孤物語   作:星乃椿

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遅くなってすみません。
今回いつもより多い上にテンポ感悪いです。
でも説明回が書いてて一番楽しい。
けど会話が多くなって地の文の無理矢理感・・・


025

  「やあ、引谷くん。無事で何より。今回は随分苦戦したじゃあないか」

 

 死闘を終えて、疲労困憊、満身創痍、残息奄奄の俺を出迎えたのは胡散臭いアロハのおっさんだった。

 別に期待してはいないが、やっぱりここはキスショットが出迎えてくれるのがせめてもの労いというものではないだろうか。

 

 「なんだい? せっかく勝ったんだ。胸を張りなよ」

 

 ニヤけ面で言っているあたり分かっていて言っているんだろう。

 その火の着いていない咥えタバコが余計腹ただしい。今度こっそり唐辛子でも入れてやろうか。そして火をつけてやろう。少しはこっちの苦労を味わえ。

 

 「胸を張るほどの戦いなんてしてねぇだろ。たまたま勝てただけだ」

 「たまたま・・・ね。まあいいや。ともあれ勝ちは勝ちだ。さ、あの子が首を長くして待ちくたびれてる。早く左脚(こいつ)を届けてあげるといい」

 

 そういって忍野はバッグを投げ渡す。だから丁寧に扱えって。結構重いんだぞこれ。

 

 「なに突っ立ってるのさ。もう怪我は治っているんだろう?」

 「・・・忍野。後で聞きたいことがある」 

 「はっはー。君から誘ってくるなんてどんな風の吹き回しだい? 何か良いことでもあったのかな? ま、聞きたいことがあるのは僕も同じだけれど。それじゃあ、後で教えてあげるよ。このままじゃあ色々とバランスが悪いからね」

 

 やはり、忍野はわかっているのだろう。

 勝ったというのにどこか重い足取りで彼女の元へと向かう。きっと重いのは体のせいでも、右手に持っているもののせいでもない。わかっているのだ。気づいてしまったのだ。あのとき俺がーーー。

 

 「帰ったか。まったく。服くらい創ってから来いと前にもーーーお主、本当に我が従僕か?」

 

 そう。俺は恐らく吸血鬼性をなくしてしまっている。

 キスショットは無言でバッグを引っ手繰ると、以前と同じく化物のように喰らい始めた。

 あの時より獣のように、激しく自らの左脚を喰らいつく。

 血飛沫が舞い、肉が飛び散り、骨が砕け散る。

 まるで見せつけるように。縄張りを主張するように。

 居た堪れなくなった俺は忍野の元へと向かう。

 

 「で、話ってなんだい? エピソードのことかい? あの子のことについてかい? それとも・・・君が吸血鬼でなくなってることかい?」

 

 血が冷えていくのがわかる。

 ああ、またこの感覚か。

 何度この喪失感を味わえば良いのだろうか。

 薄々感づいていたとはいえ、改めて専門家から告げられるというのは結構な衝撃があった。

 医師に余命宣告を告げられるのってこういう気分なのだろうか。

 

 「察しのいい君のことだ。もう気がついているんだろう? 君がもう吸血鬼じゃないってことはさ」

 

 超人的な身体能力も残っている。再生能力も残っている。けれど、決定的に致命的に絶望的に以前と異なっているのだ。

 

 「でもね、君は人間に戻っているわけでもない。証拠と言っちゃあなんだけど、あの子は君を認識できたんだろう? ただの人間はあの子には認識すらしてもらえないさ。今の君は吸血鬼でもなければ人間でもない。いわば人間もどきの吸血鬼もどきってところさ」

 「人間もどきの吸血鬼もどき・・・。それってつまりヴァンパイアハーフってことか?」

 「いいや違う。前に僕が言った化物の定義を覚えているかい?」

 「化物は言葉を喋ってはいけない云々ってやつか?」

 

 忘れるわけがない。自身がその化物に身を窶していくことに恐怖を覚えたのだから。

 一つ、化物は言葉を喋ってはならない。

 二つ、化物は人間を喰らわなくてはならない。

 そして三つ。怪物は、不死身でなければ意味がない。

 

 「そう。彼ら(ヴァンパイアハーフ)は人間としての側面も社会性も持っているから『言葉を喋ってはならない』っていう定義には反してしまっている。けれど、その他は個人差はあるけれど持ち合わせているんだよ。半分ほど吸血鬼性を持っている彼らは大なり小なり吸血衝動を持ち合わせているし、時間はかかってしまうけれどどんな傷も再生していく。化物としての側面も持ち合わせた正真正銘の怪異だ。けれど、君のそれは少し毛色が違う。化物の定義には当てはまらないのさ」

 「化物の定義に当てはまらないなら人間なんじゃないのか?」

 

