聖十字の盾の勇者   作:makky

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手を伸ばしたその先に

―奴隷商のテント―

 

「本当によろしいんですか?」

 

 紹介された三体の奴隷のうち、ラクーン種の奴隷を買い取ることを決めたアンデルセン。その決定に奴隷商人は少なくない疑問を持っていた。

 

「この子は自ら求めた。ならば与えるだけだ」

 

 かつて自分が断罪した者と同じ目をした者に救いの手を伸ばす、果たしてそれは贖罪のためなのかそれは自分でも分からなかった。

 昔の自分が見れば、くだらないと一蹴されたかもしれないその行動、それでも

 

「歩み続けるのに理由など必要ない」

 

 彼女を見捨てることは出来なかった。

 

「…ふふふ、それならよろしいのです。やはり貴方は面白い方です」

「なんとでも言え」

 

 やはりこいつは苦手だ。

 檻の中から出された少女に奴隷商は首輪を付ける。

 

「ではこちらに」

 

 奴隷商は元来た道を先導して歩いて行く。

 

「あの…」

 

 首輪を繋いだ少女がこちらを見上げながら声をかけてくる。

 

「……」

「わ、私、できることならどんなことでもします。お役に立てるように頑張ります。だから」

「…名前」

「え?」

 

 一気にまくし立てるように話していた少女を遮ってアンデルセンは問いかける。

 

「まだ名前を聞いていませんでしたね。貴女の名前はなんというのですか?」

 

 先程までの口調とは違い、優しく話しかけてくるアンデルセン。少女の目線に合わせるように屈む。

 

「あ、私は、ラフタリア……コホ、コホ」

 

 少女、ラフタリアがそう答えると、咳をし始める。慌ててラフタリアは口を抑えて咳を止めようとする。

 

「ああ、いけません。無理に止めようとすると体に悪いですよ」

 

 そう言うとラフタリアの背中を擦り始める。

 

「止まるまで我慢せずに咳をしなさい」

「コホ、コホ。あ、ありがとうございます」

 

 背中を擦ったおかげかしばらくして咳は止まった。

 

「では行きましょう」

「はい…」

 

 アンデルセンはラフタリアの手を握り、歩調を遅めにして歩いて行った。

 

 

 

 最初のテントに戻ると奴隷商がニヤニヤと笑いながら待っていた。

 

「いやはや、どうやら噂とは信用ならないものなのは本当のようですな」

「俺は敵対する奴に容赦しないだけだ」

 

 どうやらしっかりと見られていたようだ。

 

「では必要なことを終わらせましょうか」

 

 そう言うと奴隷商はテント内にいた他の人間にあるものを持ってこさせた。

 

「…ぁ」

 

 ラフタリアは小さく声を出し、アンデルセンの手を少し強く握った。

 そこにあったのは、壷。奴隷である彼女が最も見たくないものであった。

 

「さあ勇者様、少量の血をお分けください。そうすれば奴隷登録は終了し、この奴隷は勇者様の物です」

 

 小皿に移したインクを見せながら奴隷商は促す。

 

「……」

 

 アンデルセンは、ラフタリアが握っていない方の手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―武器屋―

 

「アンタ……」

 

 奴隷商の店を後にして、アンデルセンとラフタリアは武器屋に訪れていた。

 アンデルセンが着ていた神父服に身を包んで抱えられているラフタリアを見て、店主は驚愕した。

 

「武器屋にこんなことを頼むのも変だが、黒いローブはあるか」

「……はぁ」

 

 店主は溜息をつく。

 

「何があったかは聞かないぜ。それとローブで良いのか?」

「ああ、大丈夫だ」

 

 抱えていたラフタリアを近くの椅子に座らせてから、アンデルセンは待つ。

 

「そのお嬢ちゃんのサイズだと、このくらいが丁度いいだろう」

 

 持ってきたローブは確かにラフタリアの大きさにあっているようだ。

 

「うむ、それとしばらく裏を借りたいがいいか?」

「あ、ああ。別に構わないが」

 

 店主の了承を取り付けると、アンデルセンは再びラフタリアを抱えて店の裏へと向かった。

 

 

―30分後―

 

「終わったかい?」

「ああ、感謝する」

 

 出てきたアンデルセンに店主は声をかけた。

 

「それでさっきのお嬢ちゃんは…え?」

 

 抜けた声が出た店主の目線の先には

 

「……ぁぅ…」

 

 アンデルセンに渡したローブを腰の部分でベルトのように絞り込み、首から胸元にかけて白い胸当てのような布があり、黒い頭巾で頭を覆って恥ずかしそうに立つラフタリアがいた。

 

「………」

 

 清楚を思わせるその姿に店主は言葉を失ってしまった。

 

「はっ!な、何だよその衣装!?もしかして、アンタが作ったのか?!」

「修道服というものだ、俺のいた世界の聖職者が身に着けていた服だ」

 

 懐かしいものだ、任務で敗れたりした服を何故か由美江は俺のところに持ってきていた。修繕を繰り返し続けて、いつの間にか構造の大体を把握してしまっていた。

 

「…アンタって本当に噂と違うんだな。殴ろうとして悪かったよ」

「いやいや、あの時は説明しなかった俺の方にも問題があったからな。気にするな」

 

 笑いながらアンデルセンはそう答えた。

 

「うぅー、恥ずかしいですよこの格好」

「服を売っている店がどこにあるのか、お互い知らなかったのだから仕方ないだろう。只のローブを着せるのも味がないしな」

「そんな理由で…」

「それにだ」

 

