毎週月曜日頃になる予定です。
誠に勝手ながら、よろしくお願いします。
―リユート村―
「あ、孵るみたいですよ」
昨日買っ魔物の卵を見たラフタリアが声をかけてくる。時間はもうすぐ昼前だ。
「見せてくれ」
自分が打ち倒した魔物と同じ生き物が孵化する、かつての自分だったら卵を叩き割っていたかもしれない。だが他でもないラフタリアが純粋な人間と言えない為か、目についた化物を片端から倒していくのも違和感を覚えるようになっていた。
最も、敵意を向けてくるのなら魔物だろうと人だろうと容赦しないことに変わりはなかった。
卵に入っていた亀裂が広がり、殻が零れ落ちる。
「ピイ!」
ふわふわの羽毛、頭に卵の欠片を乗せたピンク色のヒヨコのような魔物と視線が合う。
「ピイ!」
元気よくアンデルセン目掛けて飛び込み、ぶつかる手前で掴まれる。
見たところ体調に異常は見られない、後はこれが何の魔物なのかを調べるだけだ。
「私もそこまで魔物に詳しくは無いですからね、これと断定できません」
「お前がわからないなら俺達ではお手上げだな」
こういう時は詳しく知っている人間に聞くのが手っ取り早い。
「そうですねぇ……たぶん、フィロリアルの雛だと思いますよ?」
最初に出会った住民に聞いてみると、どうやらこれはフィロリアルのようだ。
目当ての魔物が手に入り、値段的にも元が取れたとラフタリアは喜ぶ。
「ではするべきことがあるな」
「するべきことですか?」
「ああ」
雛を大事に抱きかかえてアンデルセンはラフタリアに言う。
「『幼児洗礼』だ」
キリスト教徒、特にカトリックは生まれて間もなく行う『幼児洗礼』を基本としている。神父が水差しの水を赤子の頭から掛けて、その場で洗礼名を付けるのだ。基本的に洗礼名=本名となるので、親はしっかりとした準備を整えてから子どもの洗礼に望む。
「『
ラフタリアが雛を抱え、アンデルセンが頭から水を掛ける。雛は初めての水の感覚に戸惑っているようだ。
「汝に霊名を与えん」
水を掛け切り、アンデルセンは雛に洗礼名を付ける。
「…本来ならば正式な洗礼名を付けるのが良いのだが、基本動物に洗礼はしないのだ」
洗礼を受けるのは罪があるからだが、動物には罪がないとされている。その為洗礼は人間が受けるものであるとなっている。
「じゃあどうしてこの雛にするんですか?」
「お前にはしているのにこいつにしないのはおかしいだろう?」
「あ、確かにそうかもしれませんね」
新たな家族となるこの雛は、果たして罪を持つのか。それは分からないが信徒として扱っていくことになる。
「単純でありきたりな名しか付けられんが、『フィーロ』、汝の名前はフィーロだ」
「いい名前だと思いますよ」
「ピイ!」
付いていた水を振り落として雛、フィーロは嬉しそうに鳴いた。
―夕方―
「…明らかにおかしいですよ、この子」
ラフタリアが怪訝そうな声で疑問をつぶやく。
何がおかしいのかというと、今日生まれたばかりのフィーロのことだ。
早速魔物狩りに連れて行きレベルは12になり、今し方帰ってきてはっきりとした違和感があった。
大きい、いや大きくなり過ぎなのだ。
最初はヒヨコくらいの大きさだったのに、今は両手で抱えるのがやっとの大きさだ。羽も生え変わってピンク色だった羽は、少し濃ゆくなって桃色になっていた。
「フィロリアルの成長が早い、というわけではないのか?」
「早すぎます、一日いや半日程度でこれほど大きくなるとは思えません」
その成長に比例して、餌の食べっぷりも凄まじいもので予め買っていた餌をあっさりと食べきり、道端の雑草や牧草を食べ始める始末。
村の住民に聞いてみたところこの大きさになるには普通レベル20前後は必要で、これ程早く成長することはないという。
そして心配していたことは、翌日見事に的中してしまった。
―翌日―
「グア!」
馬小屋に繋がれているフィーロが野太い声を上げる。昨日最後に見た時はまだ両手で抱えられる大きさだったのに、今やラフタリアの身長を越してダチョウのような姿になっていた。
「一日しか経っていないのに、こんなに大きくなっているなんて」
ラフタリアは絶句してしまう。
「この調子だと、今日中に成体になってもおかしくないな」
「考えたくありません」
今日中に成体になってしまうとその先、つまり明日の朝にどうなってしまうのか想像するのが怖い。
だが運命は無慈悲だった。
