IS-イカの・スメル-   作:織田竹和

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今回は短いです。


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戦国の世において、銃が刀を駆逐したように。

大戦の世において、戦車が銃を蹂躙し、戦車を核が粉砕したように。

 

その時代において

その世界において

戦う上で

勝つ上で

 

──否、そもそも戦場に立つための必須条件として、常に先端の『最強』を手にしなければならない。

 

そうでなければ、物語の舞台に上がることすら許されない。背景の一部として、手も足も出せず、戦火の端で無力感と共に佇むばかり。

 

 

故に彼女は欲した。

 

故に彼女は与えた。

 

 

 

現代の戦において、核をねじ伏せた『最強』を。

 

その並び立つ『最強』すら切り伏せることのできる真の『最強』を。

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

「八神、聞いてくれ! さっき姉さんから連絡があったぞ!」

 

寮の一室。箒の言葉に、俺は徐に顔を上げた。

 

現在は授業が全て中断され、校舎の安全確認と修復作業が行われている。

原因は先の一件。原因不明のテロ。否、原因不明というのはあくまで表向きの話だ。

 

実行したのは無人機のコアを狙った米軍特殊部隊と、そいつらを囮として使った亡国企業。シャルルの誘拐を目的としていながら、実行部隊に所属するある人物は一夏殺害を目論んでいた。

 

その人物の名はエム。

織斑一夏の妹、そのクローン。

『織斑一夏』という名の本来の持ち主でもある。

一夏によって名を奪われたその少女は、今どこでどうなっているのか。

 

俺の幸運に呑まれてしまったがために、結果として訪れた不幸。その被害者たち。

 

一夏は何かを守りたいと願っていた。故にその力と、相対する脅威を与えられた。一夏の願いを叶える『幸運』が訪れる度にあいつは傷ついていく。

 

(その願いの果てが、これか……)

 

ふと先日の戦闘が脳裏を過る。かつて家族だった相手に命を狙われ、戦い、憔悴し、そのまま意識を失うようにして眠りについた一夏。

 

高潔だった願望。その結果として叶えられた狂い切った幸福。

守る力と脅威。そして、誰かを守りたいという意思。そのどれもこれも、かつて一夏が守ると誓った(エム)の死によって齎されたものだった。

 

そしてそれらが全て俺の幸運に巻き込まれたが故に起きたのだとすれば、10年以上前にエムを殺し、一夏を『今の一夏』にしてしまったのは、この俺に他ならない。

 

 

──もし、俺が居なければ、二人は普通の兄妹として過ごすことが出来たのだろうか。

 

 

「お姉さんは、何て?」

 

俺の声は想像以上に疲れ切っていた。いや、疲れている場合じゃない。この後も何かが起こるかもしれない。みんなを巻き込む前に、俺が何とかしないと。幸い一夏はまだ目を覚ましていない。あいつを関わらせなければ、変に事態が拡大することも無いだろう。

 

内心で喝を入れ、改めて箒に向き直る。箒は俺のくたくたな言葉とは裏腹に、どこか喜色を滲ませた表情だった。例えるなら、救済を宣告された信徒のような、喜びと期待感が入り混じった表情。

 

ぞわりと走る悪寒。

なんだか嫌な予感がする。

鼓動が妙に近く聞こえる。

汗が一滴、俺の顎へ伝い、ぽたりと落ちた。

 

「ついに、ついに私のISが完成したんだ!」

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

(ここに来て箒のISか。駄目だ。不穏な気配しかしない)

 

気を紛らわすべく、学園内をうろつく。悶々と思考が回り続け、いつまでも結論の出ないまま時間だけが過ぎていく。

 

「……はぁ」

 

嘆息。目の前には無機質な扉が、俺の行く手を阻むべく佇んでいる。扉の向こうでは、一夏とエムが眠っているはずだ。

 

「何回目だよ。クソっ」

 

襲撃事件から2日。俺はその間、気が付けばここへ──一夏達が運び込まれた仮設医務室へと来てしまっていた。

 

