インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》   作:ひわたり

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闇は深く深淵に

ごめんなさい……。

 

ごめんなさい……。

 

ごめんね……。

 

…………。

 

……。

 

 

意識が浮上する。

ここはどこだ。

体が痛む。

シャルロット。

シャルロットはどうなった。

僕の家族はどうなったんだ。

「……ぐっ」

ズキリと右足に激痛が走る。

辺りを見回そうとしたが、何故だか視界がおかしい。左眼が見えないことに気付くのに時間は掛からなかった。

「……ああ、そうか」

起きた出来事を思い出して、小さく息を吐いた。

僕は敢えてデュノア社長を挑発した。あわよくば殺してくるのを狙ったが、流石にそこまでは無理だったか。

しかし、これでデュノア社長の敵愾心や殺意は僕に向けられた。シャルロットが何か言っても無視するだろうし、苛つくことがあっても僕へと攻撃するだろう。その代償が折れた右足と、失われた左眼。

安いものだ。

「起きたか坊主」

声に振り向けば、ドア付近にスキンヘッドの男が立っていた。シャルロットを捕まえていた男だ。

……坊主に坊主と言われた。

やたら小綺麗な部屋だ。部屋の中には何もないが、埃一つ落ちてない。手も自由に動くし、拘束をされていない。

「捕まえておかないのですか?」

「俺達は軍や警察じゃないんだ。手錠なんて持ってない」

「ロープで良いじゃないですか」

「縛られたいのか?」

「マゾヒストではありませんよ」

寝たままでは居心地も悪い。

足が折れている状態なので、座ったまま壁に背を預ける体勢で失礼する。

「……冷静だな」

「そうですかね」

「あの娘がどうなったか知りたくないのか?」

「教えてくれるのなら、是非」

情報を与えてくれるのなら欲しいものだ。この部屋では外が昼か夜かもわからない。

「どうも調子が狂うな……。あの娘はデュノア社長の意向に従って、IS学園へ行く準備をしている。今頃、男の振る舞いの練習やISの練習をしてるだろうよ」

……本気で実行しているのか。

デュノア社長の狂気を目の前にして、誰も反対出来なかったか、反論は潰されたのか。

だけど、シャルロットも取り敢えずは大人しく従っているようだ。

そのことに、少しだけ安堵する。下手に感情に任せて動けば失敗を犯す。焦る時間は過ぎた。今は時間を掛けて考える。

「男に扮装することについて、どうお考えで?」

「ノーコメントだ」

男は両手を挙げて勘弁してくれと首を振る。

それはそうか。下手なことを言って社長の耳にでも入ったら文字通り首が危ないだろう。

「……随分と余裕じゃないか」

「貴方こそ、随分と饒舌ですね。私の監視役でしょう?」

でなければこんな所にはいない。

僕が自殺しようとする可能性を考慮すれば猿轡でもつければ良いと思うが、いきなり自殺する無謀者と思われなかったのかもしれない。

「さっきも言ったが、ここは軍や警察じゃない。企業だ。こんな拷問紛いなことや脅しなんて専門外だよ。正直、やってられん」

深い溜息を吐く。嘘を吐いている様子はなさそうだし、人並みの罪悪感もあるのだろう。

「特別手当でも申請したらどうです?」

「これは極秘事項だから、それは無理だ」

「極秘?シャルロットが公に出るのに?」

「お前が人質だからだろうが。そもそも愛人の子供ってなんだよ。IS学園に通わせるとか、男装させるとか滅茶苦茶だしよぉ……。あの嬢ちゃんが愛人の子供ですとか、実は女ですとか、人質取られてますとか言ったら、それで終わりじゃねぇか。何考えてんだマジで」

大分ストレスが溜まっていたらしく、先程の警戒は何処へやら、愚痴を言い始めた。

だが言ってることは誰しもが考えることだ。シャルロットの言動一つでデュノア社は終わる可能性があるし、少なくとも、デュノア社長自身がタダでは済まない。

「その為の人質でしょう」

僕は無くなった左目を指差す。

「ここまでやれば、逆らえば殺すと脅せば、本気で殺されてしまうかと思うでしょう」

僕は兎も角、シャルロットはそう思う。

「お前的には死んだ方が都合良いんじゃないか?あれだけ死のうとしてたろ」

「シャルロットが社長の手に落ちた今、死ぬのは得策ではないですね。目の前で死ぬならまだしも、私の安否を彼女が確認する術はないですし、生きていると思わされたまま動かされるのがオチです」

ならば生きて打開策を見つける方が有意義だ。だが、シャルロットがIS学園へ通うのなら、少なくともIS学園へ行くまでは動かない方が良いだろう。

IS学園は最先端の技術と各国の人間が集まる異例の場所。そこには特別なルールが設けられており、法律も独自のモノとなっている。

そこへ行けば、シャルロットが通っている間はデュノア社から逃れることが出来るのだ。

僕の方は、多分生かされる。彼も言ったが、ここは企業だ。人を殺すような下手な命令は簡単に下せない筈だ。

「あと、無理なら良いんですけど、此処って何処ですかね」

「それは流石に言えんな。お前が逃亡したら問題だし」

「でしょうね」

だが、デュノア社の管理してる何処かだろう。空気も匂いも悪くない。電気も黒ずんでいないし明るい状態だ。僕が閉じ込められる前は普通の部屋として使用されていたのだろう。

