。それでも、華奢な女っぽい男、という風体で通すことは出来た。

動き一つとっても女とは見破られず、少なくとも第三者は完全に騙せた。

シャルロットのコレは全てシャルルを真似たものだった。何年もずっと一緒に暮らしてきた。彼の仕草も、動きも、癖も、全部分かっている。だから出来た。

出来るほどにずっと見てきて、ずっと側にいた。

シャルロットの正体を知る極僅かな人間はその様を見て舌を巻いた。

 

様々な機械設備とパソコンが取り揃えられた部屋。無機質な匂いが漂う空間で、白衣の男がシャルロットに挨拶をする。

「こんにちは、デュノア君」

「こんにちは。今日は宜しくお願いします」

シャルロットと男は握手を交わし、台座の上にある待機状態のISを手渡した。

「これが君の専用ISだ。まだテスト段階だから、正確に言えば専用予定となるがね」

シャルロットはISを装着する。

展開するかと目線で問えば、そうしてくれと頷いた返答が返ってきた。

ISを展開。

適当な武器を展開しては消して行く。

「相変わらず、驚異的な展開速度だね」

「そうですか?」

シャルロット自身は意識していないが、ISの展開速度と武器の展開速度は天才のそれだ。研究員からはとてもズバ抜けていると言われたが、ISを他人と比較したことのない彼女にとってはあまり実感のないことだった。

「…………」

シャルロットはISの手を見つめた。

シャルルが空を見て、ISを見ていたのを思い出す。空への自由を見ていた。

そして、シャルルの足を潰したのもまた、ISという存在だ。

そんなISを自分が纏っている。

とても複雑な気分だ。

温かい真綿で首を絞められているような、そんな感覚。

「では実験場へ行こう。実際に動かしてみて、思った通りの感想を言ってくれて構わないよ」

「はい」

ここの人間達は純粋にIS作りに励んでいる。

シャルロットの事情など微塵も知らない。ここで暴れれば彼らに迷惑が掛かるだけだ。

言いようのない、逃げ場所のない胸の疼きが、シャルロットの心の中に沈められていく。

先ずはシャルロットの練習も兼ねて、銃の打ち方を学んで行った。

無機物な映像のターゲットに銃弾を撃ち込んでいく。

何発も何発も。

その顔は空虚で、何も映らない。

一瞬だけターゲットをデュノア社長に重ねたシャルロットは、やはり無表情のまま、その額に銃弾を撃ち込んだ。

 

 

僕が閉じ込められてからある程度日数が経った。

抵抗はせず大人しくしている。睡眠に関してはベッドがあるし、食事も運んできてくれる。トイレも人付きなら許可を得られた。

欲を言えば、そろそろシャルロットのご飯が恋しくなったが、そこは致し方ない。なんとなく寒いなと思ったりもしたが、暖房冷房とかではなく、シャルロットが引っ付いてこない所為だと途中から気付いた。

シャルロットが側にいないことは、意外な程に僕はダメージを受けているようである。

彼等も結局は僕を生かし続けるようだし、外に出ることは不可能でも、人並みの生活くらいは保障してくれるようだ。

見張りの役割は3人が交代で訪れた。

一人はスキンヘッドの男。何故だか最近は僕が彼の愚痴を聞く役目になっている。娘さんは可愛いが、特に最近は奥さんが冷たいらしい。可哀想に。

後はサングラスをかけた男。

寡黙なので余計なことは一切喋らない。でも何かしらお願いすれば聞いてくれる。職務には忠実らしい。

後は若いショートカットの女性。

こちらも特に喋ることはしない。ご趣味はと聞いたら睨まれた。怖い。ISを持っているかどうかは不明。僕にISで見張らせているというブラフかもしれない。

 

足のリハビリの為に部屋の中を壁伝いにウロウロしてみる。元々筋肉は無かったが更に落ちた気がした。この環境下では仕方ないけれど。毎日暇だったが、リハビリに結構な時間も取られるので、面倒だが良しとしよう。

歩き回っているだけなのも飽きるので、色々と体を動かしてみる。

体を動かすことが嫌いな僕がここまでやってるのに自分で感心した。いざという時は少しでも動けるようにしておきたいので、怠れないことではあるのだが。

 

