―城下町―
「お騒がせしましたおばあさん」
「大丈夫よ、色々と事情があるみたいだからね」
草原の近くの川原からアンデルセンとラフタリアは城下町の魔法屋に戻ってきた。
出迎えてくれた魔法屋の店主は深くは聴かずに出迎えてくれた。
「……しんぷさま」
店主の隣にいるフィーロが心配そうに声を掛けてくる。
「フィーロ…」
「なに?」
「先程は、突然大声を出したりしてすいませんでした。驚いたでしょう」
「ううん、大丈夫」
先程とは異なり歳相応の顔をして話す。
「詳しい話はリユート村に帰りながらしましょうか、神父様」
「腰を据えて話す必要があるからな、今日は帰ろう」
「いつでも来てちょうだいね」
店主の見送りを受けて、アンデルセン達はリユート村へと向かった。
―草原―
「――と言った感じですね、分かりましたか?」
「ふーん、そうなんだ!」
「…分かっているんですか?本当に」
城下町から草原に出てしばらく、フィーロにこれから布教のために旅をすることを話すが、いまいち理解していないような受け答えをする。
「つまり困っている人たちを助けに行くんでしょ?」
「そ、そうですよ」
と思ったらしっかりと理解できていたようだ。
「それが私に求められている使命だもん。もちろん分かっているよ」
「……それなら大丈夫ですね」
「きっと私達を必要としている人たちが待っているから、その人達の所へ行くんだよね?どうやって行くの?」
フィーロが疑問に思って聞いてくる。
「それは私も思いました。フィーロに馬車を引いてもらいますか?」
「フィーロはしたいな―」
やる気満々という風にフィーロが跳びはねる
「それも考えたが、波までに戻れるかが問題でな。いい機会だ、ラフタリアとフィーロには覚えてもらうついでに見せよう」
そう言ってアンデルセンは一冊の本を取り出す。
「それは、聖書ですよね。それで何を?」
「見ておけ」
アンデルセンは取り出した聖書を左手に乗せ、開いた。
その瞬間
「わぁ!!」
「え、なに?」
大量の紙が聖書から出てきて、三人の周りを舞い始めた。
光る紙に包まれて三人はその場から消えてしまった。
―リユート村―
「あれ、ここは…?」
「リユート村だ」
「ええ!?さっきまで城下町を出てすぐの草原にいましたよね?!」
「わー、すごいすごい!」
ラフタリアは驚き、フィーロは興奮している。
「祝福儀礼の術式をこの聖書に組み込んである。ある程度距離があっても移動ができるからな、馬車よりも楽だろう」
「確かにそうですね、比較的大きな街を中心に回れば布教もし易いですし。移動時間を考えないのなら…」
ラフタリアが考えながら話す。
波の直前まで自分たちの目的に費やせるのはやはり大きいだろうし、馬車が苦手なラフタリアもこれなら大丈夫だ。
「フィーロもするー」
その言葉にアンデルセンは驚愕した。
「な、何をするフィーロ…!!」
「えーい!」
渡したはずのない聖書をいつの間にか手にして、先程アンデルセンがしたように紙が舞い
再び三人はその場から消えた。
―???―
「キャーーー!!!」
「うわーーー」
「クソっ!」
慣れていないことをしてしまったためか、おかしな体勢で移動してしまいラフタリアは膝から、フィーロは回りながら、アンデルセンはなんとか膝をついた体勢で着地した。
「一体何の……うぉぉ!アンちゃん達じゃねーか!!」
「…ここは武器屋か」
城下町の武器屋の売り場に飛ばされてしまったようだ。
「ううー膝が、膝が痛いです」
「わー面白い面白い!!もう一回しよっと」
「やめなさいフィーロ!」
慌てて聖書を取り上げながら、中身を確認する。
「教えてもいないのに儀礼を施しているのか!!フィーロ!聖書はどうやって手に入れたのですか!」
「なんかねー服の中に入ってあったから、使ってみたのー」
「…はぁ、予測しておくべきだったな」
「何があったかは知らないが、また面倒なこと仕出かしたのは分かるぞまったく」
何度目になるか分からない店主の呆れ声を聞く。
「そもそもどうして武器屋に来たんでしょうか?」
膝を抑えながらラフタリアが疑問を口にする。
「フィーロお腹すいた、この前食べた料理また食べたい」
