インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》   作:ひわたり

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塵と成り果て崩れ去る

その日は唐突に訪れた。

 

家があるのは丘の上だ。

周辺に他の家はない。

だけど、この日だけはイヤに静かだった。

午前中までの仕事帰り、僕は家の前に車が止まっているのが見えた。

その車に見覚えがある。黒塗りの高級車など一度しか目にした事がない。僕は心を引き締めて、家がある方向へ足を進めた。

 

この時に引き返していれば、また違ったのだろうか。

しかし、僕は進んでしまった。

進んでしまったんだ。

 

 

「ご機嫌、シャルル君」

「こんにちは、デュノア社長」

車が何台も止まっている中に、デュノア社長の姿があった。

男達が家を取り囲んでいるのも目に付いている。社長の後ろには秘書らしき女性が佇んでいた。

デュノア社長は気軽に挨拶をし、僕もそれに応じた。

「今回はどのようなご用件でしょうか?今日はシャルロットさんは学校に行っている為に居ませんが」

「ああ、知っているよ」

デュノア社長が葉巻を取り出し、大きく吸い込む。たっぷりの煙を吐き出し、確定事項のように口を動かした。

「シャルロットを貰いに来た」

……またか。しかし何故今になって?

「……それは、男性操縦者が発見された事と関係があるのですか?」

今世の中を騒がせているニュース。

僕が前に一度だけあった事のある日本人の少年、織斑一夏が女性にしか扱えない筈のISを起動させた。

初の男性操縦者の発見に、今世界は軽い混乱の中にある。当然、ISの関連会社であるデュノア社も無視できる問題ではない。

「勘の良い奴は嫌いではない」

デュノア社長の口が笑みを模る。だが、目が笑っていない。

ヤバイと直感的に悟る。

今の彼は見境がない。

男性操縦者とシャルロットがどう繋がるのかが不鮮明だが、間違いなく碌なことではない。

「それでシャルロットさんが必要になる理由が分かりかねますが、しかし、シャルロットさんの答えは前と変わらないと思いますよ」

「あいつの意思は関係ない」

デュノア社長が断言する。

「抵抗するのでは?」

「その為に貴様を使うのだ」

僕の周囲を屈強な男達が囲む。

「…………」

まさかここまで強硬手段に出るとは。ここに来る前にシャルロットに一報入れておくべきだったかと内心舌打ちする。今日ほど携帯を持っていないことを後悔したことはない。

「……ん?」

風向きが変わり、匂いが変わる。

家の方から漂ってくる、この匂いは。

「…………ガソリン?」

嫌な予想が浮かび上がり、無慈悲にデュノア社長がそれを肯定した。

「この家は燃やす」

……何だと?

言ったことは理解出来た。

だが、理解出来なかった。

この家の所有者はデュノア社長だ。

最初からデュノア社長の管理下であり、セリーヌさんが亡くなってもそれは同じ。

だから、僕やシャルロットにどうこう言う権利はない。

無いが。

「何故ですか」

僕は淡々と問い掛けた。

「シャルロットには私の思い通りに動いて貰う必要がある。その為に、この家は不要だ。帰る場所は私の所にしかないことを思い知ってもらう」

ただ廃棄するのではなく、敢えて燃やすのか。徹底的に精神を追い詰めるつもりらしい。

「何も、燃やす必要はないでしょう。それに、放火は犯罪ですよ」

「随分と冷静だな」

デュノア社長は眉を顰めて不思議そうに首を傾げた。

奇妙な奴だと評価を下される。

「私が私の所有物をどうしようと構わんだろう。それに、そうなっても揉み消せる」

暗に、逆らえば自分以上の者がやってくると言っている。

「…………」

……何だ?こんなことでも動いてくれる権力者がいるというのか?まさか、権力のある者が裏で動いているのか?

