インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》   作:ひわたり

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小さな君の手

「ねぇ、シャルル」

「なんだいシャルロット」

「シャルルって女の子とデートした事ある?」

カシャーンと、僕が洗っていたフォークがシンクに落ちて甲高い音が鳴った。

隣で食器を拭いていたシャルロットが危ないよと窘めてくるがどうでも良い。

「し、シャルロット。なんでそんな質問を……。ま、まさか男とデートなの?デートなのか!?」

「いや違うよ。違うから泡だらけの手で肩を掴もうとしないでよ」

おっと失敬。

蛇口を捻って水で泡を洗い流す。タオルで丁寧に拭いてから、改めてシャルロットの両肩を掴んだ。

「デートなのか!?」

「態々やり直さなくても。だから違うってば」

呆れ顔のシャルロットが布巾をヒラヒラとさせて否定する。

「じゃあ、女の子ってことは、僕は男の人とデートしてると思われたのか!?」

「他意はないから安心してよ」

ペチンとおデコを叩かれた。どうやら予想は悉く外れたらしい。

「本当にデートじゃないの?告白されたとかじゃないのか?」

「何でそんなに疑うのさ」

「シャルロットは女性として充分魅力的だし、そういう年頃だし」

「そ、そう……」

僅かに頬を赤く染める。

あれ、マジで告白されたのかこれ。遂にシャルロットが僕から離れる時が来たのか。しかし想像より早い。僕はどうすれば。教えて天国にいるセリーヌさん。

「……なんか勝手な想像してない?」

「まさか」

鋭いですねシャルロットさん。

僕は両手を挙げて誤魔化した。

しかし、ならば一体どういうことなのだろうか。

「クラスの女の子達がさ、男がどうとかデートがどうとか言っているのを聞いてさ。実際どうなのかなーと思って」

悲しいかな、話してではなく、聞いてという所がポイントだ。本当に聞いただけなのだろう。友達は出来たようだが、多くはないようだし。

しかし、女性同士の会話は割と遠慮というか、容赦がないというか、生々しいと聞くが本当だろうか。確かめる術はないけれど。

「……ちなみに、僕が誰かとデートしたことあるように見える?」

ほぼ毎日シャルロットと一緒にいるような生活だし、読書が趣味な僕は殆どがインドア生活だ。セリーヌさんが病気になって以降、変に知識を身につけない為に、学問書などは止めて小説ばかり読むようになったが、コレはコレで面白い。

そんな中で、女の気配があるとでも思うのか。

「ほんの僅かな可能性でもあるかな、と。シャルルも男だし、そういう事に興味あるかなって」

「む……」

言われてみれば、関心を向けた事がない。

別に男好きでもないし、男として普通に女性は好きだ。しかし、そういった対象として見ていなかった上に、関係を望んだ事もない。

セリーヌさんとシャルロットが居たから、無意識でそういう物は避けていたのだろうか。

「無いんだ……」

それはそれでどうなのと、彼女の呆れた視線が突き刺さる。良いじゃないか別に。

シャルロットは一つ息を吐くと、態とらしく胸を張る。

「まあ、シャルルくん。そこで本題なのですが、私は考えたわけですよ」

「何をですかねシャルロットさん」

「お互い、世間に疎すぎではないかと」

うん、それはそうだね。

知識ばかりの頭でっかちだね。

「だから、隣町まで出掛けようよ。デートしよ、デート」

家族と出掛けるのはデートとは言わないだろうに。しかしこれは、どうやら隣町に行く自体が目的っぽいな。

「何か欲しい物でもあるの?」

「鋭いね」

お互い様だよ。

シャルロットがえへへと頬を掻きながら白状する。

「新しい小物屋さんが出たみたいでさ、行ってみたいんだ」

「そういうことなら、普通に頼めば良いのに。欲しい物があったら買ってあげるし」

お金に苦心しているのはそうだが、別にシャルロットが望むのであれば、物くらい買ってやるくらいの甲斐性はある。

先程、会話を聞いてと言っていたが、恐らくはその店の話も聞いたのだろう。

「いや、見るだけで充分だよ」

欲がないな。育った環境が環境だけに仕方ないかもしれないけど。

取り敢えず、出掛ける為に今ある洗い物を終わらせてしまうとしよう。

 

 

シャルロットとシャルルは隣町のショッピングモールに訪れた。

シャルロットはシャルルから貰ったリボンをフワフワと揺らしながら忙しなく辺りを見回した。

シャルロットの髪型は前にシャルルにしてもらったように、うなじ辺りで簡単に纏めた状態だ。シャルルはもっと髪で遊べば良いのにと言ったが、シャルロットはこれが良いと言って、普段からもこの髪型を好むようになった。