「この前の料理って店主さんが持ってきたあの料理ですか?」
「うん」
どうやら食事がしたいと思いながら移動したらしい。
「そう言う能力があるんですか?」
「いや、無いはずだ。これは予め何処へ行くかを決めておくか、もしくは…」
そこまで言ってアンデルセンは右手を顎に当てて考える。
「まさか、そういうことか?」
「何がですか?」
「フィーロの『奇跡』だ」
どうも考えていたような旅にはならないようだ。
―リユート村―
「つまり、フィーロさんはお腹がすいたと言う欲求を満たすために祝福儀礼済みの聖書を作り出して、以前に食事を頂いた武器屋さんに移動してしまったということですか」
リユート村に再び移転し、ラフタリアは確認するようにアンデルセンに言う。
「ほぼ間違いない。俺はフィーロに聖書は渡していないし、渡していたとしても祝福儀礼の掛け方を教えてもいない。同時に二つのありえないことを仕出かしたということだ」
「……それを行った理由が空腹っていうのがフィーロさんらしいですね」
若干呆れながらラフタリアは苦笑した。当の本人は街で調達してきた食事を食べ終えて満足気にアンデルセンのひざ上に座っている。
「ともかく、予定を繰り上げて行動に移れるようだ。二週間ほど必要かとも思ったが、ラフタリアだけならば移動中でも教えられるからな」
「ではすぐに移動しますか?」
「いや、その前に情報がほしい。無闇矢鱈に移動すると碌な事にならん。ラフタリアは城下町で情報収集してきてくれ」
「あら、私の訓練は後回しですか?」
腰に手を当てて小さく笑いながらラフタリアが皮肉ってくる。
「ふん、期待しているからだ。必ず出来る、と」
笑いながらアンデルセンはそう返した。
「そうでしたら、期待に答えなければいけませんね。早速行かせていただきます」
「……今日すぐに行かんでもいい。お前も疲れているだろう?明日送っていこう」
「ではお言葉に甘えさせていただきます」
波が終わってからも、主にフィーロ関連で色々とやることが多くなりラフタリアも落ち着いて休息しておく必要が有ると思い、その日は村で一夜明かすことになった。
そして翌日、ラフタリアは意気揚々と城下町での情報収集を始めた。
―二日後―
「幾つか気になる情報を手に入れたので、一旦切り上げてきました」
情報収集の為に城下町に行っていたラフタリアは、思った以上に早く帰ってきた。
フィーロの特訓を一時中断してアンデルセンはラフタリアの話を聞く。
「行商人や冒険者を中心に聞き込みました。他の勇者の情報が中心です」
「早速話してくれ」
ラフタリアが持ち帰った情報は、他の勇者が何をしているのかと言うものだった。
「槍の勇者一行は王城から南西地域を重点的に回っているようです。飢饉に苦しむ村を封印されていた伝説の植物を使って救ったそうです。
剣の勇者一行は王城から南東地域を拠点に活動しているようです。凶暴な魔物が生息している地域のようで、東の地で暴れていたドラゴン、巨大な龍を討伐したそうです。
弓の勇者一行は確定していませんが、圧政が敷かれていた北の国でレジスタンスと共同で王政を倒したらしいです。残念ですが情報が少なく断定するまでには至りませんでした」
「ふむ、分かった」
聞いた限りでは人助けを兼ねたレベル上げをしているようだ。
「弓の勇者の情報が少ないというのは?」
「リーダー格の冒険者が一番強く、弓を使って戦っていたらしいのですが名乗っている情報がなく聞いてきた方達も『恐らく』や『多分』と言っていました」
身分を隠してする理由がよくわからない。バレてもむしろ自分の評価が上がるから隠す必要性はないはずなのだ。盾の勇者のアンデルセンはともかく。
「目立った情報は以上ですね、私はもうしばらく収集してきます」
「分かった、くれぐれも出発の日に遅れんようにな」
「当然です」
ふふん、と胸を張るラフタリア。
「さあフィーロ、続きをしますよ」
「えー、まだやるの?」
不満気にフィーロは言う。
「きちんと使えるようになれば、貴女のためにもなりますよ」
「うぅー、分かったよフィーロ頑張る」
この世界でも守るべき者が出来る、最初の時は考えられなかった物語は
小さな種を蒔きながら始まろうとしていた。