 そう。化物でないなら、人間であるはずなのだ。

 人間の反対は怪異であり、怪異の反対は人間だ。

 

 「わかってるんだろ? 君は確かに吸血鬼ではなくなった。けれど、そんなただの人間じゃあエピソードを倒すことなんて到底出来やしないってさ」

 「・・・何事も例外はあるだろ」

 「そうさ。何事にも例外はある。怪異を倒せるのは、同じ怪異だけ。その例外が僕ら専門家さ。怪異性を失っても尚、怪異を倒す人間なんていやしない。調べるまでもないとは思ったんだけど、一応、調べさせてもらったんだけどさ、君はそういった血筋でもないし、善良なご両親に育てられたなんの教育もなされていないただの子供だ。そうだよね? 比企谷八幡君?」

 

 咄嗟に言った適当な偽名とはいえ、バレるのって結構恥ずかしいんだけど。

 ぶっちゃけ、この件が終わったらこのおっさんと会うことはないと思って適当につけた名前だから、

呼ばれても反応できないこともあったし、察しの良い忍野のことだ、すぐに偽名だと分かっていたんだろう。

 

 「はっはー。安心しなよ。別に君の本名を知ったところでご両親にお金を請求するわけでも、妹ちゃんを拐うわけでもないからさ。ま、そういう警戒心は良いことだと思うよ。もし僕が詐欺師だったら大変なことになってたよ」

 「そりゃどうも。で、話を戻すけど、俺は人間もどきの吸血鬼もどきなんだろ? ならその例外に当てはまってもいいんじゃないのか?」

 「いいや。謂わば吸血鬼もどきの君が、正真正銘の吸血鬼であるエピソードに勝てる見込みはないに等しいんだよ。そこにはどんな例外もあり得ないんだ」

  

 あり得ない。つまり、俺がエピソードを倒したのは紛れということなのだろうか。

 いや、そもそもーーー

 

 「そもそもなんで俺の吸血鬼性が失われたんだ? そんな簡単に無くなるもんじゃないんだろ?」

 「そう。問題はそこなんだよ。本来、吸血鬼性を抑えることはできても、吸血鬼性だけを取り除くなんてできるはずがないんだ。それに、真祖の血を引く吸血鬼の眷属である君の吸血鬼性は抑えることすら不可能だ。そもそも、ハーフヴァンパイアやあんな十字架程度じゃ君を退治することなんて出来やしないんだよ。ーーー逆に聞かせてもらおうかな。君は一体何が見えているんだい?」

 

 忍野は今まで通りニヤけ面ではあったが、煙草を咥えてはいなかった。

 俺は全てを説明した。

 エピソードに殺され、『  』へ行ったこと。

 『  』から戻ってきたら吸血鬼性が弱まっていたこと。

 そして、死の線が見えるようになったこと。

 正直、『  』やら、死の線やら説明に困ることが多かったが、大体は伝えることができただろう。

 話終わった後、忍野は考え込むように天井を見上げている。

 

 「比企谷くん。今もその線が見えているのかい?」

 「あ、ああ。つーかどうしたんだよ急に黙りこんで。逆に不安になるんだけど」

 「ごめんごめん。じゃあ、その机の線を切ってもらってもいいかい?」

 

 あまりに突拍子もない事だったせいで流石の忍野も半信半疑なのだろうか。

 切らないと話が進みそうにないので、近くにあった机の天板を殺す。

 机の天板だけが綺麗に割れ、木材が金属を叩く音が二人には無駄に広い教室に響き渡る。

 なんだろう。机を壊すってすんごい罪悪感あるんだけど。

 忍野は割れた天板の断面を興味深そうに検分すると、笑って煙草を口にする。

 

 「やっぱりね。これで納得がいったよ。君が吸血鬼性を失ったのも、エピソードを倒すことができたのも」

 「一人で納得すんなよ。当事者が置いてけぼりなんだけど」

 

 まぁ最初から置いてけぼりなんだけど。

 なに? 疾さが足りない? そうですか。すみません。

 

 「はっはー。これから説明するさ。まず、君のその眼について話そうか。それはね、”直死の魔眼”って言ってね、魔眼の中でも異能の中の異能、希少品の中の希少品だよ」

 

 ーーー”直死の魔眼”

 忍野曰く、万物の死の要因を読み取り、”死の線”という干渉可能な現象として視認する能力らしい。

 未来視の魔眼の究極系であり、停止の魔眼の最上級。

 要するに、万物の寿命を”死の線”として視認し、その”死の線”を切り捨てることで来たるべき寿命を短縮する。

 直死とはよく言ったものである。

 

 「けれどね、本来”直死の魔眼”は”浄眼”が変質したものって言われてるんだ。その”浄眼”なんだけれど、これは血統に依存するものでね、君はそれを持ちあわせちゃいない」

 

 ま、君の死んだ眼を見れば明らかだけれど。

 なんて忍野は笑って言うが、そうするとまた意味がわからなくなる。

 ”浄眼”とかいう意味のわからないものを持っていないのに、それが変質したものをもつ俺。

 なにこれ? 設定無理やり過ぎない?大丈夫?