単純にコネクションがあるだけか。

それとも、そういう取引でもあるのか。

仮に取引とした場合、デュノア社長の様子は不服そうでもない。互いに利益になる話ということなのだろうか。

「貴様はシャルロットを動かす鍵となってもらう」

「そこまで好かれてるとは思えませんがね」

デュノア社長がニヤリと口の端を浮かべた。下卑た笑みだった。

「見苦しい言い訳だな。どうせ、シャルロットを女にしたんだろ?抱き心地は如何だったかな?」

プツンと、頭の何処かが切れた。

……下衆が。

今、僕は、この人を心の底から軽蔑する。

「…………」

それでも僕は冷静だった。

嫌になる程に冷静だ。

そんな僕を見て、反応がないことに対して詰まらさそうに鼻を鳴らすと、男達に命令を下す。

「火をつけろ」

「!」

待てという間もなく、火が入る。

止められない。

火が落ちる。

ゆっくり、スローモーションのように、落ちて。

そして。

「…………っ」

ガソリンへ引火し、あっという間に炎が家を包んだ。

燃える。

シャルロットの家が。

家族の家が。

思い出の場所が、燃える。

燃えていく。

全て、焼けて、消えて。

僕の脳内に否応なく炎の記憶が鮮明に映し出される。幻影の炎なのか、実際の炎なのか見分けがつかない。

熱風が顔を叩きつける。

炎を見て、足から力が抜けた。立っていられず、地面に手を着く。体が震える。大きな炎を意識してしまい、体が言うことを聞かない。

「虚勢を張っていても、実際はショックだったようだな」

デュノア社長が何かを言っているが耳に入らない。

「…………」

……いや、入れなくていい。

考えろ。

思考を動かせ。

決して止めるな。

今この場で最優先すべき物は何だ。

「…………」

シャルロットだ。

シャルロットの安全が最優先だ。

通信手段は家の中の電話がある。

シャルロットは携帯を持っている。

なら、連絡が可能だ。

燃え盛る家の中に入れば電話がある。

炎が見える。

赤い闇が瞳に映る。

熱が脳裏に焼きつく。

トラウマ。

 

……それがどうした?

 

僕は咄嗟に駆け出した。

目の前にいた男を弾き飛ばす。足元が疎かになっていたからか簡単に倒せた。

玄関を破り家の中へと足を踏み入れる。既に炎は天井まで燃え広がっていた。相当のガソリンを撒いたようだ。

火事において一番危険なのは煙。

実際の炎より数百度に達する煙を吸い、肺が焼けることでの死亡率が多い。視界も既に煙に覆われていてよく見えない。

それでも、この家には数年住んでいた。勝手は分かる。

僕は息を止めて居間へと走り、電話を手に取った。

「……っ」

すぐさまシャルロットの携帯に電話を掛ける。床に伏せるようにしながらシャルロットが出るのを待った。無機質なコール音が続く。その時間がやたら長く感じられた。

掛かったのは留守電。

それでも良い。

「シャルロット、家に近付くな。危険だ」

そこまで言った瞬間、バチリと激しい破裂音が鳴り、電話切れた。

床の炎が広がっていて、その先にあった電話線が焼け焦げていた。

もう連絡の手段はない。

だが、最低限の連絡は済んだ。

「…………」

ならば次だ。

次に優先すべき事は何だ。

デュノア社長がシャルロットを動かす手段の排除。

シャルロットを動かす鍵。

ああ、成程、つまり。

 

僕が死ねば良い。

 

煙を吸って気絶しては、下手をすれば生き残ってしまう。

確実なのは包丁を使って、喉か心臓を突くこと。

床を這って台所へ向かい、食器棚を開ける。調理器具を収めている棚を漁り、そこにあった目当ての物を見つけ出した。

炎に鈍く輝く包丁。

そして包丁を逆手に持ち、構えて

「!!」

何かに殴り付けられた。

衝撃で包丁を手放してしまった。視界が何度も反転し、固い壁か床のどちらかにぶつかった。

「がっ……」

視界が点滅する。脳が揺さぶられて判断が鈍る。

床に這い蹲りながら、僕を殴った何かを見た。

「……ISか」

僕がいた場所にISを纏った女性がいた。社長の秘書かと思っていたが、緊急時の人員だったようだ。

見誤った。

そんな物まで持ち出しているとは。

ISならこの炎の中でも平気だろう。

「…………」

……他に手はあるか。

死ぬ手段を探せ。

探せ、探せ、探せ。

自分を殺す術を。

「……何を考えているの、君は」

その女性が信じられないと言った顔で震えていた。

何に対しての言葉だろうか。

火事の中に飛び込んだことか。

自殺を計ったことか。

確かに、どの行為も自分の命を粗末にする行為だが。

「……何を?僕は家族を守りたいだけですよ」

煙で死ねるかと大きく息を吸ってみるが、床に近いからか、無駄に咳き込むだけに終わる。

立ち上がって煙を吸い込みたいが、下手な動きは勘繰られて捕まる可能性がある。

「だからって狂ってるわ」

狂ってる?

