聖十字の盾の勇者   作:makky

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出会い

―城外の森―

 

 あの騒動から一週間ほどが経過していた。アンデルセンは使えることが分かった銃剣(バイヨネット)を使い、魔物を狩り続けていた。

 森に入ったのが一週間前、つまり来てからほとんど森での狩りに勤しんでいた。

 

 目についた敵を片端から切り倒し、盾に吸収させ、吸収できなくなっても狩りを続けた。

 

「なんと脆いものだ」

 

 細切れになったかろうじて魔物と分かるそれを見ながら、アンデルセンは呟いた。

 死都倫敦やその他の場所で倒してきた屍食鬼(グール)よりも切り応えがない。

 

 そのまま城下町へと足を向けるアンデルセン。

 こんなことをしているが、今日までに色々あった。

 

 

~一週間前~

 

―武器屋の前にて―

 

 城から出て草原にて神に感謝し、大量にモンスターを狩り取って夕方頃城下町へと帰った時、ちょうど武器屋の前を通りかかった。

 

「おい、盾のあんちゃん」

「ん?」

 

 そうしたら、武器屋の店主に呼び止められた。

 

「聞いたぜ、仲間を強姦しようとしたんだってな、一発殴らせろ」

 

 話など最初から聞くつもりの無いのか店主が怒りを露にして握り拳を作っている。

 

「やれやれ」

 

 この国の人間は話を聞くということをしないようだ。

 

「で、殴れば気が済むのか?」

「何?」

「正しいかどうかの確認もせずに、一方的に相手を殴れば、お前は気が済むのかと聞いているのだ」

「何を言って…」

 

 店主が言いかけた時、アンデルセンは顔を近づけた。

 

「『汝の敵を愛せよ 右の頬を殴られたら 左の頬を差し出せ』だ」

 

 口角を上げ、歯を見せながら、アンデルセンは嗤った。

 

「う……お前……」

「……どうした、殴らないのか?」

 

 店主がは握り拳を緩めて警戒を解く。

 

「い、いや。やめておこう」

「そうか、それでいいなら良いだろう」

 

 顔を遠ざけてアンデルセンは歩き出そうとする。

 

「ちょっと待ちな!」

「今度はどうした?」

 

 再び店主が呼び止める。

 

「あんちゃんこれから大丈夫なのかよ?」

「心配してくれるのか?気にするな、一人でもやっていける」

「…こんなこと言うと変かもしれないが、何かあったら言ってくれよ」

「覚えておこう」

 

 流石にいきなり殴ろうとしたことを恥じたようだが、根はいい人間のようだった。

 

 

―商人と―

 

 武器屋の前を後にして、魔物の素材を買い取る商人の店に顔を出した。

 小太りの商人が顔を見るなりへらへらと笑っている。

 

 (思いっきり足元を見るつもりだな)

 

 先客が居て、色々な素材を売っていく。

 その中に売ろうと思っているバルーン風船があった。

 

「そうですねぇ……こちらの品は2個で銅貨1枚でどうでしょう」

 

 バルーン風船を指差して買い取り額を査定している。

 

「頼む」

「ありがとうございました」

 

 客が去り、次はアンデルセンの番になった。

 

「買い取ってもらいたいものがあるのだが」

「ようこそいらっしゃいました」

 

 にやにやとした笑いを隠しているつもりのようで、そのまま話を続ける。

 

「そうですねぇ。バルーン風船ですねぇ。10個で銅貨1枚ではどうでしょうか?」

 

 先ほどの値段の五倍を吹っ掛けてきた。

 

「ふむ、聞いていた値段より大分安いようだが?」

「いえ、このくらいが妥当ですよ」

 

 ごまかすこともなく堂々と言ってくる商人。

 

「そうかそうか、実はもう一つ売りたいものがあるのだが」

 

 ゴソゴソと服の中を探り

 

「いくらか見てくれ」

 

 それを投げつけた。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアア!」

 

 投げたそれ、オレンジバルーンは商人の鼻に食いついた。

 それを引き剥がして商人を立たせる。

 