「立派なフィロリアルになっちゃってますよぉ、どうすればいいんですかぁ」
弱音を吐くラフタリアだが、本当に成体に成長してしまっていた。ラフタリアはもちろんアンデルセンが乗っても大丈夫な大きさになっている。
「…まさか」
何かに気付いたアンデルセンは、右手の盾を確認する。
そこには『成長補正(小)』と『成長補正(中)』の装備ボーナスの文字がでていた。
「原因はこれだ、ラフタリア」
アンデルセンは説明すると、ラフタリアが怒鳴り始める。
「こんな大事なことに、なんで今気付くんですか!!」
「盾には適当に吸収させていたから、基本説明は読まんのだ」
「言い訳になっていませんよ!」
だがこれで理由なく成長し続けていたのではないことが判明し、成長なので特別大きいフィロリアルが生まれる心配はとりあえず除かれた。
二人が言い合いをしているとフィーロがアンデルセンの前に来て座る。
「…乗れと?」
「グア!」
そうだというのかようにフィーロは鳴いて、背中に乗るよう頭を向ける。
「分かった」
乗ってみると羽毛のおかげで座り心地は良い、ずっと座っていても苦痛にはならないだろう。
「グア!」
ずいっとフィーロは立ち上がる。
「む…」
フィーロの背中に乗ったことで、視界がかなり高くなる。
乗馬は初めての体験だ。
「グアアア!」
機嫌のいい声とともにフィーロは走りだした。
「!!」
素早く姿勢を低くする。元の世界にもかなり早く走る動物はいたがアンデルセンほどの人間を乗せているのにかなりの速さだ。
村の周りを一周して満足したのか、馬小屋の前に戻ってくるとしゃがんでアンデルセンを降ろした。
「お帰りなさい、とても早かったですね」
「ああ、まさかこれほどとは思わなかった」
これなら馬車などを引かせても大丈夫そうだ。
「今日はもう遅い、そろそろ切り上げたほうが良いだろう」
するとアンデルセンの服の端が掴まれる。
見るとフィーロが神父服の裾ををくちばしで掴んでいた。
「グアアア!」
悲しそうな声を上げてフィーロはアンデルセンを見る。
「…ははは、そう言えば生まれてまだ一日でしたね」
その様子に笑みが零れる。
「どうしましたか神父様?」
「すみませんラフタリア、どうやら新しい家族はさみしがりやなようです。今夜はここで寝泊まりしたいと思います」
「あ、ふふふ。分かりました、毛布を持ってきておきますね」
その晩、アンデルセンはフィーロに童話を聞かせた。
「『そして二人は末永く暮らしましたとさ』、おしまい…おや?」
「クー…クー…」
「おやすみなさいフィーロ、良い夢を」
貴女の行く先に幸せがありますように
―翌日―
流石に昨日ほどの成長はしなかったが、頭一つ分程は大きくなっていた。
そんなフィーロは村で使われている荷車を羨ましそうに眺めていた。
「出来れば引かせてやりたいのだが…」
「今、この村の建物は修復中で、人手が足りないのですよ。勇者様、何なら荷車を一つ分けるのを条件に手伝ってくれませんか?」
願ってもいない条件だ、フィーロとしても馬車を引いていたほうが嬉しいだろう。
「何をすればいい?」
「近くの森で材木を切っていますので、村に持ってきて欲しいのですよ」
「あの森か……」
この村に来てからまだ行っていない近くの森のことだ。
「夕方ぐらいに帰ることになると思うが、大丈夫か?」
「ええ」
「よし、引き受けよう」
そうしてアンデルセン達は、村で使っていた荷車を一台譲ってもらった。
「グア!」
フィーロに荷車を繋いでやると、上機嫌で引き出した。
「では行ってくる」
「行ってきます皆様」
二人は荷車に乗り込み、フィーロに行く先を支持して森へと向かう。
向かったのだが
「と、止めて、ちょっと気分が…悪くなって」
人二人を乗せているのにかなりの速さで移動したため、ラフタリアが酔ってしまったようだ。
「フィーロ、少し速度を落とせ。ラフタリアが慣れてない」
「グア……」
不満だと言わんばかりに鳴きながら、速度を落として歩く。
「ううー、こんなに揺れるものだったんですね」
「少し横になっていろ、しばらくすれば楽になるだろう」
「お言葉に甘えて、失礼します」
そう言ってラフタリアは横になった。
そうして移動している途中に、あまり(主にラフタリアが)会いたくない奴と遭遇した。
「ぶはっ! なんだアレ! はは、やべ、ツボにはまった。ぶわははははははっはは!」