何を馬鹿なことを言っている。

「僕の命一つで彼女が救われるのなら、それは賭けるに値するでしょう」

そんな当たり前のことを聞くなよ。

僕は舌を噛み切ろうとこっそりと歯で挟み込む。

「…………!」

僕の言葉にイラついたのか。

それとも未だ死ぬ方法を模索していたのを気付かれたのか。

ISは再び僕を殴り付けた。

「…………」

ああ、成程と、その攻撃で悟る。

この女性がデュノア社長の奥さんなのだ。

デュノア社長は彼女すら本当に愛していない。こうしてISを与え、まるで実験道具のように扱っている。それがデュノア社長の愛だと、彼女は歪んでそれを受け入れた。

そして、デュノア社長が自分以外のものに愛を与えるのを許せないのだろう。

それが例え本物の愛でなくとも、自分に与えられてるのが本物の愛でないと心の何処かで分かっているからこそ、虚像でもそれを許せない。

だから、彼女は嫉妬した。シャルロットに。

一時的でもデュノア社長に愛されたセリーヌさん。そのセリーヌさんから無償の愛を与えられたシャルロット。そして僕も命を賭してもシャルロットを守りたい行動へ出た。

そこまで愛されている彼女に、嫉妬したのだ。

「……貴方も救われないな」

視界が徐々に狭まっていき、思考が暗転していく。

 

意識が完全に落ちる直前、アルバムだけでも確保しておけば良かったと、今更ながらに後悔した。

 

このままでは燃え尽きてしまう。

 

大切なものが燃え尽きてしまう。

 

ああ、本当に、僕は。

 

最後の最後で詰めが甘い……。

 

 

 

……ごめんなさい。

 

 

 

 

 

シャルロットが留守電を聴いたのは放課後になってのことだった。

彼女は迷う事なく、家の方角へ進んだ。シャルルの最大の誤算はシャルロットの行動だろう。シャルロットの中で自分がどれ程の価値なのかを把握し切れなかった点にある。

電話での様子からシャルルの身に危険が迫っているのを理解し、同時に自分も危険であると判断している。

それでもシャルロットは家へ帰った。全速力で走る。

きっとシャルルは怒るし、意思を汲み取って置きながら反対の行動を移すシャルロットを責めるだろう。

シャルロットは構わない。

何よりも怖いのはそんな事ではない。

もう誰も失いたくなかった。

そして、シャルルを孤独にさせたくなかった。

例え、この命を失おうとも。

「シャルル……!」

自分の方で煙が上がっているのが見える。

煙から炎を連想し、火にトラウマを持つ彼の後ろ姿を思った。

走って、走って、走って。

そして見える。

何台もの車が停まっているのが。

そこに男達がいるのが。

そこに父親であるデュノア社長がいるのが。

 

そして、ISに捕らえられたシャルルが居た。

 

