聖十字の盾の勇者   作:makky

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愛されし者

―翌日―

 

 翌日、アンデルセン達は洋裁屋に再び訪れた。昨日の店員が出迎えてくれた。

 

「はいはーい。服は出来てますよー。久々に徹夜しちゃった」

「その割にはテンションがすごいですね」

 

 ラフタリアの言う通り、徹夜とは思えないほどの様子で店の奥からフィーロの服を持ってきた。

 白を生地にした所謂ワンピースという服で、真ん中に青いリボンをこしらえてあり、同じ色で明暗を付けられていた。

 

「しんぷさま、この服を着るの?」

「そうですよ、フィーロ。着て見せて下さい」

「はーい」

「じゃあ、こっちに来て」

 

 店員の指示に従ってフィーロは店の奥へと入っていく。

 

「じゃあ魔物の姿にも変わってね」

 

 店員の声が店の奥から聞こえてくる。

 

「分かったー」

 

 続いてフィーロの声も聞こえてくる。

 

「うん。やっぱり似合うわぁ……」

 

 うっとりするような声が聞こえた。

 

「じゃあ行きましょうね」

「はーい」

 

 店の奥から二人が出てくる。

 ワンピースを着たフィーロは、背中の羽と相まって可愛らしい姿になっていた。

 

「しんぷさまー」

「どうしました?」

「どう? 似合う?」

「……ええ、大変似合っていますよ」

 

 アンデルセンは一瞬言い淀んでしまう。

 基本的に神父服や修道服しか身近になかったので、似合っているかどうかよく分かっていなかった。

 だが嬉しそうに聞いてくるフィーロにそう言うことは出来なかった。

 

「……そっか、うん。ありがとう」

 

 察してしまったのか、微妙な返しをフィーロはしてきた。

 

(悪いことをしたな…)

 

 かと言って『分からない』とは言えず、アンデルセンは話題を変えることにした。

 

「ラフタリアは新しい服はいらんのか」

「え、私ですか?この修道服を予備と合わせていくつか持っているので大丈夫ですよ」

「お前だって、その、可愛らしいというのか?そういった服が着たいんじゃないのか」

「ふふふ、必要ないですよ。だって」

 

 満面の笑みを浮かべてラフタリアはアンデルセンを見る。

 

「神父様が初めてくれた大切な服ですから、死ぬまで着続けるつもりですよ?」

「…変わり者だな、お前も」

「まあ、神父様に言われるだなんて驚きです」

 

 可愛げのない返しをしてくる。誰に似たのかなど言うまでもない。

 

 

 

 

~フィーロ~

 

 しんぷさま、あんまり喜んでくれていないみたい

 ラフタリアお姉ちゃんとは楽しそうにお話しているのに

 フィーロとお話しているとうれしくないのかな…

 いやだよ、嫌われるなんてフィーロいやだよ

 

『……求めなさい』

 

 あれ、今誰か…

 

『もしも貴女が求め続けるのならば』

 

 何を求めるの?私が今欲しい物?

 

『貴女にそれを与えましょう』

 

 欲しいもの、しんぷさまに嫌われたくない

 ラフタリアお姉ちゃんと同じように大切にされたい

 

 わたしが神父様を大好きなように

 

 神父様も私を大好きになってほしい!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だ」

 

 小さく誰かが呟いた。

 

「…フィーロ?」

 

 差な声の主は、感情が抜け落ちたような表情で立っていた。

 純白の服を着飾り、背から羽を生やした少女は

 

「私のこと、嫌いになっちゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやだ」

 

 悲痛な言葉とともに光に包まれた。

 

「な…!」

「一体何が?!」

 

 アンデルセンとラフタリアが驚きの声を上げる。徐々に光は収まり、やがて完全に消えた。

 

 

 そこに立っていたのは

 

 

「……」

 

 

 先程まで来ていた服と大きく異なる

 

 

 黒い修道服に身を包み首からロザリオを掛け佇むフィーロだった

 

 

「え、一体何が起こったの?」

 

 店員が驚いたような声を上げた。

 

「もしかして、フィロリアルクイーンの能力なのかも」

「そうなんですか!すごいですね」

「やっぱりフィーロって他の子と違うんですね、神父様」

 

 ラフタリアがアンデルセンに同意を求める。

 

「………………」

「神父様?」

 

 目を見開き、ラフタリアの言葉に反応を示さないアンデルセン。

 

「…何をした」

 

 低い声に怒気を孕ませて、アンデルセンはフィーロに詰め寄った。

 

「し、神父様?!」

「答えろフィーロ!!お前は今、一体何をしてしまったんだ(・・・・・・・・・・)!!」

 

 それまでの様子と一変しフィーロを怒鳴りつけるアンデルセンをラフタリアは止めようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何もしていないよ」

 

 そんなアンデルセンに物怖じせず、静かな声が響く。

 

「私は何もしていないよ」

「お前、お前は!」

「何もしていないんだから」

 

 

 

 

 

 

「何も変わっていないんだよ」

 

 無表情にフィーロは答えた。

 

「…そうか、そういうことか。お前はそれを望んでしまったのだな(・・・・・・・・・・)?」

 

 すべてを悟ってしまったかのように、力なくアンデルセンは聞き返した。

 

「うん、だから何も問題はないよ(・・・・・・・・)。神父様」

「…分かった」

 

 それ以上聞き返すことはなく、アンデルセンは出口へと向かう。

 

