聖十字の盾の勇者   作:makky

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御子

―奴隷商のテント―

 

「さあ、知っていること全て教えていただきますよ。もしとぼけたりしたら、このテントの風通しが多少良くなってしまうかもしれませんが、特に問題はないですね?」

「かつての所有者に対して物怖じしない発言をする、さすが勇者様の従者ですね!」

「いいから、早く」

 

 冷や汗をこれでもかというほどかきながらお世辞を言う奴隷商に、ラフタリアが冷たい目をしながら催促する。

 あの後、人の姿になったフィーロは眠りについてしまい、今はアンデルセンが抱きかかえている。

 

「俺としても、少しでも情報がほしい。何か無いか?」

「分かったことはあまり多くありません。ただ、フィロリアルの王に似たような個体がいるという目撃報告があるのを発見しました」

「王?」

「正確にはフィロリアルの群にはそれを取り仕切る主がいるとの話です。冒険者の中でも有名な話でありまして」

 

 奴隷商が言うには、フィロリアルは大きな群れで活動するのが基本でその群れを率いている個体がいてそれを王と呼んでいるらしい。

 

「そういった個体は何か別の呼び方があるのか?」

「フィロリアル・キング、もしくはクイーンと呼ばれております」

「フィーロは雌、もとい少女だからクイーン、というわけか」

「で、ですね……ここまで勇者様に懐いていますと、この状態で売買に出されると私、困ってしまいます」

 

 当たり前だ、人間に変身出来るフィロリアルなんてまともな使い方をする人間が買うわけがない。売る気ははなから無い。

 

「では、どうしましょうか」

「まずは着るものを探さんといかんな」

 

 今はアンデルセンの服を着せているが、いつまでもこのままと言うわけにもいかない。

 

「何はともあれ、明日までは動けんな。朝一で武器屋の店主に相談してみるか」

 

 この街、と言うよりこの世界のことを詳しく知っていてある程度信用できる唯一の人間なので、事情を話せば知恵を貸してくれるだろう。

 

 

 

 

 

 

―翌日―

 

「…こんな状況を前にも一度見たことがあるぜ、アンちゃん」

「奇遇だな、俺もだ」

「あはは…」

 

 翌日早速武器屋へと向かったアンデルセン達、ラフタリアを連れてきた時と同じようにフィーロを抱えて中に入ると店主が微妙な表情で出迎えてくれた。

 

「その子もなにか事情があるようだな」

「…話せば長い」

 

 魔物商から魔物の卵を買った事、孵化したら最初はフィロリアルだったのだが段々と違和感が出てきた事、気になって魔物商のところに連れて行き一日待つことになり昨夜何故か女の子になっていた事、ここには少女用の服をどうにかしないといけないために来た事、など大まかな事を話した。

 

「そりゃまた、何と言うか大変だったな」

「たった数日の出来事とは思えませんよね、本当」

 

 実際に見ていたラフタリアは思い出したのか乾いた笑いをしている。

 

「しんぷさま…」

 

 小さな声で腕の中にいるフィーロが話しかけてくる。

 

「フィーロお腹空いた」

「…ここに来る前に一応朝食は食べましたよね?」

 

 アンデルセンがフィーロに聞く。

 

「うん、でも空いた」

「我慢できませんか」

「出来ない」

 

 即答された。

 

「とりあえず、うちの晩飯を食うか?」

 

 そう言って奥からスープのような料理が入った鍋を店主が持ってくる。

 

「あ、それは――」

「わーい、いただきまーす」

 

 ラフタリアの静止も聞かず、フィーロは一口で鍋の料理を全部食べてしまった。

 

「うーん、微妙」

 

 口に合わなかったようだ。

 

「こら、フィーロ。他の人の食べ物を全部食べてはいけません。それとせっかく持ってきてくれたのですから、そんな言い方をしてはいけません」

 

 了承を得ずに全部食べてしまったことと、持ってきてくれたことに感謝しなかったことをアンデルセンは注意した。

 

「うー…ごめんなさい、しんぷさま」

「では言うことがありますね?」

「うん…」

 

 そう言ってフィーロは店主の方を見た。

 

「ご飯ありがとう、それと全部食べちゃってごめんなさい」

「あ、ああ。どうもな」

 

 突然お礼と謝罪をされて店主は困惑する。

 

「すまんな、今度何かで埋め合わせをしよう」

「ああ、そうしてくれ…」

 

 フィーロの食べっぷりは近くで見ていたアンデルセンたちも未だに驚くことが多い。これがずっと続くと本格的に食費が…

 

「よくよく考えると、フィーロは魔物を生で食べていましたね」

「考えているほど食費については深刻ではないかもな」

 

 

 

「そうだなぁ……変身技能持ちの亜人の服があったような気はするんだが……というか武器屋じゃなくて服屋に行けよアンちゃん」

「今まで一度も行ったことがなくてな、そんなところに魔物に変われる少女連れて行くのはまずいと思ったからここに来たんだがな」

「……それもそうか、ちょっとまってな」

 

 今度は店内の奥のほうで何かを探しているようだ。

 

「サイズが合うかわからないのと、かなりのキワモノの服だからあんまり期待するなよ」

「今のところは着れれば問題ない」

 

