聖十字の盾の勇者   作:makky

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祝福の洗礼

―三週間後―

 

―城外の森―

 

「ハッ!!」

 

 黒い頭巾を揺らしながら、少女が剣を振るう。

 目の前にいたレッドバルーンが切り刻まれて息絶える。

 

「ヤッ!!」

 

 左手を軸にして回りながら後ろを向き、更に二匹を切る。

 

「!!」

 

 茂みの中から出てきたレッドバルーンを跳んで回避する。

 

「イヤァ!!」

 

 そのまま剣を下にして、突き刺してから下に降りる。

 

「よっと、少し危なかったですね」

 

 剣を引き抜き鞘に戻す。

 

「今回はレッドバルーンが四体ですね。さっきウサピル(兎のような魔物)も三体狩ったので、悪くはありません」

 

 犬の耳を更に丸くしたような耳を持つ少女、

 ラフタリアはゴソゴソと修道服の中にある袋にバルーン風船を入れていく。

 

 

 

 あの後、アンデルセンはラフタリアに詳しい話をして、三週間の修行を始めた。

 剣を持てるだけの体力、筋力、振り回し続けられるだけの持久力

 最初に会った時にしていた、咳を止めるための運動と薬の摂取

 そして奴隷商が言っていた

 

『助けて…お父さん…お母さん…!』

 

 夜に起こすパニックを克服すること、だった。

 

 アンデルセンは詳しく聞くことはなかった。

 この世界は一度波に見舞われている。

 町中を見れば、負傷した者たちや孤児と思われる子どもたちが多く目に留まる。

 ラフタリアもそんな子どもたちの一人なのだろう。

 孤児院にも務めていたアンデルセンには見慣れた光景でもあったし、

 本人が話したがらないことを無理に聞くことはしなかった。

 

 寝ている間に不定期にやってくるそれは最初の一週間ずっと続いた。

 眠りにつこうとした時

 ぐっすりと眠っている時

 もうすぐ日が昇ろうとしている時

 ラフタリアはアンデルセンに迷惑をかけてしまっていることが心苦しかった。

 そういったことが5日続いて、思い切って言ってみた。

 

『今夜から、離れて眠りませんか?』

 

 これ以上迷惑をかけてしまうと、自分は捨てられてしまうかもしれない。

 そういった恐怖から少しでも聞こえない距離で眠ることを提案した。

 

 だが彼は

 

『子どもが不必要に気を張らなくなくてもいい。何も心配することはないからな』

 

 微笑みながらそう答えてくれた。

 

 そして、7日目にそれは起きなくなっていた。

 あれほど怖かった夜は、誰かが隣にいてくれるだけで安心して眠れる時間になっていた。

 

 咳の方も、アンデルセンが採ってきた薬草や街で買ってきた薬などで大分落ち着かせることができていた。

 

 剣も大分上達して、一人で複数の魔物を相手にしても倒せるようになった。

 

 

 

 

 

「今日も調子がいいようだな、ラフタリア」

「あ、アンデルセン様!はい、結構な数の魔物を倒しました!」

 

 袋をアンデルセンに見せながら報告する。

 

「それは良かった。それよりラフタリア、今から少し話がしたいのだがいいか?」

「…はい、大丈夫ですよ!」

 

 一瞬だけ言いよどんでしまうラフタリア。何の話をしてしまうのかがなんとなく分かってしまったからだ。

 

「…単刀直入に言おう

 

 

 

 

 

 

 

 お前との関係を終わらせようと思っている」

 

「っ……」

 

 それは突然の宣告。

 

「…理由を聞いても、よろしいですか」

 

 叫びたい気持ちを抑えてラフタリアは聞く。

 

「元々、お前を仲間にしたのは下心のある理由からだった。ただ単に戦力がほしい、この世界の情報を手に入れたい。お世辞にも人に言える内容じゃない」

「この世界では、それが常識ですよ」

「だとしても俺が気に入らん。あと数日で波がやってくる、お前が俺のくだらない理由で死んでしまうのは我慢ができない。お前ならば、一人でもやっていける」

 

 いつもの無表情でアンデルセンは言った。

 

