原点にして頂点()逃走記   作:カツ丼好きのパンピー

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 どうも初めまして、カツ丼好きのパンピーと申します。
日記形式で書くと言ったな?あれは嘘…いえいえホントですけどプロローグは勘弁してください。


プロローグ チャンピオンのレッドは にげだした!

 カリカリと紙にペンを走らせる音だけが響く一室。

隙間なく並べられ、尚且つ山のように積まれた書類によりその部屋には足の踏み場など存在しない。

部屋の入り口からではこれまた書類に遮られ、部屋の主を見ることさえかなわない。

 

 壁や床、窓に家具といった、部屋に本来あったであろう全ての物が天文学的な枚数の紙に侵食され、辺り一面白一色で埋め尽くされているという何とも凄まじく恐ろしい有様だ。ほんの少しの衝撃を加えただけで山は崩れ、部屋は見るも無残なことになってしまうだろう。すでに無残だと指摘されても否定はできない。

―――真に恐ろしいのは部屋の有様ではなく、積りに積もった書類の八割方が未処理であり更には増え続けているという今の状況なのだが。

 

 塵も積もれば山となるとはよく言うが、未処理の書類が山と積もればそれは絶望に進化する。

 

「………過労死する……」

 

 当然、それに心を折られるのはその部屋の主であるわけで。

現カントーチャンピオン、レッドはたった今処理を終えた書類の束の上に力なく突っ伏した。

 

「………」

 

 普段から無口でクール、というキャラで()()()()()彼が無言なのはいつもの事ではあるのだが、無限に続く書類地獄を前にして流石に目から光が消えていた。

 三年前チャンピオンになったことが、いやそもそも目指したこと自体が間違いだったのか、とかつての憧れすら過ちだと思わせるほどに過酷な職場。労働法とかどうなってるんだ、と何度ツッコんだか分からない。

尤も、生まれてこの方マトモに口が動いたこと自体が少ないので心の中で、という但し書きがつくが。

 

 普段は余りに終わらない仕事に心がぶっ壊れて、”もうどうにでもなれ”とひたすら書類を捌き続けるのだが…何カ月も格闘していた山三つ分を片付けて下手に一段落したのが張り詰めた精神を緩ませ眠気を生んだ。いつも彼の癒しとなるピカチュウは今外で遊んでいていないのがトドメとなる。

 

 これもう寝ても構わないよね、と言わんばかりに突っ伏したまま目を閉じた。

 

 

 

 

――――ふと、暗闇に落ちかけた意識の中でぼんやり考える。

はて、チャンピオンとは、いやポケモンリーグとは斯くも忙しき職場であったかと。

 

 

 年に一度開かれるポケモンリーグ、及びチャンピオンリーグの開催前は確かに忙しい。カントーとジョウトの間に存在するこのリーグは全国各地に散らばるポケモンリーグの総本山。

 つまりポケモントレーナーにとっては”世界の中心”と言って過言ではないこの場所で開かれる大会が中途半端なものであっていいはずもなく、その関係者に激務が襲い掛かるのは至極当然の話だ。

……まあこれは彼にとってはやりがいもあるので丁度いい息抜きだった。それにイベント期間に忙しくなるのはどこも共通だ。当然と言えば当然なので置いておく。

 

 ならばイベントの関係ない日常はどうだろうかと、レッドはまず現四天王たちから思い出していく。

 

イツキ――四天王に選ばれた時と同様今も修行して力を高めている。普段はよく瞑想したりポケモンとエスパー同士通じてよくわからない修行をしている。…普段から修行漬けだった。仕事は……リーグ警備員?

 

キョウ――よく忍術の修行をしているところを見かける。後はリーグの防犯対策に罠を張っていたのも覚えてる。定期的に罠の張替えをしているらしいが、基本的にこの人も修行漬け。仕事――罠師。

 

シバ――修行漬け勢筆頭。一に修行、二に修行、三四修行で五に温泉。仕事なんてしない。挑戦者やイベントがないとただの給料泥棒である。フラッと出かけるためどこにいるか分からないこともしばしば。

 

カリン――好きなポケモン(あくタイプ)をよく育ててる。戦略とか技の繋ぎ方を考えるのが好きらしい。あとはやっぱり修行漬け。良いこと言うけど洒落も言う。仕事は前の三人よりはしている、それでも昼には終わる程度。

 

……既にこの時点で何か、というか全体的におかしいが、もう少しまともなのがいるかもしれないと思考を続ける。

 