「…騒がせたな」

「い、いえ。大丈夫です」

「あ、あの。神父様」

 

 ラフタリアが声をかけてくる。

 

「すまんラフタリア、フィーロの世話をしばらく頼む」

「し、神父様は?」

「…しばらく一人で考えたいことがある。今日中には戻る」

「あ、待って…」

 

 ラフタリアの声を最後まで聞かずにアンデルセンは一人洋裁屋を後にした。

 

 

 

 

―川原―

 

 かつて、この世界ではじめて洗礼を行った場所にアンデルセンはいた。

 膝をつき、ロザリオを握りしめながら彼は只々主に問いただし続けた。

 

「主よ、何故、何故なのですか?貴方はこれを望まれていたというのですか。彼女に苦悩の道を歩めとそう仰られるのですか」

 

 祝福され生まれてきた彼女に、これから訪れる運命(さだめ)はあまりにも悲惨なものになるだろう

 家族として受け入れた彼女は、それを知っていた。いや

 知ってしまった(・・・・・・・)のだ。一人で背負い続けるのには重すぎるそれを

 

「――――神父様」

 

 優しい少女の声が聞こえる。この世界ではじめて出来たキリスト教徒(カトリック)

 

「…フィーロの世話を頼んだはずだが?」

「事情を話して、今魔法屋のおばあさんに預かってもらっています。誰かさんが何も言わずに勝手に何処かへ行っちゃったせいで、探すのに苦労しましたよ」

「…………」

「フィーロの事、教えてくれませんか?」

「…知ってどうする」

「私たちはもう家族です。家族に何かあるのなら、助けるべきでしょう?」

「…敵わんな、本当に」

 

 アンデルセンはラフタリアに向き合う。

 

「今から話すことは、俺の予想も入っているがほぼ確実な内容だと思ってくれて構わん」

 

 深い溜息を吐き、彼は話し始めた。

 

 

 

 

 

「フィーロの着ていた服、見覚えがあるだろう」

「私が来ている修道服と同じですね」

「そうだ、直前まで着ていた服から修道服に変わった」

「フィーロの力だったのではないんですか?」

「…いいや、あれは別の力だ。いや力というのも憚られるものだ。何人足りとも触れることはもちろん見ることさえ出来ない、それをフィーロは使った」

「何なんですか、それは」

「…『奇跡』だ」

「奇跡?」

「そうだ、もはや人がどうにかできる力ではない」

「それをフィーロが使った?でも」

「ああ、あの程度で奇跡と言われても納得出来んだろう。だがな、あの程度で終わるわけがない」

「まさか…」

「フィーロはより大きな奇跡を起こすだろう」

「奇跡、ではない可能性は?」

「低い、それも考えてフィーロに問い正した。結果があれだ」

「フィーロはその奇跡を自覚しているんですね」

「そうだろう」

 

 一息ついて、ラフタリアもため息を吐く。

 

「そんな大切なことを言わずにいるつもりだったんですか?」

「俺自身、らしくもなく混乱してしまってな」

「さっきも言いましたが家族のことなんですから、逆に心配になってしまいますよ」

「これは、隠し通さなければならん」

「…そこまで深刻なことなんですか」

「奇跡の力を使った者達の末路は、常に最悪なものだった。罪人として、魔女として、反逆者として」

「フィーロもそうなってしまうのですか?」

「恐らくな、この世界の連中にとって邪魔になれば躊躇せんだろう」

 

 他でもない自分たちがそうしてきた。バチカンの歴史は常に血に塗れたものだった。特に異教徒の聖者など活かしておく理由がない。

 

「あの子には、これから多くの災いが降り注ぐだろう。主がそれを望まれているのだ、この世界に『奇跡』を起こせと」

「その奇跡の内容は、分かりますか」

「…主のお考えを推し量るなど恐れ多くてできん」

「そう、ですよね」

 

 考えこむラフタリア、しばらくして顔を上げて話しかけてきた。

 

「神父様、提案があるんです」

「何だ?」

「次の波まで、余裕がありますから

 

 

 

 

 

 布教の旅に出てみませんか?」

「それは…」

「今この国、いいえこの世界には私と同じように家族や財産、その他色々なものを失ってしまって困っている人たちが大勢いると思うんです。一人でも多く、そういった人たちの助けになりたい、そうすればフィーロのことを皆さん受け入れてくれる。そう思っているんです」

「…同じ宗教でも起こらんとは限らないぞ」

「じゃあ、私達がフィーロを守りましょう。例え世界が敵になったとしても、私は家族を命懸けで助けたい。神父様も仰っていたではありませんか」

 

「『そうあれかしと叫んで斬れば、世界はするりと片付き申す』と」

 

 腰の剣を抜き、地面に刺してラフタリアは言い切った。

 

「…ふふふ、はははははははは。まさかお前からそんなことを言われるとはな、俺も相当焼きが回っていたらしい」

 

 アンデルセンは立ち上がりそう言った。

 

「立ちふさがるものは切り伏せるのみ、そんな単純なことさえも忘れていたか。俺もまだまだだな」

「神父様がまだまだなら、私なんてかすりもしていないですね。精進しないと」

「…すまなかったなラフタリア」

「問題はない、ですよ」

 

 ――主よ、貴方の真意を我々は図りかねます。しかし

 しかし、彼女に苦悩と災いの道を歩めとおっしゃるのならば

 

『我々にも同じものを与え給う』

 

 彼女の進む道に 幸福のあらんことを

 

 

 


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