こちらを見るなり、腹を抱えて大笑いしてくるキタムラ。そして付き添っている女王ことマルティも一緒になって笑っている。
「会っていきなり笑ってくるなんて、非常識ですね」
あの日以来ラフタリアはキタムラに対して包み隠さない物言いをすることにしたらしい。
「で、突然笑い出して何がそんなに可笑しい?」
何かの琴線に触れたのかラフタリアの言葉も耳に入っていないようで、笑い続けている。
「だ、だってよ! すっげえダサイじゃないか!」
「ダサい?」
「お前、行商でも始めたのか? 金が無い奴は必死だな。鳥もダセェーーーー!」
行商と聞いて、アンデルセンはそういった使い方もあるのかと考える。
「ダッセェエエエエエエ! 馬じゃなくて鳥だし、なんだよこの色、白にしては薄いピンクが混じっているし、純白だろ普通。しかもオッセー!」
「普通、か」
こいつがどんな価値観を持っているのかは知らないが、家族となったものを貶されて黙っていられるほどアンデルセンはお人好しではない。
笑いながらキタムラはフィーロを指差して近づく。
「グアアアア!」
そう鳴いたかと思うと、フィーロはキタムラの股間を思いっきり蹴りあげた。
「わぁ…」
「キ、キャアアアアアアアアアア! モトヤス様!」
ラフタリアがなんとも言えない声を上げ、マルティが叫び声を上げる。
蹴り飛ばされた本人はというと、立っていた位置より後ろに5メートルほどの場所へ錐揉みしながら落ちていた。
「グアアアアアアアア!」
再び叫ぶと、フィーロは凄まじい速さでその場を後にした。
「何と言うか、こう何と言うかですね」
うまい言葉が見つからず困惑しているラフタリア、アンデルセンとしても、何と言えばいいのか悩んでいた。
しばらく走って、フィーロは目的の森に到着した。
「…嘔吐しなかった私をほめて下さい」
「よく頑張った」
走り出した速さそのままで走り続けたため、ラフタリアが限界に近い状況になってしまい、降りてしばらく荷台から降りられなかった。
「それはそれとして、です」
存分に走って機嫌がいいフィーロの前にアンデルセンが立つ。
「フィーロ、ここまで走り続けて大変だったでしょう。お疲れ様でした」
「グア!」
褒められて嬉しそうに鳴くフィーロ。
「しかし、先ほどのことは褒められたことではありませんね」
「グア…?」
優しく諭すように続ける。
「先程、貴女が蹴ってしまった彼は、一応といっても私とともに戦う者です。笑われて怒ってしまったのは分かりますが、暴力を仲間に振るうなんていけません。そんな事では天国にいけませんよ」
「グア…」
頭を下げてフィーロはしょぼんとする。
「いいですか?暴力を振るって良い相手は化物共と異教徒共だけです」
「?」
「貴女にはまだ分からないかもしれません。とにかく無闇矢鱈に人を蹴り飛ばすことは控えなさい、もちろん私が許可した場合は除きますがね」
「…私としては、あんな人を仲間と認識したくありません」
不満気にラフタリアは言った。
「おやおやラフタリア、貴女も分かっていませんね」
「何がですか?」
「いいですか?最大の利を求めるのならば、我々は『最高のタイミングで横合いから思い切り殴りつける』ことに専念すればよいのです。仲間は永遠のものではありませんからね」
「…つまり彼等のことを仲間と見ているわけではない、と?」
「利害が一致しているだけで仲間と呼ぶのならば、仲間なのでしょうね」
かつてプロテスタントと手を組んだ時、そこに仲間などという意識はなく、只共通の敵に対抗するだけの脆い関係と割り切っていたからこそ出来る思考だろう。
村の住民から頼まれた材木を木こりの男が荷車に乗せている間、森のなかをフィーロと探索した。
途中出てきたウサピルを丸呑みにして、経験値が30以上増加して益々フィーロがどういった生き物なのかわからなくなったりもしたが、その他に何も起こらず材木を積んだ荷車を引いて一度村へと戻った。
村に材木をおいてまた森に帰ると、あまりの速さに木こりに驚かれた。普通のフィロリアルよりもかなり足が早いらしい。
依頼が終わったので、改めて森のなかを探索する。
ラフタリアは当然として、特に何か教えたわけではないがフィーロはとても活躍した。攻撃力と機動力が高く、機動力に至ってはラフタリアよりもいいかもしれない。