『いざという時のチャンピオン代理』、ワタル。

――よく外回りに行っている。帰ってきては偶に仕事を手伝ってくれるので、そこらの山から適当に書類を取って手渡して処理して貰っている。だがよく外回りのお土産に観光地のペナントや菓子を買ってくるので仕事と言いながら遊び回っている可能性大。こんなのでもまだ仕事してる方なのだから驚きだ。

 

 ジムリーダーたち。

――チャレンジャーが四天王より多いため仕事もそこそこ多い。全体的に真面目ともいえる。が、個人の趣味を優先する程度には時間が取れるらしいと現トキワジムリーダーである幼馴染のグリーンに聞いた覚えがある。

 考えてみれば石屋に水族園、ブートキャンプ、生け花教室、忍者屋敷にクイズ屋敷ときて果ては女優。中々フリーダムな連中である。というか趣味を超えてそっちが本業かと思うことさえあるのだとか。

 

 ポケモンリーグ会長及びその部下、或いは傘下の人たち。

――経理やら会計やら外交やらを担当したり、他地方とのイベントやら何やらを企画してくれる。でも人事部はきっと必要最低限しか機能してない。何かと有能な人間の集まりではあるが、チャンピオンに仕事を回してくるのは八割方彼ら。つまり戦犯。

 なお、彼らは皆お祭り好きなため大きなイベントには必ずと言っていいほど顔を出すとか。リーグ等ポケモンバトル大会なんかはその筆頭。

 

 さて、ではここで彼らと自分(レッド)を比べてみよう。

 

カントーチャンピオン、レッド。

――永遠に終わらない仕事を押し付けられたちょっとポケモンバトルが強いだけの13歳の少年。溜まりに溜まった書類はいくら処理しようと減る事はなく、新しい書類はどんどん増える。かつて取れた休暇はたった二回であり、そのどちらも遭難したりテロにあったりとアクシデントで台無しに。当然代休なんてものは無く、仕事はその間に更に溜まりまくっていたという悲劇。よく部屋の前に誰かが現れるのは恐らく見張りで、逃げたりサボったりなども許されない。

 趣味にして本業のバトル、トレーナー活動はここ最近めっきり出来ていない。息抜きになりうるイベントのリーグ戦でもチャンピオンへ挑戦しようとする者は大体四天王に負けてしまうためほぼ出番なし。顔出して手を振って終わり。

 

そもそもチャンピオンとはあくまで『最強のトレーナー』を示す称号であり、決して職業ではないはずなのだが……。

 

―――――こんなの絶対おかしいよ。他は皆結構自由なのに、俺の職場だけ何故こうもブラックなんだ。というかあいつらメンドクサイ仕事自分の分まで全部俺に押し付けてんじゃね?

 

真実は違うが、あまりの理不尽に目頭を押さえてそう嘆くのも仕方なし。

そして次に沸々と怒りが沸いて来て眠気も吹き飛んで跳ね起き、その衝撃で書類の山が崩れてきたのも必然。

最後に前々から準備していたが覚悟が足りなかったゆえに放置していた計画を実行する決意を固めたのも当然の結果だった。

 

「……逃げるか」

 

 決めてしまうのは本当に一瞬だった。むしろ何故今までそうしなかったのかと自分で首をかしげるほどに。

 

 見張りはいつも居るわけではないし目を盗むのは簡単だろう。基本的には書類の山で自分の姿は隠れているし、やつらが気づくのもきっと遅れるはずだ……といった風にレッドはリーグから脱走する算段を考え始める。

 一応は昔に何度か考えた計画(決行せず)のため、修正を少々入れるだけで五分もかからずにまとめ上げられた。

 

 ただ一言で逃げるといっても実際にやってみるとそう簡単なものでもない。リーグから脱走するだけならともかく、その後もずっと追手から逃げ切るのは難しい。それがチャンピオン…有名人であるなら尚更だ。どこかで情報を掴まれると居場所などすぐに特定されてしまうだろう。

 

 かつての計画の一端として、既に身分証明のための偽名と変装で登録した偽トレーナーカードは発行済み。念の為に作らせておいた等身大みがわり人形もある。

 後は足取りさえどうにか誤魔化せればある程度は撒くことも可能か、問題は何処へ逃げるか…と、そこまで考えたところでレッドは自分が顔の下敷きにしていた書類を一枚引き抜いた。

 