「…………」

 

扉は固く閉ざされている。俺は何度もここへ足を運びながらも、一夏達の眠る部屋の中へ入ることができないでいた。

 

……帰るか。

 

俺は踵を返し、ゆっくりと歩きだした。

 

後ろ髪を引かれながら、一歩一歩ゆっくりと歩く。廊下を曲がろうとしたところで、ふと後方から扉の開く音が聞こえた。それと同時に誰かの話し声。俺は何故か、咄嗟に廊下の角に身を隠した。背を冷たい壁に押し当て、じっと耳をすます。

 

()()は2200だ。それまで尋問室へ入れておけ』

 

どきりと心臓が高鳴る。開口一番に物騒なことを口走ったその声は、紛れも無く織斑千冬のものだった。

下手に動くと気付かれる。俺はゆっくりと浅い呼吸を繰り返し、必死に鼓動を抑えつけた。

 

『そういえば、沖縄へは高知での燃料補給を挟んで太平洋上を通って行くんですよね? 今回の件って結構極秘情報だと思うんですけど、どこまで通達されてるんですか? うっかり撃ち落とされたりしませんよね?』

 

曲がり角の向こう側から、さらにもう一人の声が重なる。今度は山田真耶だ。

 

『安心しろ。問題無い』

『良かったぁー。それにしても、リヨンまで複数ポイントを経由して運ぶなんて、インターポールも面倒な注文出してきますね』

『万全を期すためだ。文句を言うな』

『はあ。うちにもドイツで開発されてるっていう輸送用のISがあれば……』

 

は? リヨン? インターポール?

 

唐突に聞こえた単語に、俺は思わず角の向こうへ視線を向けた。

 

そこには、非常に幸いなことに俺のいる場所とは反対側を向いていた織斑先生と山田先生、そして山田先生が押しているストレッチャーの上には、目を閉じたまま静かに横たわるエムの姿があった。

 

(っ! やばっ!)

 

俺の視線に気付いたのか、織斑先生がこちらを向くような素振りを見せた。その瞬間、俺は再度首を引っ込める。

 

『…………』

『? どうしたんですか? 織斑先生』

 

足音とストレッチャーの車輪が止まる。俺は壁に貼り付いたまま、何故か少しずつ姿勢を低くした。どくんどくんと鼓動が五月蠅い。今にも心臓が飛びだしそうだ。

 

背中が床に着きかけるころ、ようやく二人は歩きだした。ストレッチャーの軋んだ音が、ゆっくりと遠ざかっていく。

 

(たすかったぁ……)

 

俺は深く息を吐きだしながら、しばし壁に寄り掛かっていた。

 

(尋問室……沖縄……リヨン……インターポール……。多分これも機密だよな。山田先生ってホントに……)

 

会話に登場した単語を脳内で繰り返す。内容から察するに、あのエムという少女は今日の夜にここを出発し、沖縄を含めた複数の場所を経てインターポール本部へ引き渡されるのだろう。

 

国際犯罪者として捕縛され、今後一生、一夏とは離れ離れに暮らすのだろう。

 

「…………っ」

 

胸の奥がちくりと疼く。罪悪感めいた何かが、ちらりと顔をのぞかせた。

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

校舎を出て、俺はISの試運転のためにアリーナへ来ていた。機体検査が終了し、俺の専用機『アマテラス』は俺の手元に戻ってきていた。

 

先の一件で痛感した。確かに出生こそ特異かもしれないが、この世界において、ISを持たない俺などただの小娘に過ぎない。特にこの先、闘う為の力を手放してはならない。

 

もはや周囲の全てが疑わしくなっている。何がいつどのように敵になるのか。分からない以上、頼れるのは俺の力だけだ。

 

そして今、事件の兆しがさっそく現れた。

 

────『ついに私のISが完成したんだ!』

 

ここに来る途中、つい先程まで、しののの博士とやらがこの学園に来ていたと何人かの生徒達が話していた。何でも、箒の専用機を持って飛んで来たんだそうだ。そしてそのまま機体の調整を行い始めたらしい。