 だが、しばらくして手ぶらで帰ってきた。

 

「悪い。見た感じだと変身後のサイズに合う服がねえ」

「あー、突然来てしまったからな。仕方ないか」

 

 となるとやはり服屋にいかないとならないのだろうか。

 

「まあ、とりあえずおあつらえ向きの服が無いか探しておくからまた後で来てくれ」

「ああ、すまなかったな」

「もう何があっても驚かないつもりだが、アンちゃんのことだ簡単に驚かせてくれるんだろうな。まったく」

 

 とりあえずここで出来ることは今のところ無いので、奴隷商のテントに戻ることにした。

 

 

 

 

 

―奴隷商のテント―

 

「いやぁ。驚きの展開でしたね。ハイ」

「まったくだ」

「して、フィロリアルの王が何故目撃証言が少ないか判明しました」

「ほう、早かったな」

「はい。というか勇者様も理解していると思いますよ」

 

 もったいぶったように言う奴隷商。

 

「人になれるからか」

「その通りです、はい」

 

 奴隷商は人の姿になっているフィーロを指差した。

 

「フィロリアルの王は、高度な変身能力を持っているのですよ。ですから同類のフィロリアルに化けて人目を掻い潜っていた。というのが私共の認識です」

 

 変身する姿を見ないかぎりフィロリアルが人になることを知るのは不可能なのだから、今まで知られていなかったのは当然だろう。

 

「いやはや、研究が捗っていないフィロリアルの王をこの目にすることができるとは、私、勇者様の魔物育成能力の高さに感服です。ハイ」

「妙に持ち上げるではないか、ええ?」

「ただのフィロリアルを女王にまで育て上げるとは……どのような育て方をすれば女王になるのでしょうか?」

 

 人になれるフィロリアルなど、魔物を売っている人間からすれば喉から手が出るほど欲しいだろう。だからこいつはその飼育方法を聞き出そうとしているのだろう。

 

「恐らくこいつが原因だろうが、詳しくは知らん」

 

 右手にある盾を見せながらアンデルセンは言う。

 

「そうやってうやむやにする勇者様に私、ゾクゾクしてきました。どれくらい金銭を積めば教えてくれますかな?」

「むしろこちらが聞きたいのだがな」

「では、もう一匹フィロリアルを贈与するので、育ててみて――」

「やめろ」

 

 フィーロ一人でも食費を含めて見通しが難しいのに、もう一匹育てるなど金をもらっても断る。

 

「…しんぷさま」

「ん?どうかしましたかフィーロ」

 

 フィーロが心配そうな顔でアンデルセンを見る。

 

「フィーロいい子にしているから…捨てないで…」

「……大丈夫ですよ」

 

 もう一匹育てて欲しいと言われて、どうやら自分は捨てられると勘違いしてしまったようだ。アンデルセンは頭を優しく撫でる。

 

「それと、そうだな。波で現れていた大型の魔物の肉を食べていたが、それも原因かもしれん」

 

 あと考えられるのは幼児洗礼だが、祝福儀礼を施したわけではなかったので無いとは言い切れないが、可能性は低い。

 

「ふむ……それではしょうがありませんね」

 

 何かを隠していると思っているようだが、奴隷商はそれ以上追求するのをやめた。

 

「何時でもフィロリアルはお譲りしますので、試してください。ハイ」

「波に対処するのが本来の仕事なのだがな」

「もしも扱いやすい個体に育てたらお金は積みますよ」

「あまり期待はせんでいてくれ」

 

 化け物共を殲滅するのが役目なのに、どうして周りの人間は他のことを言ってくるのか。

 

「一応話は終わりましたね」

「そうだな」

「さて、ではどうしましょうか」

「フィーロのことだな」

 

 何の解決にもなっていないように見えるが、今後の方針はとりあえず決まった。後はフィーロをどうするかだ。

 

「まさかこのままフィロリアルとして扱うわけにもいかないですし」

「ひとまず人として扱うのは決まりだな」

「でもフィロリアルにもなれますからね……馬車を引きたいという本能は残ってますよきっと」

「だとしたら、益々服が重要になるな」

 

 したいことを無理やり押さえつけたくはない、だが少女が馬車を引くなんてこの世界でも褒められたものではないだろう。

 

「フィーロ、貴女に言わなければならないことがあります」

「なぁに?」

「私がいいと言うまでは、その姿のままでいて下さい」

「えー、どうして?」

「貴女が元の姿に突然なってしまうと、見てしまった人が驚いてしまうからですよ。お約束してくれますか?」

「うー、しんぷさまが言うならフィーロ我慢する」

「いい子ですね」

 

 不満気ではあるが、フィーロはアンデルセンと約束する。

 

「昼食前にもう一度武器屋に寄っておこうか」

「時間的にもちょうどいいかもしれないですね」

「というわけだ、迷惑を掛けたな」

「そう思うのでしたら是非、扱いやすいよう、私共が用意したフィロリアルの育成を――」

「ではまたそのうち寄らせてもらおう」

「極力、私共のペースに飲まれないようにしている勇者様の意志の強さに尊敬の念を抱きます。ハイ」

 

 そうしてアンデルセン達はテントを後にし、武器屋へと向かった。


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