時たまシャルルに頼むこともあるのだが、下手くそなのは変わらず、その度にシャルロットが笑ってシャルルは苦笑した。

「そんな慌てなくても、店は逃げたりしないよ」

「それは知ってるけど」

地図を見ながら目的地まで歩いていく。田舎者丸出しでフラフラとするシャルロットに、何となく危なっかしいと感じたシャルルは、彼女の手を握って逸れないようにした。

「…………」

「……?」

シャルロットが急に大人しくなる。

シャルルは首を傾げながらも、まあ良いかと彼女の手を握ったまま目的地へと進んだ。

長年一緒にいる事もあり、シャルルもシャルロットも歩調が自然と合わさる。互いに辛くないペースを体が身に付けていた。

シャルロットは店や物を見ては、あれは何かとシャルルに聞き、シャルルはそれに迷う事なく答えていく。

「久し振りにシャルルの知識量を見た気がするよ」

「普段から披露するようなもんでもないしね」

そして、途中にISの店を発見した。

勿論、本物のISが置いているわけではなく、模型で各社のデザインが飾られていたり、カタログが置かれていたりしていた。

女性が扱うだけあり、内装もオシャレな物で、IS自体も女性受けが良いようにデザイン改変が年々行われている。

「…………」

足を止めたのはシャルルの方だ。

シャルロットは覗き込むように彼の顔を確認する。

シャルルは特に表情を見せていなかったが、ジッとISを見ていた。ISというより、ISの向こう側を見るような、深い目をしていたように感じる。

「シャルル?」

「なに?」

声を掛けてみれば、普段と何も変わらぬ様子で返事が返ってきた。肩透かしを食らった気分になり、今の様子は見間違いかと思う程だ。

しかし何かあるのだろうとシャルロットは勘付く。

既に彼の些細な変化も、彼女は気付くようになっていた。

「この店、入ってみる?」

「ISは嫌なんじゃないの?」

ISを見ると必ず父親を思い出す。この店にもデュノア社のデザインのISは多く置かれているのは間違いないだろう。

「うん、まあ、でも良いかなって」

嫌いなのは父親の方であって、ISではない。何もかも嫌がるのではなく、そろそろ本質を見て受け入れても良いだろう。

「…………」

何より、シャルルの為だ。

言葉には出さないし、自覚しているかも分からないが、シャルルはISが好きなようだ。スポーツや戦いのISに興味はないのだろうが、ISそのものには興味があるようだ。

空一人で自由に空を飛ぶ。

それに憧れているのか。

それとも、ISを通して、誰かを見ているのか。

「…………」

……もし、それが女性だったら?

そう思ったら、胸の奥がチクリと痛んだ。

「どうかした?」

急に黙り込んだシャルロットに声を掛ける。シャルロットは何でもないと答え、手を繋いだままISの店へと入った。

 

店の中はそれなりに人がいる。

若い人、シャルロットと同い年くらいの少女たちを中心に盛り上がっていた。当たり前だが、男の姿はない。

「……気後れするな、これ」

男性がおらず、女性らしい空間にやや身を引くシャルル。

「私がいたら大丈夫でしょ」

入る前と入った後で立場が逆転し、シャルロットが引っ張る形で店内を見て回った。女性は一度決めると強いものである。

今まで碌にISを見たこともなかった分、シャルロットは寧ろ興味深く見る機会となった。一方でシャルルは、ISを真剣に見ているシャルロットを心の何処かで嬉しく思っていた。

「ねぇ、シャルル」

「ん?」

「実は今度、学校でISの体験学習とかあるんだ」

「へぇ、そんなのがあるんだ。面白そうじゃないか」

もしかしたらアレの影響かと、シャルルは頭の中で当たりを付けた。

IS学園と呼ばれるISの専門学校がある。

日本で作られたそれは、世界各国から人が集まる有名学園となっている。ISのスポーツを学ぶ者もいれば、ISの技術関係を学ぶ者もいる。

ISに直に触れることで、そういった分野にも興味を持ってもらおうとの試みであった。

「ただ、協力企業がデュノア社なんだ……」

「あー……」

シャルロットの微妙な顔に、シャルルも同じく微妙な表情を浮かべた。

「……でも、ちょっとやってみようかな」

「え、無理しなくても良いんじゃない?」

学校側の企画で全員参加なら仮病を使っても休む手がある。嫌なら良いのだと言うシャルルに、シャルロットは首を振って答えた。

「ううん、これも、良い機会だと思うし」

一つ一つ、苦手なものを少しずつでも克服していきたい。母親の死を、悪い切欠ではなく、良い切欠へと切り替えて行きたかった。

「向こうは私のことなんか知らないだろうし、大丈夫だよ」

「うん、まあ、シャルロットが言うなら止めないけど」

シャルロットがくるりとシャルルに振り返る。

「前から思ってたけどさ、シャルルって結構甘やかしてくるよね」

「優しいって言いなさい」

「うんうん、優しい優しい」

「軽いなぁ」

「いや、本当にそう思ってるよ」

シャルロットは前に向き直り、少しだけ声を小さくして尋ねた。

「それって、私だけ?」

奇妙なことを聞くなと思いつつ、シャルルは素直に答える。

「他に知り合いがいたことがないから比較したこともないけど、そうじゃないかな」

「そっか……。うん、そっか」

シャルロットは何度か頷いた。その横顔が嬉しそうに見える。何故かは分からないが、喜んでるなら良いかと、特に追求することもなかった。

「あんまり長居してもあれだし、そろそろ出ようか」

「そうだね」

シャルルは店を出る時に最後だけ一度振り返る。

「…………」

ISの企業はここ数年、とても多くなっている。

デュノア社は大企業だ。ちょっとやそっとのことで潰れることもない。

だが、とシャルルは頭の中で呟く。

商品の並べ方を考えても、デュノア社が押されているのが分かるし、様々な情報を仕入れている中で、デュノア社が業績を悪化させているのも確かである。

「…………」

もう関係のないことかと、シャルルは足を進めてシャルロットと一緒に進んで行った。

 

 

 

 

シャルロットが受験で忙しくなった時。

世界中が一つのニュースで賑わった。

IS初の男性操縦者の誕生。

「……織斑一夏」

その顔は昔、ここで出会った時を思い出す。

あの頃の子供が、まさかISを動かすとは。

大変な人生だな、と他人事のように思った。僕とシャルロットにとっては、シャルロットの目の前の受験の方が大変だったから。

 

だから、この時は思いもしなかった。

 

これが全ての引き金になるとは、思っていなかった。


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