「…貴方にとって、私は謂わば『異教徒』なんですよね?」

「!どこでそれを」

「聞いてしまったんです、私。この世界には貴方が信じる神を信仰する者達はいないって」

 

 発作が起きてアンデルセンの隣で眠ろうとしていた彼女の耳に入ってきた言葉。

 

『この異教徒しかいない世界で、私は何をすれば良いのですか。主を信望せぬ者達を私に救えと仰られるのですか』

 

「…ならば尚更、俺のそばにいないほうがいい」

「どうして、ですか」

「俺は狂信者だ。ただ伏して御主に許しを請い、ただ伏して御主の敵を打ち倒す者。それが俺たちだ」

 

 死都倫敦にて吸血鬼共に吐いた台詞を、同じように繰り返す。

 

「お前も同じになるのか?俺は地獄へ行く、それが決まっている人間だ。そんな人間の後を追って、お前まで狂信者になるのか?俺は、お前にそうなって欲しくはないのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝手なことを、言ってくれますね」

 

 ラフタリアは声を震わせながら話し始める。

 

「私は魔物たちに、お父さんとお母さんを奪われてしまいました。

 その後すぐにあの奴隷商人のところに売られて、夜パニックを起こせば無理やり止められる、そんな生活を送っていました。

 ああ、私はこのまま死んでしまうんだ。そう諦めかけていた時に、貴方に出会いました」

 

「顔も良くなく、大して力もない、愛玩用の奴隷にすらなれないそんな私に、貴方は手を伸ばしてくれました。

 何もなかった私に、最後の希望を与えてくれた。

 私はもう、失いたくない…!」

 

「わがままなのは良く分かっています。貴方がそれを望んでいないことも。

 でも、それでも、私は

 貴方の隣を一緒に歩み続けたい!

 貴方がどんな人だったとしても、私は付いて生きたい!

 貴方の進む道を、この目で見てみたい!だから…!」

 

 涙を流しながら、それでもアンデルセンをしっかりと見続けた。

 

「私が、貴方と同じ場所へ行くことを許して下さい

 貴方の隣で歩み続けることを許して下さい

 私に、希望を与えてください」

 

 

 

 

 

「…馬鹿だよおまえ」

 

 アンデルセンはラフタリアを強く抱きしめる。

 

「…大馬鹿野郎」

「…はい、そうですね。私はきっと、大馬鹿野郎です」

 

 ラフタリアは強く抱き返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたか」

「はい、みっともないところを見せてしまいましたね」

「…すまなかったな、お前の気持ちも考えないで」

「私のためだったんでしょう?それはとても嬉しいことですよ」

 

 本当に強くなったものだ、ラフタリアは

 

「それで、頼みたいことがあるんですけど。大丈夫ですか?」

「出来る範囲だったらな」

「はい

 

 

 

 

 

 

 

 

 私をカトリックにしてくれませんか?」

「それは…」

「この世界に貴方が信じる神の教えが行き届いていないのなら、広めていきましょう。私は貴方に助けられた。つまり貴方の神に助けられたといえませんか?」

「その通りだな、だがいいのか?」

「私自身の考えです。私がなりたいんです」

「そうか、それなら早速するか」

「はい」

 

 アンデルセンとラフタリアは川のある方向へと向かった。

 

 

―川―

 

 水差しに水を入れたアンデルセンの前に、彼から貰ったロザリオを握り祈りを捧げる姿で座るラフタリア。

 

「今から行うのは『洗礼』というものだ。キリスト教徒になるための一番初めの儀式だ。これを終えると、お前はキリスト教徒だ。」

「大丈夫です、準備はできています」

「では始めよう」

 

 ラフタリアの頭の上に水差しを持って行き、中の水を掛ける。

 

「『聖父(ちち)聖子()聖霊(せいれい)御名(みな)によりて。汝を洗わん』」

 

 洗礼の言葉をかけながら、水差しの中身を全て掛けた。

 

「汝に主のお導きのあらんことを。AMEN」

「…AMEN」

 

 これが、彼の本当の仲間と新たなキリスト教徒が、遠き異世界にて生まれることとなった瞬間である。

 


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