「まさか本気で騙すつもりだったのか?生憎と耳は良いほうなのだよ」

 

 どうしてオレンジバルーンを持っていたのかというと、単純に生きていても売れるのかが疑問だったからであるが、怪我の功名とでも言えるだろうか。

 

「高額で買えとは言わんよ。だがな相場で買取してもらわないとこちらも困るのだが?」

「こんな事をして国が――」

「ほう、安値で買い叩いていると出所不明の噂が流れてもいいなら別に構わんが」

 

 商売は信頼の上に成り立つものだ。だが同時に真実かどうかを問わない噂に左右されることも事実。

 そんな世界で出所不明の噂はたちの悪いものであろう。

 

「ぐ……」

 

 恨みがましい目を向けていた商人だったが、諦めたのか力を抜く。

 

「……分かりました」

「そうか、俺としても今後よく利用するつもりだからな、多少安くても文句はいわん」

「正直な所だと断りたい所ですが、買取品と金に罪はありません。良いでしょう」

 

 敵に回すと厄介と判断したようで、多少安いが取引をしてくれた。

 

「同じような連中が現れると面倒なのでな、俺の噂を広めておいてくれたら今後生きた魔物はここに持ち込まないようにしよう」

「はいはい。まったく、とんだ客だよコンチクショウ!」

 

 何はともあれ初めての取引を終えることは出来た。

 

 

―伝説の武器について―

 

 取引を終えた後、アンデルセンは草原で野宿して一夜を過ごした。

 起きてからも、昨日に引き続き多くの魔物を狩り続けた。

 魔物ばかり倒していても別に構わないのだが、気になることが一つあった。

 昨日街を歩いていて、薬の材料を取引している店を見かけた。

 ここには薬の材料となる草も自生しているようなので、それも売って多少の足しにしようと考えた。

 適当な草を摘んでみると、盾が反応し始める。

 試しに吸収してみる。

 

『リーフシールドの条件が解放されました』

 

 昨日の朝から色々あって、ウェポンブックを見ていないことに気がつく。

 それを広げて、点滅している項目を見る。

 

 『スモールシールド』

 能力解放! 防御力が3上昇しました

 

 『オレンジスモールシールド』

 能力未解放……装備ボーナス、防御力2

 

 『イエロースモールシールド』

 能力未解放……装備ボーナス、防御力2

 

 『リーフシールド』

 能力未解放……装備ボーナス、採取技能1

 

 早速ヘルプで確認する。

 

『武器の変化と能力解放』

 武器の変化とは今、装備している伝説武器を別の形状へ変える事を指します

 変え方は武器に手をかざし、心の中で変えたい武器名を思えば変化させることが出来ます

 能力解放とはその武器を使用し、一定の熟練を摘む事によって所持者に永続的な技能を授ける事です

 

『装備ボーナス』

 装備ボーナスとはその武器に変化している間に使うことの出来る付与能力です

 例えばエアストバッシュが装備ボーナスに付与されている武器を装備している間はエアストバッシュを使用する事が出来ます

 攻撃3と付いている武器の場合は装備している武器に3の追加付与が付いている物です

 

 能力解放は行うことによって別の装備にしても付与された能力を所持者が使えるようになるという事だろう。

 熟練度はおそらく、長い時間、変化させていたり、敵と戦っていると貯まる値、経験値とは異なるものだろう。

 そこでリーフシールドに付いている装備ボーナス『採取技能1』が気になる。

 文面から薬草などを採取するときに何かが発動するもののようだ。

 盾をリーフシールドに変更してみる。

 

 シュン……という風を切るような音を立てて、盾は植物で作られた緑色の草の盾に変わる。

 防御力は据え置きのようだ。まあ、弱い盾だったようだから問題にはならない。

 早速目の前にある先ほどと同じ薬草を摘み取る。

 ぱぁ……

 淡く薬草が光ったように見えた。

 

『採取技能1』

 アエロー 品質 普通→良質 傷薬の材料になる薬草

 