「取り敢えず、下手なことをする気も死ぬ気もないので、私の管理の時くらいは仕事を忘れて寛いで下さい」

「……捕まってる自覚ある?」

「ええ、もちろん」

「あっそう……。んじゃ、早速で悪いが、定時連絡させて貰うぜ。お前が目覚めた報告もな」

「ええ、どうぞ」

男は再び溜息を吐いて部屋から出た。

ちらりと見た部屋の外は廊下で、そちらも整備された綺麗である。入ってきた空気もやたら澄んでいる気がする。IS工場とか、商品開発とかの場所だろうか。それならば危険物取り扱いのような一角で管理されていそうではある。

「…………」

あの男も結局は向こうの人間だ。語っていたことは本音だろうが、仕事として熟すだろう。話付き合いは良さそうなので『仲良く』なって利用させて貰えるなら、そうしよう。

「……ふむ」

取り敢えずはこの足を治すのが先決か。

……シャルロットも冷静に動いていれば良いが。

シャルロットだけが自由の身になれるのなら、実は簡単だ。

隙を見て練習用に与えられているISで脱出して、何処へなりともこの情報を広めれば良い。僕を人質として捕まえていることが油断に繋がる。それを利用すればいい。例え政府の繋がりがあろうとも大きく波及した波は止められない。

IS学園へ行っている間に姿を眩ませても良い。シャルロットに従う意思がなければ社長も別の手を考えるだろう。

無論、僕がどうなるかは分からないけれど、だけど、それでシャルロットが自由になるなら構わない。

 

だが実質、デュノア社長が人質としたのは僕だけではない。

デュノア社に勤務する全員だ。

会社が潰れればどれほどの人が被害を被るか。家族や子会社を含めたら万はいくかもしれない。社会経済のダメージも大きいだろう。

シャルロットにもそれが分かる。

分かるが故に動けなくなる。

彼女は見知らぬ人の命をどうでも良いと切り捨てられる思想を持たない。

優しさに漬け込んだ縛り。

もっとも、そんな性格でなければ人質は効果をなさないけれど。

逆に言えば、デュノア社長はそのリスクを覚悟してまでこの案件を請け負った。

シャルロットを使ったのは操り易そうなのと、単純に自分の血液が混じった子供、つまりは自らのアピールをする為だろうけど、本質的な所はシャルロットでなくとも良いのだ。

「…………」

セリーヌさんが亡くなった後に訪れた日。デュノア社長はサッサと引き上げた。

家も放置して僕達にも無関心だった。あの当時は単純に使える道具が増えるかどうかだけだったのだろう。だから、別にどちらでも良かったのだ。

しかし、今回は明らかに強制的に、徹底的かつ暴力を駆使してやってきた。

原因は男性操縦者だと彼自身も認めていた。

フランス代表。つまり、フランス政府が関わってくる。政府の役人がデュノア社に何を持ちかけたのか。

男性操縦者の問題。だが、そこにフランス政府が介入してくる理由は何だ。大企業とは言え、政府がわざわざ一企業にスパイ紛いのことをさせるのか。

そして、先程のリスクを負ってまでも社長が手に入れたかったもの。

それは政府と同じモノか、はたまた別のモノか。

「一夏くんを調べれば、それも分かるのか……?」

仮にそれをシャルロットが知ってしまえば、もう二度と戻れない位置に来てしまうのか。

取り敢えず、考える時間は沢山ある。

だが、もし願うのなら、シャルロットが逃げてくれれば良い。

シャルロットが逃げるだけならば、僕一人の犠牲で済むから。報復は全て僕が背負うだけだ。それだけの話だから。

セリーヌさんとシャルロットに連れられ、初めて家へ行ったあの日。

僕等が家族になったあの日。

僕が彼女に放った言葉を思い出す。

「僕を利用しろ」

そうすれば晴れて自由の身だ。

僕を捨てればそれで終わりなんだ。

生まれてからずっと苦しんできて、ここまで来たんだ。

もう良いだろう。

もう君は幸せになっても良いんだ。

 

 