『ジョウト地方怪電波被害報告』。まさに読んで字の如くな事件の書類だ。

 レッドは思う。こういうのはリーグじゃなくて警察に届けるべし、と。

 しかしおかげで行き先は決まった。後は足がつかなければ暫くは大丈夫だろう。

 

「………ふ」

 

うまく動かない口元を歪めてニヤリと笑い、部屋の外に出ていた相棒(ピカチュウ)が帰ってくるのを待つ。

 

 

 

 

―――その日、レッドはリーグから姿を消す。カントー、そしてジョウト全土を巻き込む逃走劇が始まった。

 

 

 

 

●○●○●○●○●○●

 

 

 

 

 レッドが姿をくらまし早一週間。

 ワタルは焦っていた。とにかく焦っていた。これほど動揺を見せたのはチャンピオンとして負けた時か…いや、今回はその時以上かもしれない。一週間も四天王にジムリーダー、さらにはジムトレーナーまで総動員させているにもかかわらず有力な情報が一つも無い所為か、普段より明らかに冷静さを欠いていた。

 

「レッドはまだ見つからないのかい!?」

 

レッドが脱走した経路を探し、そこから何処へ向かったかを割り出すよう指示した部下との通信だ。

 右往左往する彼らを嘲笑うかのように降り注ぐ大雨の音に負けないように、大声でポケギアに向けて怒鳴りつける。

 

『は、はい!どうやらチャンピオンは隠し通路を『あなをほる』で長期間にわたって掘り続けた様で…。リーグ前の像の下に隠されていた穴からカントー各地の計6ヶ所、巧妙に隠された場所に繋がっている事は確認できましたが…!足跡が偽装されているのと此処連日の大雨でチャンピオンがどの穴を通ったか、ましてやその後の足取りなどとても……!!』

 

「あなをほる……ッそうか、ピカチュウか!『かいりき』も使えていたし、像を動かすことも不可能じゃない!いつもレッドがボールの外に出しているピカチュウがリーグ内のどこに居たとしても、我々は誰一人として怪しむことも無い…!」

 

 部下からの報告に思わずワタルは歯噛みする。数多の技を高い練度で使う事の出来る相手ポケモンが厄介なのはバトルだけじゃない、と再認識させられる事態だった。

 

 果たしてレッドは一体いつからこの計画を練っていたのかと、周到に用意されていた逃走経路を恨みがましく睨みつけると同時、それに全く気付かなかった自分を恥じる。

 部下はポケギア越しにそんなワタルの様子を察したらしい。しばらくは黙っていたのだが、その内ただ雨に打たれるだけの状況に耐えかねたのか若干震える声で疑問を投げかけた。

 

『しかし、どうしてチャンピオンはこうまでして脱走を?外に出るだけなら外出許可さえ取れば…。それに、そこまで騒ぎ立てる程の事態でないのでは?』

 

 昔あなたもよく脱走してたでしょう?週に三回ほど。そう言外に問いかける声を聴き、ワタルは思わず苦笑した。

 

「レッドは我々が思ってる以上に真面目だからね。俺と違って仕事を放り出すような子じゃない。とはいえ俺も休暇を与えるべきだと思うよ。いくらなんでもアレは働きすぎだ。たまに四天王たちと様子を見に行くけどまともに休んでるところを見たことがない。

―――まあそれは置いといて、だ。レッドが休暇を取った時には何かしら騒ぎが起きる。急に連絡が取れなくなったと思ったらシロガネやまに籠って何かに備えてるみたいに力をつけてたり、ロケット団に押さえつけられていた小さな組織の暴動を鎮圧したりね。そんな彼が誰にも何も告げずにリーグから出るほどだ。これから何か大きなことが起きるか、或いは―――!」

 

『既に何かしらの事件が起こっている可能性が高い、と?』

 

「まだ推測でしかないけど、そういう事だろう。何故誰にも相談しなかったのかは分からないけどね。……今の話は他言無用で頼むよ。とりあえず何か分かった事があればまた連絡してくれ、下手をすれば事は一刻を争う」

 

『了解です!失礼します!』

 

 ブツッと音を立てて通話が切れたポケギアをポケットにしまう。

 直後、要らない事まで伝えてしまったとワタルは頭を抱えた。事件が起きる、あるいは既に起きてる事などわざわざ話して騒ぎを拡大させる可能性を作る意味なんて全くない。普段なら事件なんて上手く隠して発破をかけるなんて造作も無かっただろうが、これは幾らなんでも焦り過ぎだろうと自嘲する。