 簡単な説明とともに、薬草の品質が上昇したことを伝えた。

 その後は薬草を撮り続けた。

 その影響かリーフシールドの能力解放は直ぐに終わった。

 他の色スモールシールドシリーズもその日の内に解放済みとなる。

 城下町へ戻り、採取した薬草の買い取りをしてもらう。

 

「ほう……中々の品ですな。これを何処で?」

「城を出た草原だが、それほど良いものか」

「ふむ……あそこでこれほどの品があるとは……もう少し質が悪いと思っていましたが……」

 

 装備ボーナスのおかげで品質が上がり、買取金額は意外と高いものになった。

 今日一日の収入は銀貨1枚と銅貨50枚で、悪くはない滑り出しと言えよう。

 

―酒場にて―

 

 腹が減ってはなんとやら、流石のアンデルセンといえども食事は毎日三食が基本だ。そしてどの魔物が食べられるかなど(そもそも食べられるかも不明)も分からないので、町の酒場で食事をするのが基本になる。

 そうしていると何人かが仲間にして欲しいと声をかけてくる。見るからに荒くれ者というか、ガラが悪そうな連中しか声をかけてこない。

 

「盾の勇者様ー仲間にしてくださいよー」

 

 上から目線で偉そうに話しかけてくる。

 

「では先に契約内容の確認をしようか」

「はぁい」

 

 いちいち癪に障る話し方をしてくるが無視する。

 

「まず雇用形態は完全出来高制だ、意味はわかるか?」

「わかりませーん」

 

 どうやら人をおちょくるのが得意なようだ、これも無視してすすめる。

 

「簡単に言ってしまえば、お前の働き如何でその時得た収入を分け与える方式のことだ。収入が銀貨100枚の時は、大本の俺が4割の40枚を最低もらう。残りの60枚を仲間内で働きに応じて分ける。お前だけなら俺とお前でだな。当然何もしなければ無し。俺の裁量で渡す金額は変わる」

「なんだよソレ、あんたが全部独り占めも出来るって話じゃねえか!」

「何もしなければの話だ。しっかりと働けばいいだけだ」

「じゃあその話で良いや、装備買って行こうぜ」

「自分の装備も揃えられないのに、何故仲間にせねばならん、最低限自分で揃えてこい」

「チッ!」

 

 装備代を押し付ける気がありありである。更にその後逃げるなりして装備代をかすめる魂胆なのだろう。

 

「じゃあ良いよ。金寄越せ」

「おや、こんなところにバルーンがいるぞ」

 

 昨日使ったバルーン撃退法を早速使ってみる。いきなり銃剣(バイヨネット)を使ってもいいと思ったが、こんな奴に使うのも馬鹿らしくなり使わないことにした。

 

 「いでー! いでーよ!」

 

 バルーンが現れたということで酒場は大騒ぎになったが、当の本人は知らん顔してバルーンを引き剥がし食事代をおいて酒場を後にした。

 

 

 

~現在~

 

―城下町―

 

 誰がどう見ても1日や2日で体験した内容じゃないだろう、と思うようなことが一週間前に起きていた。

 そんなこんなして気がつけばレベル6、一週間でここまで上がれば十分だろう。

 戦っている最中にバルーンの新しい種類が現れた。赤い身体をしている『レッドバルーン』というやつだ。

 他のやつに比べると多少は硬かったが、アンデルセンが二振りで真っ二つにしてしまった。

 彼の前ではいかなる魔物も所詮倒す対象にしかならなかった。

 

「だが、一人では手が足りんな…」

 

 アンデルセンがどれほど強くても、一人だけでは心許ない。それにこの世界の情報を集めるのにも人手が必要になり始めていた。

 

「お困りのご様子ですな?」

「…?」

 

 シルクハットに似た帽子、燕尾服を着た男が裏路地で呼び止める。

 肥満体の身体にサングラスをつけた男を見て、アンデルセンは似た『狂人』を思い出す。

 だが目の前の男は殺気は疎か、威圧感も感じないどこにでもいそうな一般人に見えた。

 

「人手が足りないと、聞こえてしまったものでしてね」

「ほう、お前はそれを解決出るようだな。」

 