口から血を流し、目を瞑ってぐったりとしている。釣り上げられるように両手を封じられている状態に、シャルロットは自身の頭が一気に加熱するのを自覚した。

「その人を離せ!!」

策も何もない愚直な特攻。

誰かに殴りかかる前に、腕を男に拘束される。関節を極められて動けない。

「ぐっ……!」

「ふむ、これは予想以上に効果がありそうだな」

デュノア社長は葉巻を吸い、シャルロットの方へ歩み寄った。

シャルロットはデュノア社長を睨みつけて叫ぶ。

「シャルルを離せ!デュノア!」

「父親とすら呼ばなくなるか」

シャルロットは最早彼を父親とは認めなくなった。デュノア社長にはそれすら楽しそうで、壊れた笑みを浮かべるばかりだ。

「家や思い出を燃やされても、それを見向きもせずに奴を求めるか。随分と飼い慣らされたようだ」

デュノア社長の手がシャルロットの頰へ伸びる。それに噛み付こうと試みるが、直前で引っ込められ失敗に終わった。

怒りを宿すシャルロットの瞳がデュノア社長を映し出す。

「彼が欲しければ、私の言う通りに動いて貰おう」

「…………!」

シャルルを人質に取られた。

この時点で、シャルロットが出来る選択は全て尽きる。何よりも大切だからこそ、それを捨てる事ができない。

「シャルロット、お前にはフランス代表としてIS学園へ通って貰う」

日本に出来たISの専門学校。世界中から若いIS乗り達が集うその学園へ赴けと命令する。

「お前の適性が高いことは既に調べた。無論、ISはこちらで用意する」

簡単に言ってくれると、罵詈雑言を吐き出したい気持ちを抑えながら問う。

「何をしに……?」

「IS唯一の男性操縦者である織斑一夏のデータを取ってこい」

ISが男性にも動かせるとなれば、世界的にも驚異的なこととなる。一足でも早く情報を得たいのは、企業でも政府でも同じだ。

「今からでは時期的に間に合わんから転入という形になるが……まあ構わんだろう」

「……そこで織斑一夏の情報を取ってくれば、彼を解放すると約束する?」

「もちろんだとも」

デュノア社長が笑う。

壊れたように笑う。

「付け加えて、貴様には世界で二番目の男性操縦者としてIS学園へ赴いてもらう」

「…………は?」

予想外のことを言われ、シャルロットがポカンと口を開ける。それは周りの男達や妻も同じだったようで、一様に困惑の様子を隠せない。

ただ一人、デュノア社長本人だけが、狂気の中にいた。

「そうすれば我が社の注目も浴びる!しかもフランス代表だ!我が娘、いや、我が息子が大々的に名を知らしめるのだ!私の名は上がり、デュノア社の株も上がる!そして男性操縦者のデータを奪い、世界の上位に立てる!」

狂っている。

何が彼を狂わせる。金か、名誉か。

そんな計画が上手く行くわけがないと分かっているのは、ここの誰しもが感じたことだ。それでも、反論を出せない。反論を出して、狂気が自分に向かれるのを恐れたから。

「そうだな、手始めに…男となる為に」

デュノア社長が笑う。下卑た笑みを浮かべる。

「貴様に男の味を知ってもらうのも面白いかもな」

その意味が理解出来ないほど、シャルロットは無知ではない。

自分に向けられる悪意を想像し、そしてそれが確定した未来となってしまいそうなことに、心と体が冷えていく。気丈に振る舞えばならないのに顔が青褪めていく。

嫌だと叫びたい。

意識もせず、考えず、自然と思う。

彼以外に抱かれたくなどない、と。

「……っ」

何でと、こんな時に、こんな場面で気付いてしまう。

自分の感情に。

自分の想いに。

シャルルを家族として迎えた。

シャルルを人間として好きになった。

 

そして、シャルルを、男として愛してしまっていた自分がそこにいた。

 