 

元々一夏を守るための戦力として数えていたはずなのに、今となってはやつを戦場に駆り立てる舞台装置にしか見えない。何だか漫画や小説の展開をメタ読みしている気分だ。

 

どうせ件の箒の専用機が暴走したりするんだろう。故に一夏にこの情報を与えてはならない。やつの思想は、一朝一夕でどうにかするにはあまりにも根が深すぎる。根本的解決が難しい以上、常に一夏の一歩先を行く対症療法しかない。極端な話、箒の専用機が到着したその瞬間、そいつを事が起こる前にぶっ壊すってのも視野に入れておく必要がある。

 

本当は俺がアイツの前から消えてしまうのが一番手っ取り早いのかもしれないが、それは今じゃない。次の事態は既に進行し始めている。ここで俺が消えれば、今度ばかりは死人が出るかもしれない。今まで誰も死ななかったのは、案外俺の幸運によるものって可能性もある。

 

それに依存対象を失った一夏が、迫る脅威を前に何をしでかすか分かったもんじゃない。

 

(だけど今回の事件が終わってひと段落ついたら、それこそここから消えるって選択肢もありか)

 

ともあれ、一夏の目が覚める前にやれるだけのことをやらないとな。

 

「ユウさん!」

 

その時、アリーナのピットに人影が見えた。風にたなびく品のある金糸。ハイパーセンサーによって強化された視力がその人物を捉える。あれはセシリアか。一体どうしてあんなところに──

 

「一夏さんが目を覚まされましたわ!」

 

嘘だろ。

 

もはや漫画めいた予定調和すら感じさせる展開に、俺は全身の力が抜けていくのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

機械的で無機質な鋼鉄色のドアが、空気の抜けるような音と共にスライドする。仮設医務室として使われている地下施設の一室は、そこはかとなく薬の匂いが漂っている。

 

デジタル表記の時計がぼんやりと光っている。たった今、丁度日付を跨いだ。

 

室内にはパイプベッドがいくつか並んでいるが、そのうち使用されているのは一つだけだ。既にあのエムという少女は居ない。

 

残された一人、ベッドに横たわっている男子生徒は、俺の存在に気付くや否や、ゆっくりと上体を起こした。

 

「ユウ。来てくれたのか。情けない恰好見せちゃったな」

 

そう言って笑う一夏。どこか力のないその笑顔から、俺は思わず目を逸らした。

 

「……そんなこと、ないよ」

 

ぱっと目についたのは、机の上に置いてある見舞い品の入った紙袋。そしてベッドの近くにあるゴミ箱。飲み物などのゴミがちらりと見える。どうやら他のやつらは既に一度来て、今はもう帰ってしまったようだ。

 

「みんな、先に来てたんだね」

「ああ。千冬姉も鈴も弾も、みんな大袈裟に騒ぎ過ぎなんだよ。とりあえず無理矢理追い返したけど、明日また来るって言って聞かないんだ」

 

一夏の言葉に、俺は安堵していた。

俺がみんなと一緒に一夏の回復を祝うというのは、なんだか違う気がした。

 

それにみんなと会うのは、なんだか気まずかった。

 

「箒も来たの?」

 

直球な問いかけ。もはや駆け引きなど存在しない。あれこれ考えることが煩わしい。とにかく今は迅速に、問題の芽を摘みに行く。

 

「ああ。みんなと同じ頃に来てたな」

「……そう。何か言ってた?」

「いや、別に大したことは話してないけど。それがどうかしたか?」

「ううん、別に。なんでもない。ありがとう」

 

どうやら箒の専用機に関する情報を、まだ一夏は知らないようだ。

このやりとりにおいて、俺の言葉は明らかに不自然だったと思う。まあ、不審に思われたら思われたで、やつが情報を掴む前に事件を処理できればそれでいい。

 

突っ込まれたら適当にはぐらかそうという考えていた俺とは裏腹に、しかし一夏は追求してこない。

 

「なあ、ユウ」

 