 こんな裏路地で話しかけてくる。大きな声では言えない、人手不足を解決できる職業。

 

「奴隷商人か」

「その通りです」

 

 男は上機嫌になり近付いて来る。

 

「奴隷には重度の呪いを施せるのですよ。主に逆らったら、それこそ命を代価にするような強力な呪いをね」

「……」

 

 逆らったら死ぬ。呪いの中では最も強力な部類に入るであろうそれを掛けられた奴隷。

 

「どうです?」

「……話を聞こう」

 

 アンデルセンはその話を聞くことにした。

 

 

―裏路地―

 

 男に案内されて裏路地を歩くことしばらく。

 この国の闇も相当に深いようだ。

 昼間だというのに日が当たらない道を進み、まるでサーカスのテントのような小屋が路地の一角に現れる。

 

「こちらですよ勇者様」

「ああ」

 

 足取り軽く男はテントの中へと入っていく。

 

「初対面の人間にこんなことを言うほうがおかしいが、騙すつもりなら…」

「巷で有名なバルーン解放でしょうね。そのドサクサに逃げるおつもりでしょう?」

 

 妙なあだ名が付けられていた。

 

「心外だな、買い取ってもらおうと持っていたバルーンがたまたま逃げ出しただけなのだがな」

 

 やれやれと首を横に振れば、男はハハハと笑う。

 

「勇者を奴隷として欲しいと言うお客様はおりましたし、私も可能性の一つとして勇者様にお近付きしましたが、考えを改めましたよ。はい」

「商売人からそんな評価をいただくとは驚きだな」

「あなたは良いお客になる資質をお持ちだ。良い意味でも悪い意味でも」

「ほう、是非どういう意味かを教えてもらいたいな?」

「さてね。どういう意味でしょう」

 

 そうごまかして男は扉の前に立つ。

 ガチャン!

 という音と共にサーカステントの中で厳重に区切られた扉が開く。

 

「ほう……」

 

 店内の照明は薄暗く、仄かに腐敗臭が立ち込めている。

 獣のような匂いも強く、あまり環境が良くないようだ。

 幾重にも檻が設置されていて、中には人型の影が蠢いている。

 

「さて、こちらが当店でオススメの奴隷です」

 

 奴隷商が勧める檻に近づき覗き込んで中を確認する。

 

「グウウウウ……ガア!」

「人、ではないな」

 

 まさに『狼男』を体現したような生き物が檻の中で唸り声をあげていた。

 

「獣人ですよ。一応、人の分類に入ります」

「一応人、か。そうは見えんな」

 

 キリスト教にとって、狼男は悪魔の手先とされてきた。それが目の前にいる。

 

「獣人について教えてくれ」

 

 まずはどういった生き物か知っておく必要がある。男に問いかけた。

 

「メルロマルク王国は人間種至上主義ですからな。亜人や獣人には住みづらい場所でしてね」

「人間種至上主義…」

 

 確かに、城下町で見かけたのは大部分が人間で、耳が生えた奴はほとんど見かけなかった。

 

「亜人と獣人の違いは?」

「亜人とは人間に似た外見であるが、人とは異なる部位を持つ人種の総称。獣人とは亜人の獣度合いが強いものの呼び名です。はい」

「つまり血の濃ゆさのようなものの違いか」

「ええ、そして亜人種は魔物に近いと思われている故にこの国では生活が困難、故に奴隷として扱われているのです」

 

 人とはどこまでも傲慢に成れるものだ。神にではなく神の力に仕えてしまった彼のように…

 

「っ」

 

 やめよう、もはや取り繕うことも出来ない。我々はただの銃剣でなければならないのだ。

 

「そしてですね。奴隷には」

 

 パチンと奴隷商が指を鳴らす。すると奴隷商の腕に陣が浮かび上がり、檻の中に居る狼男の胸に刻まれている陣が光り輝いた。

 

「ガアアア! キャインキャイン!」

 

 狼男は胸を押さえて苦しみだしたかと思うと悶絶して転げまわる。

 もう一度、奴隷商がパチンと鳴らすと狼男の胸に輝く陣は輝きを弱めて消えた。

 