日が暮れると、急がずに村へと戻った。今日一日フィーロは走りっぱなしだった、初日からきつかったのではと思ったが特にきつい風には見えずむしろまだ荷車を引きたいといった感じに見えた。
そして再び一日が終わった。
―翌日―
「…想定が外れたな」
馬小屋の前でアンデルセンが言う。ラフタリアはといえば頭を抱えて唸っていた。
「本来フィロリアルは平均2m30cm前後、でもフィーロは…」
「どう見ても2m80cm、といったところか」
立ち上がると天井に頭が届いてしまう。
「やっぱり可笑しいですよね」
「ならば確認する必要があるな、魔物商人のところに行くぞ」
「分かりました…ん?」
ちらりとフィーロを見ると何かを食べていた。
「ここにはキメラのお肉がありましたよね?」
「ああ、覚えている限りではかなりの量だったと思うが」
「……」
「……」
「急ぎましょう!このままだと食費だけで破産してしまいますよ!」
「だな」
昨日もらった荷車に乗り込み、リユート村を後にする。
移動している間にフィーロは空腹を訴え、そこにいた魔物と戦いそれを餌にして城下町へと到着した。
―城下町―
昼過ぎに城下町に到着してからも、フィーロに異変が発生していた。
足と首が短くなり、ふくろうのような外見になっていた。
そして、それまで自身と荷車を直接繋いで引いていたのを、手のような翼で器用に引いて移動するようになっていた。
「クエ!」
鳴き方も変わり、羽の色は真っ白になっている。
「小さくなっているな…」
「その代わり横に大きくなったみたいですね…」
これは成長なのか、進化というものなのか、只の変化なのかあまりに変わりすぎていて判断がつかなくなっていた。
―奴隷商のテント―
「いやぁ……どうしたのかと思い、来てみれば驚きの言葉しかありません。ハイ」
奴隷商は冷や汗を拭いながら、じっとフィーロを観察している。
「単刀直入に聞こう、これはフィロリアルなのか?違う魔物なのか?」
その言葉を聞いて、奴隷商は幾つもの書類を確認している。
「お、おかしいですね。私共が提供したくじには勇者様が購入した卵の内容は確かにフィロリアルだと記載されておりますが」
「に、見えないからここに来たのだが」
「クエエエ!」
アンデルセンが大きめの餌を投げると、フィーロは器用にそれを食べた。
「しかし、まだ数日しか経っていないのにここまで育つとは、さすが勇者様、私、脱帽です」
「つまりこんなに早く成長するのは可笑しいのだな、本当にフィロリアルの卵だったのか?」
「その……最初からこの魔物はこの姿で?」
「違うが」
アンデルセンは、卵を購入してからこうなるまでの経緯を話した。
「では途中まではちゃんとフィロリアルだったのですね?」
「そのはずだ、よく似た別の魔物でないのならな」
結局今ここで結論を出すことは不可能ということで、明日専門家を呼んで詳しく調べることになった。
「ここに残っていたいのだが、大丈夫か?」
「問題はないですが、何故ですか?」
「フィーロが心配するだろうからな、見た目は大きくても生まれて間もない子どもなのだから」
その夜はフィーロの檻の近くにいることにした。
―夜―
テントの中の魔物たちも寝静まった時間、アンデルセンは聖書を読みながら過ごしている。
「クー…クー…」
「…ん?」
寝息とは違う声が聞こえ、アンデルセンは聖書から顔を上げてフィーロの檻を覗く。
「どうかしましたか、フィーロ」
「クー…クー…」
寂しそうにアンデルセンを見つめるフィーロ。
「大丈夫ですよ、私はここにいますからね。またお話をしてあげましょうか?」
鳴き声は収まったがまだ見つめている。
「貴女は不思議な子ですね、他の魔物と違いますがそれはきっと主が使わしてくださったからでしょう。私はとても幸せなようですね」
檻に手を入れてフィーロを撫でる。
「さあ、明日もきっと早いですから眠りなさい。」
「……」
「良い夢を、フィーロ」
そう言ってアンデルセンは聖書を読み直し始めた。
「……さ…ま」
「……何だ?」
微かに誰かが喋ったように聞こえた。
「しん…ぷ…さま」
声のする方、そうフィーロの入っている檻の方に目を向ける。
そこには
「しんぷ、さま」
生まれたままの姿で、背に翼を生やした少女が、アンデルセンを呼んでいた。
「…なんと言うことだ。主よ、これは貴方の思し召しなのですか」
首からかけてあるロザリオを掴み、アンデルセンは呆然としていた。