どうしてと涙が溜まる。

こんなことで気付いてしまうなんて。

でも、それはもう止まらない。

想いは偽れない。

決して。

「面白そうだろ、なあシャルロット」

炎が爆ぜる中で、静かな声が一つ落ちる。

「……下らない」

ISに捕まった少年から零された言葉。

「……なんだと?」

デュノア社長が表情を消し、彼へと近付く。目の前まで行き、葉巻の煙を思い切り顔に吹き付けた。

彼の顔は俯いたままで表情が見えない。

「もう一度言ってみ……」

発言を最後まで放つことなく言葉が途切れた。

くんっと、彼の足が器用に動き、デュノア社長の首を絡め取ったからだ。

膝間接で首が圧迫される。急激に意識が遠退きそうになり、葉巻が地面に落ちた。

「かっ……!」

デュノア社長の膝が落ちる。

「貴様!」

ISが彼の頭を殴った。

しかし、力が弱まらない。

デュノア社長の顔が青から白へと変化していく。

おかしいと、ISが焦る。何故この攻撃で怯まない。

この頑丈さは何なのか。

「この……!」

ISは彼の足を肘と膝で挟み込むように潰した。

ゴギャリと、肉と骨の鳴る音が響いた。

やたら重たい手応えだったが、彼の足をへし折ることに成功し、首への圧力が無くなる。

「…………」

デュノア社長はよろめき、周りにいた男に支えられた。激しく咳き込みながら彼を睨みつける。

「貴様……」

そして、彼の瞳を見た。

深淵の瞳を見た。

どこまでも暗く、深い、闇を見た。

「…………っ」

ぞわりと寒気が走る。

デュノア社長はこれまで社会の経験と人生の経験は豊富だ。様々な場所を見て、様々な人間を見てきた。

故に、一つ確信する。

こいつは、人を殺せる人間だ。

「……くそがっ!」

今この場で、デュノア社長は絶対的な立場であった。

権力も、暴力も、この場を支配していたのは自分だった筈だ。

なのに、彼によってそれが覆された。少なくとも、上を行かれたとデュノア社長は感じた。それは許し難く、屈辱的で、万死に値する。

「殺す!」

怒りに身を任せようとしたデュノア社長を男達が止めた。

「おやめください!」

「離せ!此奴は私に泥を塗ったのだぞ!」

「今後の為にも彼は必要です!それに、殺してしまえば奴の思い通りです!」

シャルロット以外、彼が死を厭わぬのは理解しており、死んでシャルロットを操る術を無くそうとしてるのも理解していた。彼がそこまですることを、そう行動できてしまうことを、ここにいた誰しもが理解している。

彼が死ねばシャルロットは言うことを聞かないだろう。彼女は既に自我を確立している。仮に彼が死ねば、そうした原因を決して許しはしない。

「デュノア社長」

シャルロットに手を出せばどうなるか。

「誰に、何をするって?」

もう一度言ってみろ。

常闇の瞳が語る。

「……っ」

底冷えするような声と瞳。

恐怖が逆に冷静となる切っ掛けとなった。デュノア社長は男達の手を振り解き、誤魔化す為に新しい葉巻に火を付けた。

「……ふん。その胆力だけは認めてやる」

だが、と再び彼に歩み寄る。

「私に手を掛けた罰は受けて貰おう」

今後抵抗を許さない為にも。ここでアドバンテージを取り返す。

自分に手を出した罪をその身で思い知らしてやる。

「その顔の火傷。どうやら、昔に負ったようだな」

「…………」

デュノア社長の手が彼の髪を掴み上げる。

「可哀想になぁ」

葉巻を指で取り、左眼へと近付けた。

 

「左眼まで失ってしまうとは」

 

デュノア社長が何をしようとしているのか、それに勘付き

「やめろ!!」

シャルロットが暴れる。

彼を守ろうと足掻くが、未熟な身では男の力に敵わない。

「やめて!やるなら私にして!その人にそれ以上何かしたら許さない!」

これ以上、彼が傷付く姿を見たくない。それだけの思い。

叫ぶ姿は、いっそ哀れにすら思える。

「……ああ言っているが?」

デュノア社長が彼に問う。

彼は目を逸らさない。

目の前にある火種に臆すこともせず、淡々と口にした。

「シャルロットに手を出したら、殺す」

言葉の重みが違う。

シャルロットと比べ、彼の言葉には重さがある。

デュノア社長は感情的になっているが、ISの方は目の前の男を少しだけ把握した。

少なくとも暴力に屈する男ではない。シャルロットの為ならば自分と他人の命を厭わない。

油断出来ない相手。

……下手を打てば、こちらが食われる。

「生意気な奴だ」

様々な人間が交差する中、炎が爆ぜた。

火の光で照らされる横顔。

シャルロットは彼だけを。

彼はシャルロットだけを見た。

「シャルロット」

泣きそうな彼女に、彼は一言だけ与える。

「泣かないでよ」

そう言って、彼は、シャルルは笑って見せた。

 

 

一際大きく飛ぶ火花。

 

家が焼かれる中で、肉の焦げた匂いが、少しだけ混じった。

 

火花が一つ、弾けて消えた。


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