「必要ない」

男の練習をする。

社長室でデュノア社長にそう命令されたシャルロットは、平然と返した。

社長では数人の男とシャルロット、そして秘書とデュノア社長がいる。デュノア社長が太々しく椅子に寄り掛かりながら下した命令を、シャルロットは間髪入れずに反発した。

一瞬、空気の温度が下がった気がした。

「反抗するのか?」

デュノア社長の濁った目がシャルロットを睨みつける。しかし、彼女は変わらぬ表情で受け流した。

「必要ないと言ったの。そんなことしなくても、男のフリなんて出来る」

「貴様がヘマをしたら……」

「私が」

デュノア社長の言葉に被せるように言い放つ。

「私がどれだけシャルルと一緒にいたと思ってるの。彼の動きを私は知ってる。私なら、彼の動きを、男の動きを完全に模倣出来る。だから余計な指導は必要ない」

彼女の断言に、デュノア社長は眉を寄せたままシャルロットを睨みつけた。シャルロットは怯むことなく、冷徹に見返す。緊張が部屋に充満した。

「……良いだろう。だが、一度は第三者の立会いで見てもらうぞ。今日の所は、ISの練習で良い」

「分かった」

シャルロットは淡々と返して、先行する男の後へとついて行った。

デュノア社長は大きく舌打ちをした後、葉巻に火を付けて大きく煙を吐く。

「……チッ。こんなことなら、あの時にサッサと引き取っておくべきだったか」

シャルロットの態度が虚勢だというのは見抜いている。だが、下手に触れればシャルロットが暴れる可能性が出たことで、デュノア社長自身も動き難くなった。

「……む」

机の上に置いてある電話が鳴る。

非通知表示。

デュノア社長は少しだけ目を細め、秘書と残っていた男を部屋から下げさせた。

「……もしもし」

固い声で出るデュノア社長。

「ええ、問題なく進んでいますよ」

男性操縦者の情報。

男性操縦者が持つISの情報。

「その時には契約通りに。亡国機業殿」

 

 

 

シャルロットはホテルの一部屋を宛てがわれた。

豪華な部屋に目をくれることもなく、ベッドへと座り込む。あれから本社へと連れて行かれたシャルロットは、簡単なISの検査とこれからのスケジュールを与えられた。シャルルを乗せた車は別方向へ向かい、どうなったかも分からない。

シャルロットは何度もしつこく食い下がったが、答えは返ってこなかった。

フランス代表になることは既に決定事項であったが、ある程度のISの実力がなければ話にならない。幸か不幸か、彼女はISの適性が高く、才能もあった。

「…………」

こんな風にISに触れたくはなかったと、シャルロットは唇を噛む。

自由に飛べる翼。

だが、囲まれた檻の中では自由など得られる筈もなかった。

今のシャルロットは、デュノア社の言うことを大人しく聞くしか手立てがなかった。

『僕を利用しろ』

昔のシャルルの言葉を思い返す。

当時はそれをどうとも思わなかったが、現在では、それは到底不可能と知った。

シャルルを利用するどころか、シャルルの為に何かを利用するだろう。

それ程までに、シャルロットの中ではシャルルの存在が大きくなっていた。

「…………」

アレからシャルロットはシャルルの顔を見ていない。無事かと問えば、ある場所で管理していると返答が返ってくるのみだ。他の質問は一切受け付けられない。

潰された目と折れた足。左目を焼かれて気絶したシャルル。

今すぐにでもシャルルに会いたいというのがシャルロットの気持ちだ。

「…………」

IS学園への転入が本格化する前に何とかしたいが、時間も準備も足りない。与えられたISを使用すれば自分だけなら脱出は可能かもしれない。報道に知らせ問題を起こすことも可能だろう。ISを使って暴れれば、或いはデュノア社長自身を脅せば、計画を破綻させることが出来るかもしれない。

しかし、そこにシャルルの身の安全が保障されない。

デュノア社長がシャルルに手を掛ける可能性があるだけで、シャルロットは行動不可となった。

命までは奪わないにしても、目を潰したのだ。他にどんなことをされるのか分からない。

「シャルル……」

恐らく、シャルルはそれでも良いと言うだろう。

「…………」

でも、シャルロットにそれは出来ない。

シャルルだけではない。デュノア社には数多くの従業員が働いている。その人達にも家族がいる。下手に動いてデュノア社が倒産する事態になれば、全員が路頭に迷うことになるだろう。

大規模の人数を巻き添えにする可能性がある為に、シャルロットは動けない。自分のエゴの為に誰かを犠牲にする真似は、シャルロットには不可能だった。

「シャルル……」

……私には無理だよ。

誰かの命を賭ける真似なんて。

君の命を見捨てるなんて、そんなこと。

「…………っ」

涙が溢れそうになるのをグッと抑える。

唇を噛み、両肩を抱くように身を固めた。

泣いてはいけない。

今泣いたら崩れてしまう。

それだけは駄目だ。

今折れてしまったら、本当に何もかも終わってしまうから。

サラリと、後ろで纏めていた髪が流れ落ちる。

男になれと言われても、髪を切ることだけは頑なに拒否をした。シャルルに貰った髪留めのリボン。あの時、たまたま身に付けており、鞄の中に入っていた唯一の思い出。

唯一の心の支え。

そうして、シャルロットは耐えた。

耐えることだけが、彼女に出来る唯一の抵抗であった。

 


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