「このように指示一つで罰を与えることが可能なのですよ」

「基本的にそれで指示を出すわけか」

 

 仰向けに倒れる狼男を見ながら呟く。

 

「誰でも使えるのか?」

「ええ、何も指を鳴らさなくても条件を色々と設定できますよ。ステータス魔法に組み込むことも可能です」

「ふむ……」

 

 どこまでも人間向けなのだな。

 

「一応、奴隷に刻む文様にお客様の生体情報を覚えさせる儀式が必要でございますがね」

「それぞれの奴隷の命令がしっかり伝わるようにか?」

「物分りが良くて何よりです」

 

 ニイ……っと奴隷商は不気味に笑う。

 

「肝心の値段はいくらだ?」

「何分、戦闘において有能な分類ですからね……」

 

 吹っ掛けた所でどうなるかは先程の会話で確認済みだ。あまりの高値だとそもそも買うことが出来ない。

 

「金貨15枚でどうでしょう」

「相場を知らない俺でも、かなり値下げしていることは分かるぞ?」

 

 金貨は銀貨100枚で1枚に相当する。いくら差別されているとはいっても、人一人の値段が銀貨1500枚程度なわけがない。

 

「もちろんでございます」

 

 睨みつけても男は笑顔で対応する。

 

「買うつもりのないのを知って勧めたな?」

「はい。アナタはいずれお得意様になるお方、目を養っていただかねばこちらも困ります。下手な奴隷商に粗悪品を売られかねません」

 

 短時間で随分な高評価である。

 

「こいつはどれくらい強いのだ?」

 

 小さな水晶を男は見せる。するとそれが光り、文字が浮かび上がる。

 

『戦闘奴隷Lv75 種族 狼人』

 その他保有しているスキル等も記載されている。

 自分よりも、いや他の勇者よりも強いであろう。金さえあれば大概の事はできるわけだ。

 

「コロシアムで戦っていた奴隷なのでしたがね。足と腕を悪くしてしまいまして、処分された者を拾い上げたのですよ」

「コロシアム……」

 

 古代のローマで行われていた奴隷同士の闘いの獣人版といったところか。

 

「さて、一番の商品は見てもらいました。お客様はどのような奴隷がお好みで?」

「ある程度動ければ、なんとかできるだろう。そこまで値が張らないやつを頼む」

「となると戦闘向きや肉体労働向きではなくなりますが? 噂では……」

「ここで押し問答をしたいのなら応えるぞ?」

「ふふふ、私としてはどちらでも良いのです、ではどのような奴隷がお好みです?」

「特に、あいにく性的な奴隷は求めていないがな」

「ふむ……噂とは異なる様子ですね勇者様」

「噂とは得てして作り上げられるものだぞ?」

 

 小さく笑いながら言う。

 

「性別は?」

「男のほうが何かと役に立つが、そこまでこだわらん」

「ふむ……」

 

 奴隷商は頬を掻く。

 

「些か愛玩用にも劣りますがよろしいので?」

「見た目は気にせんが?」

「Lvも低いですよ?」

「結構、必要な戦力を初めから作れれば無駄がない」

「……面白い返答ですな。」

「大金を支払って使えないやつを押し付けられるより良いと思うが。どう思う、奴隷商人?」

「これはしてやられましたな」

 

 クックックと男は笑いを堪えている。

 

 「ではこちらです」

 

 そのまま、檻がずっと続く小屋の中を歩かされること数分。

 動物のような声がしていた区域を抜けると、今度は泣き声のような声がする区域に入る。

 不意に視線を向けると薄汚れた子供や老人の亜人か獣人が檻で暗い顔をしている。

 そしてしばらく歩いた先で男は足を止めた。

 

「ここが勇者様に提供できる最低ラインの奴隷ですな」

 

 そうして指差したのは三つの檻だった。

 一つ目は片腕が変な方向に曲がっているウサギのような耳を生やした男。見た限り20歳前後だろうか。

 二つ目はやせ細り、怯えた目で震えながら咳をする、犬にしては丸みを帯びた耳を生やし、妙に太い尻尾を生やした10歳程の女の子。

 三つ目は妙に殺気を放つ、目が逝っているトカゲのような姿をした生き物だ。人の比率が多めなようだが。

 