代わりに飛んできたのは、一つの質問だった。

 

「あの、千冬姉とそっくりな子、どうしたんだ?」

 

素朴な疑問が、俺の心を静かにつつく。罪悪感のような何かがざわめく。

知らないと切って捨ててしまえば良い。しかしその一言が出てこない。

まるで脳に氷柱が突き刺さったように思考が動かない。

 

俺は何も言えず、視線を逸らすことも許されず、ただじっと立ち尽くした。

 

「俺さ、あの子のこと知ってるような気がするんだよな」

 

罪が暴かれていく。

 

「思い出そうとすると、また気絶しそうになるくらい頭が痛むんだけど」

 

薄皮を剥くように、ゆっくりと。

 

「夢で見たんだ。俺とあの子が一緒にいる夢。あれは千冬姉じゃない。何となく、分かるんだ」

 

ああそうだ。そうだろうとも。知っているだろうよ。織斑千冬とも別人だ。そいつはお前のもう一人の家族だ。

お前とそのもう一人の家族を引き離し、戦わせた原因が俺にあると知ったら、お前はどんな顔をするんだろうな。

 

「なあ、ユウ」

 

ふと現実に引き戻される。一夏はもはや俺など見ていない。

 

「俺、なんで思い出せないんだろう」

 

そしてそこに至ってようやく気付く。

 

「大切なことだった」

 

絞り出すような声は頼りなく震え、

 

「絶対に、忘れちゃいけないことだった」

 

目の前にある一夏の顔は、

 

「そんな気が、するのに……っ」

 

今にも泣き出してしまいそうだった。

 

「…………」

 

今の一夏にかける言葉など、俺は持ち合わせていなかった。

ただ時間が過ぎることだけを願った。時間がすべてを解決して、俺の罪が過去に消えていくことだけを願っていた、

 

しかしそんな俺を許さないとでも言わんばかりに、目の前の男は純粋で残酷な言葉を俺に叩き付けた。

 

「俺、あの子に会わなきゃ」

「えっ……」

「会って、もう一度ちゃんと話さなきゃ」

 

うわ言のような、それでいて確信をもった言葉。

 

「そうしないと、きっと後悔する」

 

そしてやつは俺を見た。悲壮と苦痛にその端正な顔を歪め、強迫観念めいた何かに追い立てられるように口を開いた。

 

「ユウ」

 

やめろ。言うな。そんな目で俺を見るな。

一夏の骨ばった手が俺の腕をつかむ。予測される展開に、俺の体は強張っていく。

 

「あの子はどこに居るんだ?」

 

やめろ。もうあいつの話はしないでくれ。

他ならぬ一夏の言葉からあの少女の姿がチラつく度に、むくむくと居心地の悪さが膨れ上がっていく。

 

「知ってるなら教えてくれ」

 

やめろ。もういいだろ。あいつのことは全部忘れろ。

一夏と目が合う。一夏の強い意志が込められた視線と、必死に逃げ場を探す俺の視線が絡み合う。

 

「頼む」

 

やめてくれ。頼むから。

 

俺の腕を掴む一夏の力が強くなる。ぐっと身を乗り出し、こちらへ身体を寄せる一夏。

 

「お願いだから」

 

一夏の気迫に気圧され、俺の中で何かがぐらぐらと揺らぐ。俺の中の罪の意識が、一夏の手を振り払うことを許さない。ここから逃げ出したいという気持ちと、贖罪を迫る強迫観念が急速に俺の心中を染め上げていく。

 

もう、限界だった。

 

 

「俺は……っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わかった」

 

その瞬間、俺は自身を襲う感覚に抗えなかった。俺の中の何かが、ぽっきりと折れる音がした。




王ドロボウJINGとダンまちってクロス対象として割と親和性高いんじゃねと思う今日この頃。皆さまいかがお過ごしでしょうか。
今年中に完結させると誓ったあの日から9ヶ月が経とうとしています。私は今日もイカの・スメルを書いています。

さて、福音編突入です。福音編が終わったらその次が最終章です。

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