 

 「謂わば君のそれは直死の魔眼の亜種さ。これは僕の推測だけれど、君の魔眼(それ)は恐らく吸血鬼に成っている最中に吸血鬼として死んでしまった」

 「ちょっと待て。吸血鬼に成っている最中って言ったか? ってことは今までも人間もどきの吸血鬼もどきだったってことか?」

 「ちょっとちがうかな。身体や特性としては怪異のそれだった。けれど、脳髄だけがまだ人間から吸血鬼へ変異する途中だったんだ。もし君が脳髄も吸血鬼になっていたなら君は僕のことも妹ちゃんのことも個人として認識することができずに、餌として血を吸っていただろうね」

 

 マジかよ。

 このおっさんはなんでこういう大事なことを最初に言ってくれないのだろうか。

 もし聞いてたら小町に会うことなんて絶対にしなかったのに。

 というか、小町を認識できなくなったら千葉の兄として、この胡散臭いアロハのおっさんを殺してから太陽に焼かれて死ななければならないところだった。

 

 「じゃあ、話を続けようか。君はエピソードに心臓を潰された。いくらあの子の眷属とはいえ心臓を潰されれば吸血鬼としての力は十分に発揮することはできなくなる(・・・・・・)。それだけだ。その程度で死ねるほど君に流れる吸血鬼の血はヤワじゃない。けれど、君の脳髄だけは別だった。君の脳髄は血流が途絶えて死んでしまった」

 「じゃあ、なんだ、あの時俺は植物状態になってたってことか?」

 「いいや、植物状態ってのは脳幹は生きてるだろ? 君のそれは本当に死んでいた。だから、根源に辿り着いてしまった。けれど、君の中に流れる強すぎる吸血鬼の血は君が根源に至ってからも生きていた(・・・・・)んだ。心臓を再生した後で脳幹を再生し、君を根源から引っ張りだした」

 

 要するに意識は完全に死んで、死後の世界とやらに向かっていったが、身体が元気すぎて意識を引っ張りだされたと。

 なるほどわからん。

 「というか忍野。その説明だと、吸血鬼性は残っていることにならないか? 」

 

 『  』に行ったことで吸血鬼性が失われたのであれば、脳幹は再生などしない。

 この仮説には矛盾が生じているのだ。

 

 「いや、根源に辿り着いた時点で君の中の吸血鬼性は完全に消滅したんだ。根源から戻るための代償なのか、それとも別の理由かはそれは僕も根源については詳しくないからわからないけれど、その時に吸血鬼性を失ったのは確かさ」

 

 こじつけのような気がしなくもないが、現に吸血鬼性を失っているのは確かだ。

 専門家がそういうのだからそうなのだろう。

 セカンドオピニオンも期待できないのだから。

 

 「でも、吸血鬼性を失ってるのになんで人間もどきなんだよ? 今の説明なら俺は人間に戻るんじゃないのか?」

 「言っただろ。吸血鬼の血がそうしたってさ。吸血鬼性は死んでしまったけれど、君の中に流れる血は人間ではなくあの子の血なんだよ」

 

 つまり、俺はまた彼女(キスショット)に蘇らせてもらったらしい。

 三度も死んで蘇るってそれはそれで人間ではない気がする。

 

 「だから、君が人間もどきの吸血鬼もどきっていうのはそういうことさ。身体は人間だけれど、流れるその血は吸血鬼のものだ。といっても、だいたい120日もすれば君は以前のなんの変哲もない正真正銘の人間に戻ることができるよ」

 

 人間に戻れるーーー

 それは夜の世界(キスショット)を忘れ、太陽の下を歩くということだ。

 誰にも必要とされない、暗い世界に戻るということだ。

 それでもーーー

 

 「君はどうするんだい?」

 

 またあの子に吸血鬼にしてもらうか。

 それともこのまま人間に戻るか。

 それは君が決めることだよ。

 

 忍野の言葉が重い。

 言葉とはこんなにも重いものなのか。

 言葉に質量があるだなんて、知りたくもなかった。




本当はもっと説明したかったし、他の説明もしたかったんですけどやめました。
独自解釈ですけど、この作品においては”人間もどきの吸血鬼もどき”ってこの方がしっくりきたんですよね。
身体は人間。だけど血が吸血鬼だから超人染みてるっていう。
ちなみに120日がタイムリミットなのは赤血球の寿命が120日だからです。

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