「左から遺伝病のラビット種、パニック病を患ったラクーン種、雑種のリザードマンです」

「兎に、狸、そしてトカゲか。お世辞にも良いものとは言えんな」

「ご使命のボーダーを満たせる範囲だとここが限界ですな。これより低くなると、正直……」

 

 チラリと奥のほうに目を向ける奴隷商。

 漂ってくるのは、死臭

 かつて幾度と無く嗅いだ、あの臭い

 それに混ざって腐敗臭もしてきている。

 見ていて楽しい物がないことはよく分かった。

 

「値段の方は?」

「左から銀貨25枚、30枚、40枚となっております」

「Lvは?」

「5、1、8ですね」

 

 単純な戦力を見れば、トカゲ・兎・狸の順番だが。

 

「真ん中の奴隷が安い理由は?」

「ラクーン種と言う見た目が些か悪い種族ゆえ、これがフォクス種なら問題ありでも高値で取引されるのですが」

「ふむ……」

 

 種族間でも差別がある。人間とは本当に傲慢な生き物だな。

 

「顔も基準以下でしかも夜間にパニックを起します故、手を拱いているのです」

「それを俺に紹介したわけか」

「いやはや、痛いところを突きますな」

 

 他二つの奴隷と比べても、労働向きではない。

 レベルも一番低く、即戦力としても期待できそうにない。

 

 その時、狸もといラクーン種の奴隷と目が合う。

 衰弱し切り、何かに追いすがろうとし、助けを求めるような目

 

『アンデルセンッ、アンデルセンッ!』

「っっ!」

 

 その時、あの光景が蘇る。

 

『助けて・・・アンデルセンッ!

 

 助けて・・・先生・・・先生!

 

 お・・・が・・・があ・・・あ、こんな所で・・・』

 

 

『俺は・・・こんな所で死ぬのかっ!

 

 こんな所で ひとりぼっちで死ぬのか・・・!

 

 嫌だ!嫌だ!ひとりぼっちで生まれて・・・ひとりぼっちで死ぬのか・・・

 

 畜生・・・』

 

 

 伸ばされた手を取ることもなく

 かつての教え子が亡者共の波に飲まれていくのを

 アンデルセンは只々見守った

 

 

 それが正しいことだったのか?

 そうでなかったのか?

 神の銃剣であるアンデルセンにとって関係のないことだった

 

 

 だが、目の前にその教え子と同じ目をした少女がいる

 

 

 この世界に主の教えがないとしても

 それをすることを主が望んでおられなくとも

 

 

 アンデルセンにとって 彼女は大主教(マクスウェル)に見えた

 

「…再び私に、手を取れと仰りますか。主よ」

 

 小さな声でそう呟くと、少女のいる檻の前で屈んで覗き込む。

 未だに怯えているようだが、目はこちらを見ていた。

 

「…求めるか?」

「……?」

 

 アンデルセンは少女に問いかけた。

 

「汝は求めるか?自由を それと同じだけの苦痛を 生きながら苦しむその道を求めるか?」

「……」

 

 少女は何も答えない。

 

「お前がどういった人生を送ってきたのか、それは分からん。これからの人生でそれ以上のものが待っていることも無いとは言えん」

 

 だが、とアンデルセンは続ける。

 

「もし手を伸ばすつもりがあるならば 私が隣で共に歩み続けよう」

「!」

 

 少女は驚いたように目を開く。

 

「『求めよ さすれば汝に与えられん』」

 

 真っ直ぐと少女を見返してアンデルセンは手を伸ばした。

 

「…わ、私」

 

 小さな声で、少女は言葉を紡ぐ。

 

「生きたい、生き続けたい!」

 

 はっきりと届いたその声、それは少女の確かな意志

 

(俺も大分甘くなったものだな)

 

 内心で笑いながらアンデルセンはそう思う。

 

 そして少女の伸ばした手を

 

 しっかりと掴み返した。

 


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