 アンデルセンはラフタリアの頭を撫でながら続ける。

 

「この格好なら、頭の耳も見えないだろう?」

「…うぅぅぅぅぅぅ、確かにそうですけど」

 

 顔を赤らめながらラフタリアは撫でられ続けた。

 

「んで、その子と一緒に冒険に出るのか?」

「…そのことだがな」

 

 アンデルセンは屈んでラフタリアに顔を向ける。

 

「先程も聞いたが、本当に良いんだな?お前は」

「…はい」

「はっきり言って手加減をするつもりはない。残り三週間程度しかないからな、かなりきつくするぞ。それでも」

「アンデルセン様」

 

 ラフタリアがアンデルセンの言葉を遮る。

 

「私は貴方に助けられました、私も貴方の助けになりたい。そのためならどんなことでもします、その言葉に嘘偽りはありません」

 

 笑いながら目の前の少女ははっきりと言う。

 

「…後悔はしないな?」

「もちろんです」

 

 …かなわんな、この子には

 

「と、言うわけだ店主」

「何が『と、言うわけだ』なのかは知らないが、武器が必要なのは分かった。何がいい?」

 

 深くは問い正さず、店主は要望を聞いてくる。

 

「純銀製の武器はあるか?」

「あるにはあるが、かなり値が張るぞ」

「具体的には」

「大体銀貨350枚からだな、それでも短剣ならだが」

「長剣になるとどれほどだ?」

「500枚は下らないな」

 

 銀というのはどこでも高級金属のようで、特に純銀ともなれば値段も青天井だ。

 

「だがアンタに迷惑をかけた分と、これからの期待を込めて400枚で売ってやろう」

「…いいのか」

「気にすんな」

 

 周りの人間に助けられるとは、悪い気はしないものだ。

 

「ではそいつを一本貰おう」

「金の方は大丈夫なのか?」

「問題ない、払っても銀貨50枚は残る」

「たった一週間で随分と儲けたな、アンタ」

 

 魔物をこれでもかと狩り続け、目についた薬草と一緒に売る。この方法は意外と資金が貯まるものだった。

 

「じゃあこいつだ、アンタはたしか持てなかったな」

「ああ、ラフタリアに渡してくれ」

「じゃあお嬢ちゃん、こいつがこれからアンタの剣になる」

「はい、ありがとうございます」

 

 店主がラフタリアに剣を渡す。

 ゴトン、という音がして剣が下に落ちる。

 

「お、重いです…」

「だろうな、短剣ならともかくいきなり長剣は」

「い、いえ。このくらい持てないとダメです!」

 

 一生懸命に純銀の剣を持ち上げようとするラフタリア。

 

「そういうものなのか?」

「…いや、訓練で使えるようになれると思うが、今すぐ持てなくても問題ないぞ」

「えぇー…」

 

 気が抜けてしまったようにラフタリアは座り込んでしまった。

 

「そのまま掴んでいればいい、ラフタリアごと運んでいこう」

「そ、そんな!悪いですよアンデルセン様」

 

 そんな風に言うラフタリアだがそんなこと知らんと言わんばかりに、四苦八苦していた彼女を軽く持ち上げるとアンデルセンは出口へと向かった。

 

「…また寄らせてもらうぞ、店主」

「おう、待ってるぜ。盾の勇者様」

 

 そんな会話をしてアンデルセン達は武器屋を後にした。

 

 

 

―草原―

 

「生憎と今の俺は野宿していてな、しばらくはこの辺りが主な活動地域となる」

「野宿、ですか。大変そうですね」

 

 武器屋を後にした二人は、そのままアンデルセンが野宿している草原へとやって来ていた。

 

「必要な物は街で手に入れられるからな、そこまで不自由はない」

 

 あの連中が断罪ごっこなんぞをしなかったとしても、もしかしたらこうなっていたかもしれないとアンデルセンは話す。

 

「それで、最初は何から始めるんですか?」

 

 ラフタリアが今後の予定を聞いてくる。

 

「まずは今日手にした剣を、まともに使えるようにする必要がある。その前に」

 

 アンデルセンは服の中から一冊の本を取り出す。

 

「それは?」

「これは聖書だ。キリスト教徒にとって最も大事なものだ」

 

 聖書を開いて、アンデルセンはおいてある純銀製の剣の前に立つ。

 

「『聖父(ちち)聖子()聖霊(せいれい)御名(みな)によりて。汝を洗わん』」

 

 ほのかに輝き始める聖書、それに同調するように剣も光り始める。

 

「わぁ…」

 

 ラフタリアが感嘆の声を上げる。

 光終わると、アンデルセンは剣を拾い上げた。

 

「え…?」

「ふむ、重さは十分、これならばそこまで時間は掛からなさそうだな」

「あの、盾以外は使えないって言っていませんでしたっけ?」

 

 ラフタリアが恐る恐るといった感じで聞いてくる。

 

「この祝福儀礼を施した武器だけは特別に使えるようだ」

 

 アンデルセンが剣を鞘から出しながら言う。

 

「こいつに祝福儀礼を施したことで、以前より化物(フリークス)を切りやすくなる。少ない力でも戦えるようになるだろう」

「フリークス?」

「我々が打ち倒さなければいけない化け物共のことだ」

 

 突然茂みの方から何かが飛び出てくる。

 

「ふん」

 

 剣を一振りすると、真っ二つにされたレッドバルーンがその場に落ちる。

 

「少なくともこれくらいは出来る様になってもらう」

「が、頑張ります!」

 

 元気よくラフタリアは返事した。

 

 そうして、約三週間の修行が始まった。


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