 それもこれも全部、名前も服も赤い件の少年が何かとやらかす所為なのだが。

 

「君が本気で動いたのは事件が途方もなく大きくなった二度だけだった。今度は一体何が起きている?何故君は俺達を頼らない…!」

 

 一度目は三年前、言わずと知れたロケット団を壊滅に追い込んだ時だ。ポケモントレーナーの憧れ、シンボルともいえるリーグを直接襲撃してきたロケット団をたった一人で鎮圧し、ロケット団のボスだったサカキを説き伏せて事件を解決した。

 そして一年前、ロケット団という巨大すぎる悪が解散したことで表に出てきた組織の集まりをこれまた一人で殲滅した時。今思えばシロガネやまに半年近く彼が籠ったのも、この組織を全力で迎え撃つ準備だったに違いない。

 

 

 被害者…と言うよりは怪我人はいつもレッドと彼の手持ちポケモンだけだった。

 確かに一年前の事件の時レッドはチャンピオンで、ある程度の責任を持った立場ではあった。だが、ワタルや四天王、ジムリーダーたちはたった一人の少年に全て重荷を背負わせようなどと言う外道になった覚えなど無い。

 まだまともに活動していなかった組織の存在を事前に察知し、本格的に活動する前に止める事に成功したレッドが明らかにおかしいのだが…。或いは、サカキと対峙した時に何か示唆されていたか。

 とはいえ”あの時までに気付いていれば”、”レッドが教えてくれていれば”―――などと言うのは甘えだろう。結果として彼一人に全てを任せる形になってしまったのは自分達の落ち度だ。

 

 三年前の事件に至ってはレッドはただの一介のトレーナーに過ぎなかった。罠に嵌められ抵抗はおろか身動きすら取ることのできなかったリーグ関係者達が、近くにいて腕がたちそうだったという理由でトレーナーである彼に助けを求めただけ。それは子供には余りに重すぎる話で、断って別のトレーナーに助けを求めても良かったのだ。

 

 レッドは確かにチャンピオンではあるがまだ十代前半の子供。既に一人前どころか達人級のトレーナーではあるが、子供である内は大人をもっと頼っていいハズ、むしろ頼るべきだろうというのがワタルの考えだ。それが頼りにされるどころかずっと頼りにしてしまっている。

 

 なんて事の無い日常でもそうだ。ワタルが処理しなければならない、ならなかった仕事も一人でこなそうとする。

 当然毎回手伝おうとするのだが、レッドがワタルに回してくるのは印を押せば終わるような簡単な仕事ばかり。

 毎日毎日鬼気迫る様子でやたらと難しい―――まず彼の年齢では理解できないだろう内容の書類を裁いていくレッドの姿は、まるで悪魔か何かに取り憑かれてしまっているかの様にも見えた。

 

 先程部下への返答でレッドの事を真面目と称したが、きっとそんな理由ではない。やらなければならない何かがあるのだろう。

 真面目というよりは責任感や正義感の強さだろうか…だが、それだけでは無い気がする。一体何が子供の彼を掻き立てるのかがワタルにはどうしても分からない。あの無口な少年は心の内に如何な思いを持っていたのか…。

 

 彼の事を本当に理解できる、理解してやれる可能性があるとすれば、彼と苦楽を共にしたポケモン達か彼を育てた母親か。それともかつて己に打ち勝った事もあるレッドの幼馴染の少年か、或いは彼と一時期冒険を共にしていたというもう一人の幼馴染の少女かもしれない。

 

 

―――いや、もしかすると誰にも理解なんて―――

 

 

「…これは今考える事じゃない。とにかくこうなれば俺も地道に探っていくしかないか」

 

 嫌な考えを振り払うように首を振り、自慢のドラゴンポケモン――カイリューの背に慣れた動きで跨る。

 

「そろそろ手掛かりの一つくらい欲しいところだな。頼むよカイリュー!そらをとぶ!!」

 

「バルルル!!」

 

 

 彼らが当ても無く飛び出した空は暗く厚い雨雲に覆われ、まるでレッドを追う事を阻むかのように大雨を叩きつけてきた―――。




この小説のレッド君、今回はあまり書かれてないけど口が動かないだけで内心は結構お喋りな子と言う設定。
日記形式にしたら何かしら喋ってもらわないと…いや、書いてもらわないと?いけないのです。

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