ドアノブが回って眩しい光が入ってきた。スキンヘッドの男だ。

眩しいのは部屋の照明を消していて、廊下の電気が入ってきたからである。他意はない。

「よう、坊主…………って、何やってんだお前」

「おはようございます」

僕は逆立ちした体勢のまま答えた。

何もないところで逆立ち出来るほどバランス感覚は良くないので、壁に足を立て掛けている状態で逆立ちしている。

「これ足が折れてる状態でやるべきじゃないですね。怖くて元に戻れないので、手伝ってくれませんか?正直頭に血が上り過ぎてヤバイんです」

「マジで何やってんだ」

男の手を借りて何とか安全に着地できた。

地面に座れるって素晴らしい。僕は痺れた腕をフリフリとしながら笑って答えた。

「一言で言えば暇なんですよ。本でも新聞でも良いんで手配してくれませんかね」

それなら武器にもならないし安全でしょうと提案してみる。

「人質のクセに贅沢な。……と言いたい所だが、実際暇だろうな。よく今まで我慢してたよ」

男が壁のスイッチを押して電気を付けた。人工的な光が部屋を満たす。

「そのくらいの要求くらい良いでしょう?別にシャルロットとの面会を望んでるわけでもないのに」

「逆に、俺はそちらの要求をしてこない方が不思議だがね」

男は簡易椅子を立てて座り、タバコに火を付ける。深く吸い込んで煙を出した。実に美味そうにタバコを吸っている。

「タバコ吸ったら嫁さんに怒られるんじゃありません?」

家ではマトモに吸えないのだろうと察しながらも尋ねてみた。

「うるさい!分かってるよ畜生!」

どうやらまた嫁さんに怒られたらしい。懲りない人である。

「んなことより、何でお前さんあの嬢ちゃんと会わせろって言ってこないんだ?」

「話変えないでくださいよ」

「そっちがな」

別に変えようとしてるわけじゃないんだけどな。

「じゃあ、会わせてと言ったら会わせてくれるんですか?」

「一度くらいなら可能かもしれん」

「社長の許可は」

「当然必要になるけどよ」

僕は笑ってみせる。視線を逸らして苦笑いを浮かべて見せた。

「やっぱり実質不可能じゃないですか。それなら、本とかで良いです」

「頼むから粘ってくれよ。俺からしたらアッサリし過ぎて怖いんだよ、お前。何で年不相応にこんな状況でも、そんなに落ち着いてるんだよ」

どうしてと言われても、性格としか答えようがない。

ああでも、この男が初めて僕を見たのは家が燃やされた時だったから、その時の暴力的な僕の印象が強いが為に、余計に不気味に感じているのかもしれないな。

「経験の差ですかね」

「どんな経験してきたんだよ」

「大したことではありません。事故で死にかけて記憶を失っただけですよ」

「それがマジなら十分凄いぞ」

僕の予想が確かであるなら、多分、シャルロットとは簡単に会わせてくれるだろう。

だが今、シャルロットと会っても状況は好転しない。寧ろ逆か。

会ったら会ったで、シャルロットを結び付ける鎖が強くなるだけだ。僕という存在を見せることで、シャルロットの僕への依存性が高くなる。特にこの左目の印象が強く残るだろう。潰された瞬間は見ていても、潰された後をシャルロットは見ていない。彼女が僕の顔を見れば必然的にあの悲劇の光景を思い出す。

人質としての価値が上がっていく。

そして、シャルロットは余計に動けなくなっていく。

だから会わない方が良い。

シャルロットは精神的に苦しくなっているかもしれないが、僕と会ってしまえば精神的な安らぎを得る代わりに、自らの思考と活動を狭めることになる。シャルロットが本当に危険な時は、彼女自身が決断を持って動けるようにしておかなくてはならない。

デュノア社長の命令が度を過ぎて来た時に、僕を見捨てて行動するべき線が、どこかで区切る線が必要になる。

その線を引き上げるべきではないのだ。

「しかし、本ねぇ。まあ危険な物でもないし、構わないと思うが」

「なら、是非ともお願いしたいですね」

恐らく、男が『シャルロットと会うか』と聞いてきたのはデュノア社長の指示だ。

デュノア社長は結構クレーバーだ。

家を無くしたのは精神的に追い詰める為だが、燃やすという選択をしたのは、恐らく僕の火傷痕を見ての判断だろう。

トラウマを担っているとは思ってはいないだろうが、顔に痕が残るほどだ。苦手意識を持っていると見抜いた。

だから左目を潰す時も、ISに指示をしないで態々葉巻に火をつけ直した。

火という方法で、僕の心を折る為に。

もっとも、あの瞬間だけは、火というトラウマを跳ね除けられたわけだが。

寧ろ、不思議と火が味方と思えた程である。

「本って言ったって、沢山あるじゃないか。どんなのが良いんだ?」

「何でも良いんですけど、最近は小説ばかり読んでて飽きてきた所ですしね……」

「勉学書とかどうだ?」

「ああ、時間はたっぷりあるし、良いかもしれないですね」

男は冗談混じりの提案だったのだろうが、僕の同意にマジかよと目を丸くする。

「ある意味、勉強するにはもってこいの空間と時間じゃないですか」

「プラスな意見だな……」

「でも、普通の勉強もつまらないですし、将来に役立つのが良いですね」

ああそうだと、僕は恰も今思いついたかのように口にする。

「プログラムとかパソコンとか、そういう系が良いですね」

 

僕自身に眠る、底なしの知識を掘り返す鍵を提案した。

 

「お前がそれで良いってんなら良いけどよ。今度聞いてみるわ」

「宜しくお願いします」

僕自身が危険だと思って止めた知識集め。

セリーヌさんの時に病気関係を調べた時、異常なまでの知識が其処から引き攣り出された。

明らかに表に出てこないであろう知識まで見えてしまった。

ならば、機械関係を、データの知識に触れたらどうなるか。

賭けでしかないが、僕が武器として持てるのは、何処かで眠る知識の海だけだ。

一体どこから知識を得て、何処から持ってきたのか知らないが、今はこれしか頼りがない。

デュノア社長が男性操縦者の情報を得たとして、男と偽って送り出したシャルロットをどうするか。一番手っ取り早いのは、処理をすること。つまりはシャルロットを殺すこと。

これは最悪のパターンであり、可能性も低い。だが無いわけではない。故に、僕はその前に動かなければならない。

命を失うリスクを負っても、シャルルという僕が知識に呑まれてしまおうとも、それは必要なことだから。

 

ここからの脱出の手段を探る。

先ずはそこからだ。


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